◇◆十三話 《邪法術》2◆◇
「あいつは何者だ?」
やって来た爆雷は、廊下の先に立つ占い師を睨みながら小恋に問い掛ける。
拳を鳴らしながら、闘争心を高めている。
「多分、昼間に美魚さんが招いた客人の占い師。皇帝陛下がこの宮を訪れてた影響で、美魚さんがそれどころじゃなかったから、とりあえず今夜は幻竜宮に泊まるように言われてたみたい」
【ぶみぶみ!】
足元から豚のような鳴き声が聞こえ、小恋は視線を下げる。
見ると、背中から一対の羽を生やした、目も鼻も口も見当たらない四足歩行の小さな生き物がいる。
渾沌だ。
「え、渾沌、なんで?」
「ああ、なんだか知らねぇが勝手について来た。やけに俺の周りをウロチョロしてよ」
サラッと言う爆雷。
渾沌、爆雷に懐いているのだろうか?
そこで――ここまでの事態を黙って見ていた占い師が、腕を振り上げ、素早く印を結び始めた。
そして、両手を合わせて印を結び終えると、ぐっと力を籠めるように指先を震わせる。
瞬間、虚空に浮かんでいた巨大な口――《閻魔ノ舌》が、速度を上げて小恋達の方へと移動してくる。
バカでかい口腔がすーっと空中を動いて迫ってくる光景は、中々にホラーだ。
「爆雷!」
「おう!」
しかし、小恋も爆雷も臆さない。
瞬時に距離を取るように動く。
「で、なんでその占い師とお前が戦ってるんだ」
小恋は、《閻魔ノ舌》を警戒しながら爆雷に説明する。
「あの占い師は、おそらく《清浄ノ時》の一員だと思う」
「……なに?」
その発言に、爆雷は訝るように眉間に皺を寄せる。
「さっき、何か怪しい行動をしてた」
「皇帝暗殺の為に、性懲りもなくまた何か仕込みに来たのか!」
「それと爆雷、あの舌には触れないように」
《閻魔ノ舌》を指さしながら、小恋が言う。
その口腔からべろりと覗く、赤黒い舌を示す。
「かなり強力で、捕まったら大変なことになるよ」
「ほう、俺の馬鹿力とどっちが上か――な!?」
そこで、突然の事だった。
空中の大口からはみ出た舌が、小恋達の方向とは別の方角に向かって、一気に伸ばされた。
何をしようとしているのか――と、二人が疑念を抱いた瞬間、その舌が高速で振るわれたのだ。
まるで、横薙ぎに放たれた鞭の一閃。
あきらかに、先程までよりも速度が増している。
そして、目にも留まらぬ速さで放たれた舌の先端が、爆雷の足を弾いたのだ。
「くっ!?」
体勢を崩し、一瞬動きを止めた爆雷。
その無防備になった腕を、瞬時に《閻魔ノ舌》が縛り上げ拘束する。
「爆雷!」
小恋は、印を結び動かない占い師を睨む。
この舌、ただ無茶苦茶に振り回すだけが能ではない。
縦横無尽に、まるで蛇のように自由自在に動く。
そしてある程度、あの占い師が操縦し速度や精密動作性を変えることもできるようだ。
そう考えている間にも、爆雷の全身が舌に絡め取られる。
「くそっ、動けねぇ!」
まるで、強靭な金属製の縄で縛り上げられたかのようだ。
爆雷の馬鹿力を以てしても、身動きが全く取れない。
以前、小恋に関節技を決められたり、烏風の操る魑魅魍魎に抑え込まれた時のように、人体の構造を利用されて動きを封じられている。
「爆雷!」
瞬時、小恋が爆雷を助けようとする。
持っていた弓を構え、矢を番えようとする――が。
「させない」
そこに、瞬く間に距離を縮めてきていた占い師が襲い掛かってきた。
「この男は既に《閻魔ノ舌》の餌だ」
《閻魔ノ舌》へ力を注ぐ術は、爆雷を拘束し終えた時点で解いたようだ。
爆雷は、後は食われるだけ――もう必要ないと判断したのだろう。
占い師は、その手に匕首を持っている。
距離を縮めてきた彼女の匕首の一閃によって、小恋の持っていた弓の弦が切られた。
「くっ!」
小恋は、すぐさま破壊された弓を捨て、徒手空拳の構えを取る。
近接戦に持ち込むつもりだ。
占い師の服の襟や裾を掴もうとする小恋。
しかし、占い師はその小恋の攻撃を見事に捌いていく。
(……この占い師、結構体術も使えるじゃん)
至近距離の組合で、小恋と伯仲している。
それだけで、かなりの実力があると判断できる。
苦戦を強いられる小恋。
「うおおおお!」
一方、爆雷は《閻魔ノ舌》に食われそうになっている。
舌が伸縮し、大口を開いた《閻魔ノ舌》の口内に、丸呑みにされそうになっていた。
【ぶみ!】
その時、横から飛んできた渾沌が、《閻魔ノ舌》に体当たりを仕掛けた。
口で言うところの唇の横辺りに、勢いよく激突する渾沌。
バカでかい口腔から、呻き声が発せられる。
占い師の助力が外れていたのも要因だろう。
一瞬、舌の拘束が緩んだ。
「よし!」
その瞬間を利用し、爆雷が瞬時に脱出する。
「よくやった、渾沌――」
【ぶみっ!?】
廊下に着地した爆雷が振り返った瞬間、飛び上がっていた渾沌の体が、舌に巻き付かれ捕まっていた。
渾沌が、爆雷の代わりに《閻魔ノ舌》に絡め取られてしまったのだ。
「渾沌!? くそっ!」
それを助けるため、爆雷は床を蹴り、手を伸ばす。
しかし、時間が無い、距離があり過ぎる。
【ぶみー!】
瞬く間、渾沌の小さな体が《閻魔ノ舌》の暗い口の中に消えていく。
食われてしまう――。
「くそっ! そいつを放しやがれっ!」
必死に手を伸ばすが、届かない。
足を動かすが、近付かない。
間に合え、伸びろ、届け――必死に願う。
「何か、なんでもいい!」
爆雷の喉が、無意識に叫んでいた。
「あいつを助けろ!」
――その瞬間、爆雷の体の中で、何かが脈動する感覚が生まれた。
――下腹部――臍の下あたりで、熱のような蠢きのような、何かを感じ取る。
【ぶみっ?】
同時に、奇妙な現象が起こった。
口の中に飲み込まれかけていた渾沌の体が、すぽっと、何か見えない力に引っ張られるかのように飛び出した。
そして、まるで吸い寄せられるように、爆雷の手の中まで飛んできたのだ。
「うお!」
飛んできた渾沌を、爆雷は見事キャッチする。
何が起こったのか理解できず、判然としない目で手の中の渾沌を見た。
「なんだ、今のは……」
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
また、感想、誤字報告、レビュー、ありがとうございます。大変助かっております(^▽^)
もしも、『面白い』『続きが見たい』『更新頑張れ!』と少しでも思っていただけましたなら、本作品をブックマーク、↓の広告下部の評価フォームにてご評価いただく等、応援いただけますと大変嬉しいです! 更新の励みになります!
どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします(*'▽')




