お似合いのふたり(Ⅰ)
ルティのお話です。少々変態チックな展開になります。
全4話です。
「僕、スラムの出なんです」
ヴァジェット君は、視線を落として、寂しそうに語った。
嵐のようなあの日から数日、お嬢様の周りも、忙しいけれども元の平穏な日常を取り戻していた。あれだけの辛い目にあったのに、お嬢様は何時もと変わらぬ、周囲の人を振り回すお嬢様だった。変わった点を上げれば、アサル様との関係が変化した事くらいだろうか。
おふたりの関係は婚約者のままだが、振る舞いはもう夫婦のそれだった。お互いの呼び方も変わらずだが、ふたりの間に流れる空気は甘くもあり、でもいちゃついている訳でもない、何もかも知り尽くした夫婦のものだ。まるで理想の伴侶を見つけたかのようだ。
新婚の熱々な期間はどこに行ってしまったのだろう?
お嬢様は御自分の夢を叶えられた。それは私の夢でもあった。嬉しい。その感情はある。だが、私は喜んでばかりいられない。私は自分を許すことが出来ない。
私はお嬢様の侍女であり、護衛だ。それなりの腕はあると、自負はしていた。でもあの夜会でお嬢様が攫われてしまうのをみすみす許してしまった。相手方が準備周到に構えていて、振り回されたのは否めない。だがそれでもお嬢様は奪われ、酷い怪我をして、大切な美しい髪まで失った。アサル様が治癒者であったから怪我は跡形もなく治ったが、普通であれば醜い疵痕を体と心に残したことだろう。お嬢様が気丈にも明るく振る舞われる度に私の心は軋み、悲鳴を上げる。
私はお嬢様の護衛の為に仮に勤めていた王妃様の侍女を返上し、元の侍女に戻った。王妃様に「そのままでも良いのに」と言って頂いたが、私は貴族の令嬢ではないので有り難くもお断りさせて頂いた。
お嬢様はアサル様とふたりの時間が増えた。私はお嬢様の侍女であるから、その時もお傍にはいるのだけれど、そんな時間は貴重な時間だ。
ちょっと妬けてしまうのは、致し方がないこと。でもふたりっきりにしてあげたい。何のかんのと理由を付けて、私はその場を離れる事にした。
よく手入れのされた中庭の芝生にぺたりと座り込む。夢が叶った喜びと役目を果たせなかった悔しさが入り乱れて頭の中で渦をまいている。そんな気分を追い払おうと空を見上げれば、綿のような雲が形を変えながら青い空を流れていた。
「雲も変わっていく……」
私の周りも変わっていくんだ。
お嬢様とアサル様はその内婚姻を結ばれるだろう。お嬢様には大事なお役目がある。治癒者の血を後世に繋いでいく、大事な役目だ。
「ふふ、すぐにでもお子様が出来そうですし」
おふたりがそのような関係になってるのは王妃様始め侍女仲間では公然の秘密だ。
銀狼の繁殖能力は凄まじいと聞いた。一撃必殺とか百発百中とか。もしかしたら既に懐妊されている可能性もある。
「さて、戻って掃除をしませんと!」
立ち上がりスカートに付いた芝をパパッと手で払い、歩き始めた。
ある日のこと。空き時間に中庭の芝生の上でぼんやりしていたら、何時の間にかヴァジェット君が私の横に立っていた。彼は相変わらず陽炎のような気配で掴み所がない。
「ヴァジェット君、どうしました?」
私はすぐに見上げる。彼が私の所に来るのは何か情報を掴んだ時。お嬢様を狙う兆候があったのかもしれない。私は緊張した。
「いぇ、ルティさんが空を眺めているので、何を見てるのかなって」
彼は眉を下げた困り顔で腰をおろしてきた。お尻をつけ、足を投げ出して後ろに手を突いた。男の子がリラックスしているようにしか見えない。
(ふふ、可愛いですね)
「……雲をね、見ていたんですよ」
私はニコリとして答える。恐らくお嬢様が私の様子を見てくるように話をしたのだろう。心配をかけてしまったようだけど、ヴァジェット君に頼むあたり、お嬢様も分かってる。
「雲、ですか」
私の言葉に空を仰ぐと、彼の赤い垂れ耳が地面に向けて伸ばされた。
(伸ばすと結構長い耳なのですね。私も長いですけど)
「えぇ」と相槌を打ちながらそっと手を伸ばしてその耳に触れると「ひぃゃぁ!」とあられもない声をあげて此方を睨んでくる。
「ふふ、そんな涙目で睨まれても怖くないですよ」
照れて頬を紅に染めながら恨めしそうに睨まれても、むしろ可愛いとさえ思える。抱き締めたくなるのは年下に見えてしまうからだろう。私よりも10センチは小さい彼は、こう見えても3歳年上なはず。
(耳が性感帯ですね。良いことを知りました)
「ごめんなさい、つい……」
薄っすらと笑みを浮かべて見つめれば、彼はちょっと目を開いてふぃっと空を見上げしまう。
(あぁ、可愛い。もっと困った顔を見たいですね)
心に悪戯な芽が生えてくるのが分かってしまう。怪しまれないように体を捻る動きをした瞬間に彼の耳にふっと息を吹きかける。すると今度は「うわぁぁぁ!」と叫びながらうつ伏せになって両手で耳をしっかりとガードされてしまった。
(やりすぎてしまいました)
「ルルル、ルティさん!」
顔中を真っ赤にしたヴァジェット君が今にも泣きだしそうに唇を噛んで抗議の眼差しで私を見てくる。
(あぁ、なんだかゾクゾクしてきます)
おかしな感情が私の身体を駆け抜けていく。このビリビリする感じはなんだろう。勝手に笑みが零れていく。
「ヴァジェット君が可愛いので、つい」
「なっ!」
あざとく首を傾げて微笑めば、彼は絶句して動かなくなった。
(これ以上やると嫌われてしまいそうです。この辺にしておきましょう)
「さて、そろそろ戻りましょう!」
彼に声をかけてすくっと立ち上がる。芝生の上を気持ちの良い風がすり抜けて、私の髪と耳をふわりと撫でていく。
(彼のおかげでやる気も出ました)
スカートについた芝をポンポンと手で払う。
「早くしないと置いていきますよ!」
「え、あの、ルティさんちょっと待って!」
私がスタスタと歩き始めると、彼は慌てて立ち上がってついてきた。
翌日、私が中庭の芝生の上でぼーっと空を眺めていると、隣に人影が立った。視線だけ向けてみれば、そこには大きな黒いハンチング帽をかぶった彼がいた。ちょっとムスッとした顔で此方を見ている。
「……その帽子は?」
彼は帽子を目深にかぶると何も言わずに私の横に腰を落とし三角座りになった。大きな黒いハンチング帽は彼の垂れた耳をきっちりと隠している。
「……似合ってますね」
にっこりしながら声をかければ彼の顔も少し綻ぶ。が、すぐにムスッとした顔に戻ってしまった。
(その帽子、本当に似合ってます)
赤い髪に黒い帽子が良く似合っていた。昨日、耳に悪戯をしたからわざわざ耳が隠れるような大きな帽子をかぶって来たんだ。
弄られるのが嫌だから来ない、という選択肢もあったはず。それでも彼は来てくれた。お嬢様に頼まれているのかもしれないけれど、私には嬉しかった。
(ありがとう)
ちょっと目が熱くなったけど我慢した。
ムスッとしたまま黙って座って真正面を見てる彼は、意地を張ってる様な少年にも見えた。
胸の奥で何かが騒めいてくる。背筋がゾクゾクゾワゾワして悪戯をしたくなって来たけど、今日は我慢しよう。彼が嫌がって来なくなってしまった方がダメージが大きい。
「昨日はごめんなさい」
沈黙を破る様に、素直に謝罪をした。仲直りの第一歩は謝る事だから。彼に嫌われたくは無いし。
虚をついたのか予想外だったのか、彼はハッとした顔でこっちを向いた。
「今日も来てくれてありがとう」
私は嬉しいの気持ちを乗せた笑みを彼に送った。私を見てる彼の顔は、目を大きく開けて口をぎゅっと結んでるけど、その色を段々と赤くしていく。
「本当に嬉しいです」
限界を超えたのか、彼はとうとう膝に顔を埋め込んで黙ってしまった。
(可愛い。可愛すぎて鼻血が出そうです)
ここで鼻を押えてしまえば彼に変質者と思われてしまう。ここは我慢だ。
「ル、ルティさんはずるいです!」
彼の膝の間から声が漏れてきた。ずるい?
「ずるい、ですか?」
意味が分からない私が尋ねれば彼は「ルティさんは綺麗な女性なのに僕に優しいのは、ずるいです!」と答えてきた。
私の中でガラスが割れるような音を立てて何かが弾け飛んだ。もう体の制御が効かない。腕がワナワナと震えてきた。ぐらぐらと煮えるように体温も上がって行く。なんだか顔も熱くなってきた。
(ダメです、ここでやらかしては関係にひびが入ってしまいます。ドン引きされるかもしれません。私の身体よ、堪えるのです!)
私は暴れる左手を右手で掴み、なんとか自分を宥めていると、彼は顔を上げてこっちを見てきた。目に溢れそうな涙を浮かべて私をじっと見つめてくる。
(も、もうダメです)
「ルティさんは、本当の僕を知らないんです」
彼の頬を一粒の涙が伝っていった。
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