◇◆二話 幻竜宮の竜王妃◆◇
「おおー」
目前に聳える荘厳な見栄えの門を見上げ、小恋は感嘆の声を漏らす。
彼女は今、ある宮に足を運んでいた。
宮廷内にある後宮は、十二人の妃達の暮らす十二の宮が存在する。
それぞれの宮には敷地とお屋敷があり、宮の管理は妃達に任されている。
逆に言えば、増改築も改造も、妃の自由にできるということだ。
小恋の面前の門扉には、特大の竜が彫刻されている。
前に立つだけで、睥睨されている気分になってしまう程の迫力だ。
――ここは、幻竜宮。
――竜王妃の住む宮である。
「……しかし、どうして私をお呼びなんだろう?」
今日、小恋はこの宮に仕事で派遣された。
しかも、幻竜宮の主、竜王妃から、直接宮に来るようにと依頼がかかったらしい。
「うーん……」
幻竜州出身、第二妃――竜王妃。
先日、皇帝も話していた人物だ。
雑用仕事を頼むのに、妃自らが指名するなんて珍しい。
一体、何が目的なのだろうか?
そこで、ゴゴゴゴと音を立て、門が開いた。
「あなたが、下女の小恋?」
現れたのは、一人の宮女。
どうやら、迎えに来てくれたようだ。
「はじめまして、下女の小恋です。今日は、お仕事は何をすれば?」
「いいえ、用件は雑用仕事じゃないわ」
「?」
宮女は「急いで」と、小恋を招き入れた。
門を潜り、お屋敷の中へと入る小恋。
「こっちよ、こっち」
足早に前を進む宮女の後に続き、どんどんお屋敷の奥へと向かっていく。
どこか、ピリピリしているというか、焦っているようにも見えるが……。
(……まったく詳細を語ってくれないなぁ……結局、呼び出した目的はなんなんだろう?)
そう、小恋が思ったところで。
「……あなたも不運ね」
宮女がボソッと、呟いた。
「竜王妃様に目を付けられてしまうなんて」
「え?」
それだけ言って、宮女はまた黙ってしまった。
……なんだろう。
幻竜州は、夏国の中でも最大級の領土を持ち、それ相応の力を持つ州。
運河が流れ、交易も行われ、食料の生産も豊富で、他州・他国への輸出物も多い。
更に徴兵を行っており、陸・海問わず、強い軍隊も持っている。
元々、幻竜州の礎を築いた民族は、体格や運動能力が高く、その分戦闘力も高かったそうで、その血が脈々と受け継がれているのだろう。
ともかく、宮廷も存在を無視できない、かなりの権力を持つ州である。
(……そんな場所から来たお妃様だし、結構わがままなのかな?)
とんでもないお転婆だったりして――と、小恋は想像を巡らせていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
やがて、小恋が宮女に連れられやって来たのは、幻竜宮の奥にある、何やら広い部屋だった。
いや、広いなどというものではない。
楓花妃の住む陸兎宮の大広間――あれの何倍もある。
まるで……そう、衛兵の訓練施設の演武場のようだ。
「ここは……」
「竜王妃様の、お戯れの部屋よ」
と、隣の宮女が言った、瞬間だった。
「ぐあぁッ!」
――こちらに向かって、大柄な男が吹っ飛ばされてきた。
「きゃあ!」
悲鳴を上げ、目を瞑る宮女。
咄嗟、小恋はその宮女の手を掴み、引っ張る。
そのおかげで直撃は避けられ、吹っ飛んできた男は後方に転がっていった。
「あ、ありがとう……」
「いえいえ」
小恋は改めて、男が吹っ飛んできた方向を見る。
広大な広間の中央に、女性が一人立っていた。
背が高い。
小恋が見上げる程……おそらく、爆雷くらいはあるだろう。
その分当然、腕も脚も長くスラリとしている。
長い髪は後頭部で一つに纏められており、美貌は美しさと気高さを併せ持つ、格好良い女性と言った感じだ。
周囲に宮女や宦官を傅かせている様が、絵になる。
彼女が――この幻竜宮の主、竜王妃だ。
「貴様が、『雑用姫』とか呼ばれていた、下女の小恋か」
「あ、はい」
竜王妃は小恋を見ると、凛然とした声で言った。
(……と言うか)
小恋は、竜王妃の周りを見る。
先程すっ飛んでいった男以外にも、何人もの男達がゴロゴロ床に転がっている。
「なんだ」
「えーっと、この人達は……」
当然、基本後宮は男子禁制のはずなのだが……。
そんな疑問を抱く小恋に、竜王妃は顔色一つ変えることなく言い放つ。
「巷で名の通った武術家や、賭け闘技場の王者を呼び寄せて戦っていた。しかし、どいつもこいつも骨が無い」
「な、何を言ってやがる……」
そこで、筋骨隆々の男が一人、床に手を当て体を起こしながら言う。
「女相手に本気で戦えるか。手加減したに決まってるだろ。しかも、皇帝の妃を傷物になんてできるわけ……」
「我に勝てば無罪放免の上、あそこにある財宝の山もくれてやると言った時は、目の色を変えていたくせに」
そう言って、竜王妃の指さした先には山積みになった金塊があった。
凄い。
人が一人、一生遊んで暮らせそうな量の財宝だ。
「それが負けた後で言い訳ばかり。くだらない連中だ」
横たわった男達を見回し、竜王妃は吐き捨てる。
そして彼女は、小恋の方へと歩み寄って来た。
「……ふぅん」
竜王妃は、小恋を見下ろす。
隣の宮女は、そそくさとその場から身を引いていた。
「こんな小娘が……か。面白い」
ニヤリと笑う竜王妃。
「貴様の噂は聞いている。妖魔を殺す力を持っているだとか」
「あ、はい、まぁ」
「衛兵相手に喧嘩して勝ったとも。であれば、それなりに強いのだろう?」
どうやら、色々な噂話が流れているようだ。
しかし、これで、竜王妃が今日、小恋を自身の宮に招いた理由が分かった。
「どれ、我の相手をしてみろ」
ビシっと、竜王妃は小恋を指さし言う。
「勝てば財宝は貴様のものだ。本気で来い。手加減をしたら処刑する」
「………」
……うーん、これは。
お転婆どころの騒ぎではなかった。




