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◇◆二十三話 暗雲◆◇


 竜王妃と皇帝の間のわだかまりは解消された。

 竜王妃と皇帝は、もう完全に宮廷へと戻るつもりだ。

 あの二人きり(厳密には、小恋も同席していたが)での会合の後、幻竜州公を交えて宮廷へ戻る時期や今後のことについても話し合っていた。

 そして、時は流れ――夜。


「姫様から聞かせてもらったわ」


 幻竜州公の屋敷――本邸の縁側に腰掛けながら、小恋と美魚が会話をしている。


「昨日の夜、姫様があんたと何を話したのかを」


 美魚は、いつもの高慢で対抗心バリバリの態度を潜めている。

 自分が、度重なり竜王妃に悪影響を及ぼしていたことを知ったため。

 そして、昨夜、竜王妃が小恋に打ち明けた心の内――その話を、聞かせてもらったからだろう。


「あたしも、すっかり忘れてたわ。最初に出会った頃、姫様はあたしの事を遠慮せずものを言う、対等な友達みたいに思っていたのね」


 だから、美魚のことを気に入ったのだろう。

 少なくとも、彼女の身を守るために自分に危害が及んでも覚悟の上。

 それほどまでに。


「……でも、それがいつの間にか変化してしまった。ううん、変わったのはあたしだけよね」


 美魚は、落ち込んだ様子で呟く。


「姫様の気高くて崇高なお姿に憧れたあたしは、姫様を特別扱いして、宮廷内でのし上がらせる事ばかりに気を割くようになった。そんなこと、姫様が一番あたしに期待してなかったことなのに。姫様も、それがわかったから、あたしを対等な立場として期待しなくなっちゃったのね」


 はぁ……と溜息を吐く美魚。


「ここからですよ」


 そんな彼女に、小恋は言う。


「問題点がわかったんです。落ち込む必要ありません。美魚さんが目指す方向が見えたわけですから、ここからです」

「……なに、励ましてくれてるの?」

「ええ、美魚さんがしおらしくなっちゃったら、それこそ竜王妃様はがっかりしますから」


 小恋にそう言われ、美魚は苦笑する。

 小恋と美魚の間に、こんな空気が流れるのも、初めてのことだった。


「そういえば、私も竜王妃様から美魚さんの“秘密”を聞きましたよ」

「あ、そう」

「最初の頃、私のことをやけに追い出そうとしてたのは、この“秘密”が理由だったんですか?」

「まぁね、あんたの《退魔師》としての噂は、あたしの耳にも届いてたから。でも、あんたが竜王妃様に気に入られてたのが気に食わなかったのも事実――」


 そこで、だった。


「……ん? なんだか、騒がしくないですか?」


 何やら、本邸の外から大声が聞こえる。

 あちこちから、ひっきりなしに人が走って集まってきているような音も。


「なにかしら?」

「行ってみましょう」


 小恋と美魚は立ち上がると、本邸の外へと向かった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 騒ぎに気付いた小恋と美魚が本邸の外に向かうと、幻竜州公の屋敷の敷地内に、大量の兵士達が集まっていた。


「え、何事?」


 おそらく、州公の屋敷を警備している者達だろう。

 そして、その中に州公の姿も見えた。


「州公、何かあったんですか?」

「ああ、小恋か」


 近付く小恋の姿に気付き、州公が振り返る。


「街中で何やら騒ぎが起こっているらしい。今、詳細を確認してくるよう斥候の兵士を送ったのだが……」


 その時だった。

 兵士達の間を割って、数名の斥候達が駆け付けた。


「ご報告します!」


 息を切らしながら、彼等は言う。


「謎の一団が街中で暴れており、被害が拡大しております! あちこちで火の手が回り、民達にも負傷者が!」

「なんだと!? 市井見回りの兵達は何をしている!」

「はっ、その一団は不可思議な術を用いるとのこと。現着した兵達だけでは手に負えず、苦戦を強いられ制圧に難儀しているようです」

(……不可思議な術?)


 報告の兵が言った言葉に、小恋は訝る。

 まさか……。


「わかった。しかし、こうしている間にも被害は拡大している以上、放ってはおけまい。我々も加勢するぞ!」


 州公が叫ぶと、兵達も呼応するように声を上げる。


「幻竜州公、我々も参戦しよう」


 そこに、皇帝と彼の護衛に残った禁軍の兵達もやってくる。


「皇帝自ら戦地に赴く必要もあるまい……と言ったところで、聞かなさそうだな」


 皇帝の目を見て、幻竜州公は苦笑する。


「援軍感謝する! 皆の者、迅速に不逞の輩を叩きのめすぞ!」


 州公の発破と共に、移動を開始する兵達。


「小恋!」

「爆雷!」


 一方、小恋は兵達の間に紛れていた爆雷と合流する。


「どいつもこいつも気合い入ってんな! 俺達も行くぞ!」

「ちょっと待って、爆雷」


 漢達の熱に押され、意気込む爆雷。

 しかし、そんな彼の一方、小恋は冷静だった。


「竜王妃様はどこ?」


 小恋は、竜王妃の姿を探す。

 これだけの騒ぎが起きれば、いの一番に駆け付けてきそうなものだ。

 なのに、彼女の姿がどこにも見当たらない。


「自分の屋敷で寝てんじゃねぇか?」

「………行こう、爆雷」

「あ、おい!」


 小恋は、進行を始める兵達から外れ、竜王妃の屋敷へと向かう。


(……何か、嫌な予感がする)




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「どう?」

「ダメ、見当たらないわ」

「こっちにもいねぇな」


 竜王妃の屋敷に向かった小恋、美魚、爆雷の三人は、竜王妃の姿を探す。

 しかし、見付からない。

 屋敷の使用人に聞いても、見ていないという。


「一体、どこに……」


 皆が街中での騒動の方に注意を向けている。

 そんな中、姿を消した竜王妃。

 何か、何かがおかしい……。


「……ん?」


 屋敷を出て、庭を歩き進んでいた小恋達。

 そこで、小恋が何かに気付き、美魚と爆雷を引っ張って木の陰に隠れる。


「きゃっ! な、なに!?」

「どうした、小恋」

「しっ……」


 小恋が二人に静かにするように言う。

 木陰から顔を出す小恋。

 彼女の視線の先――幻竜州公の屋敷の庭を、誰かが早足で駆けていく。

 まさか、竜王妃?

 と思ったが、違う。


「……呂壬(ルゥレン)さん?」


 端整な顔立ちに、結った黒髪の人物。

 州公側近の呂壬が、周囲を警戒しながらどこかへと向かっている。

 州公達から離れ、彼は何をしているのだろう?



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 微妙なところなのでこちらへ >二人切り は"二人きり"と方がよろしいかなと思いました
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