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死神の口説き方  作者: 海水
第4章 死神を護るモノ
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第9話 そして現る怒りの銀狼

転べばヤツは来るんです。

 立ち込める煙の中からあたしを見つめるふたつの藍色の光が輝きを増した。あたしのよく知ってる、あの藍色の瞳だ。


「ヴァジェット!」


 鋭い叫び声と同時に煙から赤い塊が飛び出し壁を走ってくる。壁を疾走する赤い塊から、黒い小さな何かが放たれるのが見えた。

 いくつかの僅かに聞こえる空気を裂く音が、あたしの耳を掴んでる悪者に吸い込まれていく。


「あがっ!」

「なんだあぐ……」


 鈍い音の後にあたしの耳を掴んでる力が抜け頭がガクンと床に落とされた。でもあたしの顔は藍色の光を見続けてる。

 あの光はあたしの良く知ってる光だ。あの声はあたしの愛しい人の声だ。待ちわびたその光にあたしの目が熱くなってくる。


「お嬢様!」


 煙の中からスカーレットの耳を揺らせてルティが飛び出してきた。夜会で着ていた赤いドレスのまま、スカートを盛大にはかめかせてる。


「あたしの可愛いお嬢様に、何してくれてんだ!」

 

 いつもの口調からは想像できない叫びであたしの頭上に横薙ぎに足を繰り出し、鮮やかな赤いドレスを広げ花を咲かせた。

 あたしの後ろで物騒な音を奏でながら、何かが床に叩きつけられる気配が伝わってくる。ガスガスと木に何か固い物が突き刺さる音と短く低い悲鳴が暗い廊下に響き続けた。


「お嬢様!」


 ルティが暴れるスカートを押えこみながら屈み込んで、あたしの手に刺さってるナイフに手をかけた。


「抜きます」

「あぐっ」


 ルティが手に刺さったナイフを引き抜く痛みに呻き声が漏れる。


「お嬢様を確保しました!」


 泣きそうな顔であたしの血まみれの手を両手で包み込みながらルティが叫んだ。耳をへたらせ、顔を歪ませて「もう大丈夫です」と掠れた声で囁いてくる。

 ルティはゆっくりとあたしを起こすと、震える腕で頭を抱きしめてきた。


「顔がこんなにも腫れてしまっています。腕も……髪まで……折角『あの人』の為に伸ばしていたのに」

「逃げるのに邪魔だったから切っちゃったの……」

「うぅぅ……」


 震えながら自分の胸にあたしの頭を押し付けてくる。

 あぁ、いつものルティお姉ちゃんだ。暖かいなぁ……





「ヴァジェット、排除だ!」

Jawohl(ヤボール)!」


 木を圧し折るような音と空気を震わせる金属の鋭い音が不協和音を奏でる中、アサルさんの声が耳に入る。同時にあたしの横を赤い何かが通り過ぎて目の前の角を曲がって行った。

 立ち込める煙が晴れてくると、ふたりの男を剣で串刺しにしたまま壁に縫い付けているアサルさんの姿が目に入った。無造作に剣を抜き軽く振ると、串刺しにした獲物をドサっと床に叩きつけた。

 銀色の猫じゃらしの尻尾を逆立ててゆっくりと背を向けた。


「やっとお前の尻尾を掴めたぞ。コルネリウス!」


 語気を強めたアサルさんの声が廊下に響き渡った。右手の剣を握りしめて腕を震わせてる。


「ちっ。だからあのチビを見逃すなと言ったんがぁ!」


 コルネリウスは言い終わる前に肩に手を当て膝をついた。手で押さえてる方からは血が噴き出してる。


「チビって言わないでください」


 見上げればあたしが座り込んでる脇に、ヴァジェットさんが口元に弧を湛え陽炎のように立っていた。だらんと下げた左手のそれぞれの指の間にはゴムの様な平たい糸を垂らして、感情のない目でコルネリウスを眺めてる。


「くそったれ! 死神に赤い悪魔(クリムゾン)じゃ勝ち目はねえな」


 コルネリウスは肩を押さえながらゆっくり立ち上がって壁にもたれかかった。


「だが、俺を殺すと情報は入らねえぞ」


 ニヤニヤしながらコルネリウスは交渉を持ちかけてきた。でもアサルさんは微動だにしない。


「排除完了、ゴミは十五」

「ご苦労だ」


 ヴァジェットさんが淡々と報告をするとアサルさんは言葉短かに労った。あたしが首を回して後ろを見ると額に黒い棒が刺さった悪者が何人も倒れていた。彼らはピクリとも動かない。


「後はお前だけだな」

「ま、待てって、落ち着けって。な?」


 コルネリウスは苦悶の表情を浮かべながら時間稼ぎを始めた。痛みに耐えているのか、額に汗がびっしりとへばり付いている。


「……お前が今までにやった事は許される事ではない」


 アサルさんが握りしめた剣を上げ始めた。


「くく、そこのガキを売ろうとした事か? それとも俺を疑ってた前の騎士団長の事か?」


 何がおかしいのか、コルネリウスは口元を歪めながら笑った。

 騎士団長? 彼は何を言ってるの?


「全てだ。死刑に値する」


 ガン、と何か金属が壁に突き刺さる様な音がした直後に、コルネリウスが腹を押さえ血を吐きだした。あたしの脇に立ってる陽炎の様なヴァジェットさんの左腕が何かを投げたように右脇に移動していた。

 アサルさんが死刑を執行するために一歩ずつコルネリウスに近づいて行く。


「はは、俺を、殺したら……帝国が、黙っちゃ……いねえ、ぞ」


 コルネリウスは目を虚ろに微動させ、口から血を吹き出しながら薄く笑っている。


「お前が責任を取ってくれるそうだぞ」


 その言葉を聞いたコルネリウスはその血だらけの顔を段々と白くしていった。血が抜け続けているせいもあるのだろうが、はた目にも尋常ではない顔色だ。


「ま、まて!」

 

 その声を合図に腰だめに剣を構えたアサルさんの身体が沈み込みコルネリウスのそれと重なった。


「がっは……」


 勢いよく引き抜いた剣を袈裟懸けに振り抜くと、壁ごとコルネリウスの体が斜めにスライドしていく。非現実的な映像にあたしの頭は理解を拒否したようで、焦点はアサルさんにしか合わなかった。





 アサルさんは一歩一歩確かめるようにゆっくりとあたしの元に歩いてくる。薄暗い廊下でも輝く藍色の瞳があたしの視線を捕まえて離さない。いつものローブはどこかに置いたのか、青い騎士服姿だ。

 

(良く似合ってる)


 ぼうっとした頭でそう思った。

 彼はあたしの前まで来ると静かに跪いた。申し入れたように入れ替わりでルティがすっと身体を引く。


「あ、あたしの顔、酷いから」


 蹴られて醜く腫れ、血も吐瀉物も付いた顔だ。アサルさんには見て欲しくないし見られたくない。酷い顔を見たくらいで嫌われるとは思いたくはないけど、あたしの頭と体がそうは思ってないみたいで言う事を聞かない。

 自然と俯いて顔を隠す。

 本当はすぐにでも抱き付いて甘えたい。胸の中に飛び込みたい。でも身体は不安に縛られて微動だにしない。


「顔を、見せて貰えませんか?」

「腫れが、酷いから!」


 彼の優しい声にも素直に応えられない。

 

「ふふ、イシス様は可愛いですね」


 そんな場違いな科白をこぼしながらあたしの頬にそっと手を添えた。


「私は貴女の優しさに惹かれたのです。私を、キーニャ達を心配してくれた貴女を、です。貴方が美しいのは否定しません。むしろはっきりと肯定します。が、私が愛しているのは貴女の容姿ではなくて貴女そのものなのです」 


 彼の囁くようなあたしへの想いは、耳からではなく身体中に押し寄せてちっぽけな不安な気持ちを、激流の滝の様に根こそぎ洗い流していく。


「あっ」


 頬に当てられていた手がくいっと捻られてあたしの顔が上に向けられてしまった。にっこりと微笑んでる彼の顔が目に映され、その笑顔の可愛さに惚けたままあたしの意識はどこか遠くに飛ばされて、ただ見つめる事しか出来なくなってた。


「イシス様はイシス様ですよ」


 笑顔のままの彼の顔が近づいて、そのままあたしの唇を塞いだ。

 あたしの身体が青く光って、暖かいものが中から溢れ出してくる。ナイフで貫かれた手の痛みも、蹴られて腫れあがったジンジンとした顔の痛みも、不安で怖くて仕方がなかったあたしの心の痛みも、全て雪が溶けるようにじわじわと消えていく。

 身体から一切の痛みがなくなると、あたしの唇は解放された。涙でぼやけててもアサルさんの笑顔は、はっきりわかった。


「こ、怖かった! 怖かったの!」


 あたしは何度も頭を押し付けたその胸に飛び込んだ。彼の背中に手を回して夢じゃないんだと存在を確認する。


「イシス様は頑張りました」

「ごわがっだー!」


 アサルさんは強く強く、あたしが味わった恐怖を理解してくれたかのように、ぎゅっと抱きしめてくれた。目からは止めどなくあたしの感情が流れ落ちて、抱き締めて貰えた嬉しさで胸が張り裂けそう。


「ふえぇぇぇぇん!」


 どうしようもない感情の爆発に振り回されて、アサルさんの逞しい胸に頭を擦り付けてひたすら泣いた。出てくる涙は我慢できなかった。





「派手にやったものだ」


 あたしが泣きたいだけ泣いて少し落ち着いた頃に聞き覚えのある声が廊下に響いた。

 アサルさんがあけた壁の穴からヴィクトール騎士団長が姿を現した。簡単ではあるけど鎧も付けて剣を手に持ってる。彼はコルネリウスが倒れている壁に向かって歩いていく。いつもは宙に浮いて存在を示している細長い尻尾も元気なくだらんと垂れ下がってる。

 床に転がってる亡骸の前で立ち止まり「ようやく父の墓前で報告が出来るな」と呟いた。

 彼の後からは騎士達と兵士達が入り込んできて来る。中の惨状を見ては呻き声を上げ、口を押えて外に逃げ出す人もいた。


「屋敷を確保しろ。誰もいれるな」

「はっ!」


 騎士団長は静かに命令をくだした。





 バタバタと騎士と兵士が走り回る中、ヴィクトールさんがゆっくりと歩いてきた。アサルさんの腕の中のあたしを見て眉間にしわを寄せた。


「……女性の命と言われる髪まで」


 あたしの髪は自分で適当に切っちゃったから肩に少しかかるくらいの長さでしかもぼさぼさだ。さっきまでの腰まであった髪を見てた彼にとっては衝撃的だったかもしれない。


「処理は任せてもらおう…………頼むな」


 アサルさんの肩をポンと叩くと、長い尻尾を垂らしながら、彼は暗い廊下の先に歩いていった。


「分ってます」


 アサルさんが小さく呟いた。その呟きがあたしの耳に入ると同時に「やれやれ、そろそろ時間かの」としゃがれ声が頭の中に響いてきた。

 急にあたしの視界がガラスが割れて砕けるように黒くなっていく。


「あ……」


 逆らえない眠気が全身を駆け巡り、そのまま目を閉じた。

お読みいただきありがとうございます。

最終話まで明日(土曜)明後日(日曜)と更新します。

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