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死神の口説き方  作者: 海水
第3章 幽霊と少女
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第10話 少女の得たモノ

3章最終話です。

「落ち着きましたか?」


 あたしの背中をぽんぽんとあやすように優しく叩いてるアサルさんから声がかかった。


「ぐず」


 涙と鼻水だらけにしちゃったアサルさんの青い騎士服から顔を離す。涙で落ちた化粧まで付いちゃった。これじゃ顔を見せられないや。


「ごめんなさい、服を汚しちゃった」

「洗えば落ちますから、大丈夫ですよ」


 あたしに掛けられる慰めの言葉が胸に刺さる。本当はあたしが慰めてあげなきゃいけないのに。情けなくって自分が嫌いになりそう。


「ちょっと失礼」

「うわぁっ」


 頭の上から声がするとあたしの身体がふわっと浮き上がり膝の下にスッと何かが入り込んで脇の下辺りに手が添えられた。ガシッと引き寄せられたあたしはお姫様抱っこでアサルさんの腕の中にすっぽりと収まっていた。

 あたしの視界には騎士服に包まれた鍛え上げられた胸板が見える。怖ず怖ずと上目遣いで視線を上げれば、いるはずの獣の骸骨の姿は無く、目に入って来たのは銀色の髪に大きな耳の少年のような顔をした『あの人』。あたしが求めてやまなかった銀色のお兄さんだった。あの時のような柔らかな微笑みではなく、引きつるようにぎこちなく頬をあげた銀色のお兄さんが、そこにいた。


「お兄さん……」


 あたしの視界には銀色のお兄さんの顔しか映らない。8年間、ずっと会いたかったお兄さん。今はあたしを見てくれている。

 そのお兄さんがふと顔を上げた。


「ルティ嬢、イシス様の顔を拭いて貰えますか?」


 釣られてあたしも視線を向ければ切れ長の目にちょっぴり雫を浮かべたルティのニンマリした顔が見えた。嬉しそうに見える反面、何の悪戯をしようかと企んでる油断ならない笑顔だ。


「お嬢様はアサル様にあられもない姿ばかり見られてしまって、もうお嫁には行けそうもありません」


 口許に意味深な笑みを浮かべて懐から取り出したハンカチをあたしの顔にペタペタと押し当て始めた。恥ずかしくて身じろぎしようとしてもあたしの身体はアサルさんの強い力でガッチリ固定されてぴくりともしない。


「そうですね。転んだ時や気を失ってしまった時など、普段見ることの出来ない可愛らしいお姿ですね。普通令嬢はお化粧などをしておすまししている事が多くて、床に八つ当たりする姿など見ることは出来ませんから」


 ぎこちない微笑みから真顔になったアサルさんが滔々と述べてくる。情けない姿ばっかり見られてるあたしは恥ずかしくってすぐにでも穴を掘って隠れたいくらいに顔を熱くしてる。あたしの口はあわあわするだけで否定の言葉で反論してくれない。ちゃんと動いてよ!


「ふふ、そうですね。お嬢様はお転婆さんですから」

「あの時から変わらない、お転婆さんですね」


 アサルさんはぎこちない微笑みではなく、あの時のように柔らく笑った。

 ユニさん、エレノアさん、キーニャさん、笑ったよ! アサルさんが笑ったよ!

 あたしは嬉しくて3人を探したけど3色の光の玉の姿は見えなかった。

 どこに行ったの? アサルさんが笑ったよ! ねぇ、どこにいるの?





 アサルさんに下ろして貰ったけど腰が抜けて立ち上がれなかったあたしはルティにニヤニヤされながら又もお姫様抱っこされた。あの重いローブを着てるのに軽々とあたしを運んでいく。もう遅い時間だからか誰ともすれ違う事なくあたしの部屋まで辿り着いた。この姿を見られずに済んでホッと胸を撫で下ろす。


「では私は先に失礼させていただきます」


 部屋の扉を開けるとルティはペコりとお辞儀をし、サッサと廊下の先に消えてしまった。

 あたしがアサルさんを好きなのはもうバレバレだけど、この時間に部屋でふたりきりはマズいわよ! こ、心の準備って物もあるんだから!

 アサルさんはそんなあたしの焦りなんか知らぬ感じで明かりの消えた部屋に入った。暖房を入れてなかったせいか部屋はすっかり冷え込んでて、あたしに触れてるアサルさんがより暖かく感じる。体温を求めて筋肉質な胸に身体をピッタリと付けた。ジンワリ伝わってくる体温があたしの胸の中にまで染み込んでくる。目を瞑ってずっとこのままでいたいと願う。


「キーニャの、3人の為に涙を流してくれた事が嬉しかった」


 アサルさんがポツリと呟いた。


「3人を可哀想だと言って悲しんでくれた事が嬉しかった。ありがとうございます」


 嗚咽を堪えようと唇を噛んでいるのか発音がはっきりしない、震えた声が暗い部屋に響いた。


「3人はアサルさんの事が大好きで心配で仕方がなかったんです。それであたしに訴えてきたんですよ」

「私の力が足りないばかりに彼女達は……」


 あたしを抱きかかえてる腕が小刻みに震えだし、ポタンと暖かい水滴が落ちてきた。アサルさんの顔がある辺りに腕を伸ばしてそっと頬に手を添える。


「彼女達は怒ってはいませんよ。ただただアサルさんを心配しているだけです」


 頬に添えている手に涙の筋が当たる。その筋は止まることなくあたしの腕にも落ちてくる。身体を起こし、アサルさんの首に腕を回して「降ろして下さい」とお願いをする。あたしをガッチリ固定していた力が緩んで身体が垂直になった。


「泣きたい時は好きなだけ泣くとすっきりしますよ」


 あたしがヴァルトラウトお爺さんに言われた言葉だ。アサルさんの首に回した腕を引き寄せてあげると抵抗もなくガクンと体が倒れ、彼の頭がちょうどあたしのお腹に当たった。そのまま彼の頭をお腹に押し当てるように優しく抱き締める。


「くっ…………」


 アサルさんの声にならない叫びが灯りの無い部屋に木霊する。その叫びが大きくなるとあたしの腰に手が回され、何か縋る物を求めてるみたいにぎゅっと強く引き寄せられた。ちょっと癖のあるシルバーの髪に指を絡めながらゆっくりと頭を撫でていく。


「大丈夫です。一緒に頑張りましょう」


 その言葉の宛はないけど、あたしの中では確信的な何かが沸き立っていた。





 落ち着いたアサルさんも部屋からでて、あたし一人になった。暖房はいれたけど一人で居る部屋は寒い。


【アサル君もやっと笑顔が出たね】


 いつの間にか青い光の玉のユニさんがあたしの頭の上に浮かんでいた。


「何処に行ってたのよ。心配したんだから!」

【すまねぇ、アサルの笑顔を見たら涙が止まらなくてな】

【恥ずかしいからって逃げなくっても宜しいのでは?】

【キーニャちゃんは照れ屋だからね~】

【うるせ~!】


 姿を消していた3つの光の玉が、あたしの目の前にぼんやりと浮かんでわいわい騒いでる。羨ましいとは思ったけど、彼女たちが話しているのは過去のアサルさんだという事に気が付いた。

 あたしが見ているアサルさんは現在であってしかも進行中だ。彼の本当の救いはあたしじゃできないのかもしれないけど、今日はちょっぴり救えたと思う。


【でもさー、覚悟はしてたけどさー、やってらんねーよなー】


 急に赤い光の玉がぼやき始めた。不貞腐れて投げやりな口調だ。


【実際に目の当たりにするとショックでしたわ】

【ホントホント】

【頭じゃ分っちゃいるけどなーって頭なんてねえけどさ】

【キーニャさんは相変わらずお(つむ)に問題があるのですわね】

【うっさい、どうせ脳筋だよ!】


 3人が何やら文句を言ってるみたい。しかもそれとなくあたしに向けてね。3人の視線があたしにザクザク刺さってきてる気がする。あたしが何をしたのよ。


「何をイライラしてるの?」

【何でもねー】

【何でもありませんわ!】

【何でもないよ~】


 3人は誤魔化したまま何も教えてくれなかった。もやもやしたままあたしは眠りについた。

 夢に見なくても『あの人』が傍にいる。この事だけでもあたしは生きていけそうだった。





 翌朝、寝ぼけ眼で目が覚めたら緊急招集がされたらしく、ルティとザビーネさんが迎えに来た。


「イシスさん、陛下がお呼びです!」


 化粧もままならない顔で歩きながら髪を梳かしつつヴィルマ叔母様の執務室に連れ去られた。

 そこには陛下と王妃様の他にあたしと同じく集められたアサルさんがいた。アサルさんは獣の骸骨ではなく、銀色の髪を露わに無表情で立っていた。

 明るいところで見るとはっきり分る。28歳のはずなのに見た目はあたしよりもちょっと上くらいにしか見えない、少年のような可愛い顔だ。ユニさんが言ってた童顔ていうのが良く分る。青みがかったシルバーの髪と合わせると本当に少年にしか見えない。

 アサルさんはあたしが入ってくるのを確認すると目を細めて微笑んだ。


「あ……」


 昨晩、あたしはアサルさんを抱きしめてた事を思い出した。無我夢中だったけど、確かに抱きしめてたし抱き付いてもいた。口の中が乾いて身体全部がかぁっと熱くなっていくのが分る。尻尾が勝手にぐるんぐるん回ってる。あたしの身体がいう事を聞かない!


「ふふ、イシスちゃん。何か良いことでもあったの?」


 口に大きな弧を描いたヴィルマ叔母様がわざとらしく問いかけてきた。あたしの顔は間違いなく真っ赤になってるし、もしかしたら首も染まってるかも。


「い、いえ、何でもありません」


 必死に首を振って動揺を隠すけど、視界に入ってくる叔母様とルティの顔がにやけてるのが見える。恥ずかしくって穴を掘って逃げたいくらい。


「ふむ、早朝に呼び出してすまぬな。ちと緊急で知らせなければならぬことがあってな」


 陛下が仕切り直しのように静かに話し出した。あたしも気持ちを切り替えて陛下を見る。


「いきなりで済まぬがイシスよ、アサルと婚約をするのだ」


 静まり返った部屋にとんでもない発言が響いた。

お読みいただきありがとうございます。

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