第3話 少女の決意
「お嬢様!」
翌朝、あたしの様子を見に医務室に来たルティが獲物を見つけた狼みたいに飛びかかってきた。必死の形相であたしに抱きついてくる。
「おじょうさま! おじょざばぁ!」
ベッドにあたしを押し倒してスカーレットの耳を振り乱して泣きじゃくってる。涙で濡れてる頬を押し付けて言葉にならない何かを叫んでる。
倒れたあたしが起きなかったから心配しちゃったんだろうね。
「心配かけちゃってごめんね」
ルティの身体をそっと抱きしめる。落ち着かせるために背中をポンポンと優しく叩いた。
「うわぁぁぁ」
ルティは子供みたいに大きな声で泣いた。
ルティが大声で泣き喚いたからか、医務室にザビーネさんが息を切らしながら駆け込んできた。
「イ、イシスさん、起きたのですか! 身体に不調は、ありませんか?」
あたしの傍に来て肩で息をしてる。走ってきたからか冬なのに額に玉のような汗をかいてる。
「えぇ、大丈夫です」
あたしはルティの頭を撫でながら笑顔で答える。身体は大丈夫だけど、笑顔は演技。あたしの頭の中はアサルさんに振られた事と書庫に忍び込む事で一杯だから。
「それは何よりです。ですが、今日は休んで医師の診断を受けて下さい。これは王妃様の指示でもあります」
ザビーネさんは焦りの顔からいつもの厳しい顔に変えると、モノクルに手を添えた。目が覚めたからといってもいきなり侍女の仕事をやらせるわけにはいかないんだ。
でもあたしの身体を気遣ってくれるのは嬉しい。
「ご迷惑をおかけします」
ペコりと頭を下げた。
ザビーネさんが医務室から出て仕事に戻っていって、残されたのはあたしとルティだけになった。冬のひんやりとした空気が首筋に触れてぞくっとする。
「ぐず。2日も目を覚まさなかったんですよ」
「あたし、そんなに寝てたんだ」
ルティは鼻水をすすり上げながらあたしに抱きついてる。スカーレットの耳もしんなりしちゃって、あたしの頭にペタンと乗っかってる。
「夜会で倒れちゃって大騒ぎだったんですよ! 頭から血も出てましたし、もう起きないのかと思っちゃいました!」
ルティは喚きながらもあたしを抱きしめて放そうとしない。放したらもう会えなくなると思ってるのかもしれない。
「そっか。皆に迷惑かけちゃったね……」
「そうですよ! うぅ、うわぁぁぁん!」
ルティは大粒の涙を零し始めた。
それから少しして医師のカリーナおばあちゃんがやってきた。
「イシスちゃんおはよう。やっと目が覚めたのね」
おばあちゃんはゆっくりとあたしの傍まで歩いてくる。あたしに抱きついて離れようとしないルティに「カリーナおばあちゃんが来たから」と話しをしたらしぶしぶ離れてくれた。
「いっぱい寝ちゃいました!」
あたしは、いつものあたしを演じる事にした。変に取り繕うとしても怪しまれちゃうから。
「おやおや、イシスちゃんで間違いはないようね」
カリーナおばあちゃんはニコニコしながら聴診器を取り出してる。それに気が付いたルティがシャッとカーテンを閉めた。
「一通りの診断をしようかね」
丸い耳をピコピコさせたカリーナおばあちゃんが診察を始めた。
カリーナおばあちゃん、カリーナ・グレイハウンドさんは王城で30年医師として勤めてる大ベテランだ。昔は綺麗な黒い髪だったらしいけど今はすっかり真っ白だ。小さい眼鏡を鼻の上にちょこんと載せた、あたしくらいの背丈の小さな虎族のおばあちゃん。白髪を玉みたいに丸めて頭の上に載せた姿がトレードマークになってる、優しいおばあちゃんだ。
カルステン王国は他国よりも医学が発展してて、薬も効果の高いものが多い。勿論医師のレベルも高い。医師になるための学校があるくらい。
他国、とりわけ西の隣国のガルガンチュア王国から薬の原料を輸入して加工して販売してる。主な輸出先は東の隣国のアダマン帝国だ。
東のアダマン帝国と西のガルガンチュア王国はカルステン王国よりも大きい大国だ。交通の要衝、医学、国の規模に比べて大きい軍事力があるからカルステン王国は両大国から攻められていない。結構絶妙なバランスで均衡が保たれてる。
「心臓は特に問題ないね。体温も普通で異常なし。血圧も正常値の範囲ね。頭を打ってたから傷が心配なんだけど、見当たらないのは不思議ねえ。イシスちゃん、何かおかしな物が見えたり聞こえたりとかある?」
「あ、時折女の子の声が聞こえたりもします。あと光の玉が見えたりします」
【お、おいイシス!】
カリーナおばあちゃんはあたしが倒れた時に頭をぶつけてる事を気にしてるみたい。今でも3つの光の玉は見えてるし、彼女達の声も聞こえる。でもあたし以外の人には見えてないし声も聞こえてないみたい。
あたしがブツブツ独り言をしてたら怪しまれちゃうからこの際「見えるし聞こえるんてす」と話をしちゃう。この子はおかしい子なんだ、って思われちゃうけど、もうどうでもよくなっちゃったもん。
「ふぅん、倒れた時にぶつかった場所が悪かったのかねぇ」
カリーナおばあちゃんは哀れむような視線を向けてきた。これであたしが妙な行動をしても、頭を打っておかしくなったんだ、って思って貰えるかしら?
「うぅ、おいたわしや」
ルティが両手で顔を覆って嘆いてる。やり過ぎちゃったかしら? お母様に知られたら「貰い手が無くなっちゃうわ」って悲しむかな……
カリーナおばあちゃんには、今日はおとなしくしていなさい、と言われたけど、部屋に戻る許可がでた。
【イシスさん。アレではイシスさんが頭のおかしい子と思われてしまいますわ!】
部屋に戻ったらエレノアさんがお説教を始めた。あたしの目の前には黄色い光の玉がふわふわ浮かんで点滅してる。感情で光の強さが変わるみたい。
【イシスさんは偏見の目で見られても良いのですか?】
良くはないけど、まだ部屋にはルティがいるから答えられない。
「お嬢様は、本当におかしな物が見えたり聞こえたりするんですか?」
ルティがあたしの着替えを用意しながら探ってくる。ルティとは付き合いも長いから少し様子がおかしいと怪しんで来るわね。でも3人の事は話すわけにはいかない。ルティでも信じて貰えないだろうし。
「うん。今も目の前に黄色い光の玉が浮かんでるよ」
白々しく嘘をつくよりは本当に見えてる事を話しちゃった方が真実味が出ると思うから、正直に答えちゃう。あたしの言葉を聞いたルティがこっちを見て悲しそうな顔をした。
「大丈夫です。私は何時までもお嬢様のお世話を致します。えぇ死ぬまでお世話致しますとも!」
ルティは目をうるうるさせて今にも泣き出しそう。心配させちゃってごめんね。心の中でごめんねって沢山謝った。
ルティが昼食の用意をしに部屋を出ていくと、エレノアさんが溜め息混じりで話しかけてきた。
【良いのですか?】
「だって仕方ないじゃない。あなた達は他の人には見えないみたいだし。それにちょっとおかしな子って思われてた方が動きやすいでしょ」
【自暴自棄になってはいけません。イシスさんにはアサル様に寄り添って頂かないと困りますわ。どこぞの素性の知れない女にアサル様を任せるなんて出来ませんことよ!】
「ははは……無理かなあ」
あたしには乾いた笑いしか出せない。エレノアさんはそう言ってくれるけど、アサルさんの方から断られそう。正直、もう一回振られたら立ち直れる気がしない。
「でもアサルさんが笑えるようにはなって欲しいの」
あたしの望みはこれ。アサルさんだって好きだった女の子が続けて3人も死んじゃったら、もう良いや、って思っちゃうのは当然かもしれない。でも治癒者の記録を調べれば、何かの手掛かりくらいは見つかると思うの。好きになった女の子が死なないで済む方法がわかれば、アサルさんもきっと笑えるようになると思う。そうなってやっと、あたしの事にも目を向けてくれるかもしれない。
【イシスさんはそれで良いのですか?】
エレノアさんは再度聞いてきた。
「……だって今のままじゃ、あたしの事なんて見て貰えないもの」
他に方法なんて考えられないし。
「あはは、おかしな子って思われたら、見てもくれないかな……」
【イシスさん……】
あたしはベッドの上で膝を抱えてコロンと横になる。辛いけど、頑張るしかないよね。
お読みいただきありがとうございます。




