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死神の口説き方  作者: 海水
第4章 死神を護るモノ
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第8話 脱出に奔走する令嬢

少々胸糞な描写があります。

 寒さが身体に染み込んであたしは目が覚めた。涙にぬれた床が腫れて痛む頬を冷やしていた。


「いっ!」


 痛みに軋む身体を少しだけ動かして様子を窺う。

 あたしはどこかの部屋に縛られたまま転がされている。明かりは全くないけど、壁の隙間から薄らと月の明かりが差し込んで部屋のぼやけた輪郭を浮き上がらせていた。


 『あんたはね、これから売られちゃうの』

 『おまえはどこぞの変態貴族に売られていくんだ』


 あの言葉が頭の中に響き渡る。悔しくて涙が溢れて止まらなくなる。


「くぅぅ……」


 歯を食いしばるけど嗚咽が止められない。

 いやだ、アサルさんと離れたくない。絶対にいやだ、諦めたくない。

 またあのお腹の暖かみが広がってきた。尻尾の先までじわっと滲むように染み込んでいく。胸を締め付けていた悔しい気持ちをひっくり返していく。


「……諦めちゃダメだ」


 涙にまみれた瞼を閉じて考える。

 アサルさんの事だ、陛下の警護がある以上、夜会が終わるまでは何も出来ないはず。ルティも単独では動けない。後はさっきの会話であったヴァジェットさんが何かしら動いているかだけど、期待して待ってるだけじゃダメよね。

 後ろ手に縛られた腕をもぞもぞ動かしてベルトに隠したナイフをコトリと床に落とした。僅かな音でも静寂に包まれた空間では大きく聞こえる。思わず身体を固くして息をひそめた。


「……ふぅ」


 冷や汗をかきながらナイフで腕の拘束を切っていく。間違って腕も切るけど、そんなの気にしない。

 手が自由になれば後は簡単だ。足を縛ってる縄も切る。


「髪は邪魔ね」


 頭を傾けて自慢の金色の髪を左手に握り一束に纏め、左胸に垂らす。一束に纏まった金糸に視線を落とした。『あの人』に合った時からずっと延ばし続けた髪の毛だ。とうとう腰まできちゃったね。


「もう会えたから、良いよね」


 右手に持ったナイフを翳すと月の光にキラリと輝いた。思い出の髪の毛はザクッと小気味良い音で胸元からはらりと舞い落ちていった。

 何があろうとも、あたしはアサルさんの元に帰るんだ。あの逞しい腕に抱かれる為には何だってやる。だってあたしは『あの人』のお嫁さんになるって決めたんだから!


「あたしのお転婆を、舐めないで欲しいわね」


 ドレスの隠しポケットから御守り代わりの針金を取りだす。何回も何回も鍵開けの練習をした針金君。出番の度にピカピカに磨いてた針金君だ。


「頼りにしてるわよ」


 針金君に軽くキスをしてあたしは扉の前に屈み込んだ。耳を扉にくっつけて扉のん向こうの音を探る。静まり返った中で微かに聞こえてくるのはイビキの音。見張りでもいるんでしょうけど寝てちゃ意味ないわね。思わず頬が上がる。


「ふふ、頑張ってね」


 ゆっくりと針金君を鍵穴に差し込んだ。





 音を立てないようにゆっくりと扉の取っ手を回し、そっと体重をかけて開けていく。座り込み壁により掛かってイビキをかいてる男がランタンの灯りに照らされた。手には短剣を握ってる。


(起こさないように)


 ヒールが付いた靴じゃ音が出ちゃうからそんなモノは潔く脱ぎ捨てる。靴下は滑るから要らない。


(ふふ、小さい頃はよく裸足で駆け回ってたなぁ)


 ふとお転婆な頃を思い出したけと、今もお転婆なのを思い出したらトホホと苦笑いがでた。


(笑ってる場合じゃないっと)


 闇に慣れた目にはランタンの灯りは逆に邪魔だから吹き消しちゃう。これでこの男が目を覚ましても直ぐには動けないはず。我ながら悪知恵が働くわね、とほくそ笑む。闇に目を凝らし周囲を確認すると、ここは廊下だと分かる。


(どっちに行けば良いかな?)


 こんな時にキーニャさん達がいればなぁ……何処に消えたか分からないけどいないものは仕方がない。

 お腹に手を当て左右を見た。右を向いた時に手に伝わる暖かさが増した、気がした。

 ふふ、あたしって単純だ。


(じゃあこっちね)


 あたしは息を顰めながら抜き足差し足忍び足で廊下を歩いていった。





 しずしずと歩いて行くけど外に出られるような扉には辿り着かない。月明りも入らないって事は建物の外周部ではないってことなのかしら?

 曲がり角では耳を澄ませて何か動いているかを確認する。小さくいびきの音が聞こえてくる。あたしを監禁してるんだから見張りなんだろうけど寝てちゃ失格ね。代わりにあたしからは合格点を上げるわ。

 角を曲がろうとした時、先の方から足音が聞こえてきた。ランタンか何かの明かりも見える。


(まずい)


 廊下を戻る途中の扉を覗いて誰もいないのを確認して入り込む。ひんやりした空気が誰も使ってないことを知らせてくれる。暗くてはっきりはしないけどベッドらしきものが見える。寝室みたいだ。

 その間にもコツコツという足音が近づいてくる。


(見つかる訳にはいかない。とにかく隠れなきゃ)


 寝室ならばクローゼットがあるかもしれない。壁伝いにそろそろと移動して部屋の中を探っていく。


(あ、あった)


 カーテンで仕切られた簡単なものだけど、クローゼットみたいな空間を見つけた。近づいてくる足音に追い立てられるようにその中に身を隠した。

 手探りだけど中の衣類を確認する。ドレスだけじゃ流石に寒い。でも中にあるのは生地の薄いものばかりだ。


(これじゃ却って邪魔になるだけね)


 小さくため息をついた。





「おい寝てんじゃねえよ! あの女を見張ってるのがてめえの役目だろが!」


 遠くから怒鳴り声が響いてきた。


(不味い、あの部屋を見られるとあたしが脱走したのがバレる)


「んあ……あぁ、鍵がっかかってんだから問題ねえだろよ」

「ちゃんと見たの……てめえ、扉に鍵がかかってねえじゃねえか! 女もいねえ! おい探せ!」


 どうやらきちんと中を確認したらしい。よく教育されてる悪者さんだ。大声を張り上げて仲間に知らせてる。


「って感心してる場合じゃないわね! このまま隠れていた方が良いのかいっそのこと逃げ周っちゃった方が良いのか悩むところね」


 戦う事は選択肢には入れられない。あたしが武器を持ったって敵いっこない。隠れていても探されればいずれは見つかる。


「ってことは逃げ回るしかないのね」


 お腹に触れて暖かさを確認して、ぎゅっと手を握り覚悟を決める。何が何でも生き延びてアサルさんに会うんだ。彼のお嫁になるのは諦めないんだから!





「ちっ。どこに行きやがった。おいてめえら、寝てねえでさっさと探せ!」

「あぁ、いねえ?」

「他の奴らも起こして回れ!」


 聞こえてくる悪者たちの声にびくびくしながらも静かに扉に近づいてく。アイツらはあたしが隠れている部屋の前は通り過ぎて行った。今行くとしたら閉じ込められた部屋の方に逃げるしか出来ない。


「やるしかないわね」


 音がしないようにそっと扉を開けると、曲がり角の先に明かりが見えた。あたしは音を立てない様に忍び足で歩き出した。


「おい探せ! 逃がしまったら間違いなく俺達は殺されるぞ!」

「くっそ、どうやって縄を解いたんだ!」

「てめえの縛り方が甘いんだよ!」

「あぁ、喧嘩売ってんのか?」

「仲間内で言い争ってるんじゃねえ。それどころじゃねえんだぞ、分かってんのかボケ共が!」


 悪者が仲間割れしてる内にあたしは小走りになって逃げ始めた。あっちに悪者が固まってると予想してだ。


「あっちから音がする」

「姿なんかなかったぞ!」

「いいから追え、馬鹿野郎!」


 罵声とバタバタと走る足音が後ろから迫って来る。あたしは真っ暗闇の廊下を懸命に腕を振って走る。見つかった以上静かにしてても無駄だ。

 

「おいお前ら、移動の用意だ! 急げ! 早くしねえと追いつかれる!」


 あたしが逃げる予定の方向からよりにもよってコルネリウスの怒鳴り声が聞こえてきた。ドスドス靴の音を響かせながら近づいてくる。

 すぐ目の前に突き当たりで左右に分かれる廊下がある。アイツの声が聞こえてくるのは右だ。 


「左に逃げるしかないわね」


 突き当りを左に駆け込んだ。





「はは、ついてるぜ!」


 曲がった先には悪者の影が数人見えた。ランタンを翳してあたしを確認してる。


「お前ら何やってんだ! 逃がしてんじゃねえぞ!」


 遠くからはドカドカと荒っぽい足音でコルネリウスが近づいてくる。しまった挟まれた。


「けっけっけ。もう逃げられないぜ」


 前からは下品な顔をランタンで浮き上がらせながら悪者が近づいてくる。こうなったら一か八かで元の廊下を無理くり突破するしかない。

 くるっと向きを変えて走ろうとした時に足がもつれて床に這いつくばった。


「ぐぅぁ」


 腫れた顔やナイフで切った腕を床に強く打ち付け激痛に襲われ、口から呻きが漏れる。


「ぎゃはは、転んでりゃ世話ねえぜ」


 激痛に呻いている間に追いついた悪者が、転がってるあたしの耳を引っ張って無理矢理顔を起こした。


「あ"ぁぁ!」


 止めて、耳がちぎれちゃう!


「このガキ、勝手に髪を切りやがって! 価値が落ちるじゃねえか!」

「ったく、手間かけさせんじゃねえ」

「ははは、もう逃げられねえな」

 

 悪者たちの嘲りがあたしの希望を砕いていく。

 あたしはアサルさんに会うの。どうしても会うの。お嫁に行くんだから!

 あたしが逃れようと伸ばした手にナイフが突き刺さった。

 

「あああああああ!」


 手を貫く激痛と口惜しさが全身を支配していく。赤い血があたしの希望の奪い取り、どくどくと流れ出て血だまりを拡げていく。


「いやぁあああ」


 もう思考が出来ないくらいの屈辱があたしを襲う。

 アサルさんに会えないの? 会えないの? 会うまで死にたくない! いやだ!

 あたしは涙と鼻水にまみれても前に進もうともがいた。ナイフの刺さってない手を前に伸ばし、少しでも進もうと床に爪を立てた。


「ははは、無駄な事だ」

「くくく」

「公爵令嬢様もこうなるとただのゴミだな」

「けけけけ!」

 

 あたしを嘲笑う声で視界がにじむ中、あたしは無我夢中で愛する人の名を叫んだ。


「アサルさん……助けて!」


 突然、何かを破壊する轟音を伴って目の前の壁が破裂した。何かがガンガンと床に衝突する音と、もうもうと立ち込める煙の中、ふたつの藍色の鋭い光があたしを貫いた。

お読みいただきありがとうございます。

壁ぶち壊し乱入をやりたかったのです。

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