表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/57

◇◆二十七話 白銀◆◇



「な……」


 呂壬は絶句する。

 目前で起こっている現象の意味が、理解できない。

 自身が取り出した、呪文の書き込まれた小刀。

《清浄ノ時》の幹部である高位の邪法師より授かってきた、邪法の施された、竜王妃の力を呼び覚ます最後の呼び水になる道具。

 その発動を邪魔し、自らが盾となった小恋の体に、それは突き立てられ――そして、吸い込まれた。

 直後、彼女の体に異変が起きる。

 髪と目が白銀に染まり、まるで呆けたかのように、虚空を眺めて停止している。

 しかし……。


「ぐ……」


 呂壬は、変貌した小恋を前に、生唾を飲み込む。

 感じる。

 眼前の小娘から発せられる、その強大な力を。

 絶大な圧力を。

 なんだ?

 自分は、何を呼び覚ましてしまったんだ?

 まさか、この娘も、《天竜》の力を持っていた?

 いや、違う。

 そんなわけがあるか。

 ならば、この威圧感は、この肌に突き刺さるような恐怖感は。

 この娘の中には、竜王妃の《天竜》に並ぶ、何か、強大な力が眠っていた?

 この娘も、異形の血族?

 止まること無く溢れる疑問、疑念、混乱する脳。

 それを自覚し、呂壬は首を振るって思考に冷静さを取り戻そうとする。

 今重要なのは、この状況の把握だ。

 眼前の小娘――小恋は、覚醒の影響なのか、意識がハッキリしていないようで、身動き一つ起こさない。

 ただ黙って、その白銀の瞳で、虚空を眺め停止している。

 この小娘の正体はわからないが、対処するならば今の内だ。

 命が危うい。

 身の危険を感じ取っていた呂壬の行動は、単純で明快だった。

 彼は懐に手を伸ばし、そこから攻撃用の札を取り出そうとする。

 小恋を、手早く始末するために。

 竜王妃をそうしようとしたように、操ろうとも考えたが、それに不安が勝った。

 殺そう。

 そう、逡巡も無く呂壬は考えた。


 ――そんな彼の思考を感知したかのように、小恋が呂壬に視線を向けた。


 白銀の瞳が、虚無のような瞳が、呂壬を見据える。

 ぞくり――と、呂壬の背筋が凍り付いた。

 そして気付けば、小恋は呂壬の眼前まで接近を果たしていた。


「なっ――」


 速い――どころの騒ぎでは無い。

 呂壬は彼女の初動に対し、何一つリアクションを起こす事ができなかった。

 その間にも、小恋は動く。

 彼女の手から光が発生し、次の瞬間握られていたのは、太い光の矢。

 小恋の《退魔術》――《風水針盤》の、妖力で作った、相手の妖力を打ち抜く矢。

 だが従来のそれよりも太く――矢と言うよりも、槍に近い形状をしていた。


「ぐ、ぉぉおおおおおお!」


 危機感を覚えた呂壬は、雄叫びを上げ、即座に自身の《邪法術》を発動し透明な壁を生み出そうとする。


「《邪法術》――《虚空回廊こくうかいろう》!」


 防御のため、障壁にしようと。

 が、小恋の動きはそれよりも俊敏だった。

 彼女は手にした光の槍を、躊躇無く、呂壬の胴体に突き刺した。


「がはっ――」


 体をくの字に曲げ、悲鳴を上げる呂壬。

 瞬間、彼の体から妖力が引きずり出され、消し去られる感覚。


「い、今のは……」


 いや違う。

 呂壬がその時覚えた感覚は、少し違う。

 消し去られたのではない。まるで、突き立てられた槍を通して妖力を吸い取られたような……。

 妖力を“食われた”。

 そう感じた。

 そして、それを証明する現象は、直後に起きた。

 小恋が呂壬に手を翳す。

 刹那、彼女の手の平の先から生み出された“透明な直方体”が、恐ろしい勢いで放たれ、呂壬の胸部に叩き込まれた。

 呂壬の《邪法術》であるはずの力が、使用されたのだ。


「あ、ばっ――」


 呂壬の体が吹き飛ぶ。

 まるで水切りの小石のように、湖の湖面を何度かバウンドした後、彼の体は向こう岸の石壁に激突を果たす。

 ここからでは直接確かめる術は無いが、言うまでも無く、気絶しているだろう。

 激突の衝撃で、体の至る箇所がひしゃげているのが見えた。

 一瞬、瞬く間、まるで蠅を払うかのように。

 小恋は、呂壬を撃退した。


「お、おい……」


 そんな小恋に、立ち上がった爆雷が声を掛ける。

 先程呂壬から受けた攻撃のダメージは、まだ引いていない。

 しかし懸命に肉体を酷使し、爆雷は小恋の安否を気遣う。


『………』


 そんな爆雷を、小恋は振り返る。

 依然、空虚な白銀の瞳を携え。

 まるで、次の獲物を見付けたかのように、爆雷へと近付いてくる。

 ダメだ。

 相手が自分だと認識していない。

 暴走状態だ。

 早足で迫る小恋に対し、爆雷は息を呑む。


「……小恋」


 が、その時だった。

 竜王妃が目覚めた。

 立ち上がり、彼女は小恋の前に立ちはだかる。

 竜王妃を目前にし、小恋は、足を止めた。


「……戦いは、もう終わったのか?」


 竜王妃も、今し方意識を取り戻したところだ。

 足取りはふらふら。

 おそらく、呂壬達に無理やり昏倒させられていたのだろう。

 意識が混濁しているのかもしれない。

 それでも、現状を読み取ろうとしている。


「……ありがとう、小恋」


 吹き飛んだ呂壬、近くに倒れている《清浄ノ時》の構成員達。

 それらを見回し、竜王妃は自分の身に起きたこと。

 そして、小恋が自分の為に何をしてくれたのか、わかったのだろう。


「我を、助けてくれて」

『………』

「後宮へ帰ろう」


 汚れ一つ無い眼で、竜王妃は小恋を見詰め、そう言った。

 ――その時だった。

 彼女の言葉を聞いた小恋の身に、変化が起きた。


『竜王妃様……』


 白銀の瞳が、明滅する。

 纏っていた圧力のようなものが、納まった。


「うおおおおおおおお!」


 その隙を逃さぬように、爆雷が動く。

 密かに小恋の背後へ回り込んでいた彼は、後ろから小恋を抱き締める。

 そして、思い切り、全身全霊で力を込めた。

 彼女の体を、力任せに締め上げる。


『あ……』

「目ぇ覚ませ、小恋!」


 爆雷の怪力により、無抵抗で締め上げられ、流石の小恋も抵抗する暇も無く――気絶する。

 力が抜け、その場に倒れる小恋。


「気絶した、のか?」

「力業だが、なんとか暴走は収まったようだな」


 心配そうな竜王妃と、息を荒げる爆雷。

 二人は、突っ伏した小恋を見守る。

 やがて――。


「う……」


 倒れていた小恋が、微かに声を発し、頭を上げた。


「爆……雷?」

「……正気に戻ったか」

「あれ、呂壬達は……?」


 爆雷は、湖の向こう側を指さす。

 そこに、豆粒ほどではあるが、石壁にめり込んだ呂壬の姿が見えた。


「……えーっと……何があったの?」



※※【書籍化・コミック化のご報告】※※

 この度、本作『後宮の雑用姫』が書籍化されました!

 発売レーベルは、オーバーラップノベルスf様。

 第一巻は、全体的な細かい改稿に加え、書下ろしエピソードもございます!

 更に、各書店様や専門店様にて多様な特典展開を開催予定!

 ご期待ください!

 ▼詳しくは

https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784865549850&vid=&cat=NVL&swrd=


 更に、本作のコミカライズが開始しました!

 Web漫画サイト、コミックガルド様にてお読みいただけます!

 こちらも、是非是非お楽しみください!

 ▼詳しくは

 http://blog.over-lap.co.jp/gardo_20210813_02/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 美魚が忘れ去られている気がする。 今回活躍したのに不憫だ。
[良い点] わくわくしますね(≧∇≦) [気になる点] 続き!(≧∇≦) [一言] スーパー小恋になったかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ