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死神の口説き方  作者: 海水
第4章 死神を護るモノ
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第10話 ふたりの試練

ラスト2話です。

「やれやれ」


 聞いたことのあるしゃがれ声が頭に木霊してる。

 

「時間かの」

 

 何が時間なの?


「決まっておろう、迎えの時間じゃよ」


 誰を迎えに行くの?


「お嬢ちゃんじゃよ」


 あたし? 何で?


「それはお嬢ちゃんが良く分っておるじゃろ?」


 あたしが、良く分ってる……?





 体がだるい。鉛でも詰め込まれたのかな? 頭が痛くて、胸も重くて、息をするのにも力をこめないと空気を吸えない。あたし、どうしちゃったんだろう……

 ぼぅっと目を開ければ、暗がりの中で見覚えのある天井が見えた。毎日見た天井だ。


「……あたしの……部屋?」


 すぐ横でがたんと音がして、アサルさんが目に涙を溜めこんで覗き込んできた。


「よかった」


 声と一緒にあたしの頬に、ポタンと一粒落ちてきた。


「あたし……どう、なったんです?」


 口を開くのにも力を入れないと、言葉を出すことも出来ない。それでも頑張って言葉を紡ぐ。


「助けに行った屋敷で突然意識を失ってしまいました」

「……そう」


 力をこめて大きく息を吸う。

 確か、ユニさん達が死んじゃう時には意識が無くなったって言ってたな。それに「あたしを迎えに行く」って言ったあの声は……間違いない。


「あたしを、迎えに来る、そうです」


 吸った息を吐き出しながら彼に伝えた。彼は涙が零れそうな眼をカッと開いて「まさか」と呟いた。


「久しぶりじゃの、アサルよ」


 ヴァルトラウトお爺さんのしゃがれ声が部屋に響いた。

 アサルさんは歯がみをするとバッと立ち上がり、あたしに背を向けた。


「……早すぎませんか?」

「そんなもん、お前が良く分っておるじゃろうが」


 部屋の入り口に、ヴァルトラウトお爺さんが呆れた表情で立っていた。体に不釣り合いなくらい禍々しく巨大な鎌を、肩に立てかけてる。肩を竦めて、ふぅ、とため息をついた。


「ほほ。お嬢ちゃん、また会ったの」


 お爺さんはニコリと微笑んだ。意識を失う前に頭に響いてきた声も、お爺さんの声だった。


「……お爺さんが、死神だったの?」

「先代の治癒者がな、新しい治癒者に覚悟と資格があるか試すんじゃよ。治癒者の力は危険じゃからの。使い方を間違えれば人も殺す。治癒者を巡って争いも起きよう。それに耐える覚悟、をな」


 お爺さんがゆっくり近付いてきた。


「アサル、宿題は出来たか?」


 その言葉に、アサルさんはテーブルに立てかけてあった剣を取った。


「はぁ、それが答えか。そんな物が効かぬのは分っておるじゃろうが。3人も見送って尚分らんのか? 3人の魂は未だ彷徨っているというのに、お前は何を考えてるおる!」

 

 一歩一歩、巨大な鎌を軽々と肩に担いでお爺さんは近づいてくる。アサルさんはあの夜に「剣も何も効かなかった」って言った。その事は知ってるはず。でも剣を取った。

 …………あたしと一緒に勉強したんだ、何か考えがあるのかもしれない。一生懸命本を読んでたもん。あたしは、彼を信じる。


【アサル、剣なんて効かねえって言ったのはお前だぞ!】

【アサル様、違います!】

【アサル君それじゃないよ!】


 歩いてくるお爺さんの頭上に、3つの光の玉がぼぅっと浮かんだ。あの3人の光の玉だ。アサルさんにダメだよって叫んでる。でも彼には聞こえてないみたい。


「みんな、どこに行ってたの?」

【イシス、呑気なこと言ってる場合じゃねえ!】

【そうですよ、イシスさん!】

【あたしらみたいに死ぬんだよ?】


 3人はあたしを心配して捲し立ててくる。でもあたしは彼女たちに微笑み返す。


「大丈夫。信じてるから」


 あたしの言葉を聞いて彼が振り向いた。あたしに優しい笑みを向けるとゆっくり振り返り、お爺さんに向き合った


「ほほぅ、仲睦まじきことは良きことじゃな」

「もう、失いたくはありませんから」

「良き伴侶に恵まれたようじゃの」


 彼は近づいてくるヴァルトラウトお爺さんに向かって、剣を突き出した。その剣は確かに刺さってるけど、お爺さんは呆れた顔のまま変わらない。


「効かぬと言ったじゃろう。仕方ないが、命を刈り取るとしよう。お嬢ちゃん、すまんな」


 お爺さんはその巨大な鎌を頭上に掲げた。禍々しい刃が、あたしを睨んでギラリと光る。


「……そう、ですか?」


 その言葉と同時にアサルさんの身体が青く光り始めた。治癒の力を出すときのあの光だ。体を包むそのその青い光は、右手に握ってる剣にも移っていく。それを見たお爺さんの顔が緩んだ。


「やっと分かったのか……」


 お爺さんは鎌を肩に降ろし、安堵の表情を浮かべた。


「剣に、頼りすぎていました」

「なまじっか騎士になどなるからじゃ。治癒者に出来る事は、治す事だけじゃ。考えればすぐに分かるじゃろうに」


 お爺さんは呆れた顔をした。アサルさんは先代の言葉を黙って聞いている。


「ふぅ、ようやくばあさんに会い行けそうじゃ、ぐっ……」


 ヴァルトラウトお爺さんの身体に青い光が移っていくと、彼は顔を歪ませ、苦しそうな声を上げた。


「……遅くなって申し訳ありません」

「待たせすぎて、怒っておるじゃろうのぅ」


 ぼやくお爺さんの身体がだんだん薄くなっていく。それと同じように3人の光の玉も鈍く弱くなっていく。


【お、これって】

【アサル様の勝ち、ですか?】

【ホントに?】


 3人の光の玉があたしに近づいてきた。


「これで、そこのお嬢ちゃん達も冥府に連れて行けるのぅ」

「……やはり、3人は冥府には行けていなかったのですか」


 アサルさんはがっくりと肩を落として呟いた。お爺さんのいう意味が分かったのかもしれない。あたしが3人の事を知っていたことも、これで理解できたと思う。


「アサルよ、治癒の力は人も殺す。ただ治せば良いというものではない。治し過ぎれば生命は絶たれる。このようにな。よぉく覚えておけ」


 薄くなっていくお爺さんが真剣な顔で伝えている事に対して、アサルさんは「はい」とだけ答えた。


「お前の力を悪用しようと考える奴は、必ずいる。独りで考えずに、そこのお嬢ちゃんと、良ぉく話し合うんじゃぞ。いっそ逃げてしまうのも、有りじゃ。治癒の力なぞ、本来なら有ってはならぬモノなのじゃ。そろそろ終わりにしても良かろうて」

「そう、ですね。2人で良く話し合います。彼女は私を守ってくれた、大切な女性(ひと)ですから」

「お前は幸せ者じゃな」


 先代と当代の治癒者が、静かに言葉を交わし、向き合っていた。


【あ、そろそろ時間切れだね。イシスちゃん、じゃぁね~!】

【そのようですわね。ではイシスさん、アサル様をよろしくお願い致しますね!】

【イシス、今度は冥府で会おうな! お前が来る時にゃ嫁が3人増えるってアイツに伝えといてな!】

「うん、みんな、またね」


 3つの光の玉は言いたいことを言って静かに消えていった。

 あたしだっていつかは死ぬ。そしたら3人に会えるかも。だから「さよなら」じゃなくて「またね」なんだ。


「お嬢ちゃん、ありがとうな」


 ヴァルトラウトお爺さんは、最後にそう口を動かして見えなくなった。









 お爺さんが消えたからか、だるかった身体も元に戻ってあたしはベッドに腰掛けてる。まだまだ太陽は夢を見てる時間だ。


「イシス様、終わりました」


 目の周りを赤く染めたアサルさんがニコッと笑ってあたしを見てる。憑りついていた物がすっかりと祓われたような、今までで一番爽やかな笑顔を見せてくれてる。


「終わったね……」

「はい……」


 あたしは彼を見上げる。あたしを捕えて離さない藍色の瞳をじっと見つめる。部屋は静まり返って、あたしと彼の心臓の音しか聞こえない。









「あたしは8年間、あなたを探してました。ずっとずっと会いたかった」


 不思議と言葉が淀みなく口から出ていく。出ていくにつれて自然に頬も上がって行く。


「あたしは、アサルさんが好きです。お嫁さんにして貰えませんか?」


 ようやく言えた。8年間ずっと言いたかった言葉だ。なんか、言えたという事実だけで満足しちゃってる。それだけで顔もほころんでいく。


「ふぅ、やっと言えた」


 ちょっと恥ずかしくて「えへへ~」と頭を掻いて誤魔化した。ずっと言いたくて胸に秘めていた言葉だけど、いざ表に出すと照れちゃうね。


「えっと……その……あの……」


 アサルさんが言葉を詰まらせてる。見たことないくらい真っ赤な顔で視線をベッドに逸らして困った顔をしてる。でも猫じゃらしの尻尾はパタパタと激しくて動いて、彼の答えを教えてくれていた。

 あたしがニンマリすると、彼は小さな声で「はい」と答えた。


「大好きです!」


 あたしは勢いよく彼に抱き付いた。









 あたしが起きたのは倒れた翌夜だったみたいで、丸一日意識が無かった、とカリーナお婆ちゃんから聞かされた。安全のためにあたしの部屋でアサルさんが付きっきりで守ってくれていたらしい。

 アダマン帝国のあの子はといえば、帝国内で色々とあったみたいで、今日急遽帰国することになった。今回の事が無関係じゃないんだろうね。

 当然見送りもある訳で、あたし達は城門前の広場に来てる。今日は快晴で空はどこまでも水色だ。春を告げる小鳥がそこかしこで地面を啄んでる。


「急な予定変更、申し訳なく思う」


 予定変更で手配した物が無駄になるなど狂ってしまった事への謝罪だ。グラディス皇帝は相変わらず無表情に近い顔をしてる。この人はこれが普通なのかもしれない。


「まぁ、致し方ない事ですな」


 陛下も柔らかい口調で答えてる。あたしは、といえばおすましして王妃様の後ろに控えてるだけ。

 ざっくり切っちゃった髪はルティに綺麗に揃えてもらった。ショートカットを少し伸ばしたくらいの動きやすい髪形になった。アサルさんに笑顔で迫ると、言葉に詰まりながらも「可愛いです」と褒めてくれた。

 彼は好きな女の子に攻められると弱いらしい、という事がわかった。今後の為にも活用させてもらうつもり。あたしから逃げられないようにしなきゃ。





「お世話になりました」


 イヴェット皇女が微笑みながらペコリとお辞儀をする。この子の狂気はいやと言うほど味わったから、これが良く出来た仮面だというのも知ってる。

 その彼女がふんわりとしたドレスを揺らしてあたしの前にやって来た。この場の空気の温度が少し下がったかのように凍りつく。


「ふふ、またお会いしましょうね」


 柔らかな笑みを浮かべつつ、金色の瞳で威嚇してくる。


「えぇ、楽しみにしております。次に会う時は主人アサルとの子供をお見せできそうですし」


 あたしの言葉を聞いた彼女の眉間にヒビが入るのを確認してからゆっくりと口元に三日月を飾った。場が冷え込むのを気にせずに優雅にスカートを摘まむ。


「……ふふ、うふふふ。それは、楽しみですね」


 狂気の鱗片を瞳に湛えつつも、彼女はあたしの挑発に耐えた。

 陛下を始め皆がハラハラと推移を見守る中、彼女はにこやかな笑みを浮かべ、馬車に乗り込んでいった。









「ふ~、生きた心地がしなかったぜ」


 城門をくぐり、小さくなっていく馬車を見送りながらカルラちゃんが呟いた。額にびっしょりの汗をハンカチで拭いてる。


「尻尾の毛が~、ごっそり抜けました~」


 ちょっと涙目のテクラちゃんがふさふさした短めの尻尾から毛玉を取り出した。ちょうど掌くらいの大きさの毛玉だ。


「ごめんね~」


 苦笑いで謝っておく。

 だってここできちんと叩いておかないと後悔しそうだったし、あたしには冥府で待ってる3人からアサルさんを預かってもいるんだ。訳の分からない女には彼を渡せない。狼さんは渡さないの。


「ときにアサル」


 くるっと向きを変えた陛下の言葉に、アサルさんは肩をビクッとさせた。顔には緊張が漲ってるのがよくわかる。


「イシスがあのように(主人との子供)述べていたが、どういう事かな?」


 陛下はニタリと笑いあたしを見てきた。あたしはおなかに手を当てて暖かさを確認している。お腹の暖かさは失われずにぽかぽかとあたしの手を温めてくれてる。


「何故イシスはお腹に手をやっているのかな?」

「あらあら、どうしてかしら?」


 陛下もヴィルマ叔母様も勘違いをしているみたいだけど、あたしは黙ってる。多分妊娠なんてしていない。あたしが暖かく感じているだけだもん。

 一方的に攻められて防戦一方のアサルさんは、口を開けては何かを言おうとして噤んでる。このままじゃ埒が明かないから、ここはあたしが決めちゃおう。


「お嫁さんにして貰いました!」


 あたしの言葉は城壁に反射して城中に響き渡った。

お読みいただきありがとうございます。明日公開の次回で最終話です。

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