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死神の口説き方  作者: 海水
第4章 死神を護るモノ
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第5話 公爵令嬢 対 皇女

 満月が綺麗な夜。お伽噺には満月を見たら狼になって人を食べちゃう男がいる、なんて話もある。そしてここにも狼さんに変身しちゃう人がいる。

 あの日から夜になるとアサルさんは狼さんに変身してあたしを独り占めしたくなるらしく、今晩も満月を見た狼さんは背後から忍び寄ってそっと抱きしめてくる。


「あの……口づけだけ、ですよ?」

「勿論分かっています」

「そんな事言っんぅ」

 

 頬に添えられた手で強引に上を向かされて唇を蹂躙される。もちろんこれだけじゃ終わらないのは分かってる。

 あたしは口では抵抗しても抱かれる事には抵抗しない。狼さんがあたしを味わってるひと時は、幸せに包まれる時間だもの。





 アダマン帝国の皇帝の到着が明日になった日の夕食後、あたし達侍女は食堂に集まってザビーネさんから説明を受けてる。侍女仲間3人とそのお付の侍女3人だ。


「いよいよ明日、グラディス皇帝がやってきます。もう既に国内に入って王都に向かっています」


 ザビーネさんも緊張しているのかいつもよりも厳しい顔だ。モノクルに当てる手にも力が入っているように見える。 


「明日は午前中に王都に入り、午後に陛下との会談が行われます。その時はイヴェット皇女も同席される予定になっています。王妃様も同席されますのであなた達は後ろで控えていてください」


 説明を聞けば緊張で背筋が伸びて尻尾にも力が入る。とうとう明日だ。もしかして、という不安が頭をよぎる。


「明日から数日間は極度の緊張を強いられる事になります。今日は早めに就寝するのですよ。特にイシスさん」


 緊張して聞いてればザビーネさんは最後に名指しで苦言を呈してきた。


「ぷっ!」

「あらあら~」


 カルラちゃんが吹き出せばテクラちゃんは口に手を当ててフフっと笑ってくる。もぅ恥ずかしい!





 小鳥が地面を啄み土の下で安息に浸ってる小さな虫を捕まえている、まだ太陽の光も若々しい午前中、あたしはアサルさんと西の塔の頂上にいた。春を知らせる爽やかな風があたしの長い髪をマントのようにはためかせてる。


「来たようですね」


 王都の大通りから歓声が上がり始めた。女帝の馬車が王都に入って王城に向かってるんだろう。


「そろそろ行きませんと」


 歓声が次第に大きく、近くなってくる。


「はい! でも行く前にあたしに『勇気』を下さい!」


 あたしはアヒル口になり、上目遣いであざとくおねだりをする。これから対峙しなきゃいけない敵に立ち向かう『勇気』を。

 アサルさんは肩を落として苦笑いをした後、優しい笑みを浮かべた。顎が指でそっと上げられ、あたしはどきどきしながら眼を閉じる。


「はいはい、そこまでな!」


 ちょうど唇が触れ合った瞬間を狙ったかのようなタイミングで後ろから声がかけられた。ふたり同時に恐る恐る声の方に顔を向ければ、呆れた顔のカルラちゃんがあたし達を半眼で見ていた。


「ったく、ちちくり合ってる場合か?」

「「アハハ」」


 口を歪めたカルラちゃんにあたし達は乾いた笑いで返すしかなかった。





 近衛騎士が整列している城門後の広場で陛下と王妃様と一緒に帝国からの馬車を待つ。長閑な春の日差しの中、黒く飾りっ気のない重厚な馬車がコルネリウスさんの先導で城門を抜けてやって来た。伝説の獣『竜』の紋章が描かれた帝国皇室の馬車だ。

 両脇には15人の女性の黒い騎士達を従えた馬車はガラガラと音を立てて目の前に停まった。極度に緊張しているあたしの心臓は過労で倒れそうなくらい頑張って働いてる。ぐっと歯を食いしばって背筋を伸ばす。

 黒い騎士がガチャリと馬車の扉を開け、跪いた。


「漸くついたか」


 馬車の中から聞こえてきたのは耳に心地よい声質だが、どこか気だるそうな感じもする色声だ。その声の主が馬車を降りてきた。

 陽の光を全て吸い込んだような光沢の黒髪をかき上げながら、切れ長の目で周囲を一瞥した。風で暴れる黒い髪を手で背中に追いやる仕草すらも気品溢れる、とても40を過ぎているとは思えない透き通るような白い肌と容姿を誇る狼族の美女だ。惜しいのは美人ではあるが表情が薄い所だ。


「イヴェット、降りて来なさい」

「はい、お母様!」


 女帝に返事をしたその声は、鈴を転がしたような澄んだ音色を奏でた様だった。馬車の扉からスッと現したその姿は、女帝によく似た艶やかな光沢を孕んだ漆黒の髪に黄金の瞳を持つ、美少女だった。女帝と違う点は表情が豊かな所だ。にこりとした笑みを浮かべて優雅に降りてきた。

 

「おぉ……」


 近衛騎士達からため息とも感嘆の声ともつかぬ言葉が漏れた。それくらいの美少女だ。


「報告書の通り綺麗な子ね。でも身体つきは負けてないわよ」


 あたしは誰にも聞こえないくらいの独り言を呟いた。その呟きが耳に入ったのか、イヴェット皇女は切れ長の目の端っこに金色の瞳を移し、あたしを見てふふっと笑った。


「随分と挑戦的じゃない?」


 そっとお腹に手を当てて熱を確認してから挑戦状の返事として、口元にニンマリと弧を描かせる。彼女は一瞬だけ目を細め、直ぐに柔らかな笑みに戻った。

 あたしとイヴェット皇女は最初の顔見せから敵同士だった。





「ようこそカルステン王国へ。遠路はるばるお疲れ様ですな」


 迎賓の間に入り、カルステン王国とアダマン帝国側が向かい合う形で挨拶が始まった。王妃様の後ろに控えて立っているあたしの目の前には、図ったかのようにイヴェット皇女が座ってる。おかげで彼女の視線がアサルさんに釘付けになってるのがよく分かる。


「あたしの狼さんを見てるんじゃないわよ!」

「声が漏れてるぞ。あと顔が怖い」


 隣にいるカルラちゃんが尻尾で腿をツンツンと突いてきた。言われて改めて笑顔を演技する。思ってる事がダダ漏れだった。気を付けないと。


「お初にお目にかかります、イヴェット・レイセオンです! あたし、アサル様にお目にかかれて嬉しいです!」


 イヴェット皇女は満面の笑顔をアサルさんに向けて、あたしの目の前で抜け抜けと言い放った。

 良い度胸してるじゃない。あたしのこめかみがピクリと動いた。


「婚約なさったとお聞きしましたが、まだ、婚約、なんですよね?」


 彼女はあたしの癇に障るように、わざとらしく首を傾げて可愛らしく話しかける。笑顔のあたしのこめかみはピクピクしっぱなしだ。


「仲睦まじくしておるようですな」


 陛下がニコリと微笑んだままアサルさんとあたしを見ながら防衛線を張った。


「ふふ、そうみたいですね」


 イヴェット皇女は柔らかな微笑みを浮かべた。この笑顔は何かを企んでて、その企みに絶対の自信がある笑顔だ。あたしの身体にピリピリとした緊張が走った。





「あ~むかつく!」


 女帝との会談が終わり、王妃様の執務室に戻ってきたあたしは部屋に付くなり言葉を吐き捨てた。

 あの女ったら、嫌みったらしくあたしに微笑みかけてきて挑発してくるし、これ見よがしにアサルさんに「婚約なんですよね」なんて確認までしてきた。狼さんはあたしのだ! 誰にも渡さないの!


「人の婚約者に粉掛けるんじゃないわよ!」


 イヴェット皇女が仕掛けてくるのは分かりきった事ではあるけどはらわたが煮えくり返って仕方がない。

 あたしは腕を組んで口を尖らせ、足先をカツカツいわせて絶賛不機嫌中だ。


「イシス、荒れてるな」

「女の戦いは~怖いので~す」


 ふたりのヒソヒソ声すらも耳についちゃう。


「ほらイシスちゃん、そんなに荒ぶってたらアサル君が心配してここに来ちゃうわよ」


 見かねたヴィルマ叔母様に肩をポンと叩かれ、あたしはハッと我に返った。

 心を乱したらアイツの思う壺よね。あたしが有利な状況には間違いないんだし、アイツはまずあたしとアサルさんの間に割り込んでくるはず。そして邪魔なあたしを排除してくる。

 冷静になって考えると、毒を盛られたことを思い出して背筋が凍るようにぞくっとした。滞在中にあたしに何かあれば、ここぞとばかりに婚姻の話を押し付けて来るだろう。あたしの身もそうだけど、アサルさんを盗られるのが一番嫌だ。考えるだけでも尻尾の毛が逆立つ。

 彼はあたしを必要だと言ってくれた。愛してるとまで言ってくれた。大丈夫、彼は惑わされる事はない。信じなきゃ。


「ふふ、そうですよね、もうアサルさんは、あたしのモノ、なんですから。ふふふ」


 アサルさんの熱が感じられる腹部に手を当てれば昂ぶった気持ちも落ち着いてきた。ちょっと悪い笑みも浮かんでくる。


「イ、イシス。こえぇ……」

「妹ちゃんが~違う世界に~」


 チラッと見えたふたりが抱き合ってウサギみたいに小刻みに震えていた。





 夜には女帝を主賓とした夜会が催される。当然あたしも、イヴェット皇女も参加する。またアサルさんに迫ってくるだろうけと相手は主賓の娘だ、表立って邪魔は出来ない。


「さて、これから夜会になる訳ですが」


 陛下並びに王妃様と夜会前に対策会議を開く。司会はジークさん。彼は女帝が帰るまでは色々と裏で動く必要があるとかで国に残るそう。


「時に親衛騎士殿。約束して頂くことがあります」

「……何でしょう?」


 名指しで呼ばれたアサルさんがジークさんに顔を向けた。わざわざ親衛騎士殿と呼んだから疑問に思ってるのか、彼を見るその藍色の目を細めてる。


「思ってはいても『私はイシス様を愛しています』などと言わないで下さい」


 彼の言葉にクスクスと笑う声も聞こえてくるけど、彼が冗談を言っている訳ではないのは眼鏡の奥の紫の瞳の光が語っている。


「例え『彼女イシスはもういませんよ』と言われてもですね」


 ジークさんに返したアサルさんの言葉に場は静まり、誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。つまりあたしに万が一があっても何も言うなと釘を刺したんだ。


「理解が早くて助かります。どちらかを選ぶような発言は控えて貰えれば結構です」


 ジークさんはくいっと眼鏡のブリッジを上げると人懐っこい笑顔に戻った。


「ジーク、てめえ何言ってやがんだ!」

「カルラちゃん!」


 彼に掴みかかろうとするカルラちゃんを声で制止する。彼の胸ぐらを掴んで停まった彼女があたしを見た。


「大丈夫。あたしは大丈夫だから」

「……イシス」


 心配そうな顔であたしを見てくるカルラちゃんに向けて優しい微笑みを作り出す。勿論凄い不安だし、怖い。でも今一番大事なのはアサルさんを渡さない事で、あたしの安全なんて二の次。彼は下手すれば陛下よりも重要人物だ。あたしに出来る事は危険と思われる場所には行かない、独りにならない事。これを守ればなんとかやり過ごせるはず。

お読みいただきありがとうございます。

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