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◇◆十話 小恋と美魚2◆◇


 ――ある日の事。


「ほらほら! 急いでください、竜王妃様!」

「……一体、何だというんだ」


 広大な幻竜宮の中、美魚と竜王妃が廊下を歩いている。

 美魚が急かすように先行し、その後ろに竜王妃が嫌々といった顔で付いてきている、という雰囲気だ。


「美魚、我をどこに連れて行く気だ」

「ふふふ、竜王妃様、好機ですよ」


 若干、うんざりした様子の竜王妃に、にやりと笑いかける美魚。

 何やら企んでいる様子である。


「宦官から秘密裏に聞いたのですが、なんでも本日、宮廷内で皇帝陛下と宰相閣下が皇帝直属の衛兵――禁軍の将軍達も交え食事会を開くそうです」

「それがどうした」

「そこに加わりに行くのですよ! 突然の参加ですけど、竜王妃様なら許してくれるはずです!」


 いきなりの美魚の提案に、竜王妃は怪訝な顔になる。

 そんな彼女を無視し、美魚は続ける。


「皇帝陛下は当然として、宰相閣下は皇帝に次ぐ、この国のナンバーツー。更に、禁軍の将軍クラスといえば、現十神傑という事。そんな面々の中に加わることが出来れば、きっと竜王妃様のご威光となります。瞬く間に第一妃の称号も、竜王妃様のものとなりましょう」


 興奮しながら語る美魚。

 そんな彼女に対し、竜王妃は面倒臭そうな表情のまま、口を開く。


「美魚……皇帝に宰相に将軍なんて面々の食事会など、どうせ頭から尻まで政治の話だろう。そんな場に、我が同席してどうする。『幻竜宮の妃が子供のような我儘を言って貴重な話し合いの席に上がり込んできた』と思われるだけだ、くだらん……ん?」


 そこで。

 廊下を歩き進んでいた竜王妃は中庭の方を見て、何かを見付けたように立ち止まった。

 竜王妃を振り返りながら話していた美魚も、彼女の視線に気付き、足を止める。


「小恋達ではないか」

「あ、あんた達、何してるのよ!?」


 色とりどりの魚が泳ぎまわり、水中花が咲き乱れる、美麗な池が作られた中庭である。

 その池のほとりに、小恋と爆雷、烏風に子パンダの雨雨、それに妖魔の渾沌が集まっていた。

 何やら焚火を焚いて、その上で幅広の鉄板を熱している。


「やべ、見付かった!」

「ほら見ろ、だから私は言ったじゃないか。先にきちんと許可を取ってから――」

「まぁまぁ、ちょうどよかった。竜王妃様に美魚さんも、一緒にやりませんか?」


 焦る爆雷と呆れる烏風。

 その横で、小恋が竜王妃達を呼ぶ。


「何をしているんだ?」

「餃子パーティーです」


 見ると、小恋達の手元には、彼女達がせっせと作っている大量の餃子があった。


「爆雷が、衛兵の食堂から色々材料をもらってきたので、餃子の皮やタネを皆で一から作ってるんです。どうですか?」

「バカじゃないの! 幻竜宮の庭で勝手に何してるの!?」


 当然、美魚は怒り出す。

 まぁ、後宮の妃の宮の庭で餃子パーティーを無断で行っていたら、誰だって怒るだろうが。


「でも、楽しいですよ? あれ? 竜王妃様達はどちらに?」

「高名な役人の方々が集まる食事会に行くのよ! あんた達には関係無いわ!」

「ええ、やめておいた方が良いですよ?」


 それを聞き、小恋は少し訝るような表情になる。


「なによ、竜王妃様じゃお門違いとでも言いたいわけ?」

「いや、そりゃ、竜王妃様は受け入れられるかもしれませんけど」


 竜王妃は、宮廷でも特別扱いされている。

 無碍に扱われることはないだろう。


「けど、多分向こうも重要な話もしたいでしょうし、無理やり飛び入りしても煙たがられるだけだと思いますよ?」

「………」


 先程、竜王妃が語ったのと同じ事を言う小恋。

 そして、竜王妃の方へと向き直る。


「竜王妃様、どうですか?」

「だから、竜王妃様はあんた達と安っぽい餃子なんて食べ――」

「我も混ぜろ」

「竜王妃様!?」


 竜王妃は、小恋達の輪の中へと加わる。


「こっちの方が断然楽しそうだ」


 結局、美魚の思惑は叶わず。

 竜王妃はこの日、皇帝達の食事会へ突入するということはしなかった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「小恋、我はもっと筋力をつけるべきだと思う」

「えぇ……」


 ある日の事。

 幻竜宮内、竜王妃の自室に呼び出された小恋は、彼女からそう相談を持ち掛けられた。


「何を言ってるんですか! そんなに体中鍛えまくったらガチガチになって、綺麗な着物が着られなくなってしまいますよ!」

「うーん、まぁ、私も美魚さんの言う通りだと思います」


 そんな竜王妃の言葉に猛反対する美魚と、賛成する小恋。

 竜王妃は、また更に強くなろうとしているのかもしれない。

 そう思って、小恋も反対したのだが。


「別に全身筋肉達磨になりたいと言っているのではない。もっと、体力をつけたいと言っているのだ」

(……おや?)


 どうやら、危なっかしい考えではないようだ。


「ここ最近、小恋や衛兵の爆雷とあの競技をやっていて、二人に合わせていると体力が一日保たない事に気付いた。貴重な時間をもっと楽しむためにも、体力を増やしたいのだ」

「なるほど」

「小恋、面白く、楽しみながら筋力を鍛えられる方法はないか」


 そう問われ、小恋は「うーん……」と唸る。

 そして、しばらく考えると。


「……ちょっと時間はかかりますし、大掛かりな改装作業はいりますけど、案はあります。人手を増やすため、衛兵の人達を呼ぶことはできますか?」

「問題無い」

「何よ……何か妙な事しようっていうんじゃないでしょうね?」


 快諾する竜王妃と、怪しむ美魚。

 そんな二人に、小恋は言う。


「楽しく、面白く、筋力を鍛えるための設備を、幻竜宮内に作るんです」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 ――そして、その二日後。


「な、ななな……」


 幻竜宮、大広間。

 以前、小恋が竜王妃に呼び出され、手合わせをする事になった時にも訪れた、あの大広間である。

 その場所に、今度は逆に小恋に呼ばれてやって来た竜王妃、そして美魚。

 竜王妃からの命を受けた小恋が、先日から作業のためにこの大広間を閉鎖していた。

 そして今――開かれた扉の向こうの光景を見て、美魚は愕然としている。


「あ、お待たせしました、竜王妃様」


 そこにいるのは小恋と、ここ二日間、彼女の手伝いとして呼ばれた衛兵達。

 そして、その向こうの大広間の壁一面にびっしりと、大小様々な形の石が埋め込まれていた。

 幻竜宮の大広間が、大改装されていた。


「何てことしてくれてるのよ!」

「これは、一体どういう目的で作られた?」


 かんかんの美魚。

 その一方、竜王妃は興味深げに石塊だらけとなった壁を見上げている。


「壁を、腕や足の力でよじ登っていく訓練に使うんです。まるで、山を登っているような感覚が味わえますよ」


 体力をつけるための良い特訓方法はないか。

 そう聞かれた時、小恋は山で生活していた頃の記憶を思い出したのだ。

 ごつごつとした山肌を、腕や足――いや、全身を駆動させてよじ登る作業は、かなりの体力と集中力を要した。

 けれど、頂上まで達した時には、達成感もあり楽しかった。


「ぬぅ、これは正しく古代の修行僧が行ったと謂われる伝説の修練法、暴流打麟愚(ぼるだりんぐ)ッ!」

「知っているのか磊――」

「はいはい、では竜王妃様、まずやり方はですね」


 後方で騒いでいるいつもの衛兵二人組は無視して、小恋は竜王妃に説明を始める。


「この壁から生えた石を掴んで、天井まで登っていきます。単純ですけど、実際にやってみると結構奥深いですよ」

「近くで見るとまた壮観だな」

「待ちなさい!」


 そこで、慌てて美魚が口出ししてくる。


「そもそも、この石ちゃんとくっ付いてるんでしょうね! 簡単に外れたり、取れたりしたら大変よ! 試したの!?」

「ご心配なく。ちゃんと確認はしました」


 しかし、いくら言っても、美魚は不審がり納得しない。


「だったら、まずは俺が見本を見せてやるぜ」


 そこで、名乗り出たのは爆雷だった。


「頼もしいね、爆雷。犠牲になっても骨は拾うから安心して」

「死ぬこと前提に話してんじゃねぇよ」

「失敗しろ、爆雷!」

「途中で力尽きて落下しろ!」

「降りられなくなって泣きわめけ!」


 周りの衛兵達から、早速罵倒を浴びせられる爆雷。

 しかしそんな中、彼は壁面の石を掴みながら、ガンガン上へと登っていく。


「流石はマウンテンゴリラ」

「おい、俺の知らねぇ名前のゴリラが現れたぞ、何だそいつは」


 最早、ゴリラと呼ばれる件に関しては何の抵抗も無いんだね、爆雷。


「よし、これでわかっただろう、美魚。我もやるぞ」

「く……」


 設計の安心が確認されたところで、続いて竜王妃も登頂に挑戦する。

 彼女は逞しい動作で石壁を上がっていき、やがて天井に到達。


「よし」


 そして、ゆっくり足元を確認しながら、元の場所にまで戻って来た。


「お帰りなさい」

「ふむ、確かに体力は使うがそこまで難しくはないな」

「じゃあ、ちょっと難易度を上げましょう」


 額の汗を拭う竜王妃に、小恋は壁の石を指さしながら言う。

 壁面に設置された石のいくつかには色が塗られており、何色にも分かれている。


「掴んでいい石を限定します。色分けしてますので、赤い石だけ掴んで上まで行きましょう」

「なるほど、難易度が上がるな」


 こうして、小恋達の作った訓練装置を楽しむ竜王妃。


「………」


 一方、そんな彼女達を遠目に、まるで蚊帳の外に出されてしまったかのような美魚が見ている。

 今日まで、竜王妃の気を引こうと色々とやってきたが、ことごとく小恋にその上を行かれてしまっている。

 その表情、視線に孕まれる鋭さは、徐々に増してきていた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 ――そんな日々が続いた、ある日の事。


「ふぅ……」


 竜王妃の相手を一旦爆雷に押し付け、庭の小陰に隠れて小休止している小恋。

 小恋が幻竜宮で暮らすようになってから、それなりの日数が経った。

 当初、竜王妃が飽きるまで待とうという考えだったが、彼女の小恋に対する興味は一向に潰えることがない。


(……もしかしたら、私、ずっとここで暮らすことになるのかも)


 そう物思いに耽っていると――。


「やぁ」


 すぐ隣から声を掛けられた。

 振り返る。

 そこに、皇帝が座っていた。


「……………こ、皇帝陛下!?」


 白銀の髪に、白銀の瞳。

 間違いなく、皇帝だ。


『ぱんだー!』


 彼の腕の中には、雨雨が収まってモフモフされている。

 どうやら、雨雨が小恋の元まで案内したのかもしれない。


「久しぶりだね、小恋」


 幻竜宮の庭の端っこ。

 木陰に隠れるようにして、二人は久々の再会を果たした。


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