245 【 システムの中枢 】
碧色の祝福に守られし栄光暦220年7月22日。
ここは海の上。魔族領の海岸線から、西へ約9000キロメートル。
大陸の東から測っても、凡そ9000キロメートルという。
大陸の裏側。世界の果てと言って良い所だ。
かつて海を通って人間世界に行った時はかなりの日数を必要としたが、今回は事情が違う。距離は長いが、十数日程度の日程である。
というか、あの時に掛かった日数の多くは砕氷によるロスだ。
移動手段は魔人ファランティア。それに後ろからはプログワードも付いて来ている。
同行者はエヴィア、テラーネ、テルティルト、それにユニカ。考えてみれば、なかなかにハーレムじゃないか。
いや、エヴィアはそのメモを止めろ。
「見えて来たかな。あそこがシステムの中枢だよ」
「へえ……」
そこは思ったよりも、ずっと小さな場所だった。
普通の雑居ビル程度の大きさで、高さは30メートルほどだろうか。
全体が、“透き通ってはいないが深い青色の水晶”といった風に見える。一見したところ、入り口などは見つからない。
海上からポツンと飛び出た不自然な岩礁。そんな感じだ。
一瞬だけ「本当にあそこか?」と言いそうになるが、飲み込んだ。システムの中枢――そんな大切な場所を魔人が間違えるわけはないのだ。疑うのは侮辱であろう。
近くに行くと、波打ち際に小さな入り口があった。僅かにしゃがまないと通れないような狭い穴。ここから先は、大型の魔人は無理だろう。
ファランティアから降り、入り口に飛び移る。
「それじゃあ――」
振り返って2体の魔人に挨拶をしよう――そう思った先には、海を埋め尽くすほどの魔人達。
ヨーツケールMk-II8号改やアン・ラ・サム、ケルケ・オビやエンブスらの姿も見える。いつの間にか、大勢引き連れていたのか。
「お前たちは記憶のやり取りが出来るんだろ。わざわざ見送らなくてもいいのに」
「これはある意味けじめみたいなものデシ」
「ヨーヌか? お前も来ていたのか」
波の中にわずかに混ざる黒い色。というかコイツ泳げるのか。
「ラジエヴやアンドルスフは魔王の指示通り動いているデシ。だけど多くの魔人は、自分で挨拶をしたいと考えたデシ」
「そうか。わざわざすまないな、みんな。今までありがとう。それじゃ、行ってくるよ」
「プログワードは永久にここを守るよ。いつまでもここにいるよ」
「いや、ちゃんとユニカを連れて帰ってくれ」
「それはファランティアがやるよー」
甘えるように頭をこすりつけてくるプログワードを撫でる。
スースィリアもゲルニッヒも、俺が戦いに引き連れ、失わせてしまった。ヨーツケールもだ。
それでもこうして慕ってくれる。ありがたい事だ。魔人の協力が無ければ、決してここまで来ることは出来なかった。
「魔王よ、ヨーツケールMk-II8号改は十分に楽しんでいる。ヨーツケールも楽しかった記憶だけしか残さなかった。何も気に病む事は無い」
「「「我等が新たに得た知識と経験は、貴方が来なければ得られなかったものです。ウラーザムザザも、最後の最後まで楽しんでいたと断言できます。むしろ、我等こそが貴方に対して悔いています」」」
「最後の魔王。我らの決断が遅かったこと、大いに詫びよう。もっと早くに協力していたら、結果は変わっていたであろう。そして感謝する。大いなる未来を残してくれることを」
魔人達を代表してケルケ・オビが頭を下げると、他の魔人も同様に真似をする。
「気にしなくていいさ。まあ戻ったら、今度こそ最初から協力してくれよ」
「……必ずや、約束しよう」
入った先にあるのは円形の部屋。壁には螺旋階段が付いており、2階分くらい登った先に天井がある。
「システムはこの上かな。そこでなら、最小限の負担で領域を作れるよ」
「まあそれでも、地上の全てを領域で包むだけで限界でーす。もう何一つ残りませーんね」
「その辺りは仕方が無いか……」
世界を領域で包む。それは覚悟だけで出来るものではない。
というより、普通に魔族領でやったら無理だ。予定の半分も作った時点で限界となる。
やるからにはそれなりの場所も必要になるわけだ。
「ねえ、本当に今やらないとダメなの? 百年位かけてゆっくりやれば、負担はずっと少なくなるって話なのよ?」
「それはダメだよ、ユニカ。時間は掛けられないんだ」
そう、このまま海と太陽を与えた状態を放置すれば、人間は爆発的に増える。維持できる限界など、簡単に越えてしまうだろう。
そしてその頃には間違いなく完成する。第二第三の揺り籠が。
その先は考えるまでもない。今以上に激しい殺し合いを、どちらかが滅ぶまで続けるのだ。
「直ちに領域を作り、人類に安住の地を与える。解除される危険は考えなくていい。その辺りは、オスピアが上手くやってくれるだろう。優秀な参謀も付いている事だしな」
「まあいくつか解除すれば、それが最悪の選択であると分かるでしょーう」
「その時はオスピアと協力すればいいのかな」
「ああ、容赦なくやっちゃってくれ」
人は試さなければいけない性を持つ。折角人間用に作っても、必ずいくつかの領域は解除されるだろう。
しかしそれは地獄となる。環境は破壊され、人口制限も消える。そこから爆発的に生き物が増え、周りに侵略を開始するだろう。
だけどそれは大きな火種にはならない。今度の領域は、細かく分割するのだから。
国家よりも小さく、県よりも小さく、街よりも小さな領域の集合体。数か所解除しても大勢に影響はないし、人類だってそこまで愚かではない。すぐに気が付くだろう、失敗したとに。
そこが封印されるか、もしくは何らかの利用法を見つけるか、それは今後の人類次第だ。まあ期待するとしよう。
「それじゃ、パパっと世界を変えて来るよ」
「成功をお祈りしていまーすよ」
「あたしは信じてるからね! 全部上手くいって、貴方も戻って来るって信じてるから!」
「ああ。期待していてくれ」
手を振りながら考える。事が終わったら、ユニカをきちんと連れて帰るようにと。
その辺りは、テラーネがきっちりやってくれるだろう。
登った先は円形の小さな部屋。中央には丸い石の台が置かれ、天井にアーチを描いているだけで何もない。
「もっとこう、仰々しかったりSFチックだったりを想像していただけどな」
「必要な機能は全部揃っているかな。そこに寝てくれれば始めるよ」
「動かなくて良いのは助かるな」
実際、もうかなりきつい。死んだ者を生き返らせることは出来ない。確かにその通りだ。
この体は魔王の魔力で動かしているだけの操り人形に過ぎない。オスピアも同じ状態なのだが、あれは年期の差か、それとも最初の負担が少なかったのか……。
しかし愚痴っても仕方が無い。これまでは定期的にテラーネに修理をしてもらっていたが、まあそれもここまでで良いだろう。
ここから先はもう、あまり関係は無い。
「エヴィアの魔法が必要とはいえ、こんな事をやらせてしまってすまないな」
「エヴィアの仕事は魔王付きかな。それは最後まで、魔王と共にあるという事だよ」
「そうか……なら、頼む」
ここから十数年の歳月をかけ、世界の全ては領域で包まれる。
ただ環境を整えるだけではない。多くの生き物を召喚する。
解除された魔族領の生き残り。そして人間世界に取り残された魔族達。彼らの同胞も新たに呼び寄せるのだ。
生命を召喚するには魔人が生贄となる。しかしそれは、思ったよりハードルが低かった。
彼等は自在に分裂できる。だがいくら死を望む魔人を切り離しても、彼等の死への興味は尽きることが無い。最初から、幾らでも素材は用意できたのだ。
あるものは植物に、ある者は動物に、そしてまた、もっと小さな生き物に姿を変え、荒廃した世界が命で満ちて行く。
エヴィアがゆっくりと俺を使い始める。世界を覆う魔王の魔力。歴代魔王達の憎悪。そして俺自身。それが消えていく。
創る領域を決めるのはかなり大変な作業だった。当初はユニカだけに任せていたが、彼女の知識には限界がある。
それに作る順番も重要だし、人間が領域自体を受け入れなければ話にならない。
問題は山済みで、中央でオスピアに話した段階では夢物語に近かった。
しかもその後に行われたサイアナとの戦いが致命傷といえた。あれでもう、残された時間はほんの僅かになってしまったわけだ。
本当に、絶望といってよい状態だったと思う。
だけど、いるじゃないか。そういう事にかけて詳しい相手が……。
長かった物語も、今回を含め残り4話となります。
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