◇◆エピローグ 血◆◇
「小恋の両親……ですか?」
内侍府長、水の発言に、爆雷と烏風は首を傾げる。
そんな彼等に、水は深刻な表情を崩す事なく続ける。
「小恋と、親や家族に関する話はしたことがあるか?」
「雑談程度ですけど……親父さんは旅商人で、色々な戦い方や妖魔に関する知識は、その親父さんから聞いたって。あと、お袋さんは、昔後宮で働いていたとか……」
爆雷が言うと、水は「そうか……」と、短く呟く。
「……結論から言う」
そして、意を決したように声を張った。
「小恋の父の名は、砦志軍という」
「……は?」
水の言葉に、爆雷が絶句した。
「知っているのかい?」
「いや、知ってるっつぅか……」
聞き覚えの無い名前に、烏風が尋ねると、爆雷は混乱しながら返答する。
「俺の親父が昔、酒に酔った時に話してくれた、伝説の禁軍の兵士の名前だ……いや、親父も宮廷の衛兵の間に伝わる只の御伽噺だっつってたんだが……つまり、架空の人物でしょう?」
「いや、砦は実在した人物だ」
爆雷の言葉に、水が返す。
「正確には、とある事情により表の記録から存在を抹消せざるをえなくなった、伝説の禁軍兵……爆雷、お前の父親も砦と同期の禁軍の戦士だった。酔った勢いで、不意にこぼしてしまったのだろう」
「マジかよ……ホラ話じゃなかったのか」
爆雷は、未だ判然としない様子で呟く。
幼少期、砦志軍の武勇伝を聞き禁軍に憧れを抱くようになった爆雷からしたら、信じられない話だろう。
「その、砦志軍。何故、表の歴史から名を消されたのですか?」
一方で、烏風が水に気に掛かった点を尋ねる。
その砦が実際に小恋の父だったとして――何が問題なのか、そこに関わる根幹の部分だ。
「……砦は大罪を犯した」
水は、視線を落としながら言う。
「当時の第一妃を、後宮から攫ったのだ」
「第一妃を……!」
「攫った!?」
水の口にした言葉に、烏風と爆雷は目を見開いた。
「禁軍の戦士にして、当時〝十神〟にも数えられていた英傑達の中でも、砦の強さは桁違い。後宮を守っていた宦官の衛兵では歯が立たなかった。本来、男子禁制の決まりであった後宮にお前達のように男の出入りが寛容になったのは、その時の教訓からだ」
まるで、その時の様子を思い返しているかのように、水は話す。
「砦が如何なる目的で第一妃を攫ったのか、それは結局わからずじまいだった……重大な問題だったのは、当時、第一妃は既に現在の皇帝を生んだ後であり……そして砦が連れ去った時、次の子を身籠っていたことだ」
「……ちょっと、待ってくださいよ」
何かに勘付いた爆雷が、そう声を漏らす。
烏風も、瞠目している。
「……小恋から父親の名を聞いた後すぐ、彼女の前に雨雨が現れた。パンダの雨雨は、代々皇帝の一族を守る霊獣の末裔で、皇帝の血族に従事する性質を持っている。そんな雨雨が、初めて会ったばかりの小恋に異様なほど懐いていた」
水は口にする。
おそらく、この宮廷を揺るがしかねない、重大な事実を。
「つまり、小恋の正体は、砦の攫った第一妃が当時身籠っていた子供……皇族の血を宿した末裔……即ち、現皇帝と血の繋がった妹君である可能性が高い」
予想していたとは言え、その言葉を聞き爆雷と烏風は絶句する。
「……小恋本人が知っているのか、自覚が無いのか、そもそも教えられていなかったのか……それらは不明だ。無論、まだ憶測の域を出ない話でもある。しかし、この話は現皇帝一族の支配に反感を抱いている派閥や、夏国を転覆させようと考えている者も潜んでいるだろう宮廷では、信用できる者にしか話せない。お前達に話したのは、信頼しての事だ」
言い終わると、水は沈黙し、窓の外を見る。
黒ずみ始めた曇り空と強まる風の音は、嵐の予感を覚えさせるものだった。




