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029-2 【 軍隊(2) 】

 相和義輝(あいわよしき)にとっての大きな幸運は、最初に指揮した軍勢が不死者(アンデッド)だった事だろう。

 彼の知る戦争とは授業や漫画や映画、それにドラマといった中だけだ。当然の様に主人公に視点を置いたそれでは、彼の様に指揮する者の視点は判らない。


 そして彼の知る白兵戦闘とは、多くて数万といった数である。

 数十万の兵を一か所に集める高速輸送手段を得た時、彼の世界の人間はもう火薬を手にし、銃や爆弾といった新しい兵器に対応した戦争形態を取っていた。


 だが、今目の前にいるのは数万の軍勢を輸送する手段を持った、近代的だが中世的な、しかも知らない武器や戦術を擁する軍隊である。

 それを相手にする手段を模索するのに、死んでしまう配下を使っては試せない。試せても次が無い。


 だが不死者(アンデッド)は倒されても完全には死なない、畏れはあっても恐怖は無い。そして命令には絶対に服従する。持久力も人間に比べ段違いであり、人類必殺の矢も効かない。


 だから彼は短時間で試せた。調べる事が出来た。今まで見たことが無い、軍隊という生き物の様な組織を。そして学ぶことが出来たのは大きな収穫だった。


 元々この領域に大量の不死者(アンデッド)が存在しなかったこともプラスに働いた。人類は戦わなくてはいけない使命と、まさかあり得ないという状態に翻弄されたのである。


 更には瞬間移動ともいえる死霊(レイス)の命令伝達速度は、彼が思っているより遥かに早い。しかも空から全体を見渡して報告する事は、地上からしか全体を見渡せない相手に対して大きなアドバンテージとなっていた。


 だが今、その大きなアドバンテージを失いつつある……。



( 突如体を2本の槍が貫く! 1本は左肩を、もう一本は心臓を。 )

( 血を吐き、倒れそうになる。だが刺さった槍が支えになり、ゆっくりと崩れ落ちる……。 )


「エヴィア!」


 叫ぶと同時にエヴィアが背中を抱え、一気に20メートルほど跳躍する。

 背中がゴキっと鳴って一瞬呼吸が止まるが、この位はオールオッケーだ。

 今まで立っていた周囲には、数十本の長槍が突き刺さる。


「あいつら音がしないのか。厄介だな!」


 上空には円錐形の先端に円筒形の胴、三角定規を付けたような羽。全体は赤紫に塗装され、それぞれの騎体には鷲や冠などの独自の紋章が刻まれている。

 ティランド連合王国、飛甲騎兵隊が到着したのである。



 飛甲騎兵隊隊長、アウレント・リネバ・ノヴェルド、ティランドは眼下の光景を見て愕然となった。


「本隊宛、眼下に不死者(アンデッド)の群れを確認。数推定60万から80万。炎と石獣の領域内にも多数確認。不死者(アンデッド)が領域を越えている可能性あり。繰り返す――」


 また別の飛甲騎兵隊兵士も報告する。


「人間らしき人影3と大型の異形を2体確認。当部隊の攻撃は失敗。繰り返す――」





 それらの報は、24万の兵員で急行中のティランド連合王国本隊に続々ともたらされた。


「全軍停止!」


 進軍中の軍をカルターは止める。既に周囲の参謀たちは大騒ぎだ。

 魔族が領域を超えるはずがない。たとえドラゴンが隣を歩いていても、それが領域外であれば奴らの牙も、爪も、炎の息さえ超えては来ない。溶岩や嵐といった自然現象すら超えてこないのだ。なのに不死者(アンデッド)ごときが超えているなどとは、にわかには信じられない。


「もし事実なら、この魔族領への侵攻計画全てが狂いますわね。」


 カルター付き魔術師のエンバリ―・キャスタスマイゼンも困惑する。魔族が絶対に領域を超えないと言う自信があるからこそ、領域近くに駐屯地を置けるし、道中を完全に解除しなくても補給路を通せるのだ。


「ですが、単純に中間で一斉に発生したという可能性もあるのではないでしょうか? 境界を超えたと考えるのは早計です。」


 幕僚席に響く鈴のような声。

 桃色の長髪をなびかせ、参謀の中でもひときわ小柄で若く見える女性、”串刺し姫”ティティアレ・ハイン・ノヴェルド、ティランド将軍が一歩前に出て進言する。

 小柄で痩せ型の彼女は周囲の将兵たちからはかなり浮いた存在だが、周囲の彼女を見る目には畏怖がこもっている。ここに揃った将兵の中でも、トップクラスの実力者だ。

 周囲の軍服の下は皆黒のズボンだが、彼女は黒の短いスカートを穿いている。


「どこかの馬鹿な隊が、領域の一部を解除した可能性はないでしょうか?」


 もう一人進言してきたのは”甲虫”ミュッテロン将軍。

 領域の生物や現象は領域を超えない。ただ一つの例外が領域の一部が解除された場合であり、そうなればまるで堤防が決壊したように、領域内の生き物が外に溢れ出る。

 それを危惧した為、人類は決戦を前に魔族領との間に長大な壁を建設したのだ。


「その可能性は考えられません。もし境界が解除されたのなら、石獣が外を徘徊しているでしょう」


「私も同意見です」


 リンバート・ハイン・ノヴェルド・ティランド将軍と グレスノーム・サウルス将軍も進言する。

 リンバート将軍は身長171センチ、中肉で肌は褐色に近い。無造作に伸ばした肩までかかる黒い髪と黒い瞳の男で、カルターの孫に当たる。


 一方グレスノーム・サウルス将軍はその弟だ。

 生来の名前はグレスノーム・ハイン・ノヴェルド、ティランド。だが幼い頃に病弱だった彼は軍事的才覚が無いとされ、別の血族の養子となった。しかしそれでも将軍の地位まで上り詰めた実力派の将軍である。


 だがそれぞれが意見を述べたところで、それが事実であると確証できる材料はない。

 結局それぞれが、それぞれの経験に基づく予想を述べているだけである。

 事実はその目で見て、調査し、研究し、解析しなければいけないのだ。


 もう既に、カルターの考えはもう一つの報告へと走っていた。


「人影……人間か…………」


 しばし考え、全軍に命令する。


「全軍に伝達! ここを集結地点とする。目的地到着は明日正午。」


 突然に沸いた不死者(アンデッド)達。明日には煙の様に消えてしまうかもしれない。

 猛将であれば、それを危惧して進軍したかもしれない。だがカルターは猛将ではなく勇将の類の人間だった。

 消えてしまうならそれでいい。以後は湧くことを念頭に行動すればいいだけだ。

 それに、カルターにはそうはならない不思議な自身がある。


(面白い、会おうじゃないかアイワヨシキ。同数で決着をつけてやる)





 ◇     ◇     ◇





「飛甲騎兵は下がったか……」


 飛び去ってゆく飛甲騎兵を見ながら、相和義輝(あいわよしき)は全ての不死者(アンデッド)達を集結させた。

 おそらく、こちらの陣容は相手に完全に知られただろう。もう少数でバラバラにはやって来ない。来るとしたら明日か明後日。


「少し休もう。さすがに疲れたよ」


 だが自分が狙われたと言う事は、少しは成功と言えるかもしれない。

 前哨戦が終わり、いよいよ本番だ。

 だが急に沸き起こる嘔吐感。一歩も動けず、膝から崩れ吐き出してしまう。


(今更来たか……罪悪感。ああ、解っているさ……)


 辺りに漂う死臭、血、肉片……今までは緊張が抑え込んでいたが、安心した途端に実感する。自分の罪の重さを。


 エヴィアがそっと、相和義輝(あいわよしき)の背中に両の掌と、その小さな体を重ねてくる。


「魔王、人間はまだ、海を支配してはいないかな……」


 それは救いの手。魔人が姿を変えれば、一人位は海上で生活させることが出来るかもしれない。だがそれは、その姿は、もうエヴィアではなくなった何か。


 それに時間稼ぎをして何になるのだろう。陸が終わったら、次に人間の興味が海に向くのは明白だ。長い長い時を、一生逃げ回るのだろうか。何もかもを失って……。


「俺は大丈夫だよ、ありがとうな。本番は多分明日か明後日だ。その時頼むぜ」


「エヴィア達がいれば安心かな。スースィリアも日暮れには到着するよ。案ずるより産むが易しって誰かが言ってたよ」


「オッケー!」


 俺は精いっぱいの作り笑顔をエヴィアに見せた。





 ◇     ◇     ◇





「只今戻りました」


 オブマーク司教が帰還したのはナルナウフ教団兵の最後だった。

 水中服のような全身鎧は右腕の上腕が切断され、頭部も半分から上が無い。そして関節部には不死者(アンデッド)の破片やグールの爪などが引っ掛かり満身創痍の状態だ。


「あら、生きてましたの。ふふ、しぶとい事はよろしくてよ」


 サイアナ司祭は既に鎧を脱ぎ、以前相和義輝(あいわよしき)と出会った時のように、宝石を散りばめた装飾品を身に着け、スケスケレオタードに着替えている。違いと言えば、あちこちに包帯が巻かれ血が滲んでいる事くらいだろう。

 言葉のそっけなさに反して走り寄り、銀のツインテールがひらりと舞う。


「酷い事を言わんでくださいよ――よっこらしょっと」


 右手でレバーを操作すると、プシューという音と共に外装がパシっと開く。

 そして中から出てきた部分鎧を纏ったオブマーク司教には、サイアナと同じような切り傷が各所にある程度だ。斬り落とされた部分は、全て鎧の外装であった。


「巡礼中でなかったら、我らは間違いなく死んでましたよ。見て下さいよ、俺の重甲鎧。どうやったらこんな風にできるのか。」


 重甲鎧(ギガントアーマー)。飛甲板より昔に開発されたこれは、鎧であり機械でもある。

 鎧の様に当人の魔力次第で硬さが変化するが、各関節の動力などは飛甲板と同じように魔道炉を使う。

 だが消費魔力は鎧とは桁違いに高く、1日中の着用は不可能だし使用できる人間も限られる。

 それに外す時はともかく、着用は一人では出来ない。


「あー外から見ると、思ってたよりかなり斬られてますな。これはもうダメでしょう。どうします、新しいのを聖都から送ってもらいますか?」


 自分の着ていた重甲鎧(ギガントアーマー)の散々な姿に呆れた口調でオブマークが言うが、サイアナはそれを否定する。


「いいえ、我々は一度本国へ帰還いたしますわ」


 意外であった。サイアナの事だから、嬉々としてまた出撃すると思っていたのだ。勿論、そうなったら全力で止めるつもりであった。新しいのを進言したのも、時間を稼げると思ったからなのだが……。


「だって悪魔ですのよ! きちんと教会に報告しませんと。それに……ああ、失礼な真似は出来ませんわ。ちゃんと正装をしてお会い致さなければ……」


 その姿は、まるで恋する乙女のようだ。

 そして思い出す。聖都に保管されているサイアナの正式重甲鎧(専用機)

 ああ、アレを持ち出すのね……オブマーク司教は微妙に相手に対する気の毒さを感じながらも、たしかにアレを持ち出さなければ倒せないだろう、そう感じていた。





この作品をお読みいただきありがとうございます。

もし続きが気になっていただけましたら、ブクマしてじっくり読んで頂けると幸いです。

面白いかなと思っていただけましたら評価も是非お願いいたします。

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