(111)【3】この闇を切り裂いて(2)
(2)
『俺が決めるとこじゃねぇし、エリュミス次第だろ――ともかく。ギルソウとフリューセリアの対立も見え隠れしているわけだ』
『……事情が複雑なんだね。誰が何をしようとしてるんだろう……』
『最初に言ったろう。紫紺の瞳のお前を――利用するか制御するか考えあぐねてとりあえず支配しようとした国王、その先回りをしようとした王女、利用しようとした王妃』
『なんで? まだ触れてないけど、国王様の先回りをなんで王女様は……?』
『そこがわかれば苦労もねえんだがな。王女の先回りってのは、行動が、どうも国王抑止に動いているように見えるって感じだな』
アルフィードは機嫌悪そうに言った。
『わかりやすいのがギルの遺体消失によって浮上したフリューセリアの目的だ。フリューセリアにはエリュミス族やら国王との関係やらあるわけだが、稀代の巫女って点がな――』
『何?』
『フリューセリアの手足、ラヴァザードがギルの遺体を盗んだ。フリューセリアはエリュミス族……メルギゾークの知を受け継ぐエリュミス族は“魂’”を転換する術を持っている。これは教団高位の者、あるいは上位魔術師にはよく知られている』
『“魂’”を転換?』
ユリシスは復唱した。
『フリューセリアがエナを“器”にしようとしたなら……ギルソウがエナを逃がそうと誘拐を装う事も有りえるだろう。“魂”の交換に術エネルギーが必要だっつってギルの“魂”の力を求めたんなら、それも頷ける』
『“器”……? その……“器”って? “魂”の交換??』
話が一気に飛躍した。
『エルフの不老不死のモチーフに繋がったんだろうな──エリュミス族の秘術に、古い肉体を捨てて別の肉体へ“魂”を移す術がある。フリューセリアが仮病にしろ病にしろ、老化する肉体を捨ててエナの肉体へ移ろうとしていたんではないか、と俺は考えている。新しい肉体へ、新しい八歳のエナの体へ……だな』
ユリシスは気味が悪くなってきた。
『何……それ……“魂”って……命でしょ? ギルの遺体……“魂”を使うとかどうとか……だって……え? 命だよっ!?』
『俺に怒鳴るなよ』
『あ……ごめん』
徐々にヒートアップしてしまった心を鎮めようと一息ついた瞬間、ある言葉が脳裏を掠めた。
――この指先の動く事が、人に命ある事がどれほどの奇跡か知らぬ愚かな者が、その命を弄ぶ者が現れた時、貴女の居ない未来にこれを託す……。
ついさっき読んだ古い言葉。
誰の遺志かはわからない。この地下に何かが隠されている事を示す言葉……。
『……命を、弄ぶ者……?』
『まあ、何となく一致する程度ですぐに結びつけるもんでもないな』
言わんとしたことは、すぐに伝わったらしい。
『そ、そうなの?』
『単なる言葉だろ。事実の一致には負ける。まぁ……なんだ、仮病かどうかきっちり情報を集めるのが先ってのが、俺の今のテーマだな。いつまでたっても推測を出ん。現状把握している事実は……ギルソウがエナを誘拐させた事、フリューセリアが表に出て来ない事、それから……』
『ギルソウとマナが紫紺の瞳の私を狙っているという三点目?』
アルフィードにあわせ、あえて呼び捨てにした。
『そうだな。それも事実だ。とにかくフリューセリアは謎が多い。あの女の周りをスッキリさせつつ、お前だな。──お前、何があんの?』
『……何がって……古代ルーン魔術使っちゃうぐらいしか思い当たらないよ……。関連で言うと、エナ姫誘拐を阻止した事……?』
『ああ……あれな――仕切りなおしは必ずするぞ』
『いや……私じゃアルに勝てる気しないよぉ』
眉をひそめて言えば、アルフィードは『フッ』と不敵に笑った。が、それもすぐにひっこめられた。
『情報なんてのはいくつかのルートから集めりゃ大体そろってくる……が……紫紺の瞳について、か』
『ゼクスの言っていた事ならいくつか……』
『なんだ?』
『私は九代目のメルギゾークの女王だとか、ディアナの生まれ変わりとか……そう、瞳が青いのは精霊の、赤いのは肉体の色。親から受け継がれるのが意識の色だって言ってた。特定の魂の持ち主だけは、親から受け継がれる意識の色を持っていないとか……? あと、私に対して強い呪いがあるとも言ってた。でも、いつもなんだか冗談なのか本気なのかわからなくて……』
『生まれ変わりはねぇだろう』
即答だった。ユリシスの言葉尻に重ねられた声は、半笑いにも聞こえた。
『ディアナってのはメルギゾーク最後の女王だろう? あれは最終的に自殺になっているはずだから、魂は壊れてるだろ。さっきの壁に書いてあったメッセージもそれを示唆してるんじゃないのか? ささやかな望みは既に絶たれたとかなんとか。貴女の居ない未来にこれを託すとか――ゼクスはロマン追いすぎなんじゃねーの? さすが、遺跡ハンターなんて金になりそうにない二つ名してるよ』
『最終的に――自殺?』
『どこで調べついたんだったかすぐには思い出せねぇけど、肉体を精霊達に捧げる事で歴代最強の力を得てメルギゾークを滅ぼしたとか。力を使い尽くして魔力、というか命――魂を自分で使い尽くした』
『精霊に捧げるってそういう事出来るの?』
『知らねぇよ』
『魔力を使い果たしても自殺扱いなの?』
『古い文献にそれを目撃したって奴が何か書いてただろ、魂は肉体から離れたら精霊になるが、自殺の場合はそれがぶっ壊れる。消滅するって。自殺したら魂が構成の均衡を失って崩壊。転生なんていう道は完全に絶たれるってぇのは、摂理だぜ』
『ギルは……自殺にならないかな? 私をかばって……』
アルフィードが鼻で笑う。
『あれは、他殺だろ? どう見ても。思い出しても笑えるぜ。デリータも頭がどうかしてる……。それからメルギゾークの第九代女王ってのも馬鹿げた話だ。メルギゾークなんてものは二千年前に滅んでる。考えるまでもないぜ』
ユリシスは目をパチクリさせてから、頷くしかなかった。
惑わされていたのかとしか思えなくなる。
自分の思考力が低下していたというのも大きいのだろうけれど……アルフィードの言葉はいちいち納得がいって、とてもスッキリしていく。何も調べに、確かめになんか行かずに腑に落ちていく。
『あ……ギルの遺体……』
『ああ、場所は大体目星ついてるぜ』
『えっ! 本当に!?』
『すぐに飛びつくのは危険だから、まだ情報を集めてる。ちょっとずつ洗えば、王城から出てこない王妃の手足だって地上をウロウロしてるのが見えてくるんだよ』
『王妃様の指示で動いている……ラヴァザード?』
『そのルートで調べてみたらやはり、頭と胴の離れた一人分の死体を邸に運び込んだらしくてな。その時期もギルの墓を作ってから、無くなったのを確認したあの期間にはまってたしよ。自分んちの使用人にさせるなんて馬鹿だぜ。情報漏れ漏れ』
『頭と、胴の離れた……ギル……かな……?』
アルフィードから返事は無かった。言うべき事は言い切ったという事だろうか。
しばらく歩いていると、アルフィードが再び口を開いた。
『出口は二つあるが、お前、どっちから来た?』
『どっちからって……西の洞から……』
『そっちからか。入り口、なくなってなかったか?』
『ゼクスが開けてた』
『わかった。そっちの方がいいだろうな。もう夜は明けてるだろうし』
何度か分岐する角を曲がっていくと、今までで一番広い廊下に出た。
天井がとても高く、アルフィードの背の二、三倍はあるのではないだろうか。部屋かと錯覚したが、ずっとその広さで奥へ続くので、やはり廊下らしい。
会話が途絶えて久しい。
──それは、唐突だった。
ユリシスが息を飲むような、「ひぅっ」という妙な声を上げた。
「は?」
後ろを振り返って見るとユリシスは両肩を抱いて下を向いていた。
ガタガタと震えている。
「おい。どうした?」
「……わ……わかんない」
「わか……――はぁ?」
「わかんないけど……あっちから……」
顔を上げ、西を指差した。白い壁があるだけだ。
「物凄い悲鳴……が……」
「悲鳴? そんなの何も聞こえなかったぞ」
辺りは静かで、二人分の足音しか無かった。
「悲鳴というか……絶叫というか……まだ、ほら……!」
ユリシスはそう言って顔を左右に振った。聞きたくないとでも言うかのように。
「地の底に響くような……うなり声のような……」
ユリシスが震えつつ上下する指先で指し示す西の白い壁にアルフィードは歩み寄ると耳を当てた。
ひんやりと冷たい石の感触。当てた耳の血流音しか聞こえない。
「…………何も聞こえないぞ?」
廊下の真ん中でユリシスは立っていられなくなったのか、ガクガクと揺れる膝をゆっくりと曲げて地面に四つんばいに倒れこんだ。それでも、必死に上半身を起こし、腰だけ床に下ろした。膝を崩しておしりをぺたんと床にくっつけた。
座り込んだ姿勢のまま、やはりガクガクと震える体。目を細め、両腕で体を抱き込んで耐えているようだ。
アルフィードは眉をピクリと動かした。悪戯の類でない事はユリシスの性格と、何よりその様相からわかる。ではこれは何だ。
壁から一歩二歩と離れ、アルフィードはユリシスの隣で片膝をついてその顔を覗き込んだ。よく見えない。
肩にそっと手を触れようとして――、
「あっつ……!」
慌てて手を離した。
「はぁ?」
アルフィードは思わず声をあげていた。
ガクガク震えているヤツの体が燃えるように熱い。アルフィードは目を見開いてユリシスを見下ろす。
――これは……。
「霊圧か。依代にされているのか?」
「れい……あつ? ……より……しろ……?」
ユリシスはあえぐ様に言った。息は荒く、言葉は途切れがちになっていた。
「……あ……ついこないだも……メルギゾークの都で、同じように……同じ……よう……に……」
ユリシスはついにふぅっと意識を失った。
「おいっ! ……って……あっちぃ……」
慌ててアルフィードはユリシスが地面に激突しないよう腕を伸ばした。
重力に従って寄りかかってくるユリシスの体温は、あまりに熱かった。高熱を出してもこれ程体が熱くなる事はない。外からの何らかの力が働いているとしか考えられない。
アルフィードはどちらかと言えば謎解きや支援魔術は得意ではない。
知識の方も豊富にはないので、正直言えば困る。ユリシスと関わっていると、何度も死線を越えるような戦いを勝ち抜いてきたはずの自分が困らせられている。
「なんなんだよ……」
ぼそりと愚痴るアルフィードの声に、意識を失って体の震えも止まっていたユリシスから答えが返ってきた。
「――止むを得まい」
アルフィードは「ユリ――」と名前を呼びかけて、息を飲んだ。
「このような事態、二千年に一度あるかないかであろう」
顔は下を向いたままだが、その声は聞いた事が無いくらい自信に満ちて、はっきりとした口調だった。




