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◇◆二十一話 竜王妃と皇帝◆◇



 翌日――。


「昨夜は娘の帰省を祝う宴の席でもあったため堅苦しい話は抜きにしていたが、此度の件を踏まえ、ハッキリ言わせてもらおうか、皇帝よ」


 屋敷で一夜を過ごし――小恋、爆雷、美魚、そして皇帝と幻竜州に残された禁軍の兵達は、幻竜州公の前に通された。

 州公から話があるということだった。

 広々とした応接の広間。

 荘厳な椅子に腰掛け、傍らに呂壬(ルゥレン)を控えさせ、彼は皇帝に向かって言い放った。


「娘を、このまま幻竜州に残し、宮廷へは戻さぬよう考えている」

「え……」

「そんな……」


 思わす声を漏らす小恋と、目を見開く美魚。

 小恋は、話の中心である竜王妃へと目を向ける。

 州公の横に控える竜王妃も、苦い顔をしている。

 後宮へ戻るか否か。

 昨夜、竜王妃と同じ話をしたばかりで、彼女は小恋と美魚と共に後宮へ帰る決意をしてくれたのだが、その翌朝、まさかこんな展開になるとは……。


「今回の娘の帰省に関し、詳しい話を聞いた。なんでも、宮廷内で娘の存在を支持する者と非難する者で意見が別れているそうだな」

「……ああ、事実だ」


 皇帝は、竜王妃の方をちらりと一瞥すると、毅然と州公へ返答した。

 竜王妃自身も、その内情は既に知っているはずなので、変に誤魔化したりはしなかったようだ。


「その原因として、娘の後宮内での勝手気ままな行いや我が儘のせいという話も上がっている。更に、娘が一向に皇帝に見向きもしない、会うことを拒んでいるという話もあった。宮廷では皇帝との会話すら一切無いと」

「ああ」


 皇帝は頷く。


「それらの話を踏まえ、俺は娘に聞いたのだ。お前は、このまま皇帝の妻を務める気はあるのか、と」


 州公が、竜王妃を見る。

 竜王妃は項垂れ、視線を落とす。


「娘は答えなかった。このまま皇帝の妻を務めることに対し、好意的ではないようだ」


 ……そうだ。

 小恋は、昨夜の話を思い出す。

 竜王妃が後宮へ戻る事を決意したのは、小恋も後宮に戻るからだ。

 だが、彼女自身と皇帝の関係性は、まだ解決していない。


(……後宮にいた頃からそうだったけど、何故彼女は、ここまで皇帝陛下を拒絶するんだろう?)


 このまま後宮に戻れない事になるかもしれないのに。

 嘘でも、皇帝の妻でいたいと言わないのだろうか。


「つまり……俺が言いたいのはこういうことだ」


 逡巡を繰り返す小恋の一方、州公は椅子から立ち上がる。

 そして皇帝に指を突きつけ、吠えるように言った。


「これだけ嫌っている男の元に、娘はやれん!」

「………」


 ある意味、幻竜州公らしい言い分である。

 彼にとっては自分の州、自分の娘の方が、優先順位は皇帝よりも上なのだろう。


「異論はないな、皇帝よ。我が娘といつまで経っても会う気配さえないのであれば、後宮に置いておく必要もないだろう?」

「………」


 その州公の発言に、皇帝は沈黙する。

 他の誰でもない竜王妃本人が否定しないのであれば、皇帝自身も、何も言えないのかもしれない。


「……父上」


 そこで、だった。

 竜王妃が、口を開いた。

 このままむざむざ後宮から切り離されることに、彼女自身も抵抗しようとしているようだ。


「皇帝陛下と会わないのは、我の気分の問題だ。陛下のせいでは――」

「お前の気分を自身に向かわせられぬような魅力無き者に、夫はおろか皇帝を名乗る資格もないと思うがな」


 ふんっと、荒く鼻息を吐く州公。

 言うね~、この人。

 しかし、ここまでハッキリと言い放つあたり、幻竜州公は皇帝を始め、宮廷にも不満を抱いている様子だ。

 最初に会った時から、そんな感じだったし。

 最悪、幻竜州とこの夏国そのものが険悪な関係になっても、動じないだろう。

《竜の血族》としての誇りなのかもしれない。


「それとも、お前はこのまま妃でありながら、皇帝と一切口も利くことも顔も合わせる事もなく、後宮で一生を過ごす気だなどと言うのか?」

「……それは」


 竜王妃は、州公から顔を背ける。

 竜王妃も、昨夜の話し合いで、後宮には戻るつもりでいた。

 しかし、皇帝と向かい合う事に関しては、どうしても気が向かない様子である。


(……そんなに、陛下のことが気に入らないの?)


 ともかく、このままではまずい。

 このままでは、無理矢理にでも竜王妃が後宮に戻ることを止められてしまう。


「あの、ちょっと良いでしょうか?」


 小恋が口を開く。

 この状況を、打破するために。


「なんだ、小恋」


 州公も、昨日の件で小恋を気に入っている。

 彼女が喋る分には、特に文句はない様子だ。


「宮廷で竜王妃様と皇帝陛下がお会いできなかったのは、ただ単純に竜王妃様の気分の問題だけではないのです」


 小恋は州公へと意見を述べる。


「皇帝陛下のお命を狙う暗殺者がいたり、政治的な見解から意見をする宦官達がいたり。ですが、今ここではその両方の問題がありません。口うるさい宦官達は居ませんし、たとえ陛下の命を狙う暗殺者がいても、幻竜州公の屋敷に乗り込んでくる度胸などありませんからね」

「当然だ」


 ふふんと、上機嫌に鼻を鳴らす州公。


「なので、ここで一度、陛下と竜王妃様に腹を割ってお話し合いをしていただくのはどうでしょうか?」


 小恋が言ったのは、皇帝と竜王妃に話し合いの席を設けようと、そういう提案だった。


「邪魔の入らないこの場所で、お互いの本心を話し合ってもらうんです。それで本当に、竜王妃様と皇帝陛下のお気持ちが合わないのであれば、お二人も後腐れ無く別れられるはずです」

「ふむ……と、此奴は言っているが、どうする」


 小恋の話を聞いた州公が、竜王妃を見る。


「……わかった」

「私も構わない」


 竜王妃と皇帝、二人ともこの提案に乗った。

 小恋は「よし」と拳を握る。

 これでなんとか、結論は先伸ばしにできる。

 その間に、何か解決策を練るしかない。


「では、皇帝陛下と竜王妃様、二人切りで話ができる場所を――」

「だが、一つ希望がある」


 そこで、だった。

 話を進めようとした小恋に、竜王妃が言った。


「我は、小恋にも同席して欲しい」

「……はい?」


 竜王妃の突然の要望に、小恋は思わず声を止める。


「私も希望する。彼女がいれば、竜王妃の緊張も解けるだろう」


 更に、皇帝も同意した。


「いいだろう。ならば場所は、お前の屋敷にするか。そこなら、殊更に安心できるはずだ」

「わかった」


 更に州公の勧めで、場所も決定。


「え、えええ……」


 かくして、皇帝と竜王妃の話し合いの席に、小恋も同席することになった――。



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[一言] またしても何も知らない小恋さん(16)
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