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死神の口説き方  作者: 海水
第3章 幽霊と少女
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第7話 本と骸骨

 本棚の影から覗いている獣の骸骨が「怪我を」と呟いた。アサルさんは転がっている本をしゃがんで丁寧に退かしながらあたしに近付いてくる。

 出来れば会いたくなかった。今手の中にあるこの本を読み終えてから会って話しをしたかった。あたしって、何でこんなにタイミング悪いんだろう。

 自己嫌悪に俯くあたしに手が差し伸べられる。その差し伸べられた手はあたしの頬に触れるとピタッと止まった。見上げたその先には見慣れた獣の骸骨が窪んだその黒い目に藍色の光を湛えてあたしを見ていた。藍色の光が慈しむように、少しだけ細くなった。


「今治療します」


 何時もの感情の薄い事務的なアサルさんの声だ。でも藍色の瞳はまだあたしを見たままで固定されてる。あたしは魔法にかかったみたいに視線が離せない。

 誤解しちゃうからと自分に言い訳をしてあたしは目を閉じた。望まない答えだったらと怖くて結果を知りたくない。

 瞼の向こう側で青い光が見えてあたしの身体にあの暖かいモノが押し寄せてきた。

 アサルさんがあたしを治療してくれるのは護衛対象だからなんだよね。都合良く現れるのも護衛対象だから、なんだよね。

 頬に当てられたら手が離れると同時に目尻に何かが当てられて拭うようにスッと横に移動した。知らずに涙が出てたのかも知れない。「終わりました」という声を合図にあたしは瞼を開いた。

 目の前の獣の骸骨の窪んだ暗闇に藍色の瞳は無かった。





「アサルさんはなんで書庫に?」

「王妃様にアダマン帝国との婚姻関係の資料を取って来るようにと仰せつかりました」

「え、あたしもです」


 あたしは意味が分からずに目をしばたたかせた。獣の骸骨は言葉を発する事無く本当の骨みたいに沈黙してる。

 王妃様はアサルさんにも頼んだのかな? あたしがなかなか帰ってこなかったからかな? あたしが護衛対象になったり、分からない事だらけだ。そもそもどうしてあたしは護衛対象なのかな?

 どうして、どうして?

 この言葉があたしの頭の中を疑問で埋め尽くしていく。





 不意にアサルさんの指があたしの唇に触れた。


「イシス様、口から血が出ております」

「え、あ、気が付かなかった」


 アサルさんは着ている青いローブから小さい瓶を取り出すと、胸ポケットから出したハンカチに押し当てて液体を含ませた。シッカリ含んだのを確認するとあたしの口の周りにポンポンとお化粧するみたいに優しく押し当ててくる。その液体が肌に触れると少しすぅっとしてヒンヤリした。何回も含ませ直しては口の周り意外の所も拭っていく。

 呆然とその作業を見ていたあたしが、ふと視線を上にずらすと大きな耳は元気なく後ろ向きにへたり込んでるのが目に入って来た。何で元気が無いんだろう。

 「落ちました」という声がして優しく触れていた指が離れた。ハンカチを持っていたはずの手には衣類用のブラシが握られていた。


「そのままで表を歩かせる訳にはいきません」


 両肩を掴まれてクルッと向きを変えられたらと思ったら肩の辺りにそっとブラシが乗っかった。ゆっくり埃が舞わないように丁寧にブラシを動かしていく。二の腕から手首まで流れるような動作でブラシが動いていった。


「……そのブラシって、どこに持ち歩いてるんですか?」

「ローブには大量にポケットを作ってありますので、そこにいれてあります」


 そう言うとアサルさんはローブの内側を見せてくれた。ローブの内側にはポケットがびっしりと付けられていて、ナイフや大きな釘のような鉄の棒などの武器、薬なのか小さな瓶も括り付けられていた。


「……そんなに付けてて重くないんですか?」

「慣れました。このローブは30kg程あります」

「さ、さんじゅっきろ!?」

「特殊な鉄の糸を縫い込んでますので」


 そ、そんな錘を着ててアレだけ動けるの?


「内緒にしておいて下さい」


 背中にブラシをかけながらアサルさんは囁くように言葉を発した。


「あの、前はルティ嬢にやって貰って下さい……」


 獣の骸骨はぺこりと頭を下げてきた。ま、まあ、胸は出来ないわよね。アサルさんからブラシを借りてささっと埃を落とす。乱暴にやったからか少し埃が舞った。上手くいかないね……





「その本は……」


 アサルさんがあたしが抱えてる治癒者の本に気が付いた。取られないようにギュッと胸に押し付ける。


「こ、これも探してる本なんです」


 あたしは咄嗟に嘘を付いた。出来るなら黙ってこの本を持ち出してしまいたい。許されないと思うけど……獣の骸骨が何処を見ているのかは、分からない。ただじっとそこにいる。


「分かりました」


 少しの沈黙の後にアサルさんが呟いた。黙認なのか、何か思惑があるのかあたしには何も分からない。

 ただあたしは、アサルさんの笑顔を取り戻してキーニャさん達を安心させてあげたいだけ。それだけ。そのためにこの本が欲しい。

 ……本当は、あたしを見て欲しい。でもそれは言えない。そう自分に言い聞かせる。









「あたしは、何で護衛対象なんでしょうか?」

【おい、イシス】


 訪れた沈黙の中、口が勝手に動いて、答えを聞きたくない質問をしてしまった。気が付いた時には手遅れだった。


「陛下からイシス様を守れ、と命ぜられております。理由までは聞いておりませんが」


 獣の骸骨は感情の無い声で淡々と話す。


「だから、あたしには優しいんですか。護衛対象だから、優しいんですか?」

【おいイシス! それを今聞いちゃダメだ!】


 キーニャさんの制止する声が聞こえたけど、もう止まれなかった。あたしは俯きながらも聞いた。返ってくる答えは破滅をもたらすかもしれない質問だ。

 沈黙が部屋を支配してから長い時間が過ぎた気がする。静寂を破る答えは帰ってこなかった。沈黙は明確な肯定だ。あたしだってそれくらいは分かる。

 泣きたい心を抑えるために手をギュッと握り本を抱き寄せる。押し潰される胸がズキズキと痛い。





 その握りしめた手が、暖かい手でそっと包まれた。あたしの左手は優しくも力強く本から引き剥がされて、ガラス細工を扱う様に丁寧に指を一本一本伸ばされていった。握っていた手が開かれると掌に暖かい手が重ねらる。

 驚いて顔を上げるとぼやけた藍色の瞳があたしを見つめていた。

 あたしをじっと見詰める藍色の宝石に吸い込まれそうで、視界が崩れグニャリと歪んでいく。混沌とした世界に輝くふたつの藍色の星から目を離せなかった……

 そして、歪んだ世界の藍色の星が静かに消えた。


「本は片付けておきますのでこの資料を早く王妃様へ届けて下さい」


 藍色の星が静かに消えてアサルさんの声が耳に入ってきた。獣の骸骨はあたしが胸に抱えてる治癒者の本に、彼が持っている記録書を「持って行け」と言わんばかりに重ねるように押し付けてくる。


「あ、あの」


 幻の様な世界から未だ戻り切れてないあたしがまごついてると「はやく」と言葉の圧力が迫ってくる。


「は、はい」


 あたしはぼやけた頭をブンブン振って強引に意識を引き戻す。入り口の騎士にぺこりと挨拶をして書庫をでると、頭の中に植え付けられた「はやく」という言葉に押し出される勢いで駆けていった。


「っ!」


 何かに躓いて転びそうになるものの耐えてなお走る。

 今の出来事が頭の中がぐるぐる駆け巡ってる。アサルさんのあの行動の意味は何なんだろう。そっと重ねられた手は暖かかった。でも彼は言葉では何も言ってくれない。解答の出ない問があたしの駆ける速さよりも早く頭を巡ってる。

 気が付けばいつの間にか王妃様の執務室にたどり着いていた。


「ちゃんと、見つけられた?」


 王妃様からかけられた言葉が、あたしには違う意味にしか聞こえなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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