◇◆十九話 《竜の血族》◆◇
「がははは、そうかそうか、うちの娘が世話になったようだな」
――時は過ぎ去り、夜。
幻竜州の都の中心にある、州公の屋敷で宴会が行われている。
竜王妃の帰省の祝いの会だ。
次々に運ばれてくるご馳走やお酒を、幻竜州公と、彼の側近の役人や武官達が平らげ、大盛り上がりを見せている。
そんな中、幻竜州公は豪快に笑う。
「ああ、そりゃもう、世話というか子守というか……」
「ちょっと、爆雷」
その彼と並び酒宴の席に着いているのは、小恋と爆雷。
そして、皇帝である。
ちなみに、竜王妃を送り届けるために宮廷から守護に付いていた兵達のほとんどは、宮廷へと戻る形になった。
元々、州公の印象も悪かったので、あまり歓迎されていなかった様子だったし、仕方がない。
しかし、皇帝がいる以上は全員が帰るわけには行かない。
通常の兵士達の中に紛れ込んでいた禁軍兵は、皇帝の守護として残ることになった。
と言うわけで、こうして幻竜州公のお眼鏡に叶い、屋敷の中まで立ち入ることを許された者は、限られたメンバーのみということである。
「あ、ところで」
と、そこで。
小恋は傍らから、袋に包まれた何かを取り出す。
「何だ? それは」
「お土産です」
たらふく酒を飲んで上機嫌となっている幻竜州公の前で、袋を広げる小恋。
中から現れたのは酒瓶。
今回のために、小恋が一応用意してきておいた、陸兎州の地酒である。
以前、陸兎宮に皇帝を招く事になった際、楓花妃が取り寄せたのと同じものだ。
「幻竜州公様は、お酒が大好きなようで。お口に合えばと」
「ほほう」
幻竜州公は、その大きな腕を伸ばし、小恋が持ってきた酒瓶をがばっと持ち上げると、そのままガブガブと飲み始めた。
結構、豪快である。
「ぬぅ……こいつは良い! 中々美味いな!」
そして、瓶の中の酒を半分ほど飲み干した後、口元を拭いながら、そう上機嫌に叫んだ。
「私の故郷、陸兎州で造られたお酒です」
「ほほう! 山に囲まれた辺鄙な田舎州だとばかり思っていたが、こんな名物があったとはな! おい、今度陸兎の商人がやって来たら、こいつを仕入れるように言っておけ!」
配下に向かって勢いよく叫ぶ幻竜州公。
どうやら、好評だったようだ。
「がはは、中々、気の利いた土産だったぞ、小恋! 旨い酒が飲めて機嫌がいいわい! なぁ、お前はなんと言ったかな」
「爆雷だっつぅの。何回名前聞いてきてんだよ、このおっさんは」
小恋のことも気に入った様子で、幻竜州公は、呆れ顔の爆雷とも肩を組み大笑する。
「州公、ご報告が」
そこで、だった。
幻竜州公の側で、一人の男性が膝を突く。
昼間、都の入り口付近で揉め事が起こった際、幻竜州側の兵達の中から現れた、端正な顔立ちの人物だ。
「……何か?」
「あ、いえ」
小恋がジッと見ていたことに気付いたのだろう。
その男性は、顔を上げる。
「いえ、そちらの方が、ちょっと気になったもので……見たところ、幻竜州の人ではないのかな? と」
その男性は、周りの幻竜州の人間達に比べて、どうも人種が違うように見える。
筋骨隆々で、見るからに身体能力の高そうな、幻竜州の民。
しかし、彼は普通の体格だ。
「ああ、こいつは呂壬。現在、ワシの側近を務めている者だ」
幻竜州公が、彼――呂壬の紹介をする。
説明によると、彼は幻竜州の外の出身らしいが、若くして重用された優秀な人物だという。
ちなみに、今回のあのドッキリ的な出迎えも、彼が発案し、州公が気に入ったから行ったらしい。
(……自分が面白いと思ったものは、即座に決行する……州公、やっぱり親だけあって、竜王妃様に似てるなぁ)
「で、報告とは?」
そう考えている小恋の一方、幻竜州公へと、呂壬は告げる。
「は、姫様がお屋敷に戻られるとのことです」
「そうか」
呂壬の言葉に、幻竜州公は特に何も感じない様子で答える。
屋敷……ということは、竜王妃のためにお屋敷が一つあるのかもしれない。
スケールの大きな話だ。
「まぁ、長旅の疲れもある。好きにさせてやれ」
「もしかしたら、お前が州公に絡まれてばっかりだったから、つまらなくなって帰ったのかもな」
横で、爆雷が言う。
その予想は結構当たりかもしれないので、小恋は頷く。
何より、ここに来た時から感じていたのだが、竜王妃は州公ともあまり仲が良くなさそうだ。
「皇帝よ、後宮でのあ奴の様子はどうだ?」
そこで、幻竜州公は、静かに酒と料理を嗜んでいた皇帝へと訪ねる。
「好き放題やっている」
それに対し、皇帝も歯に衣着せぬ返答をする。
「がはは、そうだろう、何せ我等が《竜の血族》の血を引く者だからな」
「えーっと、すいません。以前から気になっていたのですが」
そこで、小恋は幻竜州公と皇帝の話に割って入った。
横から爆雷が「お前、度胸あんなぁ」という目で見ている。
「その《竜の血族》って、一体何ですか?」
「なんだ、知らんのか」
「夏国が出来る以前、この大陸がまだ十二の国に分かれて争い合っていた頃、四大神獣と呼ばれる、神獣の伝説があった」
小恋の疑問に、幻竜州公と皇帝が説明をする。
「この大陸を作ったと言われる四匹の神獣、《天竜》《麒麟》《鳳凰》《霊亀》……」
「その内の一つ、《天竜》の血を引く血族が、我等幻竜州の民なのだ。まぁ、あくまでも神話だがな」
「へぇ」
しかし、幻竜州の民達の生まれ持った特異性を考えれば、その話もあながち間違いではないのかもしれない。
(……ということは、他にも《麒麟》《鳳凰》《霊亀》の血を引く血族とかもいるのかな?)
「ところで小恋、我が娘と共にいた、あの宮女は何者だ?」
そこで、幻竜州公は今度は逆に、小恋に疑問を尋ねる。
「直近の世話役の侍女は、お前ではないのか?」
「え? 美魚さんのことですか?」
今回、竜王妃の世話役で付き添っているのは小恋と美魚の二人だけ。
となれば、彼が言っているのは美魚のことだと思われる。
しかし……。
「知らないんですか? あれ? 美魚さんって、確か竜王妃様に幼い頃から仕えていて、彼女が後宮に来るとともに宮女になったと聞いてたんですけど……」
小恋が言うと、幻竜州公は「ん?」と首を傾げ、側近達に聞く。
「あのような者、いたか?」
「姫様が幼き頃から……ですよね」
「さぁ?」
「我々も、姫様の世話役の者、全ては把握しているわけではありませぬからなぁ」
と、部下達もベロベロになりながら答える。
中々、適当な者達だ。
しかし、そんな中、小恋の中に新たな疑念が生まれる。
(……美魚さんは、竜王妃様と旧知の仲じゃない?)




