第4話 蜘蛛の巣だらけの錠前
【見つけたぜ!】
赤い光の玉のキーニャさんが壁をすり抜けて部屋に入ってきた。興奮してるのか光の玉の点滅が激しい。
【見つけたって、何をですの?】
【鍵開けの練習用の錠前だよ!】
キーニャさんは嬉しそうに答えてきた。
「練習用の錠前?」
【そうだよ! だってぶっつけ本番で巧くなんて行く訳ねーだろ! 練習は必要だよ! いやー、あたしって賢いな!】
【キーニャさんにしては正論ですわね】
【おう、褒めて褒めて!】
楽しそうに話しをしてるふたりが、あたしには眩しく見えた。仲が良さそうで羨ましい。
「ここにあるの?」
【そう。ここ、ここ!】
あたしは今埃だらけの物置部屋にきてる。埃っぽくて酸っぱい様なすえた臭いがする。窓もなく薄暗くて、壁一面に棚があって良く分からない物が無造作に置かれてる、とっ散らかった部屋だ。物置部屋と言うよりはガラクタ部屋の方がしっくりくる。
キーニャさんがここに練習用の錠前があるって言うんだけど……
「蜘蛛の巣とかすっごいんだけど」
埃だらけの上に彼方此方蜘蛛の巣だらけ。棚にも床にも壁にも蜘蛛の巣が蔓延ってる。あまりの気味の悪さに尻尾の毛がざわざわと逆立っちゃう。
【ほら、そこそこ!】
キーニャさんは嬉しそうに教えてくれる。赤い光の玉が蜘蛛の巣をすり抜けて棚の中に入っていった。確かに埃まみれの錠前が見える。
「出来れば取って欲しいかなぁ……」
あたしって何も道具を持ってないから、素手で蜘蛛の巣を払わなきゃいけないのよ。想像するだけで身体中がぞわぞわしちゃう。
【いやー、取ってあげたいのはやまやまなんだけどさ、今のあたしらって物を通り抜けちゃうから掴めないんだよね~】
「そんなぁ」
キーニャさんから無慈悲な返事が帰ってきた。物を通り抜けちゃうから駄目って!
「やるしかないの?」
蜘蛛の巣には大きな蜘蛛が陣取ってあたしを睨んでる。ウニウニと8本の足が蠢いて気持ちが悪い。
「嫌だ~、触りたくない~!」
「イシスちゃん。何やってんの?」
「ひぇっ!」
後ろから急に声をかけられ、情けない悲鳴を上げて振り返れば、コルネリウスさんがきょとんとした顔で立っていた。
「コルネリウスさんか~。はぁ~びっくりしたぁ」
「あ、いや、驚かせるつもりは無かったんだが……」
頭をポリポリ掻きながら「こんな物置で何か独り言言ってたからさ」と訳を話してくれた。キーニャさんとの会話を聞かれてたみたい。早速「この子おかしくなっちゃった」って思われたわね。もういいや、開き直ろう。
「あの、あそこにある錠前を取りたいんですけど、蜘蛛の巣が邪魔で取れないんです」
あたしは棚の中の蜘蛛の巣の向こうに見える錠前を指差した。大きな蜘蛛が鎮座してて非常に気持ち悪くて邪魔。しかもあたしを睨んでるように見える。
「あぁ、こんなもん」
そう言うとコルネリウスさんは爪先で蜘蛛をペシッと蹴って追い払うと、ガサゴソと棚に手を突っ込んで錠前を取ってくれた。埃だらけの錠前にふーっと息を吹きかけると、ボフッと煙が立つ。その煙にゲホゲホと咽せながらあたしに錠前を渡してくれた。
「これで良いかな?」
腕にくっ付いた蜘蛛の巣をはぎとってるけどかなり取り辛そうで苦戦してる。
「はい、ありがとうございます!」
ぺこりとお辞儀してお礼を言うとコルネリウスさんは手をひらひらと揺らしながら「良いって事よ」と言ってくれた。
「イシスちゃんの意識が戻ってくれて良かったよ」
コルネリウスさんはあたしの頭にポンと手を載せた。凄く大きくてゴツゴツしてる手だ。なんか安心感がある。
「うちの騎士どももそうだけど、アサルの奴も元気なくてな。昨日の朝の鍛錬でも余りにも覇気がなくて、大丈夫かよって思っちゃったぐらいだぜ」
コルネリウスさんが言うにはアサルさんの元気がないみたい。あたしの寝てる医務室に来たあの夜のアサルさんは確かにしょげてるように見えた。
アサルさんは、あたしが近寄ったから死神が攫いに来たって考えちゃったのかな? また自分のせいで、なんて思われたらどんどん悪い方に行っちゃいそう。
「ま、イシスちゃんも病み上がりなんだからお転婆も控えめにな」
笑顔のコルネリウスさんはあたしの頭をわしわしと荒く撫でると「じゃあな」と言って物置部屋を出て行った。あたしの事も心配してくれたんだと思うとちょっと嬉しい。
「ふぅ、助かっちゃった」
【アイツ、いつの間に来たんだ?】
ふわふわと赤い光の玉が近づいてきた。キーニャさんはちょっと怪しんでる言い方だ。
「たまたまあたしを見かけたんでしょ」
【イシスに気でもあるんじゃないのか?】
キーニャさんがイヤらしい言い方をしてきた。
「コルネリウスさんて、奥さんいるわよ?」
確かアダマン帝国の貴族のお嬢様をお嫁さんに迎えたって聞いた。政略結婚だったみたいだけど仲は良いみたい。テクラちゃんから聞いた話では美人の奥さんだって。確かお子さんもいたはず。
【ふ~ん。ま、それよか早く部屋に戻って練習しようぜ!】
「そうね」
あたしは錠前をぎゅっと握った。先ずはこの錠前を開けられるようにならないとね。それから漸く治癒者について調べられるんだ。先は長いけど頑張らなくっちゃ。
「じゃあ部屋まで急がないと!」
【おい、転ぶから走るなって!】
「大丈夫!」
あたしは小走りで部屋まで駆けて行った。
夕食も終わり湯浴みも済んで後は寝るだけになった。部屋にはルティとあたしだけ。
「お嬢様、本当に1人で大丈夫ですか?」
「大丈夫だって」
「でも……」
ルティはあたしを1人にするのが不安みたいで、なんとか部屋に残ろうと粘ってる。枕を持って一緒に寝る気満々だ。
心配してくれるのは嬉しいんだけど、ルティがいると錠前を開ける練習が出来ない。彼女の前でそんなことしたら止められるに決まってる。
「あたしだって成人したんだから。ルティだってしっかり寝ないと身体がもたないわよ」
「……わかりました」
お休みの挨拶をしてルティを部屋から追い出した。色々ごめんね。
【ふぅ、やっと行きましたわね】
他の人には見えないけど、一応大人しくしていた3人があたしの近くに寄って来る。
【折角心配してくれてるのに、悪いな】
「そうなんだけど、この事を話しても信じて貰えないと思うの」
あたしはベッドの下に隠した錠前を取り出す。部屋に戻ってから布で綺麗に吹いたからピカピカになってる。
【終わったら全部話をしてあげて欲しいな。彼女、すっごい不安そうな顔してた】
「……そうね、終わったら全部話をするわ」
ユニさんはルティを心配してくれた。全部終わったら説明しよう。何があったのかを、ちゃんとね。でも上手く行くかなあ?
不安から錠前を掴む力をぎゅっと強くした。
【まずは針金を2本用意するんだ!】
「これね」
針金は荷物を固定するのによく使われるから直ぐに手に入った。荷役のおじさんに手ごろな長さに切って貰った。何に使うのかって聞かれたけど部屋の隅っこのカビを取りたいのって誤魔化した。
【イシスさん、その誤魔化し方も誤解されそうですわ】
「どうして?」
エレノアさんが困った口調で問いかけてきたけど、あたしは分からないから首をひねった。部屋を綺麗にするんだから問題ないと思うんだけど。
【イシスさんは公爵令嬢ですのよ? そのような細かい所の掃除を自らするというのは、おかしいと思われませんこと?】
「そう、なの?」
確かに領地に居た頃は掃除なんかした事なかった。でも王城に着て王妃様の侍女をしてからは、ちょっぴりだけど掃除もするようになったのよ?
【あたしも大雑把に掃除はしてたけど、そんな細かいところまでは気にしなかった】
【別な目的で使うと思われてしまいますわ】
ユニさんにも突っ込まれちゃった。お父様にも常識がないって言われてたけど、あたしって、とことんダメなのね。
【イシスはまだ16歳なんだからさ。これからだって! な!】
【そうですわ。まだまだ先は長いのですわよ】
【そうそう、落ち込んでたらアサル君を口説き落とせないよ】
3人はしょんぼりしてるあたしを元気付けようとしてくれてる。でも「これから」「先は長い」って言うけど、彼女達には「これから」なんてない。それでもあたしを元気づける為にって考えちゃうと悲しくなる。3人はそれくらいアサルさんの事が心配なんだ。
「そうよね、頑張らないとね」
あたしは悲しい感情を抑えてにっこり笑顔の演技をした。演技を上手くしてくれたヴィクトール騎士団長には感謝しないとね。
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