第8話 過去と治癒者と4人の想い
「ではお嬢様、お休みなさいませ」
「ルティもお休み~」
漸くルティが自分の部屋に戻ってくれた。今日は埃だらけになっちゃったからルティに徹底的に洗われちゃった。お陰で手に入れたあの本を読みたいんだけどまだ読めてない。
【まあ仕方ないよな。あの時のイシスは本当に埃だらけだったもんな】
【でも勝手に持ち出して良いのですか?】
エレノアさんが心配を示す点滅をしながらあたしの目の前に浮かんでる。
「……アサルさんが持って行けって言った気がしたの」
アサルさんはあの時あたしが持ってる本が治癒者のだって気が付いていたんだと思う。それでもその本を隠すように探していた本を重ねて押し付けてきた。だからあたしはその行動を是と受け取った。これで良かったのかは分からない。
【あたしはちょっと安心したな】
「何がよ。安心出来る要素なんて何もないんだけど」
【アサル様が、ですか】
【なーるほーどね~】
「何がなるほどなのよ!」
あたしは3人の言ってる意味が理解出来ない。
【アイツは寡黙だからさ】
あたしの胸にはもやもやした霧が立ちこめていてちっとも晴れない。分からないことだらけで、あたしを締め付けてくる不安が無くならない。でも前に進まないと。
「……悩んでても仕方がないや」
あたしは椅子に座り古ぼけた本を開いて読み始めた。
そこに書いてあるのはこの国の歴史その物だった。
この国は元々アダマン帝国とガルガンチュア王国の間で小競り合いが起きていて非常に治安の悪い場所だった。何故なら山脈に挟まれてるけどこの間を通らないとお互いの国に攻められない重要な交通の要衝だ。
長く続く戦乱に業を煮やした、当時豪商だったヨハン・カルステンが挙兵を決意。10年かけて独立を成し遂げた国がこのカルステン王国だ。
この時に軍師的な働きをしたのがリッべントロップ家、後方で兵站を担ったのがウィザースプーン家で、戦乱で荒れた大地を立て直したのがアダルベルト家だ。この3家が柱となってるのがカルステン王国だ。今でもその3家が公爵家として存続している。
「この話は歴史の勉強で覚えさせられたわ」
【……あたしも覚えさせられた】
その時の独立戦争に協力したのが初代治癒者のスヴェン・マルティンソンだった。
彼は例え兵士が戦いで負傷しても、生きてさえいればあらゆる怪我を治してしまう。手や足がなくとも彼が手を翳せばたちどころに元に戻っていった。
この為に兵士が負傷を恐れずに突撃を繰り返し、アダマン帝国とガルガンチュア王国の陣地を次々と攻略していった。不死身かと思われた兵士達に恐怖を抱いた両軍は敗走を繰り返した。そしてとうとうヨハンは今の王都一帯を支配下に置きカルステン王国として独立した。
【え、えげつねぇ】
【想像したくありませんわね……】
治癒者の生まれは全く分かっていない。スヴェンは突然現れてヨハンに協力を申し出た、としか伝えられていない。神が産み落とした落し子という言い伝えや現人神だったという眉唾な伝記もある。
「なんか凄い事になってるわね」
【なんなのよ、これ】
その後アダマン帝国とは領土争いで幾度かの戦火を交えたが、今は国交もあり、友好的だ。ガルガンチュア王国とは幾度かの話し合いで国境を策定した。
現在も両国の間に挟まれているものの、どちらにも付かずに強力な軍事力と伝説の治癒者の力で独立を保っている。
また治癒者の協力で怪我に効く薬の開発が、続いて病気に効く薬の開発も開始された。そして数百年の時間をかけてカルステン王国は医学の大国になった。
【……すげぇな】
【アサル様に死神がついて回るのも分かる気がしますわ】
【凶悪過ぎる……】
3人の言うことも良く分かる。余りにも治癒者の力が強すぎる。治癒者が1人いるだけで戦いに負ける気がしない。
「アサルさんの存在を秘密にするのは当然ね」
これだけ強い力を持ってれば他国からは狙われるだろうし、敵対してる国から暗殺されてもおかしくない。だからあの時あたしに内緒って言ったんだろうし、名前も言えなかったのね。困った顔したのもそのせいなんだ。
【で、歴代の治癒者のリストってのがこれか】
王国歴 0年 スヴェン・マルティンソン
90年 ノエル・マルティンソ 侍女
178年 モルテン・ベーコン 文官
248年 コンスタント・ベーコン 文官
323年 ベアトリクス・ベーコン 武官
398年 カミラ・ベーコン 侍女
463年 ネイサン・コウンカルエム 文官
544年 ヴァルトラウト・コウンカルエム 文官
625年 アサル・コウンカルエム 親衛騎士
アサルさんが一番新しい治癒者として記載されてる。ヴァルトラウトお爺さんの名前もある。お爺さんは嘘は言ってないんだ。
【あら、コウンカルエム家だけではないのですね】
【あれ、本当だ】
歴代の治癒者の名前を見てエレノアさんの疑問にユニさんも同意した。確かに途中で苗字が変わってる。しかも変わった後は以前の家系から治癒者が出ていない。
「この人って女性じゃない?」
【あ、名前もそれっぽいな】
苗字が変わってる人の先代の治癒者の名前がそんな感じだ。ノエル・マルティンソンさんとカミラ・ベーコンさんだ。
「嫁いだって事かしら?」
【と言うことは、その直系の子孫でなければ治癒者には成らないということ、かも知れませんわね】
【いや、まずいな】
キーニャさんが舌打ちしてる。
「何がまずいの?」
【アサルが子どもを作らないと治癒者の血が絶える】
「あ……今のアサルさんにそんな気は無い」
アサルさんは3人を失った事で女性が寄り付かないようにしちゃってる。このままだと間違いなく独身を貫いちゃう。
でも治癒者だからって事で絶対に子孫を残す必要があるけど、それはあくまで国の都合であってアサルさんの意志ではないんだよね。
「でも可哀想だね……あたしみたいな政略結婚の道具みたい」
アサルさんも親の都合とかで婚約したのかな……
【……あたしとの婚約はそんな感じだったな】
ユニさんがポツリと零した。
【これでもねー、あたし可愛かったんだよ。イシスちゃんには負けるけどさ。アサル君も成人になりたてで可愛かったよ。彼童顔だからさ、女の子みたいだったし】
彼女は寂しげに話をつづけた。あたしが本当に小さかった頃の全然知らない話だ。
【まぁ、うちからお願いした政略結婚ではあったけど、あたしに不満は無かったよ。アサル君も騎士になってさ、にこにこしてたし。でも婚約から3か月経ったあたりであたしが病気になっちゃって、そのまま死んじゃったんだ。でいつの間にかこの光の玉になってた】
青い光の玉は寂し気にどんどんその光を弱めていった。
【それから1年以上経ってから私との婚約になったのです。アサル様はいつもにこやかに笑っていましたが、時折寂しそうな横顔をされてましたわ。多分ユニさんの事を思ってたいたのでしょう】
今度はエレノアさんが話を始めた。やっぱり寂しそうな声だ。生きて居た頃の話だもん、辛いよね。
【私も婚約から3か月くらいでしたか、病気になって寝込んでしまって、それっきりでしたわ。最後はアサル様が看取ってくださったようです】
アサルさんはこうやってふたりを失ったんだね……
【それからが大変だったんだよ。ふたりを失ったアサルがさ、ちっとも笑わなくなっちまってさ】
キーニャさんが悲しそうに小さな声で話し始めた。
【あたしはさ、アイツとは幼馴染で領地も隣だったから小さい時からよく一緒に遊んでたんだよ。アサルと婚約すると死神が迎えに来るって話が広まっちまってさぁ、婚約の話なんかはさっぱりなくなっちまった。アサルの奴も、もう結婚なんてしないって言ってたんだ】
赤い光の玉は「はぁ」と大きなため息をついた。困ってるというよりは、アサルさんのよく気持ちが分かるって感じのため息だ。
【アサルの父親もさ、誰も婚姻の話を受けてくれなくて困っててさ。じゃぁあたしが嫁になってやるよってアサルに言ってやったんだ。あたしはこんな性格だから、売れ残ってたんだよ】
【ふふ、キーニャさんは男前ですわね】
【あはは、惚れそうだね】
【うっせぇ、あたしだって必死だったんだよ。アイツは幼馴染だったし、まぁ、好きだったからな。何とかしてやりたかったんだ】
あたしは目の前で知らない過去の話を共有出来てる3人が羨ましかった。あたしはただその話を聞いてる事しか出来ない。その輪には入れないんだ。いいなぁ……
【そしたらさアイツが「俺が好きになった女の子には死神が迎えに来るんだ。それに勝てないんだよ」って言うんだよ。「ユニの時もエレノアの時も死神が来て戦ったけど勝てなかった」って、泣いてたんだよな】
【アサル様が……】
【まぁ、結局あたしも病気になっちゃてさ。意識を失ったらそれっきりだったんだ。気が付きゃこの光の玉になってたって訳】
幼馴染のキーニャさんまで犠牲になったら、もういいやって思っちゃうのは仕方がないのかな。それで仮面まで付けて人を避けてるのに、治癒者として勤めなきゃいけない。
おかしいよ。絶対におかしい。
「アサルさん、何も悪くないじゃない。たまたま治癒者だってだけで、何も悪くないじゃない。こんなの可哀想だよ。アサルさんが何したっていうのよ!」
【……イシスさんが泣くことはないのですよ?】
ぎゅっと握りしめた手に、あたしの目から零れた水滴が落ちた。頬を伝わって、開いてる本にも染みを作っていく。もう色んな感情が溢れ出して、涙で表に出すしか逃がしようがなかった。
【イシスちゃんは優しいね】
【だからさ、これはイシスにしか出来ねえんだ。アイツを開放してやってくれねえかな?】
顔を上げたあたしのすぐ鼻先に、赤い光の玉が浮かんでる。その光の中に泣いている女の子の姿が透けて見えた。その子は一生懸命に手で目を擦ってるけど、ぼろぼろ零れる涙は拭き切れてない。一生懸命嗚咽を殺してる、あの子がキーニャさんなのかな。
【そこまで想ってるってのは、アイツには伝わってるよ】
赤い光は、くぐもった声で囁いた。
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