表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/57

◇◆七話 妖魔退治◆◇


 ここ数日、幻竜宮の中で謎の怪物を宮女達が見掛けるという事件が相次いでいる。

 その報告を聞いた竜王妃(りゅうおうき)が、小恋(シャオリャン)を誘って一緒に妖魔退治をすると意気込みだした。


「我と小恋で、その不躾な妖魔を見付け出し、ぶちのめせばいいだろう」


 と、腕組みをして高らかに宣言する竜王妃は、気合十分の様子だ。


「何を言ってるんですか! そんなの危険です!」


 と、側近の美魚(メイユー)は当然反対する。

 他の宮女達も同様だ。

 異質な存在に興味を抱いた竜王妃が、また危ない行動を起こさないかと心配している。


(……まぁ、これに関しては私も同感だけどね)


 と、小恋は思う。

 妖魔退治の件に関しては、そもそも小恋が(スイ)内侍府長から任命された、この後宮での務めだ。

 行わないわけにはいかない。

 しかし、得体の知れない怪物を相手にするとなると、彼女と自分だけでは当然危険だ。

 いくら腕が立つと言っても、竜王妃は《退魔士》でもなければ、退魔に関わる知識も経験も無い。

 何かしら、準備をしないと……。


「……そうだ」


 そこで、小恋は良いことを思いつく。

 ――これは、幻竜宮内に仲間を呼び寄せるチャンスかもしれない。


「あのー」


 強く進言する美魚と、一歩も譲らない竜王妃。

 二人の間に入り、小恋は言う。


「でしたら、是非、助っ人に呼びたい者達がいるのですが」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 そして――夕方。


「こいつ等が、か?」

「はい」


 幻竜宮の大広間。

 小恋と竜王妃、それと何故かその場に同席している美魚の前に、二人の男が立っている。


「お初にお目にかかります、竜王妃様。私は先日より、この後宮専属の《退魔士》として着任し、彼女――小恋と共に妖魔の絡む可能性のある事件の解決を受け持っている者、名を烏風(ウーファン)と申します」


 恭しく挨拶をする、黒髪を結わえ、顔に入れ墨の浮かんだ釣り目の男。

 烏風は、続いて自身の隣に立つ人物を指さす。


「そして、こちらのゴリラが――」

「誰がゴリラだ」

「小恋、なんだゴリラとは? 衛兵の格好をしているようだが、衛兵ではないのか? この男は」

「竜王妃様、この男がゴリラかどうかは判断に迷うところですが、とりあえずは衛兵である事は間違いではありません」

「好き勝手言いやがるな、お前等……あー、衛兵の狼爆雷(ラン・バオレイ)だ。よろしく」


 散々な言われ様なので仕方が無いが、爆雷はそう、つっけんどんな挨拶をする。

 烏風と爆雷。

 二人は本日、幻竜宮内で起こった妖魔騒ぎを解決するための助っ人として、小恋が呼んだのだ。

 小恋の提案を竜王妃が許可したことで、二人とも正式に幻竜宮へとやって来ることが出来た。


「小恋、この者達は本当に信用できるのか?」


 怪訝そうな顔で、爆雷と烏風を見比べる竜王妃。

 まぁ、見た目的には粗暴そうな衛兵と、胡散臭そうな道士である。

 疑うのも無理は無い。

 おそらく、美魚も同意見だろう。


「ええ、とても信頼できます」


 しかし、そんな竜王妃の疑念の眼差しに対し、小恋は断言する。


「先日起こった、陸兎宮における妖魔騒ぎや、《邪法士》による皇帝暗殺未遂事件も、この二人の協力があって解決ができました」

「ふぅん。まぁ、小恋が言うのであれば心配はなかろう。我は妖魔をぶちのめせればそれでいいしな」


 竜王妃は依然として、享楽主義的に疑惑を投げ出す。

 いや、確かに彼女は退屈に倦む傲岸不遜な我儘妃ではあるが、何もかも適当というわけではない。

 これも、小恋がそれだけの信頼を得ているという事の証左だろう。


「………」

「ん?」


 するとそこで、小恋は爆雷がジッとこちらに視線を向けている事に気付く。


「どうしたの、爆雷」

「……いや、心配して損した、と思ってよ」


 爆雷は、ボソッと呟いた。


「へ?」

「後宮内では、君が竜王妃様の逆鱗に触れて拷問にかけられているとか、怪我を負わされたとか、玩具にされているとか、色々と酷い噂が流されていたんだよ」


 疑問符を浮かべる小恋に顔を近付け、烏風が耳打ちする。


「無論、私達は水内侍府長から内情を聞かされていたから、そんなのは根も葉もないデタラメだと知ってはいたけど、どうやら彼は気が気じゃなかったようだね」

「………」


 つまり、小恋が竜王妃によって拘束され、弄ばれていると思っていた爆雷だったが、蓋を開けて見れば彼女はやつれている事も無く、ケロッとしていた。

 その姿を見て、気が抜けたのだろう。


「まぁ、私も楓花妃様も、だからと言って全く心配していないわけではなかった。無事で安心したよ、小恋」

「そうだったんだ。なんだもう、意外と繊細なんだね、爆雷。繊細ゴリラ」


 ニヤニヤしながら、小恋が爆雷の腰あたりを叩く。

 爆雷は「うるせぇ」と小恋の髪をクシャクシャした。


「ちょっと、遊んでる場合? あんた達の入宮を許可したのは、妖魔退治の仕事を行ってもらうためなのよ」


 と、そんな感じでわちゃわちゃしている小恋達に、美魚が苦言を呈する。


「とっとと本題に入りなさいよ」

「はーい、仰せの通りに」


 小恋は、再度その場で、今回幻竜宮内で起こっている化け物騒動の話を繰り返し説明する。

 時刻は夜――ここ最近、幻竜宮内で働く宮女達が、正体不明の不気味な化け物の姿を目撃することが多々あったそうだ。


「で、一応私の《退魔術》――《風水針盤(ふうすいしんぱん)》で、宮内の詮索はやってみたんだけどね……」


 小恋の《退魔術》――《風水針盤》(命名、烏風)。

 一定範囲の中の、《妖気》を感じ取ることのできる彼女の能力により、どこかに潜んでいるものがいないか、既に索敵は行っていた。

 しかし、これと言って、感覚に引っかかるものは無かった。


「昼間はいなくて、夜にだけ現れるのかもしれない」

「その可能性は大いに考えられるね。大抵の妖魔は夜行性だ……と言っても、安心してはいけないけどね」


 烏風の言う通り。

 妖魔や《邪法士》の中には、《妖気》や《妖力》を押さえ込む術を持つ者もいるらしい。


「宮女達の目撃談から察するに、妖魔は夜になると現れる……のであれば、夜まで待ってから動いた方が得策だろう……ところで」


 そこで、烏風が小恋を見据える。


「一つ、気になる事があるのだけど」

「何?」

「……今回聞かされた、その化け物の特徴に関してだ」


 ――背中から翼が生えた、目も鼻も無い不気味な生き物が、気味の悪い鳴き声を上げていた。

 ――まるで、笑い声のようにも聞こえた。

 というのが、実際に、その化け物を見た宮女達の証言。


「やっぱり、烏風も気になったんだ」

「という事は、君もか」


 小恋と烏風は、眉間に皺を寄せる。

 二人とも、今回の目撃証言に合致する妖魔の姿が、知識の中にあった。

 小恋は、父から聞かされた記憶の中に。

 烏風は、《退魔士》として育成されてきた学びの中に。


「ピンとくる妖魔が一匹いる。しかし……」


 と、烏風は怪訝な顔をする。

 小恋も同意見だ。

 いまいち、納得は出来ない。

 もしも、出現したのが二人の予想通りの妖魔なのだとしたら……とんでもないこと。

 その妖魔は、途轍もない存在であるからだ。


『ぱんだー!』


 その瞬間。

 まるで張り詰めた空気を突き破るかのように、一匹の子パンダが小恋の頭の上に乗っかって来た。


「わっぷ……なんだ、雨雨(ゆいゆい)か」

『ぱんだー!』


 いつも通りの神出鬼没。

 いきなり現れた雨雨が、小恋の頭の上でバタバタと暴れる。


「ちょっと、なによ、その可愛……変な生き物!」


 突然出現した雨雨を見て、美魚が驚いて声を荒げる。

 ……丸めた目をキラキラさせながら。

 若干、雨雨に心を奪われているようだ。


(……パンダ好きなのかな?)


 そう思う小恋の一方、美魚は竜王妃へと食って掛かる。

 どうにも、小恋の言う通りの展開になるのが嫌なようだ。


「竜王妃様! やはり、こんな得体の知れない連中に頼るなんてあたしは反対です!」

「ならば、お前は抜ければいい」


 流石に、わーわーと騒ぎ立てる美魚に、竜王妃もうんざりしたのだろう。

 欠伸混じりに言われると、美魚も「ぐぬぬ……」と引き下がるしかない。


「彼女、なんだか熾烈というか……妙に君に食って掛かって来ているような印象なのだけど」


 こちらをギリギリと睨んで来る美魚を見て、烏風がひそひそ声で言う。

 まあ、今まで自分が好きなようにしていた立場を、突然現れた奴に奪われたのだ。

 ああなっても、仕方が無いだろう――と、小恋は他人事のように思った。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 ――そして、完全に日も落ち、夜。

 小恋、爆雷、烏風、そして同行する気満々の竜王妃と、結局一緒に付いてくる事になった美魚。

 この五人で、宮内の見回りを開始する事になった。

 念のため、宮女達には今夜は早く仕事を切り上げてもらい、自室から出ないように言っている。


「して、貴様等はどうやって妖魔を倒すのだ? 何か武器を使うのか?」


 草木も寝静まり、静寂に包まれた広大な幻竜宮内を進む五名。

 その途中、竜王妃がそう質問を発した。


「我々には特殊な力、《退魔術》という妖魔と戦う術があります」


 竜王妃からの質問に、烏風が答えを返す。


「なんだそれは?」

「呪術や道術のようなものとお考え下さい。無論、ペテンではございません。昼間、この宮内に妖魔が潜んでいる気配がないか確認したのも、彼女の《退魔術》によるものです」


 隣の小恋を指し示す烏風。


「私と小恋は、それぞれ独自の《退魔術》を習得しており、この爆雷にも才能の片鱗がございます」

「まぁ、俺はまだ本格的に《退魔術》は使えねぇがな」

「何よ、それ、役に立たないって事?」


 若干、小馬鹿にするような美魚の態度に、爆雷は「うるせぇ」と短く返す。


「あ、そういやぁ聞いてくれよ、小恋」


 そこで、何かを思い出したように、爆雷が小恋に語り掛ける。


「《退魔術》に関することなんだがよ、俺この前、陸兎宮にいた時、不思議な事が――」

「しっ」


 対し、小恋は真剣な顔付きになると、爆雷に静かにするよう小声を発する。


「《妖気》を察知したのかい?」


 烏風も察する。

 その時だった――。


「何、この声……」


 どこからか、何か声が聞こえてきた。

 低く、断続的に繰り返される、地鳴りのような声。

 笑い声、のように聞こえる。

 不気味な音程に、美魚も気味悪がる。


「どっちの方向だい?」

「向こう」


 小恋が、廊下の先を指さす。

 ちょうど進行方向の先から、その笑い声は聞こえてきていた。


「《妖気》も、あっちから感じるよ」

「この先か。よし、行くぞ小恋」

「はい?」


 瞬間だった。

 小恋の言葉を聞くや否や、我先にと竜王妃が走り出していた。

 呆然とする周囲など振り返ることなく、彼女の姿が廊下の奥の闇に消える。


「あ、ちょっと待って下さいよ!」


 いち早く我に返った小恋が、慌てて後を追いかける。


「おいおい、聞きしに勝るお転婆っぷりだな!」

「お転婆どころの話じゃないけどね」


 その後ろに、爆雷と烏風が。


「あ、ま、待ちなさいよ、あんた達!」


 そして美魚が続き、皆で竜王妃を追いかける形となった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 1月7日、楽しみにお待ちしています。 風邪が流行っています。 風邪を引かないようにご自愛のうえお過ごしください。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ