◇◆エピローグ 後宮の雑用姫・上◆◇
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったが……」
兵の一団が、幻竜州公の屋敷へと帰還している。
「あれが《清浄ノ時》――皇帝の命を狙うテロリストにして、不可解な邪法を操る連中か」
その先頭に立つ州公が、隣を行く皇帝へと語りかける。
街中で巻き起こった《邪法師》達による騒動は、幻竜州公を筆頭とする幻竜州の兵達と、皇帝とその付き添いの禁軍兵達の奮闘によって、なんとか鎮静する事ができた。
《邪法師》達の操る魔法のような力には手を焼いたが、皇帝と州公の指揮により、力を合わせた兵と禁軍によって制圧、捕縛が成功。
街中の火災も、なんとか被害が拡大する前に消火できた。
「ありがとう、皇帝」
州公は皇帝へと言う。
「皇帝の立場でありながら、真っ先に我等幻竜州の危機に身を投じ、我等と共に民を守ってくれたこと、率直に感謝する」
「《清浄ノ時》に好き勝手をさせるわけにはいかない。我が国の民を守る。両方、皇帝として当然の思いだ」
幻竜州公に、皇帝は迷い無く言い切る。
今回の騒動は、確かに大変な出来事だった。
しかし、屋敷へと戻ってくる州公達幻竜州の民は、今や皇帝に対する尊敬の念を隠さない。
行動が信頼を獲得した。
両者の間にあった不仲な空気は、今や霧消している。
「……ん? あれは……」
屋敷が見えてきたところで、幻竜州公は屋敷の入り口付近に何かを発見する。
「あ、お帰りなさい」
「小恋か、屋敷で何をやっていたんだ? それに……」
州公の目にも、そこに並ぶ者達がハッキリと見えてきた。
小恋、爆雷、美魚、竜王妃。
そして、その足下には。
「……呂壬!?」
ボロボロの状態で縛り上げられた呂壬と、謎の黒装束の男達。
「一体……何があったのだ!?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
街中で騒ぎが勃発していた頃、この屋敷の中――《天竜》を祀る地底湖で、どんな思惑が蠢いていたか。
誰が暗躍していたのか。
捕らえた呂壬達を引き渡し、小恋は州公へと全て説明した。
ちなみに、湖の反対側まで吹っ飛んだ呂壬は、あの後、美魚に回収してもらった。
「……まさか、そんなことが」
州公は、驚きを隠せず呟く。
「……呂壬は、忠誠心も強く頭も切れ、私も特に気に入って側近にしていた部下だった。しかし、全てが《清浄ノ時》の策略だったというのか……」
「ええ、この幻竜州の内側に潜伏する諜報員……そのための駒だったようです」
小恋の言葉に、州公は眉を深く顰める。
「……不逞の輩が、こんな絵図を描いていたとは」
そう怒りを露わに呟くと、州公は皇帝を振り返った。
「このような連中を野放しにしておくわけにはいかん。我々も、強く結束せねばならないようだ」
「ああ」
幸か不幸か。
今回の騒動が、幻竜州と宮廷の関係の向上に一役買ってくれたようだ。
握手をする州公と皇帝を見ながら、小恋は思った。
「そして、小恋」
皇帝と握手を交わした後、州公は小恋を振り返った。
「我が娘を救ってくれたこと、ここに深く感謝する」
そう言って、州公が小恋の前で膝を突く。
瞬間、その後ろに控えていた幻竜州の兵達も、一気に膝を突いて小恋を崇めた。
その光景は、壮観である。
「お前は、我が幻竜州の英雄だ」
「いやぁ、そんな。爆雷や美魚さんが居てくれたお陰ですよ」
照れながら、小恋はそう答える。
「小恋」
そこで、竜王妃が前へと出る。
「そして、爆雷、美魚。皆、我が友として尊敬する」
視線を巡らせ、皆を見回し。
「それに、我が州の危機に禁軍と共に参戦してくれた……皇帝」
最後に、竜王妃は皇帝に向き直る。
「……貴殿の妻であることを誇りに思う」
少し、頬を赤らめ言う竜王妃と、微笑む皇帝。
(……おやおやおやおやおやぁ?)
と、そんな光景を見てニヤつく小恋だった。
何はともあれ、万事解決。
全て結果オーライ、という感じである。
「……本当に、何も覚えてないのか?」
そこでだった。
不意に、爆雷が小声で問うてきた。
「……うん」
爆雷が言っているのは、先刻の暴走。
小恋の体に邪法が打ち込まれ、得体の知れない力が発動したことに対してだ。
「今は、なんともないけど……爆雷、私、どうしちゃったんだろう」
「……後宮に戻ったら、烏風の奴にも相談してみるか」
最後に起こったあの現象。
小恋の中に目覚めかけた力。
変色した髪と目の色。
あれは、何だったのだろう。
和やかな空気の中、そんな気持ちの悪いしこりのような謎だけが、一つ残されたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――小恋達が幻竜州から宮廷へと戻り、数日が経過した。
「よいしょっと」
小恋等下女を始め、下働き達が暮らす寮。
その庭で、小恋は現在下働き達の服の洗濯を行っている。
当番制で、今日は小恋の仕事なのである。
宮廷へと戻ってきた後、小恋は晴れて幻竜宮から出る事を許された。
希望通り、竜王妃が解放してくれたのである。
こうして、小恋にはいつも通りの、普通の下女としての生活が戻ってきたのだった。
……と、思いきや。
「小恋」
声を掛けられ振り返る。
「あれ、竜王妃様?」
下働きの寮の庭に、竜王妃が立っていた。
「こんにちは。今日はお散歩ですか?」
「遊びに来たぞ」
「またですか」
彼女から解放された後も、竜王妃はこうして、ちょくちょく小恋の前に顔を見せに来るのだ。
いや、ある意味約束通りではあるのだが。
「おはよう、小恋。相変わらず劣悪な環境で働いてるわね」
ちなみに、竜王妃の側には当然、美魚も一緒である。
「しゃおりゃーん」
更にそこに、鈴を転がすような声が響いた。
見ると、一人の年端もいかぬ少女が、とてとてとこちらに駆けてくる。
随分久しぶりに見る、楓花妃の姿だった。
「楓花妃様、どうしたんですか?」
「最近、全然妾の宮に来てくれないから、寂しかったのじゃ」
見ると、爆雷と烏風の姿もある。
二人に護衛してもらって、ここまで来たのだろう。
「君に会いたいと聞かなくてね」
「小恋欠乏症なんだとよ」
「どういう病気? それ」
「のじゃ? 洗濯物なのじゃ? 妾もやってみたいのじゃ――」
そこに至って、楓花妃はその場に竜王妃がいることに気付いた。
「りゅ、竜王妃様!?」
「ほう、其方が楓花妃か」
女性にしては背の高い竜王妃は、上から楓花妃を見下ろす。
「よろしくな」
と、笑顔で挨拶するが、楓花妃はちょっと怯えている様子だ。
「そうだ、楓花妃様もどうだ? 小恋と今から我が宮で運動をしようと思っていてな」
「ああ、あの競技ですか……うーん、楓花妃様にはまだ早いんじゃ」
『ぱんだー!』
そこに、いきなり雨雨も登場し、小恋の頭に乗っかってくる。
「ああ、もう、騒がしいなー」
嘆息する小恋。
けれど、嫌な気分ではない。
ここ――後宮に来てから、ひとりぼっちだった山での生活とは違い、こんなに仲の良い人達が増えたのだと、改めて思ったからだ。
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