◇◆十八話 幻竜州公◆◇
「姫様を連れて帰って来ただと!?」
「戯言をほざくな!」
「怪しい者達め! 成敗してくれる!」
吶喊しながら襲いかかってくる、幻竜州の兵士達。
怒濤のように迫ってくる兵士達に、こちらの陣営の幻竜州兵と宮廷兵の混合部隊は、泡を食らって動揺している。
「……何が起こってるの?」
目前で起こっている光景に、小恋も理解が追い付かない
それでも、まず何をしなくちゃいけないのかはわかっている。
「な、何事!?」
「美魚さん、竜王妃様をお願い!」
馬車の中――慌てる美魚にそう声を掛け、小恋は馬車から降りる。
そして臨戦態勢を取った。
この馬車に危害を加えさせるわけにはいかない。
「おい、何が起こってんだ!?」
「爆雷!」
そこで、小恋の元に爆雷がやってくる。
既に、あちこちで兵士同士の戦いが勃発している。
その騒ぎを察知し、爆雷も竜王妃を守るために駆け付けたのだろう。
「なんだか、私達が偽物だとかなんだとか言ってたみたい」
「何でそうなんだよ。竜王妃の里帰りの話は幻竜州にも届いてるはずだろ?」
腰の剣に手をかけながら、爆雷も周囲に警戒を走らせる。
彼の言う通り。
だから、幻竜州も迎えの兵達を宮廷へと寄越したのだ。
では、自分達が宮廷を出発した後に、何か幻竜州で認識が変わるような事が起こった?
いや、先程の向こう側の発言から察するに、最初から里帰り自体の存在を把握していないような……。
「あーもー、何がなんやら」
呟きながら、小恋は馬車内を振り返る。
怯える美魚と、依然、この喧噪にも興味なさそうに寝転がっている竜王妃の姿がある。
何はともあれ、戦わないわけにはいかない。
「来たぞ!」
そこで、爆雷が叫ぶ。
こちら側の兵を突破してきた、幻竜州側の兵達が数名、馬車へと接近してくる。
「爆雷! 絶対にこの馬車には乗り込ませないで!」
言うと同時、小恋は駆け出す。
一番手前まで来ていた兵に瞬く間に肉薄し、振り下ろされた剣戟を紙一重で回避する。
同時、手首に手刀を叩き込み、剣を奪うと、その峰で思い切り首筋をぶっ叩いた。
俊敏な動きで的確に急所を攻撃してくる小恋に、幻竜州の兵達は度肝を抜かれている。
「どけ! 姫様の名を騙るなど言語道断! 直々に成敗してくれる、偽物め!」
「偽物じゃねぇ! 落ち着いて話を聞け!」
一方、馬車へと接近を果たした兵達に、爆雷が壁となりながら吠える。
「問答無用!」
しかし、幻竜州の兵は即座に攻撃を仕掛けてくる。
「目ェ覚ませ!」
相手の攻撃を防ぐと共に、爆雷は防具を掴む。
そして、その怪力で力任せに、兵士をぶん投げる。
「ぐぇ!」
次々に投げ飛ばされ、頭から地面に突き刺さっていく兵士達。
小恋と爆雷の活躍により、竜王妃の馬車に近付く兵士達は片っ端から昏倒されていく。
馬車への危害は防がれている。
しかし――時間が経つに連れ、どんどん馬車を囲う幻竜州の兵の数が増えてくる。
こちら側の兵は、完全に虚を衝かれてしどろもどろの状態だ。
何より。
(……結構強いね)
適度に距離を取り、じりじりと牽制するように殺気を飛ばしてくる兵士達を見回しながら小恋は思う。
前評判に偽りは無く、幻竜州の兵はかなり腕が立つ。
個々の戦力は、宮廷の兵よりも上かもしれない。
無警戒で突っ込んできた序盤こそ小恋と爆雷が圧倒していたが、相手側もこの二人の存在が格別だと認知したようだ。
爆雷の方も苦戦しているようである。
このままじゃ、じり貧……。
いずれ、突破されてしまう――。
その時だった。
「聞け! 幻竜州の兵士達よ!」
雄叫びや咆哮というような、荒っぽい声量ではない。
にも関わらず、その声は空気中に染み渡り、周囲一帯の者達の耳に清々しいほど届き渡った。
不思議な声だ。
小恋も爆雷も、戦闘中の兵士達も、その声に反応し動きを止める。
皆が、音源を振り返る。
その声の主は、竜王妃の馬車の屋根の上に立っていた。
「皇帝陛下……」
小恋が呟く。
そこにあるのは、兵士の衣装を纏ってはいるが、銀色の目と髪を露わにした皇帝の姿だった。
「この一同は我が妃、竜王妃を迎えに参った者達で間違いない! この私が保証する!」
この混乱を鎮めるために、姿を現したのだろう。
しかし、小恋は気が気でない。
あんなところに立っていては、良い的だ。
「皇帝……」
「皇帝だ……」
彼の登場に、流石に幻竜州の兵達も戸惑っている。
この夏国を統べる権力者の姿を知らぬ者はいないだろう。
先刻までの騒動は消え失せ、その場を静寂が包み込む。
そこで。
「ほほう……皇帝自らご同行か」
立ち尽くす幻竜州の兵達の間から、一人の男が姿を現した。
大柄な壮年の男性だ。
その体格は、周囲の兵士達よりも一回りは屈強で巨大である。
長い顎髭を蓄え、太い眉に厳つい目付き。
明らかに、常人とは一線を画した存在だということがわかる。
「幻竜州公」
馬車の上から降りた皇帝が、その男性の前へと進み出る。
(……幻竜州公)
そう言った。
この巨人のような男が。
竜王妃の父親である、現幻竜州の長。
「幻竜州公、この馬車に乗っている竜王妃は本物だ。何か、情報のすれ違いがあったのだろう」
皇帝は、威圧感の塊のような幻竜州公に対しても、臆することなくそう言い放つ。
いつもの、対外的で機械的な表情と声音で。
すると、それに対し幻竜州公は――。
「無論、知っている」
そう、あっけらかんと答えた。
「え?」
「知っている、つったか……今」
小恋と爆雷は、その発言に意表を突かれる。
「では、何故このような出迎えを?」
「我が州の兵を試しただけだ」
幻竜州公は、竜王妃の行列に参列していた、迎えに送った自州の兵達の姿を見る。
多くの者達が、制圧され武装解除させられている状態だ。
しかしよく見れば、死者は一人も出ていない。
「思いも寄らぬ事態に対面した際、混乱する事無く状況に対応できるかどうかをな」
「ふん、そんな事だろうと思った」
そこで、馬車の中から竜王妃が現れる。
髪を掻きながら、半眼で幻竜州公を見遣る。
「気付いていたか、娘よ」
「父上の考えそうな事だ」
どうやら、竜王妃はこの戦いの意図を感知していた様子だ。
至極くだらなそうに、欠伸をしている。
一方、幻竜州公は大きく溜息を吐いた。
「しかし……はぁ、まったく、我が州の兵ながら情けない。右往左往しおって」
戦場を見回しながら、そう呟く。
「それに、皇都の宮廷に仕える兵も、この程度の事で狼狽えおって、大した事が無いな。このような弱卒の集まりが我が姫の護衛だったとは甚だ遺憾だ、なぁ、陛下」
「忠告、痛み入る」
不躾な州公の物言いにも、皇帝は顔色を変えず返す。
「まぁ、中には骨のある者も混じっているようだがな」
そこで、幻竜州公は小恋と爆雷へと視線を向けた。
この戦場の中で、幻竜州の兵を相手に大立ち回りを演じ、拮抗できていたのは二人だけである。
「お前達、名前は」
「小恋と爆雷だ」
二人の代わりに、竜王妃が告げる。
「小恋に爆雷か……歓迎しよう。俺は強い奴が好きだ」
腕組みし、歯を剥いて幻竜州公は笑う。
「ようこそ、《竜の血族》の国――幻竜州へ」




