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死神の口説き方  作者: 海水
第3章 幽霊と少女
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第1話 闇の中のお爺さん

第3章開始です。

 あたしがいるのは暗くて何も見えない、何も音がしない闇の中だった。立っているのか寝ているのかも分からない、闇の中だ。耳を澄ましても何一つ物音が聞こえてこない。


「ここは、どこ?」


 夜会で涙を堪えきれずにポロポロ零してたのは覚えてる。それから身体がぐにゃってして……


「……あたし、振られちゃったんだよね」


 思い出したらまた涙が溢れてきた。泣いても何も変わらないのに。でも嗚咽と胸の痛みが止まらない。


『想いに応えることは出来ないのです』


 あたしは膝を抱えて泣いた。





 どれだけ泣いたのか分からないけど、涙は止まった。身体にある涙が全部流れちゃったのかもしれないくらい泣いたからかな。

 抱えていた膝は涙と鼻水で冷たくなってる。


「あれ?」


 あたしは赤いドレスを着ていたはずなのに何故かズボンを履いている。着替えた覚えはない。上半身はシャツの様なモノを着ている。


「よく分からない事だらけね……」


 そもそもここはどこなんだろう?

 目に残ってる涙を腕で拭いて膝を伸ばす。あたしが足を延ばすと何か平らなモノに触れた。


「地面かしら?」


 試しにぐっと足に力を入れて押してみる。硬くて動きそうもない。しゃがんで触ってみると、石のようにザラザラしてるのが分かった。石畳みたいに段差もある。


「外にでもいるのかしら?」


 首を回して周りを見渡せば、遠くの方でランプの灯りの様なぼんやりとした光が見えた。その他には何も見えない真っ暗な空間。先があるのかも分からない。


「何だろう」


 アサルさんに拒絶された事で、何かどうでも良くなっちゃったあたしは、その明かりに向かって見ることにした。





「いたっ!」


 もうどれくらい時間が経ったのか、歩いても歩いてもその明かりには辿り着かない。足もジンジン痛くなってきた。時折床の段差に躓いて転んでは膝や腕を強かにうった。身体の彼方此方が痛くて悲鳴を上げてる。


「痛いって事は生きてるって事よね」


 大分時間が経ったからか冷静になってきた。でもここがどこなのかはさっぱり分からない。


「ここはどこなのかしら?」


 あたしが呟いた瞬間、目が眩む明かりに包まれて視界は真っ白になった。





「おぉ、こんな所にお客さんが来た」


 眩しくて目を開けられないあたしに声がかけられた。少ししゃがれてる、お爺ちゃんの声だ。


「暗いところから急に明るいところに出てすぐに目を開けるとおかしくなる。まだ目を閉じていなさい」


 お爺ちゃんは優しく語りかけてきた。少しして瞼に透けてくる明かりが弱く感じられてきたから、ちょっぴりだけ目を開けた。

 瞼の間の細い視界には木のテーブルと木の椅子、そこに腰掛けているお爺さんの姿が映った。上からランプの仄かな明かりに照らされたお爺さんは、銀色の髪に大きな耳であたしを心配そうに見つめている。


「おぉ、漸く目が慣れたようじゃな」


 お爺さんは皺だらけの顔に更に皺を増やして微笑んだ。





「まぁ、座りなさい」


 あたしはお爺さんに言われるがまま椅子に座った。木目がはっきり分かる焦げ茶色のテーブルも椅子も古臭そうに見えるのに軋み音一つしない。


「ココアでも出そうかの」


 お爺さんは「ヨッコラショ」と呟いて立ち上がり、向きを変えた。すると向きを変えた方にスッと流し台が現れた。

 カップに粉を入れ、スプーンでクルクルかき混ぜてる。どこからか取り出したポットからカップにお湯を注いでまたスプーンでクルクルかき混ぜた。辺りにはココアの甘い匂いが立ちこめてる。お腹がくぅと鳴いた。


「ほれ、出来たぞ」


 そう言うとお爺さんはコトリとココアの入ったカップを置いた。湯気が出て熱そうなココアだ。


「暖かい飲み物は心を落ち着かせるぞ」


 お爺さんは軽く微笑んでまた優しく話しかけてくる。そっと手を伸ばしてカップを取り、口を近づけた。


「あちっ!」


 お湯が熱かったのかカップも熱くなっていた。ふーふーして少し冷ましてから一口含んだ。暖かくて甘い液体が口に広がっていく。こくりと飲み込むと胸の当たりがじんわりと暖かくなる。


「美味しい……」


 ふぅ、と一息つくと、さっきの事を思い出してまた涙が溢れてきた。涙はもう出し尽くしたと思ってたのに。

 お爺さんに見られたくないから下を向くと、悲しみの水滴はポタンとカップの中に落ちていった。止めようと思っても後から後から湧き出て来る。ぎゅっと閉じたはずの口から嗚咽も零れ始めた。


「……泣くだけ泣いた方がすっきりするぞ」


 お爺さんの言葉がきっかけで堰止められてたあたしの感情は歯止めが効かなくなった。ひたすら声を上げてわんわん泣いた。悔しくて悲しくて仕方なかった。

 焦げ茶色のテーブルに水たまりが出来るくらい悲しみが零れた。お爺さんはずっと「悲しい時は泣いてもいいんじゃ」と慰めてくれた。





「お嬢ちゃんはなんでここに来たんじゃ?」


 あたしが落ち着いた頃合を見計らってお爺さんが話しかけてきた。冷めて少ししょっぱくなったココアを啜りながら「わからないんです」と答える。

 夜会で視界が真っ暗になったらここにいたんだもん。訳が分からないわ。


「ここは生きてる人間が来て良い所ではないぞ」


 お爺さんは優しいけど少しだけ語気を強めてきた。


「分からないけど、気が付いたらここにいたんです」


 あたしはテーブルの上のカップを見ながら答えた。少し落ち着いたら身体が痛みを思い出したみたい。腕を見れば擦りむいて血が滲んでる。振られるし転んで身体中が痛むし血は滲むしで、良いことない。思わず苦笑いがでた。


「随分擦りむいてるようじゃなぁ」


 あたしの腕を見たのか、お爺さんが呟いた。「どれ」とスッと立ち上がってあたしの横に来て、「怖くないからの」と安心させるようにやさしく語りかけると、ゆっくりと手を翳さしてきた。翳されたお爺さんの掌が青く光って、暖かいものがジンワリとあたしの身体に染み込んで来る。


「これ……」


 じわじわと尻尾の先にまで暖かいものが満たされていく。驚いたあたしがお爺さんに顔を向けると、にっこりと笑いかけてきた。


「わしはヴァルトラウト・コウンカルエムというジジイじゃ」


 お爺さんは、そう、言った。





「あたしはイシス・ウィザースプーンと言います」

「ほぅ、ウィザースプーン家のお嬢ちゃんか」


 ヴァルトラウトお爺さんとテーブルに向かい合って座ってる。にこやかな笑みをあたしに向けながら自分の事を話してくれた。このお爺さんはアサルさんの祖祖父に当たる人みたい。


「100年に1人くらいの割合でワシみたいな治癒者が産まれるんじゃ」


 お爺さんはそう説明してくれた。自分よりも前の治癒者の事は知らないんだって。


「城には治癒者に関する記録があるはずじゃ」


 お爺さんが生きている頃は王城の文官を兼任してて、自分や過去の治癒者の記録を見た事があるんだって。


「御先祖様の名前だけは知っとるが人となりは分からんよ」


 お爺さんは眉を下げて苦笑いしてる。直接会ってる訳じゃないものね。


「アサルの事は知っておるよ」

「え……会った事があるんですか?」


 ヴァルトラウトお爺さんはにっこりとするだけで答えてはくれなかった。





「あたし、死んじゃったんでしょうか?」


 さっきお爺さんは生きている者は来れないって言ってたし。でもあたしが来れたって事は、やっぱり生きてないから、よね。アサルさんには振られちゃったし、ここから出られそうもないし、あたしどうしたら良いんだろう?


【イシスちゃん、落ち込まないで!】


 あたしの耳に女の子の声が入り込んできた。これって、あたしが倒れる時に聞いた声と一緒だ。声の主を探そうとキョロキョロするけど、ここにいるのはあたしとヴァルトラウトお爺さんだけ。


「なんじゃいユニ。来ておったのか」


 ヴァルトラウトお爺さんが呆れた口調で呟いた。

 知り合い?


「この子を連れてきたのはお前達か?」

【大当たりですわ、と言いたいところですが偶然ですわ】


 今の声とは別なお嬢様っぽい女の子の声がした。

 お爺さんは『お前達』って言ってたから何人かいるのかしら? ていうか姿も見えないのはなんで? 一体誰なの?


【こっちだよ!】


 また聞こえてきた違う女の子の声がする方を見れば、丸く仄かに光るモノが3つ見えた。あたしの頭くらいの大きさの、赤青黄色の3つの光の玉だ。その光の玉を見た瞬間、またあたしの視界は黒く塗り尽くされた。


お読みいただきありがとうございます。

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