◇◆九話 小恋と美魚◆◇
――翌日、幻竜宮にて。
小恋達は集まった宮女達に、昨夜の結果報告を行った。
と言っても、彼女達と自分達では、知識や見解に相違が生まれるのは確実なので、端的な説明ではあるが。
改めて、昨夜起こった事実を確かめる。
《四凶》達は結局、この宮の人間に害を与える目論見はなかったようで、不気味な予言だけを残して去っていった。
そして取り残された妖魔――渾沌に関しては、とりあえず捕まえたのでもう大丈夫、と、内侍府長の水にも報告をした。
そんな感じで、幻竜宮を騒がせた妖魔騒ぎは、一応は解決という形となったわけである。
さて、問題の、捕獲した渾沌はというと――。
【ぶみぶみ】
「本当にいいのかよ?」
「でも、そこらへんに捨てるわけにもいかないからね」
目の前で、変な鳴き声を発しながらトコトコ歩き回っている渾沌を見て、爆雷と小恋は話す。
結局、渾沌はこの幻竜宮で飼うことになった。
「我は別に構わん。今、他に飼っている動物もいないしな」
と、竜王妃も言っていた。
(……あれ? そういえば後宮の妃達には皇帝から、出身の州の名前にちなんだ動物が贈られているって話だけど、竜王妃様にはいないのかな?)
楓花妃の雪や、珊瑚妃の玉を思い出し、ふと、小恋はそう疑問を抱いた。
そこで。
『ぱんだー?』
歩き回っていた渾沌に、いつの間にかやって来ていた子パンダの雨雨が対面していた。
『ぱんだぱんだ』
【ぶみー……】
雨雨は、何やら怪しい奴がいるぞ? と言った感じで渾沌を睨み、一方の混沌は、雨雨を警戒するように後ずさりしている。
ちょっとビビっている様子だ。
妖魔がパンダに。
『ぱんだー!』
そこで、雨雨が渾沌に飛び掛かった。
【ぶみ~!】
どかっ、と体当たりされて転がった渾沌が、恐怖に染まった鳴き声を上げてその場から走り去ろうとする。
しかし、それを雨雨が追い駆け、渾沌は逃げ惑う形になった。
「というか……本当にこれが、《四凶》って言われて恐れられてきた妖魔?」
その光景を見て、小恋は純粋に疑問を抱いた。
「この渾沌、昨日の夜の《四凶》達とのやり取りを見てたけど……《四凶》の中で一番格下っぽかったよね」
「もしかしたら、《四凶》を構成する四匹の妖魔達は、何度か代替わりをしているんじゃないかな?」
小恋の疑問に、そこで、顎に手を当てながら烏風が答えた。
「何百年も伝承に残るほど有名な妖魔だが、一匹の妖魔が長い年月を生きているというわけではなく、個体としては何度か死んでいるのかもしれない」
「あー、なるほど」
烏風の言いたい事を理解し、小恋は頷く。
つまり、今の《四凶》は、《四凶》の血を引く子孫。
もしくは、《四凶》の名前を受け継いだ、似たような種族の妖魔、という可能性もある。
「過去の伝説、伝承に残っているのは先祖・先代の《四凶》で、今の《四凶》はその末裔ってこと?」
「あくまで仮説だけどね。妖魔の生態は摩訶不思議で奇々怪々だ。転生したり生まれ変わったり、なんてこともあるかもしれない」
言いながら、烏風が渾沌の方を見る。
『ぱんだ! ぱんだ!』
【ぶみぃ……】
渾沌は雨雨に捕まり、上に乗って遊ばれている。
「他の三匹に比べて、この渾沌だけ少し格が下というか……幼体のような印象を受けるのは、そのせいかもしれない」
「先代の渾沌が死んで、他の《四凶》に比べて比較的若いのかもしれないね」
【ぶみー!】
雨雨の体の下から抜け出し、逃げていく渾沌。
「きゃっ!」
そこで、廊下を歩いていた宮女達の一団にぶつかった。
「あら、この子……」
「捕まえた妖魔よね?」
【ぶみぶみ】
ぶつかった拍子で転がる渾沌を見て、彼女達は言う。
正体が判明し、もうすっかり恐怖心も無くなっているようだ。
「よく見れば、子豚みたいでかわいいわよね」
コロコロと転がる渾沌を、楽しそうにつつく宮女達。
何はともあれ、こうして幻竜宮の妖魔騒ぎは終結した。
「凄いわ、小恋。本物の《退魔士》だったのね」
その後、妖魔騒ぎを解決した小恋の元へ、幻竜宮の宮女達がこぞって感謝にやって来た。
「そういえば、あの仲間の人達は?」
「爆雷と烏風ですね。烏風は《退魔機関》からやって来た後宮付きの《退魔士》で、爆雷は《退魔士》の才能がある衛兵です」
「へぇ、竜王妃様が、しばらく幻竜宮への出入りを認めたって聞いたけど」
一応、妖魔退治は完了したが、まだ何が起こるかわからない。
なので、爆雷と烏風にも、しばらく幻竜宮への出入りが許可されたのである。
「はい、まぁ、警戒しての処置ですね」
「そう、私達も安心できるわ」
「それにして、二人とも良い男よね」
「いやいや、ゴリラとキツネですよ」
小恋のおかげという事で、幻竜宮の宮女達からの評判も更に上々と言った感じである。
――さて。
「………ふん」
そんな様子を、遠目で美魚だけが、不服そうに睨んでいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
妖魔騒ぎから数日が経過した。
「竜王妃様! あの者達の仕事はもう終わったはずですよ! いつまでのさばらせておくのですか!?」
相変わらず、美魚は竜王妃に小恋を帰らせるよう騒ぎ立てている。
「違うぞ、美魚。小恋の仕事は、我を満足させる事だ。まだまだ、この宮にいてもらう」
自室にて、寝具の上で横になりながら、竜王妃は美魚へと答える。
欠伸を発しながら、面倒くさそうに。
「でしたら、あの爆雷とかいう衛兵と烏風とかいう《退魔士》! あの二人はもう関係がないはずです! 小恋が呼び寄せたのをいいことに、ついでに居座っているようですが、とっとと追い出しましょう!」
「ならぬ」
「何故です!?」
そこで竜王妃は、美魚の方へと顔を向ける。
「その方が面白いからだ」
「!」
「美魚、今まで我が貴様の言うことを聞いていたのも、その方が面白くなると思ったからだ」
至って真面目な声と顔で、竜王妃は告げる。
「しかし今は、小恋の方が面白い。ゆえに、貴様の言い分を優遇する気は我には無い」
「………」
そんな竜王妃の、いつも通りの唯我独尊な物言いに対して、美魚は何も言い返さない。
いや、言い返すことができないのかもしれない――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんなわけで――依然として小恋は、竜王妃の遊びのお相手をしながら、幻竜宮で日々を過ごしている。
最初こそ、小恋を組み手の相手に呼び、怪我の治りを見て再戦――という流れだったのだが、今では小恋の提案した運動競技に興じ、竜王妃は危険な戯れを控えるようになった。
しかし、しばらく解放してくれる気はないようだ。
宮廷内の重役達も手を焼く竜王妃。
こうなったら、彼女が飽きるまで付き合うしかないのかもしれない。
だが、今の小恋は一人ではない。
心強い味方も増えた。
「おい、爆雷。貴様、動きが鈍いぞ。少しは小恋のように機敏に動けないのか」
先日、妖魔退治の為に呼び寄せた爆雷と烏風。
二人は、妖魔が再び現れる可能性もあるとして、陸兎宮の時同様、幻竜宮への訪問の許可を得ることに成功した。
で、衛兵の爆雷は竜王妃に身体能力を買われ、例のスポーツの遊び相手にされている。
「できるか! 俺はあんな子猿みてぇにチョコマカ動けねぇんだよ!」
「誰が子猿だ、ゴリラ」
竜王妃のお転婆っぷりに振り回され、爆雷も流石に大変そうである。
その様子を、小恋は縁側から暢気に見ている。
「おい、烏風はどこ行った!? あいつにも相手させろ! 俺だけじゃ身が保たねぇ!」
「烏風なら宮内の見回りに行ったよ(……逃げたな)」
――というわけで、爆雷を身代わりした小恋は、その時間で宮女達のお手伝いをすることにした。
こちらの方が好きな作業なので、良い気分転換になる。
「小恋、これは何?」
「ああ、これはですね」
ある日の事。
掃除仕事中の宮女達は、小恋が持ってきた器具を見て首を傾げる。
木製の長い丸棒の先端に、これも木を削って作った四角い横板のついたものである。
丸棒の先端は四角い板の中心についていて、付け根の部分は細かい細工がされており、360度、全方向に回転するようにできている。
「この前、竜王妃様の服をいっぱい破って作った絹の布を使って、床や天井を掃除するための道具を考案してみたんです」
贈り物の高級な服を、竜王妃と一緒にビリビリに切り刻んで、大量の絹の雑巾を作った。
小恋は、その雑巾を、持ってきた工作品の先端の木板の部分に巻き付けた。
木板の上の部分には、金属の針が幾つか刺されており、布の端をそこに引っ掛ければ突っ張った状態で固定が出来る。
「これなら、立ったまま床掃除をしたり、更に手が届かない天井や壁の掃除も簡単」
小恋はその先端の布地の部分で床を拭き、更に天井や壁も掃除して見せる。
「本当! 凄い!」
「更に、拭き終わった雑巾も簡単に取り換えられるから、使い勝手も良し」
「確かに、簡単ね」
宮女達は、小恋の作った掃除道具を見て、感心したようにワイワイと盛り上がる。
「こうやって、使い終わった雑巾をくいっと剥がせば、新しい雑巾を張り替えられるのね」
「しかも、先端が自在にくるくる回るから、掃除もしやすいわ」
「〝くいっ〟とやって、〝くるっ〟とするのね」
「へー、〝くいっ〟とやって、〝くるっ〟とね」
「じゃあ、この道具の名前は、〝くいっくる――」
「そんなことよりも! 掃除を早く済ませちゃいましょう!」
なんだか言ってはいけない単語を言いそうになったので、小恋はその言葉を遮り、掃除を再開した。




