244 【 様々な分岐 】
カルターが出て行った後、賢者ヘルマン――いや、魔王は力なく椅子に沈み込んでいた。
「その体、やはりもう長くはないか」
「戻ればテラーネが補修してくれるよ。もう暫くはもたせてみせるさ」
「……お主には感謝しよう。この計画が完了した暁には、必ずや人類の問題は解決される。いずれは新たな問題も発生するであろうが、今より大事にはなるまい」
「そうなってくれると助かる。先の事までは面倒見切れないからな」
正しくは、そうして欲しい。ここまでやって数年で瓦解など、たまったものではない。
「だが一つ聞きたい。なぜそこまでする気になったの? お主はここで生まれたものではい。この世界の住人ではない。そして何より、この世界の人間と良い関係を築けたか? そうは思わぬ。なのになぜ、人間の為にそこまでするのかの?」
「さて……どうだろう」
もし最初に、人間であることを選んでいたらどうなったのだろうか。
人として人の社会に生き、もしかしたら子を成したかもしれない。
そして俺の子孫が生きるために、この身を魔族との戦いに投じて死んでいく。
きっと悪くはないのだろう。俺が殺しきてきた人々の人生が、悪かったなどとは言いたくない。だけどきっと、それはダメだ。
それでは俺に再びの人生を与えてくれた先代魔王に対し、借りを返せない事になる。
この世界の人口をたかだか一人増やす為に、俺に新たな生を与えたのではないだろう。
初めて人間と戦った時、エヴィアは逃げても良いと言った。あの時、逃げていたらどうなっただろう。
多分100年もしないうちに、魔族領は消滅する。
まあその場合、リッツェルネールは普通の軍人のままだっただろう。なら、案外そう簡単ではないかもしれない。
だけど結局は同じ事。いずれは海の上で、全てを失った事を知る。そして祈るのだ……もう全部捨てました。どうかここには来ないで下さいと。
ルリアやシャルネーゼ、レトゥーナにオゼット、それに他の精霊。亜人に翼竜、竜や一つ目巨人に軍隊蟻……皆を失い、何百年も何千年も逃げ続けるのだ。
――冗談じゃないな。
マリッカが提示した未来。俺が引き籠り、子供達を代理で戦わせる可能性。
当時はあっさり却下したが、それで正解だろう。
人類には揺り籠という新兵器があった。浮遊城も投入された。魔人の協力があれば持ち直せたかもしれないが、最良でも今の状態が限界だ。出だしが遅れた以上、他は悪化する未来しかない。
ムーオスを滅ぼしてから、リッツェルネールの案に乗っていたらどうなったのだろう。
ムーオスの跡地を利用して人類を間引く。同時に魔族もだ。
二人で協力して、互いの仲間や同胞を殺し続ける未来。彼は耐えられるのだろうが、俺には無理だ。
遅かれ早かれ、何らかの形で破綻していたと思われる。
結局のところ、楽な方はどれも、そのまま破滅への道だった。
これが正しかったかは分からない。だけど、俺はこれしかなかったと確信している。
「こっちの方が良い、こうした方が良い……そうした方を選んでいったらこうなった。そうとしか言いようが無いな」
何もない天井を見上げる。その先にあるのは魔王の魔力。俺と過去の魔王達の意識。
今は透明にしてあるが、見えないだけで存在は消えていない。
ここまでの選択に、歴代魔王の意識が関わっていないとは思わない。
彼らの経験が、俺をここまで導いてくれたのだろう。だけど、その役目もここまでだ。
「そうか……では改めてオスピア・アイラ・バドキネフ・ハルタールの名において礼を言うの。よくぞここまでやってくれた」
「まだ早いよ。実行するのはこれからだよ」
◇ ◇ ◇
外に出ると、すっかり秋めいた風と高い空が出迎える。
こうしていると、風景が違うだけで地球にいるのとさほど変わりはない。人が住める星は、なんかんだで似たような感じになるのだろう。
道には忙しなく飛甲板が行き来し、人の数も多い。この街は世界の中枢、人も多い。
手近な露店で新聞を買うと、さっそく新たな領域の記事が一面を飾っている。入った時には無かったので、話し合いの最中に解禁になったのだろう。
これはおそらく、カルターの背中を押すためだ。きっと宿舎に戻ったら、整理もつかぬまま質問攻め。後はなし崩しに認める事になるだろう。
こういった演出は、やはり専門家に任せて正解だな。
その記事の中に、クラキアを扱ったものもあった。
炎と石獣の領域に閉じ込めてあったスパイセン王国の国王。
いや、閉じ込めていたつもりはなかったのだが、結果的にそうなった。忘れていたと言っても良い。
思い出して詫びを入れに言った時、そこはまるで王宮の一部を切り取ったようだった。
石造りの床に壁。そこには美しい絨毯や壁紙で彩られ、天井にはシャンデリアが煌めいていた。
机や椅子、大量の本が詰まった本棚、高級そうなベッド。冷暖房は完備され、奥には調理室美どころか冷蔵庫まである。
魔力の供給源はラジエヴだろう。面倒を見てくれと頼んだが、ここまでやっているとは思わなかった。
そこで彼女はベッドの上でごろりと横になりながら、なにか菓子のようなものをポリポリと食べていた。
同行したマリッカからは交代したいという強いオーラを感じたが、これは無視だ。
実際に会うまで処遇を迷っていたが、話は思ったよりもスムーズにまとまった。
大量に置かれた本。魔人ラジエヴの知識……どうやら彼女なりに考えがあったらしい。
条件として魔族領を幾つか見て回りたいという事なので、その辺りはラジエヴに任せた。
今は人間領に戻って中央入りしている。しばらくすれば、祖国へも帰れることだろう。
「さて、俺達も帰ろう。時間も無いしな」
俺の手を取るエヴィアは、出会った時のような無表情だった。だけど今の俺達には、見た目の表情など要らない。
エヴィアの悲しみは痛いほど理解している。だけどこれは、やらなければいけなかったんだ。
小さな手をぎゅっと握り返し、俺達は中央を後にした。
◇ ◇ ◇
数日後、中央議会。
大勢の前で、クラキア・ゲルトカイムは熱弁を振るっていた。
「我々は根本から間違っていたのです。豊かな領域は魔族の世界、解除した荒れ地が人間の世界。いつから人は、こんな愚かな物語を信じてしまったのでしょう。私はあの戦いの後、人類の為に領域を見て回りました。そしてはっきりと分かりました。我々人類もまた、領域で生きられるのだと。そもそも、ジェルケンブールには豊かな領域があり、我等も海を利用してきました。今更な事なのです」
実際にクラキアが回った領域は多くは無い。殆どの時間はラジエヴと共にあった。
だがそれは世の中を知らないという事ではない。ラジエヴに学び、最後は自分の目と肌で確認した。領域とはあくまで環境であり自然の形であると。
「しかし、そのジェルケンブール王国は魔族に滅ぼされたのではないか?」
「魔族領にはまだ多くの領域が残っている。そこが豊かであるというのなら、今が手にする好機ではないのか?」
「今魔族を刺激してどうするのだ。我等の支度が整うまで動くべきではない」
クラキアもまた王だ。こういった議会の纏まりの無さは重々理解している。
だがそれでも説得を諦めるつもりは無い。戦わなくていい世界……先王シコネフスであれば、それがどれほど困難であってもその道を進んだだろう。最後までその道を進み続けていたのだから。
生き残った自分の命に何か意味を見出すのなら、きっとその道を繋げる事なのだろう……。
◇ ◇ ◇
演説を終えたクラキアは、豪華な控えの間で休憩をとっていた。
4時間以上大声で話し続けたのだ。疲労困憊といったところである。
しかし姿勢を崩すことは出来ない。なぜなら、その目の前には小さな女帝がちょこんと座っていたからであった。
「ご苦労であったの。まあ見ての通り、議会はまだまだあのような状態であるの。勝利と太陽にすっかり浮かれておる」
「あれで大丈夫なのでしょうか? その、女帝陛下はこの後の事は……」
「全て知っておるよ。まあ世界の大変革を前にすれば、あのような浮かれた議会など木っ端に吹き飛ぶであろう」
女帝の表情には、微かに笑みさえ浮かぶ。
元々一介の将軍であったクラキアは、オスピアと面識があるわけではない。
しかし女帝自体は人類に知らぬものが無いほど有名だ。その上で、これほど気さくな人物であった事は少々意外だった。
「それより、お主の人気は大したものよ。議会での地位は無くとも、発言力はとうに超えておろう」
「いえ、そのような……」
元々彼女の人気は高かった。一人魔族領で戦い続ける女王――その神秘性は、希望に飢えた人々を魅了した。
そして今は、魔族領から生還した奇跡の女王である。しかも、一人で領域の調査を行ってきた先見の明。
人類は新たな英雄を欲する。魔族に勝利し、魔王を打倒し、太陽を得た。しかしその最大の功労者は既に故人だ。故に、大々的に宣伝する新たな旗印を民衆は欲していた。
当然ながら、その裏にはオスピアやコンセシールなどいくつかの商国が動いている。
その甲斐あって、いまやクラキアの言葉は神の言葉にも等しい。全てが肯定され、否定など許されない雰囲気である。
「お主の全てに世界が注目しておる。そしてこれからの事を考えれば、人類には支柱となるよりどころが必要である。これからの働きに期待する。それと、何か必要なものがあれば何なりと言うが良い」
「有難きお言葉。必ずや、世界に平穏をもたらしましょう」
透明な何かが、二人の前にティーカップを置く。
魔人ラジエヴはクラキアに付いて来ていた。別に彼女の監視とかではない。命令され方からでもない。ただ単純な興味本位からである。
今ここにいる事に後悔はない。しかし、心は遠い空の下へと馳せる。もう会う事の無い、魔王の元へ。
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