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227   【 終幕 】

 魔王、相和義輝(あいわよしき)の前に膨らんだ白い色は、テルティルトの体であった。

 ギリギリのタイミングでサイアナの重甲鎧(ギガントアーマー)を包み込み、同時に相和義輝(あいわよしき)を吐き出したのだ。

 だがテルティルトがその身を犠牲にしても、暴発した魔導炉の威力は防げない。それが解っていたから、テルティルトは最後に体を扉まで伸ばしていた。

 逃げ場を得た魔導炉の爆発が、そのまま陸上戦艦内に吹き荒れる。

 膨れ上がった熱は体内のような船内を駆け巡り、全てを焼き、溶かす。膨張した大気と金属は爆発の連鎖を生み、昇降機(エレベーター)を始めとした穴という穴から火柱となって噴き出した。


 地上戦艦は一瞬にして全ての動力を失い、慣性のまま地面に激突。轟音とともに大地を深々と抉りながら数十メートル滑り、斜めにめり込んだ形で停止した。

 まだ可燃物は燃え、船体各所から煙が上がる。その艦橋から、ボロボロになった三つの球体が飛び出していた。魔人アン・ラ・サムだ。

 魔王を探して入ったはいいが、狭い艦橋でフルボッコにされ死の淵にあった。だが今回の事で、九死に一生を得たのだった。

 艦橋にいたオンド船長やムーオス兵士、そしてナルナウフ教の信徒たちに、生存者は無い。

 そもそもあの爆発と惨状で、誰が生き残れるのか……。



 だが、魔王は生きていた。

 床も壁も過熱し煙を上げているが、幸い――いや、テルティルトの献身によって、この部屋は守られたのだ。そして墜落した衝撃からも……。

 だがそれも、役目を終える。

 目の前にあるのは、(いびつ)に膨らんだ砂糖菓子のような真っ白い塊。ボコボコと泡のように幾重にも膨らんだそれが、エアバッグの様に張り付いていた。

 そしてそれはさらさらと、本物の砂糖細工の様に、相和義輝(あいわよしき)が見ている前で崩れてゆく。


「テルティルト……」


 足や背中から肉の焼けた煙を上げながら、全裸の相和義輝(あいわよしき)は後ろにあった魔導炉に押し付けられていた。

 その後ろ脇に、突然何か鈍い衝撃を感じる。

 ふと見ると、腰から小さなナイフが生えていた。武器というより工具といった作り。

 そしてその先に、まるで壊れたような、悲しいような楽しい様な、よく分からない笑顔の男が一緒に焼かれている。

 たまたま偶然、同じ部屋にいたから一緒に守られていた男だ。


「ははは……ははははは……」


 その目からは大粒の涙が流れている。だが、黒に近い緑の瞳は何も映していないようであった。

 刺された痛みは何も感じない。ただその壊れてしまった人間の顔を見て、心だけが痛んだ。

 外に出よう。そう思い歩き始めた足元に、固い物が当たる。

 白い粉の中に残ったそれは、真っ白い球。魔人の核。


「ちゃっかり者め。ちゃんと逃がしていたな」


 そっと、その球を拾う。

 分かっている、ヨーツケールと同じだ。これはもうテルティルトではない。テルティルトが繋いだ魔人の記憶。

 だけど、なんとなくだけど……こいつはまた、テルティルトという生き方を選ぶ。そんな感じがした。





 ◇     ◇     ◇





 申し訳ないと思いながらも、残ったテルティルトの残骸を割りながら廊下に出る。

 全体は斜めになり、床も壁も天井もあちこちが裂けている。

 熱さは感じないが、歩くと足の皮がジュウジュウと音を立てる。この様子では、生きている人間などいないだろう。

 階段は瓦礫で崩れ、通行不能だ。まあ予想していたので、手近な窓へ行く。


「ご無事でしたか、魔王」


 すると、まるでここから来ることが分かていたようにファランティアが待っていた。

 なんだか戦闘した様な損傷が見られるが、エヴィアやユニカは無事なんだろうな? ちょっと心配になる。


「ああ、俺は無事だ。何も問題はない。それより状況確認だ。これで後顧の憂いが無くなっていると良いんだけどな」


 そうだ、これでようやく問題の一つに決着がついたに過ぎない。本番はここからだ。

 もう何一つ失敗は出来ない。


「あちらの準備は出来ているかな?」


「特に連絡はありませんが、もう暫しはかかるのではないでしょうか。それまでに、その肉体の修復を致しましょう。テラーネほどではありませんが、私も覚えましたのでご安心を」


「そうだな。肝心なところでダメになったら台無しだ。まあまずは、状況を確認しよう」


 碧色の祝福に守られし栄光暦219年4月17日。地上戦艦は沈黙し、魔王の目論見は完遂された。

 揺り籠はただの一発もムーオスの外へ運ばれる事は無く、全容を知る技術者もいなくなった。

 だが時を置けば、やがて新たな揺り籠が作られるだろう。

 時間は無限ではない。だがそれでも、少しばかりの休憩は可能であった。





 ◇     ◇     ◇





 碧色の祝福に守られし栄光暦219年4月17日。

 日も暮れかかっているかという時分、マリッカ・アンドルスフを乗せた飛甲板は迷宮の森と亜人の領域近くまで移動していた。


「ジャルプ・ケラッツァが見えてきたよ、おつかれさーん」


 操縦席から陽気なサイレームの声が聞こえてくる。今回はただ振り回されただけにも感じるが、まあいい――先ずは休憩だ。ただその前に――


 マリッカは目の前にあるスピーカーのスイッチを入れる。

 操縦席との直通通信。もう一人の動力士には聞こえなくするためだ。


「今回は助かりましたが、かなり危険な橋を渡る任務です。今度は要請されても受けないでくださいね」


 もう2回もサイレームを連れて魔族領に入っている。当然、どんなルートを通り何処へ行ったのかもバッチリだ。さすがに次は生かして返すことは出来ないだろう。

 マリッカなりに、彼を気遣っての事だ。しかし――、


「なあ、マリッカ……これからどうなるんだろうな」


 返って来たのは、真摯なサイレームの声。そこに、最初の陽気な様子は無い。


「まあ暫くは動乱が続くのではないでしょうか?」


 マリッカはそっけない。これから先のことなど、自分の頭で考えたってしょうがないのだから。


「気楽だねぇ……。僕はねぇ、もうそろそろいいと思っているんだ。これから世界が大きく変わる気がする。それこそ、僕の様な一般の商人には関係ない次元でね」


「……」


「だから気にしなくていいんだよ。むしろね――」


「世界がどうなったって、商人の出番が無くなる事なんてありませんよ」


 サイレームの言葉を、マリッカは遮った。

 別に彼の希望を叶えてやっても良いのだ。それが望みであるのなら。

 しかしまあ、もう少しこの世の中を見てもいいのではないだろうか。

 動乱が、必ずしも悪い結果を生むとは限らないのだから。


 目の前に悠然と見えてくる浮遊城ジャルプ・ケラッツァの雄姿。

 報告とは違い、ティランド連合王国軍も森の外に布陣しているようだ。何かあったのかもしれないが、それは戻ってから報告を聞けばいいだろう。

 暢気(のんき)に構えながら、マリッカは浮遊城へと帰還した。



 この日の夜、世界は大きく変わった。

 それは人類にとって良い方向だったのか、それとも悪い方向だったのか。

 ただ分かる事は、今を生きる人々にとっては悪夢でしかないと言う事だった。

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