044 【 夜の闇の中で 】
深夜に響き渡る金属と金属のぶつかり合う音。
相和義輝が戦場に辿り着いた時には、もう先頭集団は戦闘を開始していた。
亜人の集団に踏み潰されないよう、また騒音で会話が出来なくなっても困るので、少し離れた丘に陣取る。しかし――
「参ったな、何も見えん……ルリア、ちょっと見てきてくれ」
暗闇の中、大量の命が蠢いているのを感じる。
遠くに見える灯りは人間の松明か?
しかしそれは、大きな街の夜景のように広範囲に広がっている。
もしあれが全て軍容だとしたら、100万を超える数がいるかもしれない。
まだかなり距離があるが、これ以上近くに行くのは無謀すぎるだろう。
さりとて亜人達も見捨てられない。かなりのジレンマだ。
「戻りましたー。えーと、結構いますわねー」
死霊のルリアは呑気そうだ。俺が思ったよりはいないのか?
「大体200万人、それで合っていると思いますわ」
「200ま……!」
さすがに絶句する。前回は数万相手に何とか対等、10万超えたらもう無謀だ。
しかも移動してきたばかりでもない、補給も足りているだろうから士気もバッチリ、更にはこちらから攻めたのだから、相手はとっくに布陣済みだろう。
同じ夜襲でも、ここまで条件が違うとどうにもならない。
「コロセー! ニンゲンヲコロセー!」
「ソノチヲ、マオウニササゲロー!」
しかもこちらの言う事なんて、まるで聞かない集団である。これで何とかなったら奇跡という物だ。
大体血なんて捧げられても嬉しくもなんともないぞ。
「戦況はどうなんだ?」
「盾を殴っている間に射殺されていますね。でも一部では、死体の山を登って盾を超えている亜人もいますよ」
そうか、今回は不死者と違って人間必殺の矢が効いてしまうのか。
水分を沸騰させる金属の鏃。絶対に当たりたくねぇ……。
だが戦闘力は不死者よりも強い。数頼みとは言え、きっちり布陣した人類軍と戦う力はあるって事だ。
現状、不死者達は追いかけてきてはいるが、速度が違い過ぎて到着までに一日以上はかかる。他に戦力になるのは死霊が4千人程と……。
「首無し騎士は今どのくらい来ているんだ?」
明るいときにはシャルネーゼの他にも数人見えていたが、実際に数えた訳ではない。
それに元々、姿を見せたい時か、何かに干渉するとき以外は彼女らの姿は見えないと言う。
我ながらいい加減な軍容だ。やはり懇親会を開いてしっかりと纏めたい。
「そうだなぁ……二千といった所だろう。もう少し魔力あれば、あとちょっとは増えていたかもな。ハッハッハ」
うーん……そればっかりは、支払いが多くてパンクしそうなんだから仕方がない……。
残りは、ひっそりと付いて来ている塩の世界で出会った塩の精霊。それに魔人エヴィアと魔人ヨーツケールか。
「よし、朝まで待つ」
どんな手を打つにしても、俺が見えないのでは話にならない。申し訳ないが、こればかりはどうしようもないのだ。
さすがに夜明けまであと数時間、それまでに全滅する事は無いだろう。
それにどうにも先ほどから気になることがある。人類側から受ける視線のようなものだ。
ねっとりと絡みつき、全身を這いまわるような気持ち。頭の中で何かが警告を発している気がしてならない。
◇ ◇ ◇
ルフィエーナ・エデル・レストン・ユーディザードは、重盾部隊の一員としてこの戦いに参加していた。
重盾は立てかけ式の巨大な物で、左右と連結可能になっている。
それ並べて作る、防盾壁と呼ばれる細長い編成。その一枚が彼女の担当だ。
濃い金色の長い髪を左右に結い合わせ、少し切れ長の緑の瞳が面壁の細長い覗き穴から見える。
丸々と太った美貌にユーディザード王国正当王族の血筋。その高貴な美しさは宮廷の花だった。
だが王族といえども兵役は免れない。むしろ王族だから功績をあげられるように、また王家の体面を守るために戦場に放り込まれるのだ。
その太い体に金属板を張り合わせたミノムシの様な鎧を纏い、懸命に重盾に魔力を送り続ける。
左右にもずらりと並ぶ重盾の後ろには、彼女と同様に盾に魔力を送る兵士達。そして横には長槍を構える兵士達。二人一組で担当し、その後ろにも同様の列がある。
ユーディザード王国の鉄壁の防盾壁部隊は、その名に恥じず亜人達の攻撃を懸命に防いでいた。
「ウゴアーー! コロセーー!」
オーガやオークが大きな唸り声をあげながら鉄の槌でガンガン叩くが、重盾は微動だにしない。その間に槍隊が攻撃し、その後ろからはボウガンの矢が雨の様に亜人達に射出される。
矢が風を切る音と共に亜人達から悲鳴が上がる。攻撃は間違いなく効いているのだ。
だが彼らは怯まず突撃を繰り返す――空気を響かせる唸り声、盾から感じる振動、叩きあう金属の響きで周囲の声もほとんど聞こえない。もう生きた心地がしない……これが戦場なのかと、初陣の彼女はただただ祈るように丸くなる。
(神様……早く戦いを終わらせてください。魔族なんて、全部滅ぼしてください……)
そんな中、突然後ろに殺気を感じて後ろを振り向く。そこに立っていたのは、いつの間にか入り込んだ小さなゴブリン。オーガ達によって、隊列の隙間に投げ込まれたのだ。
亜人が持つ粗末な剣の刀身には、真っ黒い液体が塗られている。それが何であるかは分からない、だがそれが毒であると本能で直感する。
悲鳴を上げそうになるが声が出ない。ペアの槍兵は上から槌を振り下ろすオーガに夢中で気が付かない。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
ゴブリンの小剣に腿を突き刺された隣の兵士が絶叫を上げ、噴き出した血がルフィエーナの顔を真っ赤に染める。
「入り込んだやつがいるぞ! 応戦せよ!」
すぐさま背後の盾と盾の間が開き、近接専用の駆除部隊が突入する。
「斬れー! 叩き斬れー!」
「グオオオォォォ! ニンゲン! コロス―!」
内側に入ってきたゴブリンに殺され力を失った防盾が破られ、そこからオークたちが乱入する。しかし彼女の仕事は自分の重盾の維持だ。恐怖で震え逃げ出しそうになる心を鼓舞し、必死で盾を支えるしかない。
そんな彼女の後ろからオーガが迫る。体長は3.2メートル。手に持つトンカチの様な巨大な鉄の鎚は、丸々とした彼女の大きさとどっこいの大きさだ。
それはじろりと目標を見下ろすと、手にした武器を全力で横に薙ぐ。
「危ない! 避けろ!」
言われてハッとなり振り向くと、そこには味方の兵士が立っている。だが、上半身が無い――オーガの一撃で吹き飛ばされたのだ。
下半身は血を湧き流しながらもまだ立っていたが、ゆっくりとこちらに倒れ内臓を撒き散らす。
「キャアァァァ――――!」
悲鳴を上げるが、誰も彼女を助ける余裕はない。次のオーガの一撃を転がって逃げるも、その巨大な武器がミノムシの鎧を掠め弾き飛ばす。
吹き飛ばされた彼女の鎧はバラバラに吹き飛び、金具に引っ掛かった服もビリビリに破られてしまった。
「イヤアアァァ! 誰、誰か……誰か助けてぇー!」
半裸で悲鳴を上げる絶世の美女。だが誰も振り向かない、手を貸さない。彼らは今、それどころではないのだ。
「侵入箇所を重盾で塞げ! 後退!」
ガシャガシャというけたたましい金属の響きと共に、後部の重盾部隊が侵入されていない前列部隊と再連結する。こうして新しく防盾壁が作られると、今まで前線だった部分は窪んだ壁の外側へと変化する。
「ほら、とっとと下がるぞ!」
別の兵士に引っ張られ、ようやく死地から脱出する。だが――
「さっさと後衛に行って予備の鎧と重盾を持って来い! 急げ!」
ボロボロと大粒の涙を流しながら半裸の姿で兵装置き場まで走る。罰ゲームではない、誰もその姿を気にしていない。生きているだけマシなのだ。
長い戦いは、まだ始まったばかりだった。
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