◇◆二十四話 呂壬◆◇
「あれって、確か州公の側近の……」
「呂壬、だったか? 何やってんだ?」
州公の屋敷の庭を、一人どこかへと向かっている呂壬。
小恋、爆雷、美魚の三人は、木陰からその姿を観察している。
彼の姿を見て、小恋は眉間に皺を寄せた。
幻竜州公をはじめ、多くの兵が街中で起こっている騒動の制圧に向かったというのに、彼だけここで何をしているのだろう。
何か……嫌な予感がする。
「あ、おい」
すぐさま、小恋は呂壬の後を追う。
美魚と爆雷も、慌ててその後ろに続く。
三人は足を忍ばせ、気配を殺しながら、呂壬を追跡する。
本邸からも遠ざかり、やがて――。
呂壬が辿り着いたのは、州公の屋敷の敷地内の端にある、巨大な岩の前だった。
「なんだ、こりゃ?」
首を傾げる爆雷の一方、小恋は気付く。
「ここって……」
そう、昨夜、竜王妃に教えてもらった場所。
あの《天竜》を祀っているという地底湖に続く洞穴だ。
呂壬は、その洞穴に忍び込むと、闇の奥へと消えていく。
「行こう」
「おい、小恋、ここが何か知ってるのか?」
「地下に続く洞穴。昨日、竜王妃様に教えてもらったんだ。かなり暗いから、足下に気を付けてね」
小恋達三人も、急いで洞穴へと入る。
静寂と暗闇に満ちた洞穴を、三人は歩いて行く。
つまずかないよう、声も出さないよう、注意しながら。
奥へ奥へ、下へ下へと進み――やがて。
(……見えてきた)
少し先に、出口が見えてきた。
その向こうにあるのは、特殊な苔が光源となり照らす、神秘的な地底湖だ。
「止まって」
出口付近に辿り着くと、小恋が後続の爆雷と美魚を止める。
岩陰からこっそり顔を出す。
地底湖の畔に、呂壬と、黒装束を纏った怪しい者達が居るのが見えた。
「州公を始め、屋敷を守る兵達も街中に向かった」
「しばらく時間は稼げるだろう」
呂壬と男達の話し声が聞こえてくる。
「邪魔者はいない、今の内だ」
(……まさか)
彼等の会話を聞き、小恋は気付いた。
街中で現在起こっている騒ぎは、こいつらの仲間が起こしたもの。
そして、連中が身に纏っている装束。
体のどこかに身につけている装飾品には、見覚えがある。
過去、陸兎宮で皇帝陛下の暗殺未遂事件が起こった際。
珊瑚妃に仕える宦官に扮した首謀者の男も身につけていた、特異な形の金属の装飾品。
丸い輪の中に、縦一直線に細い棒がついたデザインの、金属細工。
街中で暴れている謎の一団が、不可思議な術を使うという話を聞いた時点で、予想はしていたが。
(……やっぱり――《清浄ノ時》)
連中は、現皇帝による支配を転覆させようと目論むテロリスト集団――《清浄ノ時》の構成員だ。
「迅速に終わらせるぞ」
そこで、男達が動く。
「……あ」
それによって、それまで彼等が遮蔽物になって見えていなかったが――湖の畔に、誰かが寝かされているのがわかった。
その人物は、竜王妃だった。
眠っているのか、気絶しているのか、目を瞑り動く気配が無い。
「姫様!」
その姿が露わとなった瞬間、美魚がたまらず声を上げ、飛び出していた。
「美魚さん!」
「待て!」
飛び出した美魚を追い、小恋と爆雷も地底湖の出口へと踏み込む。
「何者だ!?」
無論、それに《清浄ノ時》の構成員達も気付かないはずがない。
姿を現した小恋達に、すぐさま臨戦態勢を取る。
「やむを得ない! 爆雷、行くよ!」
「おう!」
気付かれてしまったのは仕方がない、遅かれ早かれだ。
むしろ、虚を衝いた形になって好都合。
今はともかく、竜王妃を救うことが先決である。
小恋と爆雷は、一気に《清浄ノ時》達の元へと駆けていく。
それぞれ武器を取り出し、迫る小恋達に応戦する構成員達。
小恋は素早い身のこなしで、その攻撃を軽やかに躱していく。
「竜王妃様!」
そして瞬く間、竜王妃が目と鼻の先という距離にまで到達する。
瞬間――。
横たわった彼女の前に、呂壬が立ち塞がった。
「ふっ!」
小恋の判断は早かった。
すぐさま、服の下に忍ばせていた弓と矢を取り出す。
矢を番え、狙いを定め、発射。
矢は真っ直ぐ、呂壬に向かって飛んでいく。
「……無駄だ」
が、直前、呂壬が何やら印を結ぶ。
彼の体から、何らかの力が発揮されたのを小恋は感じ取る。
その時、予想外の事態が起きる。
小恋が発射した矢が、呂壬の目前で、いきなり弾かれ宙に舞ったのだ。
折れた矢は地面へと落ちる。
不可解な現象だった。
まるで矢が、透明な壁に阻まれたかのようだった。
「今のは……」
おそらく、呂壬の《邪法術》だろうか。
小恋は警戒心を見せる。
「……あなた、《清浄ノ時》の構成員だったんですか」
「……ほう、我々の存在を知っているのか」
小恋の言葉に、呂壬は答える。
「後宮にて、我等の同胞を狩る《退魔師》が出現したという話は本当だったか」
「情報が遅いですね。もしくは、アナタは幻竜州の中枢に忍び込むのが仕事だったから、宮廷の方での活動にはあまり関与していなかったとか?」
小恋が言うと、呂壬は眉間を顰めた。
おそらく、図星だったのだろう。
「……まぁ、お前の言う通りだ。我等組織は、この夏国のありとあらゆる場所に根を張るよう活動している。この幻竜州へと派遣されたのが、私だ」
この呂壬という男が、《清浄ノ時》の中でどれほどの地位にいるのかはわからない。
しかし、命令を出す立場ではなく現場で実働をさせられているということは、そこまで偉い立場ではないのだろう。
小恋にその点を見透かされたと思ったのか、呂壬は自身を見くびるなと言わんばかりに、喋り出す。
「そんな中、この竜王妃が帰省するという話を聞き、私は好機と考えた」
「好機?」
「私が、いずれこの国を支配する組織――《清浄ノ時》の中で上り詰める、その為の好機だ」
「……竜王妃様を、どうするつもり?」
会話を交えながら、無論、小恋も呂壬も、互いの出方を牽制し合っている。
お互い、どんな手札を持っているかわからない現状、探り合いだ。
「これから死ぬお前達に言ったところで意味も無いが、冥土の土産に教えてやる」
小馬鹿にした態度で、呂壬は言う。
「竜王妃の中の《竜の血》を覚醒させる。その計画は後宮にて行われる手筈と聞いていたが、私がこの場で執行するよう計画を変更したのだ」




