◇◆一話 爆雷と烏風◆◇
さて。
本日、小恋は久しぶりに(そこまで久しぶりではないが)、楓花妃の住む陸兎宮を訪れていた。
「楓花妃様、次は背中合わせになって腕を絡めて、互いに相手の体を背中に乗せるように引っ張る運動です。背伸びの運動ですよ」
「うにー、背筋が伸びるのじゃー」
下女の小恋を、表向きは宮の雑用仕事の為に呼び寄せたのだが――本当は、楓花妃が小恋と会いたかっただけなのだろう。
いつもの庭で、二人は一緒に軽いストレッチをしている。
『ぱんだー!』
『うさうさ~』
近くでは、子パンダの雨雨と、陸兎宮で暮らしているもこもこ兎の雪が、一緒に毬を転がしながら遊んでいる。
『がーうー!』
するとそこに、もう一匹チビっ子動物が参戦してくる。
白い毛並みの子虎だ。
この子虎は、かつて白虎宮で暮らしていたペットで、名前を玉という。
飼い主である珊瑚妃が後宮を去ってしまったため、今は彼女から託された楓花妃が世話をしている形である。
『ぱんだぱんだー!』
『うさうさ』
『がーうー!』
いきなり主人が代わり、新しい環境に馴染めるか――小恋も楓花妃も心配していたが、どうやら杞憂だった様子だ。
雨雨と雪と一緒に、仲良く玉遊びに熱中している。
『がうがう!』
(……っていうか、ちゃっかり玉も喋れるようになってるし)
他の動物を喋れるようにするのが、雨雨の能力なのだろうか?
三匹の様子を眺めながら、小恋はそう思った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「………」
「………」
そんな小恋と楓花妃、子動物達が、仲良く戯れている牧歌的な風景を――縁側から見守る二人の男達がいた。
一人は黒色の癖髪に挑戦的な目付き――宮廷の衛兵、狼爆雷。
もう一人は、長い総髪を一つに束ねた、目尻の上がった、風変わりな道士服を着た人物――後宮専属の《退魔士》、烏風。
色々な事情があり、小恋や楓花妃と繋がりの強い彼等。
しかし、彼女達に対し、二人の表情は険を帯びている。
「……この前、内侍府長が言ってた件……お前はどう思う」
後宮内の見回りという名目で、今日ここにやって来ているが、二人の本題は小恋についてだ。
爆雷と烏風は先日、内侍府長の水から、小恋と現皇帝の関係について、話をされている。
小恋の両親が、歴史から姿を消した英雄――砦志軍と、当時の後宮の第一妃であること。
そして、砦が攫った第一妃が、皇帝の子を身籠っていた事。
小恋が……現皇帝と血の繋がった、妹であるかもしれないという事。
「あの話、お前は信じるかよ」
「……半信半疑、というのが正直な回答かな」
爆雷に問われ、烏風は嘆息交じりにそう答える。
「あくまでも、仮定。手掛かりの大半は憶測だ。本当かどうか、定かではない。小恋自身が、当時の皇帝の子ではなく、砦志軍と誘拐された妃との間に出来た子供という可能性だって、十分考えられる……そうなれば、皇帝と妃との間の子はどこに行ったのかという問題も発生するが……」
しかし――と、そこで烏風は、小恋の方を見る。
「仮に、本当に小恋が皇帝と妃の間の子だったとして……気になる点があるとするなら……」
烏風は、眉間に皺を寄せる。
「……兄妹であるはずの現皇帝と小恋は……そこまで似ていない気がするのだが」
「だよなぁ! 俺も思ってたんだよ!」
烏風の指摘に、爆雷も声を大にする。
黒髪に団栗眼の、普通の少女といった感じの小恋。
対し現皇帝は、異国人か空想の中の人物を思わせるような、白銀の髪に白銀の瞳。
髪の色の違い、瞳の色の違い、それに顔立ちもそこまで似ていない気がするのだ。
「……まぁ、内侍府長も言っていたが、これはあくまでも可能性の域の話だ。だが、注意は必要だろう」
あくまでも仮説。
しかし、もしかしたら、ということもある。
この可能性が、何かしらの火種に繋がる事も、想定できないわけではない……。
「もしもの際には、事情を知る私達が彼女を守らなくてはならない」
「………」
「というより、今君が本当に気にしなくてはいけないのは、そこではないんじゃないかい?」
「あ?」
烏風の言葉に、爆雷は首を傾げる。
「小恋は先日の暗殺騒動の中で《退魔術》に目覚めた。一方、君はまだ《妖力》の〝よ〟の字すら自覚できていない」
とんっ、と、烏風が爆雷の胸板に指先を立てる。
「早々に、《退魔術》を発露できるくらいにはならないといけないんじゃないかな。足手纏いにならないためにも」
「うるせぇ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「くそっ、烏風の野郎。俺だってわかってんだよ、そんなことは……」
一応は、警邏の仕事もしなければという事で、陸兎宮の中を見回っている爆雷。
先刻、烏風に言われた言葉に対し毒づきながら、彼はしかめっ面で歩き進む。
「最近、色々な事が起こりすぎて頭がこんがらがるぜ……ったく、《退魔術》なんて、どうすりゃ使えるようになるんだ?」
と、そう呟いていたところでだった。
「よいしょ、よいしょ……」
廊下の角を曲がったところで、一人の宮女が荷物を運んでいる場面に出くわした。
調理器具を抱えており、中には見るからに重そうな鉄の鍋も積まれている。
「ふぅ……」
一旦廊下に荷物を下ろし、宮女は一息吐く。
「重そうだな」
そんな宮女に、爆雷は声を掛けた。
「あ、爆雷様」
声を掛けてきた爆雷に、宮女は自然に反応する。
しばらく陸兎宮で活動していたこともあって、爆雷はこの宮の宮女達とは大体顔馴染みになっているのだ。
「手伝ってやるよ」
と、爆雷は重量物の鉄鍋を軽々と持ち上げた。
「凄い! 爆雷様、力持ちですね。相当鍛錬をされたのではないですか?」
「あー、いや、どうだったっけな?」
残りの大分軽くなった荷物を抱えた宮女と、鉄鍋を抱えた爆雷は、会話を交えながら目的地に向かう。
宮女に問われ、爆雷は考える。
この怪力も、別に生まれた時からというわけではない。
武官を目指して鍛錬はしていたが……何年か前、気付けば、いきなり人から驚かれるようになったのだ。
(……この怪力が、俺の《妖力》に関係してるんだっけか?)
以前に、烏風から言われたことを思い出す。
だとすれば、その数年前から、知らず知らずの内に自分は《妖力》を使っていた事になる。
(……つったって、俺は普通に力を込めてるのと変わらない感覚しかねぇし……意識とか自覚とか、そういうのを持てっつわれてもわかんねぇしな)
あー、わかんねー、と、柄にもなく頭を使ったため混乱している爆雷と、そんな彼を不思議そうに見上げる宮女。
やがて、目的地の調理場まで、間も無くというところまで来た。
「もうすぐですね。ありがとうございました」
「あ、おう」
考え事をしていた爆雷は、宮女の言葉に意識を戻す。
「………ん?」
そして、気付く。
――腕の中に抱えていたはずの鉄鍋が、無くなっていることに。
「……あ?」
どこにいった? 落としたか?
慌てて、キョロキョロと周りを見回す爆雷。
「つったって、あんなでかいもの落としたら流石に気付くだろうし……」
そこで、爆雷は何か、自身の右腕に違和感を覚える。
「なんだ――」
――見ると、爆雷の右腕の側面に、鉄鍋が〝張り付いていた〟。
持ち手が引っかかっているとか、そういうわけでもなく――本当にただ鉄の鍋が、腕の表面にくっ付いて固定されていたのだ。
「……は?」
あまりにも意味の分からない光景に、爆雷は絶句する。
瞬間――フッと、張り付いていた鉄鍋が腕から離れ、爆雷の足の上に落下した。
「い、ッッッてぇッ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
突然の事に、一緒にいた宮女も驚く。
爆雷は痛打した足を押さえながら、目の前、床の上でぐわんぐわんと回っている鉄鍋を見る。
「つぅ……なんだったんだ、今の……」




