022-1 【 幸せの白い庭(1) 】
それは美しい女性だった。
透けるような白い肌……まあ実際に後ろが透けて見えるわけだが。
風になびく腰までの長い金髪に薄い翠の瞳。その瞳は何も映していない様に、死んだ目をしている。
纏っているのは紺色の膝下丈のメイド服。胸元は大きく開き、胸と肩にはフリル。長い袖の先端は少し広がり、高価そうなレリーフが彫られたカフスボタンが微かに輝いていた。
胸は大きいが全体的に細く、少し病弱に見える。
俺はそれが死人であると直感した。いや、直感もクソも無い。
「ようこそ魔王様。こちらはホテル幸せの白い庭。新たな魔王様をお迎えする為に建てられた仮の住まいでございます。どうぞごゆるりとご滞在くださいませ。わたくしは当ホテル支配人、死霊のルリア・ホーキスと申します。どうぞお見知りおき下さいますよう」
「じゃあ帰る。魔人ヨーツケールの所まで戻ろう」
今まで幽霊が怖いと思った事は無いし、そういったものに動じた事も無い。見たことが無いからだ。存在しないものを恐れたってどうにもならない。
だが現実に目の前にいるなら話は別だ!
しかし――
――速い!
振り向いた先には、既にメイドの幽霊が立っている。
「逃がしませんよ、魔王様。これは魔王の務め、義務なのです」
「大体なんで俺はここに連れてこられたんだ! いい加減説明してくれ!」
「あら、説明しておりませんの?」
メイドの幽霊は少し驚いた様子だ。普通は知らされて来るのだろう。
「どうせ連れてくるんだから一緒かな。新鮮な驚きは人生を彩るって誰かが言ってたよ」
メイドの幽霊の驚きに対して、エヴィアがしれっと答える。
まあ確かに驚いたよ。しかし驚いただけで何の実入りも無いぞ。こっちは……。
「魔王は疲れすぎてるかな。ここでしばらく休むといいよ。その間に支度は整えてあげるから」
意外に感じた魔人エヴィアの心配り。だが支度か……それをしたいんだ。人類と戦うための支度を。
のんびり旅をしてきたけど、やっぱり今の最優先はそれだ。一刻も早く、何としてもだ。
そのための手段があると期待してここまで来たのに、目的が休憩だけとは少し拍子抜けだ。
「ともかく! とりあえず一泊は致すべきです! 魔王様が過労で倒れたら前代未聞の笑い話ですよ! 大体、わたくし達の食事はどうなるのです!」
メイドの幽霊にビシッと一括される。
はあ……他にどうしようもないか。ここで我が儘を言ったって、ただの空回りだ。今は魔人の考えに従う他はない。
確かに休養は必要だ。何だかんだで此処まできつかったからな。それに食事か。
――まて、こいつ今『わたくし達の食事』とか言ってなかったか?
背筋に寒いものが走る。
「魔王、あんまりもたもたしていると外で寝かすかな」
死の予感は無いし魔人達も平然としている。スースィリアは早くも食事に行っちゃってるし……クソ! 信じるしかないか。
ホテルの中はいかにもホテルという感じの佇まいだ。広いロビーには幾つものソファやテーブルが置かれ、美しい絵画が飾られている。二階に上がる階段は、ゆっくりとした曲線で構造的な美を感じさせる。ただ逆にそれが気になる。これを設計した人間は……いや、魔人か。魔人は何処でこの形を知ったのだろう。
「いや、現実逃避しても仕方ないか……俺帰るわ」
入口ホールにはカラカラに乾いた大量の蠢く死体や屍肉喰らいが群をなしている。
しかもこちらを向いて「うわぁぁぁぁぁおおぁぁぁぁぉぉ」とか「ぐよぉぉぅぅぅぅおおぉぉぉ」とか言ってくるのだから堪らない。
わたくし達の食事ってこういう事かよ!
「大丈夫かな、魔王。彼らの声を聞いてあげて欲しいよ。魔王なら出来るはずだよ」
しかし逃げ出そうとする俺の腕をワシっと掴み、神妙な面持ちでエヴィアが言ってくる。
ああ、彼らも何かを訴えているのか。見た目に騙されず少し落ち着こう。あの唸り声が言葉であるのなら、伝えたい意味を持つのなら、今の俺には理解してあげる事が出来るかもしれない。
どれどれ――
「血いぃぃぃぃぃ! 血が欲しいいいいぃぃぃぃ!」
「足ぃぃぃぃぃ! 足いぃぃぃぃぃ!!! 食わせてくれぇ~!」
「肩だけでいいんだぁ~~、心臓もぉぉぉぉぉくぅれぇぇぇ~!」
「腕ぇ! 片手だけぇぇぇえええぇぇぇええ!」
「さきっぽぉ! さきっぽだけでもぉぉぉぉぉぉ!」
―――ダメじゃないか!
「話し合えば何でも解決なんて、世の中そんなに甘くないって魔王は知っていると思ってたかな」
「もう帰る! 絶対に帰るぞ! 来ーーーい!! 来てくれーーーー! スースィリアァァァァァ!」
―――シーン……。
来ない。来てくれない。そんな遠くまで食事に行ってしまったのか……。
どうするべきか……絶望で気力が失わる感じがする。
「さぁさ、皆さん。魔王は食べ物ではありませんよ。さぁ魔王様、こちらにお上がりください」
そうメイドの幽霊が二階でパンパンと手を叩くと、死者の群れが綺麗に割れて道を作る。
確かさっき支配人って名乗ってたな。名前は確か死霊のルリア・ホーキスだったか。この様子なら喰われる危険は少なそうだが……絶対に油断はしないようにしよう。
魔王は食べ物ではないと宣言したが、まださっきの『わたくし達の食事』の謎も解けてないしな。
そこは質素ながらきちんと清掃され、また安らぐ部屋であった。
部屋には外の爽やかな風が吹き込む大きめの窓が一つ。窓枠には真っ白いカーテンが張られ、同じく真っ白いシーツのかかった布団とベッド。それに美しい彫刻が施された木製の机と椅子。木の床の上にはベージュの絨毯が敷かれており、いかにも人間の住処といった趣だ。
もっと棺桶とかギロチンとか、そう言ったおどろおどろしい物が並んでいるかと思っただけに驚きだ。
「お気に召していただき誠にありがとうございます。それでは先にお食事にさせていただきたいのですが……」
「ああ、食事か……食事ね……。エヴィア何とかしろ」
あーそれなんだけど――エヴィアが、俺が魔力を失った経緯を説明する。
「魔力が無いですって!?」
ルリアはフラッと揺らめくと崩れ落ち……いや消えそうになる。
「それではわたくし達のお給料はどうなるのでしょう? いっそここで、残った魔力を全て頂いてしまってはいけないのでしょうか?」
本人の前で何を物騒な事を言ってやがる。
一方で魔人エヴィアの目が泳いでいる。ハッキリとは聞いていないが、やはり魔力が消える原因はコイツにあるに違いない。
俺の中でスースィリアの評価は上がる一方だが、こいつの評価は下げ止まりだぞ。
「お給料に関しては魔王に任せるかな」
こいつ何も知らない人間に丸投げしやがった!
「いいから説明しろ。魔王の義務と食事と給料に関してだ」
「魔王の義務とはわたくし達に食事を提供する事ですわ。食事はすなわち給料。魔王の魔力ですの」
死霊のルリア 自分の胸に手を当てくるりと一回転すると、簡潔に答えてくる。
「わたくし達はそれを頂き、代わりに魔王の意志で働くわけです。お判りでしょうか?」
メイドはドヤ顔で説明するが、俺には意味が解らない。もう一度エヴィアに説明を求める。
「この世界には大まかに6種類いるかな。魔人と魔王と人間と……」
――さらっと人間と俺を別物にしたがまあいや、続きを聞こう。
「……それに魔人の言う事を聞く生き物、魔王の魔力に従う生き物、どちらにも従わない小さな生き物。それだけかな。不死者は魔王の魔力がごちそうだから、食べさせれば大抵のことは聞いてくれるかな。魔王が欲しがってた戦力? そんなものだよ」
ああ、ちゃんと考えていてくれたんだな。評価が少し戻ったよ。
しかし全部喰わせたらお手上げだ。
「どうにかならないのか? その、ちょっとずつとか」
「その点に関しては魔王も死霊も誤解をしているかな。魔王は不死者に食べさせるためだけなら十分な魔力を持っているかな」
それは意外な言葉だ。
「どう言う事だ? 俺の魔力が戻るには5000年はかかるのだろう?」
「魔王の魔力は、魔王が考えているより膨大かな。一日に戻ってくる分だけ考えても、普通の人間の使える魔力とは比較にならないよ」
「おお! そういう事か。なんか0か100かで考えてた。そうだよな、じわじわ戻ってきてるんだよな!」
「でも不死者に与える分で考えると少し赤字かな。ここで一ヵ月は回復分を与えないといけないね。分割払いも可能だって誰かが言ってたよ」
与え続ける限り、俺の魔力は戻ってこないって訳か。完全復活までの年月が遠のくのかよ。
だが5000年。そんな時間は待ってはいられない。どうせそれが無理なのなら――
「判った。俺の魔力を持っていけ!」
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