◇◆十六話 竜王妃問題◆◇
――宮廷内を騒がせた、幻竜州《邪法士》侵入事件から二日が経過した。
結局、今回の美魚に関する問題行動の是非と処罰は、宦官達が持ち帰って協議するという形になった。
しかし、竜王妃が庇った以上、実質的には不問にされたようなものだろう。
さて。
「とりあえず、宮内での警戒を高めないとね」
竜王宮内で庭掃除をしている小恋は、竹箒の柄に顎を乗せ、空を見上げながら呟く。
小恋には、妖気を察知できるという特技が備わっている。
今では、なんとなくで使っていたその特技も、烏風による講義と特訓を経て、妖気を探知するという能力へと昇華された。
しかし、それでも完璧な警備能力というわけではない。
使用の際には集中力と妖力を必要とするし、長時間発動させると体への負担も大きい為、常には使用できない。
おそらく、無意識で使っていた山生活時代なども、察知できず取りこぼしていたものもあっただろう。
加えて、発生から時間が経って妖気が薄れたり、そもそも微弱な妖気を感知するのは難しい。
烏風も言っていたが、妖力を駆使する人間や一部の妖魔には、妖気や妖力を抑え込む術を持つ者もいるらしい。
ゆえに、必要とするのは地道な警戒心。
爆雷を始めとした衛兵達のように、常に宮内の異変に目を光らせておかなくてはならない。
「あれ?」
と、小恋が意気込みを新たにしていたところで、見知った顔の人物がこちらへとやって来るのに気付く。
その姿を見た小恋は、びしっと背筋を伸ばした。
「水内侍府長」
「久しぶりだな、小恋」
やって来たのは、内侍府長の水だった。
今日も変わらず、鋭い眼光を携え、威圧感の有る風貌をしている。
「今日は、何用で幻竜宮に?」
「……お前達に伝えておきたい事があってな。爆雷と烏風も既に呼んでいる」
水は、小恋に渋い顔を向けながら言った。
「少し、まずい事態になっている」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「最近、竜王妃の無法ぶりに、宮廷内の役人の間でも反感を抱く者が増え始めている」
幻竜宮の客間の一つ。
集まった小恋、爆雷、烏風を前に、水が説明を始めた。
「以前からそういう兆候が無かったわけではないが、今回の《邪法士》を宮廷内に招き入れた件が切っ掛けになってしまったようだ」
「まぁ……そりゃ、そうっすよね」
嘆息を漏らしつつ、爆雷が呟く。
「《清浄ノ時》の構成員のような、皇帝陛下の命を狙うテロリスト――もしも、そんな存在が宮廷内に入り込み、まかり間違って竜王妃がその者を気に入り重宝し、挙句の果てに皇帝への謁見の際に連れて来る……などという事は、言語道断だ」
「………」
小恋は黙考する。
確かに、今回の事件は言い逃れのできない失態だ。
それでも、竜王妃の今までの特別扱いの数々を目の当たりにして来たら、それほどのお咎めも無いのだろうと勝手に思い込んでいる節があった。
先程も、自分が何とかしないと、とさえ思っていた。
が、事態はそう楽観的な状況ではないらしい。
「加え、今回の件を皮切りに、『幻竜州が横暴である』という意見や、『現皇帝の権威が弱いから』と批判する者まで出始めた」
「宮廷内が混乱を起こしている……というわけですね」
烏風の言葉に、水は頷く。
「その為、竜王妃を擁護する意見も弱まり始めているのが実情だ」
「……うーん」
小恋は唸る。
妃の位は、皇帝からの寵愛だけを指標としたものではない。
皇帝の独断ではなく、宮廷内の重役達の評価も関係している。
彼女を支持する者が減るのは、必然、守る者が減るということ。
「そもそも、竜王妃が支持されていたのは、彼女が幻竜州を治める偉大な血族――《竜の血族》の末裔だったからだ」
《竜の血族》。
その単語に、小恋は顔を上げる。
(……四凶も言ってた言葉だ)
「幻竜州の州公一族は、その《竜の血族》なんすよね」
爆雷の言葉に、水は「ああ」と頷く。
「へぇ、そうなんだ」
「意外だな、お前でも知らないことがあるのか」
どこか小馬鹿にするように笑う爆雷に、小恋は「うるさいな」と言う。
(……でも確かに、お父さんも話してくれなかった単語だな)
「竜王妃が皇帝との間に子を授かれば、天稟を授かった世継ぎが生まれるに違いない、そう言われていたから彼女は支持されていた。しかし、一向に竜王妃は皇帝陛下との間に契りを交わす気配がない。〝渡り〟以前に、陛下との謁見すら拒否している」
――そもそも、重要なのは《竜の血族》と現皇帝との間の子供を授かる事。
――その相手は、竜王妃である必要は無い。
――別の妃を迎え入れればいい。
――しかし、幻竜州公の娘は彼女のみ。
水によると、役人達はそんな感じで喧々囂々となっているらしい。
「……それで、だ」
と、ここで、水はここからが本題だと言うように、話し始める。
「竜王妃がこのまま後宮内にいるのはまずい。言い争いの火種になり、彼女に危害が加えられる可能性も出てくる。そこで、緊急対策として、一旦宮廷の雰囲気を落ち着かせるため、加えて、今後の事も考えるために、彼女には里帰りと称して故郷の幻竜州に避難してもらう事になった」
「……なるほど」
まぁ、仕方のない事だ。
小恋は納得する。
(……あれ? でもそうなると、私はしばらくお役御免かな?)
そう思考する小恋に対し。
「そこで、更に問題が発生した」
水が言いながら、視線を向ける。
(……あ、まさか)
小恋の直感通り、水は言葉を紡ぐ。
「その里帰りに小恋も連れて行くと、竜王妃が言っているそうだ」




