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◇◆二十二話 竜王妃と皇帝2◆◇


 というわけで――場所は、竜王妃の屋敷。


「………」


 竜王妃と皇帝は、二人で彼女の屋敷内の中庭にいる。

 竜王妃は黙って顔を背け、皇帝は庭に植えられた梅の花を見ている。


(……さてと、どうするか)


 そんな二人を、後ろから小恋は見守っていた。


「とても綺麗な梅だ」


 皇帝が呟く。


「……我は、花に興味はない」


 竜王妃が返す。

 ……とても変な雰囲気である。


(……うーん、空気が固いなぁ)


 なんとか、二人を仲良くさせないといけない。

 しかし、その為にはどうすれば良いのか。

 そもそも、こんな少しの時間で解決するような問題なのか。

 悩み倦ねる小恋。

 すると――。


「どう思う、小恋」


 そこで、竜王妃が小恋に話を振った。


「え? ええと……」

「陛下が、梅が綺麗だと言っている」

「あ、うーん、そうですね、綺麗ですね」


 皇帝との話し会いの席だというのに、竜王妃は皇帝に目線すら向けない。


「竜王妃は、小恋にとても心を許しているようだね」


 すると、皇帝が二人を振り返り、微笑みを零した。

 いつもの、家臣達に向ける冷ややかで鉄のような顔ではなく、小恋と会う時にだけ見せるような、温かい表情だった。


「……あ、ああ」


 そんな顔を向けられ、竜王妃もびっくりしたようだったが、すぐに表情を戻し返答する。


「小恋とは、幻竜宮でどんな遊びをしたんだい。色々と、噂には聞いているよ」

「そう……なのか」

「なんでも、見たこともない競技に熱中しているとか」

「ああ、陣地を二つに分け、互いに球を打ち合うのだが――」


 ……そこで、竜王妃は顔を上げ、小恋との遊びの記憶を皇帝に話した。

 皇帝も、そんな竜王妃の話を真剣に、時々質問を交えながら聞く。

 最初の緊張や、固い空気が解れていく。

 まるで、親子が会話しているかのような雰囲気だ。


(……おや?)


 そこで、小恋は気付く。

 凄く自然な会話が成立していることに。


「竜王妃、君の心の内がわかったよ」


 小恋との思い出話に一区切りついたところで、皇帝が竜王妃へと言った。


「君は、対等な友達が欲しいんだね」

「………」


 それは。

 昨夜、竜王妃が小恋に話した、過去の記憶。

 そこから小恋が読み取った、竜王妃の本心。

 小恋と全く一緒の結論を、皇帝は口にした。


「ならば、小恋や、あの美魚という宮女を大切にしているのもわかる。歯に衣着せぬ物言いや、自分と渡り合える体力、そして気持ちを理解してくれる者を欲していたのか」

「………」

「ありがとう、楽しい話を、君の心の内を聞かせてくれて。僕も、そんな存在の一人になれる事を願うよ」


 皇帝の言葉を聞き、竜王妃はハッとする。


「……こんな話が、楽しいのか?」


 皇帝の言った言葉に、竜王妃は呆けた表情になる。

 拍子抜け――正に、そんな風な感情が見られる。


「ああ」


 そんな竜王妃に、皇帝は優しく微笑みかける。


「是非とも、宮廷でも、私が君の宮に出向く際には、こんな話をして欲しい。君が楽しいと思うことを、君の本心を、悩みを、打ち明けて欲しい」

「……こんな事で、よければ」


 竜王妃は茫漠とした感覚のまま、そう答えた。

 即ち、自ら、また後宮で皇帝に会いたい――と、そう言ったのだ。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 竜王妃の屋敷内――広間の一つ。

 そこで待つ者達の元へと、会談を終えた竜王妃と皇帝、そして小恋は戻った。

 待っているのは、爆雷と美魚、そして幻竜州公の三名。


「思ったより早かったな」


 竜王妃達の姿を見るなり、州公が言う。


「それで、結論は出たか?」

「父上」


 そんな州公に、竜王妃は、真っ直ぐ視線を向けて言う。

 今までずっと背けていた目を、しっかりと合わせて。


「我は、皇帝陛下の妃として生きようと思う」

「……どういう心変わりだ、あれだけ会うことを拒んでいたのに」


 眉間に皺を寄せ、声を低くする州公に、竜王妃は続ける。


「我は、自分では陛下と会っても意味が無いと思っていた。妃としての役目を果たせぬと。だが、陛下は我の楽しかった記憶や、小恋との話をしてくれるだけでいいと言った。それくらいのことなら、我にもできる」


 確固とした意思で、竜王妃は言う。


(……会っても意味が無い? 妃の役目を果たせない?)


 そこで、小恋はその言葉が気になった。

 今まで『気に入らない』『気分じゃない』という理由で皇帝との面会を拒んでいた彼女だったが、その言葉は初めて聞いたのだ。

 もしかしたら、それが彼女の本当に皇帝を拒んでいた理由なのかもしれない。


「その、会っても意味が無いっていうのは? 何故そう思うんです?」


 思わず、小恋は竜王妃に問い掛ける。

 対し、竜王妃は口を噤んだ。


「どういうことだ? それが、お前が皇帝と会おうとしなかった理由なのだろう?」

「……それは」


 州公にも問われ、この場で妙な言い逃れをするわけにはいかないと思ったのかもしれない。

 竜王妃は、若干頬を染め上げながら言った。

 小恋も、初めて見る彼女の表情だった。


「……“渡り”が、その、自信がないというか」

「え?」

「我は、子作りの仕方を知らない」


 更に顔を紅潮させ、竜王妃は言う。

 その発言に、その場に居る全員がぽかんとする。

 竜王妃は慌てて続ける。


「いや、知ってはいるのだ。ただ、経験が無い以上、きっと上手くできない。変に力が入って、陛下の体を傷付ける可能性もある。だから、会っても無駄だし、恥をかくだけだから、会いたくなかった……」


 後半の台詞は、消え入るような音量だった。

 え。

 なにそれ。

 かわいっ。

 竜王妃様、かわいっ。


「いいのですよ、そんなこと気にしなくて! 姫様は、姫様というだけで価値があるのです! 無理にそのようなことをする必要はありません! いつまでも綺麗な体のままでいるべきです!」


 そこで、美魚が叫ぶ。

 さんざっぱら、皇帝と会うべきだとか言ってたのにね、この人。


「なんだ、そんなことで悩んでたのかよ。そんなの度胸と気合いでバーンとやって、後は流れでダーッでドドドドドでいいんだよ。細けぇことは気にすんな。大切なのは勢いだ、勢い」

「ゴリラ語しかしゃべれない人は黙っててくれる?」


 無神経な発言をする爆雷に、小恋が冷たい視線を向ける。

 もしも竜王妃が、この二人に相談していたとしたら、碌な返答がされていなかっただろう。

 逆に、今まで変に誰かが相談に乗らなくて良かった問題だったかもしれない。


「心配する必要はない」


 そこで、皇帝が竜王妃を優しく諭す。


「妃の務めは、なにもそれだけじゃない。先程のように、他愛の無い話を私と交えてくれれば良い。時間をかけて互いを理解し、無理をすること無く自然と歩んでいけば良い。君は、大切な私の妻なのだ」

「妻……」


 その言葉に、竜王妃は再び呆けた顔をする。


「皇帝とは……一国の主。万民の上に立つ存在。妃は、皇帝の子を宿すのが役割なだけの存在……ではなかったのか?」

「君は、そう思っていたのかい?」

「美魚に言われた」


 全員が美魚に視線を向ける。


「あ、ええと、その……だから、つまり、姫様にはそういう存在とは違う、皇帝陛下も手の平で転がす、ワンランク上の妃になるべきだと……」

「美魚さん……あなた、かなり悪影響与えてますよ」

「うぐ……」


 小恋に言われ、美魚は何も言えなくなる。

 まさかここまで、自分の行動や発言が竜王妃を悪い方向に歩ませていたとは、思っていなかったのかもしれない。

 まぁ、ここでわかったということで、結果オーライだろう。


「……ふぅ、まったく。我が娘ながら、本音を聞いてしまえば情けのない話だ」


 そこで、州公が口を開く。


「しかし、我が娘だからわかる。先程の決心も、決意も、本心からのものだろう」

「父上……」

「しかも、こうして目の前で惚気た姿を見せられてはな」


 そう言う幻竜州公の顔は、どこか引きつっている。

 先刻、竜王妃と皇帝が心を通わせた会話を交えた当たりから、こんな感じの顔である。

 ……結局、彼も人の親。

 自分の娘が愛する人と一緒にいるという光景は、心に来るのかもしれない。


「まぁ、いい。娘の決めたことだ。皇帝よ……」


 州公は、皇帝へと向き直る。

 その顔を、厳格に固め。


「たった数刻で、娘の心の扉を解き放つとはな。貴様を少し、舐めていたようだ」


 言って、ふっと微笑む。

 皇帝も同様の表情を浮かべる。


「我が娘を、よろしく頼む。だが、もし此奴が泣いて帰ってきたら、その時は幻竜州民全てで以て皇都へ攻め込むからな、覚悟しろよ」

「委細承知した」


 皇帝陛下と竜王妃は心を通わせた。

 これで、竜王妃の後宮での態度も改善されるかもしれない。

 幻竜州公も、皇帝陛下をある程度認めたようである。


(……一応解決、で良いのかな?)


 その場を包む和やかな空気に、小恋もまたふっと表情を和らげた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 竜王妃、ただの初心じゃないか…
[一言] 竜王妃の理由が可愛過ぎた(笑)
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