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死神の口説き方  作者: 海水
第4章 死神を護るモノ
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第3話 安心を齎すモノ

「今日は1人では危険ね」


 ヴィルマ叔母様の配慮であたしはルティと湯浴みする事になった。アサルさんは流石に湯殿までは来れないからね。


「アサル様、夜はお嬢様と一緒にいて頂けないでしょうか?」


 後は寝るだけになった時にルティが提案してきた。彼女なら同性だから一緒の部屋で寝てても問題はないけど、また毒でも飲まされたらアサルさんじゃないと緊急対処が出来ないからとの配慮だ。


「ルティ嬢の言う事も(もっと)もですが、婚約者とはいえ、それは偽装です」


 困り顔のアサルさんは未婚の男女が同じ部屋に寝泊まりするのは不味いと主張する。ふたりの言うことはどちらも正しいと思う。結局はあたしの意志で決まるんだ。


「あたしは、アサルさんと一緒に居たい……」


 この一言で決まった。





「ではアサル様、お嬢様をよろしくお願い致します」


 ルティが深々とお辞儀をしたけどその顔には笑みが浮かんでいた。「任せて下さい」と答えるアサルさんは口をへの字にして複雑な顔をしている。


「扉には鍵を追加しておきます」


 彼は扉でゴソゴソと作業を始めた。あたしは不安を紛らわす為に尻尾をしっかりと抱いてベッドに座る。


「私はソファで寝ますので、先にお休み下さい」


 コンコンと音を立てて何かの作業をしたまま彼が声をかけてくる。


「……一緒にベッドで寝ませんか?」


 正直な所、あたしは不安と恐怖で一杯だ。今朝婚約が決まったというのに、もう命を狙われた。本当に1人でいたくなかった。


「イシスさ」

「あたし、怖いんです! すごく、怖いんです!」


 考えると震えが来る。誰かと居たいの。出来るならアサルさんと居たいの。別に何かを期待してる訳じゃない。ただ怖くて仕方がないの。


「お願い……」

「……分かりました」


 彼の声は不承不承な声色だった。





「寝られませんか?」


 ベッドの端っこで肘枕をした彼が囁いた。毛布を首までしっかりとかぶってベッドで目を瞑って、もう1時間は過ぎたかもしれない。眼を閉じると不安が襲って来てキリキリと胸が痛くなる。身体も冷えたのか寒い。


「不安が、消えないんです」


 体が震え、歯が当たってカチカチ音をだしてる。毛布をしっかりかぶっても身体の芯が冷えきってる感じて温まらない。


「……失礼」

「きゃぁ」


 あたしの腰に腕が巻き付くと、ぐぃっとアサルさんに引っ張られた。あたしの背中は彼のお腹にピッタリと吸い寄せられ、お腹に暖かい手が当てられた。彼の暖かい体温が背中から移動してくる。

 でもあたしはもぞもぞと動いて向きを変え、彼と向き合って頼もしい胸板に額をつける。


「これが一番落ち着きます」


 伝わってくる体温があたしの中の不安を、霧が晴れるみたいに消していく。押し寄せる暖かい波に胸の痛みもどこかに逃げていった。ポカポカが気持ち良い。

 背中に優しく手が回され、あやすみたいにトントンされる。すごい落ち着く。


「間に合って良かった……」


 頭の上から呟きが聞こると同時に強めに抱き締められた。大きな手があたしの耳の後ろを優しく撫でて、そのままゆっくりと髪を梳かしていく。

 もう頭の中には不安なんて無くなってた。あるのは溢れそうなくらいの安心感だ。ずっとこのままだったら良いのに。

 あたしはその安心感の中で眠気を覚え、瞼を閉じた。





「んん……」


 あぁ、寝てたのよね。いつもよりなんか暖かいんだけど、もう春なのかしら?

 ぼけっとした意識で目を薄く開けたら、あたしの目の前に顔がある。しかも寝てる。


「……」


 あたしの目の前にはアサルさんの寝顔がある。ホントに目の前にあって、ちょっと動いたら鼻がつっくいちゃうくらいに近い。耳から尻尾まで一直線に衝撃が走って急速に意識と記憶が鮮明になって来る。


 『一緒にベッドで寝ませんか?』


 昨晩の記憶が生々しく甦ってきた。寝ぼけてた頭が一気に冷めて熱くなった体から汗がどっと出てきた。あたしはとんでもないことを言っちゃったんだ。


「あ………」


 あたしがじっと見ていたら彼の目が薄く開いた。ぼやけた藍色の瞳があたしを見てる。


「……」


 彼は何か聞き取れない呟きをすると、あたしの肩にイヤイヤをするみたいにぐりぐりと頭を押し付けてぎゅうっと抱き締めてきた。


「ДДД♀♂ДД!!」


 あたしの尻尾が毛布の中でペシペシとベッドを叩きつけて声にならない叫びを代弁してる。


「…ス…」


 彼は何かを囁くと顔を動かし、あたしの頬に柔らかい感触とチュッと聞き慣れない音をもたらした。そのくすぐったい行為が頬から首筋へと場所を変えながら何回も繰り返される。その度にあたしの頭は沸騰しそうになり、心の中で絶叫した。


「アアアサルさん!」

「…………はぃ?」


 あたしのうなじから彼の裏がえった声が聞こえると、ガバッと体が離れた。


「あ!」


 彼は目を見開いて小さめの口を大きく開けて間抜けな声を出した。初めて見るアサルさんの驚いた顔だ。耳がバシっと立ち上がり、その顔が徐々に赤く染まっていく。寝ぼけていた状態で何をしてしまったのかをイヤと言うほど反芻してる最中なんだと思う。


「うモガモガ!」


 叫び出す直前に彼の口に手を当てて声が漏れないようにした。今の状況を見られたら色々とマズイ!





 まだ太陽も寝ぼけて欠伸をしている時間、白い息を吐きながらアサルさんとあたし達侍女4人で王妃様の執務室に向かうと、何故か陛下とジークさんもいて、早朝から打ち合わせをしていた。あたしはいい機会と思い、自分に関わる心配な事を聞くことにした。


「ジークさん、質問があるんですけど。」

「お、イシスちゃん今日も可愛いね」


 ジークさんは昨日とは正反対にご機嫌な軽い口調で「イシスちゃん」なんて言ってくる。


「おい、イシスは予約済みだぞ」


 口を尖らせたカルラちゃんが不機嫌そうに横槍を入れてきた。相手が公爵家次男なのに口調は相変わらずだ。


「あ、もしかして妬いてくれるの? 嬉しいなぁ」


 ジークさんは眼鏡の奥の目を細めて嬉しそうにカルラちゃんを見てる。


「んな訳ねぇだろ!」

「またまたぁ~、そんなにほっぺが赤くなってちゃ説得力ないよ」

「うううるせえ!」


 照れて明後日の方を向いたカルラちゃんは黒く細い尻尾をうにょうにょさせて誤魔化してる。そんなカルラちゃんを見たジークさんは中指でくぃっと眼鏡のブリッジを上げた。


「やっぱりカルラちゃんは可愛いなぁ。ねぇ、僕のお嫁さんになってよ~」

「なれねぇって言ってるだろ!」


 終わらないふたりの痴話喧嘩にあたしの質問は放置されつづけた。





「あぁ、ごめんね。可愛いカルラちゃんに夢中になっちゃった。えっと何かな?」


 ジークさんはようやくあたしを放置してたのに気が付いた。恥ずかしくてぷるぷる悶えてるカルラちゃんが「可愛い言うな!」って叫んでる。でも、可愛いのは事実だと思う。


「あの、今度来る帝国の女帝を何とかやり過ごせても、今後ずっとあたしの命が狙われるんでしょうか」


 彼はまた眼鏡のブリッジを上げた。


「……可能性はあります。が、現在帝国は南方の国境で独立を目指す部族との紛争を抱えています。しかも遠征には士気高揚の為に皇太子を司令官として送り込む程泥沼化しています。まぁ、両方に間者を潜入させて掻き回しているのは我が国なんですけどね」


 ジークさんは眼鏡の奥を怖い目付きにして話しを続ける。あたしの背筋に不気味な何かが這い回って尻尾を鷲掴みにした。


「あそこの皇太子は頭は良いのですが戦争には向いてない性格でして、遠征も恐らく失敗するでしょう。今回の我が国への来訪の機会を逃せば女帝も数年は来れないでしょうね」


 彼は途端に人懐っこい笑みを浮かべてアサルさんの方を向いた。


「なので、おふたりにはその間にさっさと子作りに励んで頂きたいんです。まぁ銀狼様ですから、申し上げなくても既にされているのかもしれませんが」

「イシス様との婚約は偽装です」


 ニヤニヤしながら見詰めるジークさんに対してアサルさんは真顔で即反論した。


「おや、イシスちゃんの首筋の赤い印が、おふたりの関係を雄弁に物語っていますけど」


 ジークさんが肩を竦めてあたしを見れば皆の視線も追従してくる。今朝の寝ぼけたアサルさんの行為を思い出して顔がカァッと熱くなり、思わず首に手を当ててその場所をさっと隠した。心臓が働き過ぎで倒れちゃうんじゃないかってくらい頑張って鼓動してる。皆、声も無くただ口元を手で隠して意味深な笑みを浮かべてる。


「こ、これは……そう、虫に刺されたんです! 虫に! いくら一緒のベッドで寝たからって、そんな事はしませんよ!」


 あたしが回ってない頭で焦って叫ぶと、全員がピコンと尻尾を逆立て目を剥いて驚きの表情を浮かべた。部屋に広がる沈黙があたしを更に混乱させる。

 どうしよう、と困ったあたしがアサルさんを見ると、彼は口を縦に広げて大きな銀色の耳をぷるぷる震わせてこっちを見てる。

 あたし、何かやっちゃった?


「一緒の」

「ベッド?」


 仲良く続けて呟いた陛下と王妃様が凄い速度でアサルさんに顔を向けた。彼は口を開いた赤い石像になったまま動かない。陛下と王妃様は嫌みとも意味深とも取れる満面の笑みを浮かべた。


「あらあらアサル君。責任の取り方は、分かってるわね?」


 口許にニタっとした笑みを張り付けたヴィルマ叔母様が、目を糸のように細めてアサルさんに視線を絡ませていた。

お読みいただきありがとうございます。

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