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224   【 甲板の戦い 】

「い、いでで……」


 見上げると、そこには天井に空いた穴。あそこから落ちたのだ。

 よく見れば結構旧式な感じはある。だがそれにあのパワーが加わったとしても、この分厚い床板は外れないだろう。

 おそらく、フレーム全体が歪むような激しい戦闘があったのだ。

 何と戦ったのかは知れないが、その出会いには感謝するしかないな。


 と、目の前にウラーザムザザも落ちてくる。潰れてあちこち固まった目玉。よく見れば左に付いていた翼も無い。もうボロボロだ。


 そして上から聞こえてくるギギギギという金属音。

 重甲鎧(ギガントアーマー)が通るには狭いため、こじ開けているのだ。

 水中服の様な頭に取り付けられた水晶の覗き穴からは、優しそうな、そして楽しそうな鈍色(にびいろ)の瞳がこちらをしっかりと見据えている。

 うん、あれは殺る気マンマンだ。


「とにかく移動しよう」


 そういって立ち上がろうとした途端、前のめりに床に崩れ落ちる。

 あれ――? 右足に感覚が無い。確かについているし自由には動くが、意識しないとしっかり動かない。

 あの一瞬でここまで壊れたのか……。


 〈 このままだと、もう長くはもたないと思うわー 〉


「俺も同意だ。だけど、見逃してくれる相手じゃないよ。それよりウラーザムザザ」


 声をかけようとしてぎょっとする。もうピクリとも動かない。完全に固まってしまっている。

 だが、死んではいない。微かにだが文字は見える。


 ――もうそのまま動くなよ。俺が必ず対処する。


 上では床板が剥がされ、人が上下する金属音が反響している。おそらく階段からだろうが、ここは直接繋がってはいないようだ。

 だが出入り口の無い密閉空間など無いだろう。とにかく今は、何とか機会を伺うしかない。


「武器は何とかなるか?」


 〈 今直してる 〉


 先ほど受け止めた時、いともあっさり曲がっている。相当なパワーだ。本当に人間か? 一体どうやったらあんなものと戦えるのか。

 この部屋から出口は一か所だけ。とにかくその先だ。廊下のような狭い場所なら、あのパワーも完全には生かせないだろう。


 だが、金属が叩かれるような凄まじい背後から轟音が響く。

 一瞬だが、ビクっと首をすくめてしまった。音の主は、考えるまでもない相手だ。

 ここで決着を付けられるのか? いや、付けられないなら死ぬしかないが……。


(チェーンソー)をもう一本作っておいてくれ。目立たないようにな」


 〈 少し時間が掛かるわー 〉


「……頑張るよ」





 ◇     ◇     ◇





 甲板上では、第1班6名が見回りを開始していた。当然、全員が水中服の様な重甲鎧(ギガントアーマー)を装着している。

 その指揮官を務めるのはオブマーク司教。普段はサイアナの副官をしている。

 今回はサイアナ司祭だけではなく、他の司祭も多く含んだ精鋭部隊だ。実際彼の元には、テレミーレ司祭とライファウン司祭という2名の司祭がいる。

 通常の儀式であればこの様な逆転現象は起こらない。宗教はある意味、軍隊より更に階級制がハッキリしているのだ。

 だが今回は軍事行動である。その為、総指揮官がサイアナに一本化され、その結果副官であるオブマーク司教がそのまま副官を務めているのだった。


「オブマーク殿。ここでただ待つというのも退屈なもの。我等もまた後部ハッチから中に入り、挟み撃ちにするのはいかがか?」


 そう提示したのはテレミーレ・ワトシ司祭。水中服の様な重甲鎧(ギガントアーマー)の中に、みっちりと肉が詰まっていると錯覚させるほどの美貌の士である。


「確かにその通りですわね。幸い司祭が2人、司教が4人。いっそ、ここは3手に分けても良いかもしれません」


 合わせて同意したのはライファウン・ユーカヴィー司祭。

 丸々としてはち切れそうなテレミーレ司祭と違い、こちらは戦場が長く引き締まった体形だ。

 ただどちらも、今の外見上は二人とも同じである。

 そこに更に同じ形のオブマークが加わると、傍目(はため)にはコミカルだ。もっとも、彼等を知るものはそんな目で見ることは出来ないが。


 オブマークとしては、実際に彼女らと、お付きの司教二人行かせてしまっても良いと思っていた。

 とはいえサイアナの命令は絶対である。優しく麗しい司祭様ではあるが、ここで命令違反によって魔王を取り逃がしたらどうなるか分からない。


「まあまあ、お二人とも。獣は追い込みが肝心といいます。おそらくサイアナ様らによって、悪魔はここに戻って来るでしょう。我等の役目はまさにその時。どうぞここは待機でお願いします」


 そう言いながら、オブマークは手にした聖杖を握りしめる。二人の司祭、そして三人の司教も同様だ。

 彼等の周りにあった死体。それがゆっくりと動き出したからであった。

 ナルナウフ教にとって、死者の魂を地に還すことはもっとも尊き行いだ。だがなかなか機会に恵まれない。だからどうしても、死者を見るとそちらに目が行ってしまう。

 これは、軍人ではないオブマークも同じであった。

 だから全てはたまたまの偶然。運の良し悪しと言って良いだろう。


 ライファウン司祭と、その背後に控えていたミラ司教の体が縦に裂ける。それはまるで、何本もの爪で斬り裂かれた様に、一瞬で。

 同時に、オブマークの後ろにいた二人の司教の首が飛ぶ。まるでちぎった様に……いや、磁石か何かで引っ張られた様といった方が良いだろうか。


 ――しまった!?


 一瞬で魔力を更に込める。ライファウン司祭と自分(オブマーク)は似たような魔力量だ。その彼女が防げなかったものを、自分がそう易々と防げるものではない。

 それは分かっていても、素直に死ぬわけにはいかないのが人の(さが)というものだ。


 そして彼の前に、巨体がゆっくりと舞い降りる。

 この世界の人間は知らないが、棺のような細長い亀甲型。とはいえ、その大きさは10メートル。人が入る棺とはスケールが違う。

 蓋の所に付いているのは、まるで聖衣を纏ったような女性の顔の彫刻だ。

 左右には真っ白な、光の反射によっては銀色にも見える鳥の翼が生えている。右に三枚、左に四枚。司祭らを切り裂いたのはそれだろう。両方の翼からは血がポタポタと滴り落ちている。





「アン・ラ・サム、貴方は魔王の下へ急いで!」


 ファランティアの中のユニカからそう指示され、アン・ラ・サムはほんの僅かだけ迷った。


 時間にすれば、ほんのつい先ほどの事だ。天から降りる魔王の魔力は、非常事態を知らせるには十分だった。

 当然の様に通信機も繋がらない。ユニカは緊急の決断を強いられた。

 単純に言えば、可能性は二つ。自分が行くことが、魔王にとってプラスになるかマイナスになるか。

 戦えない自分が行くことで、逆に魔王の足を引っ張るかもしれない。だがここは空の上。果たして一度下に降りてからで間に合うのだろうか?

 魔王が想定外の危機にある事は間違いないのだ。


「大丈夫よね?」


 そう尋ねられたファランティアは、その意図を察した。

 それはエヴィアをここから落としていいかという事だ。


「問題ありません。たとえ下が岩であったとしても、魔人エヴィアの再生に支障はありません」


「だって。それじゃエヴィア、行ってくるね」


 そう言うと、僅かに開いた蓋からエヴィアを投下。同時に駆け付けたアン・ラ・サムと共に、ここ地上戦艦の甲板に降り立ったのだ。

 危険は十分承知の上。しかしそれでも、魔王を守るためにユニカは共に行くことを選んだのだった。





 でかい、そして強い。目の前に出現したファランティアの力量を見て、オブマークの背筋に冷たいものが走っていた。

 元々甲板にいた2体の悪魔の内1体を討伐し、もう1体はたぶん瀕死といえるところまで追い込んだ。

 だがそれはサイアナという強大な存在と、数という武器があったからだ。


「テレミーレ司祭様、ご無事ですか?」


「ええ、問題ありませぬ。少し驚いただけですわ」


 見た目上、無傷な事はわかっていた。オブマークが確認したのは心が折れていないかだ。

 だがそんな心配は稀有に終わる。ナルナウフ教の司祭が、悪魔を前に自失するなど有り得はしない。

 しかし背後でもう1体、別の魔族が階段を降りるのが見えた。多分2人の司教を殺った奴だ。

 見た事も聞いた事も無い姿。あれも悪魔と考えるのが妥当だろう。いったい、この世界には何体の悪魔が存在するのか。

 先に階段を下りた仲間やサイアナに伝えたいが、この重甲鎧(ギガントアーマー)に付いているのは拡声器と収音機だけだ。遠くに連絡する手段はない。いや、そんな事を悠長に考えている余裕もない。


 金属の甲板に渦状の傷が走る。ファランティアの翼によるものだ。

 翼の先端を下につけ、突進しながら目にも止まらぬ速さで一回転。進路上にあった揺り籠は、まるで紙細工の様に切断され宙を舞う。

 床に付いた複雑な傷が、内側に回避する隙間が無い事を示している。


「こいつは……」


 まさか作戦ではあるまい……いや、そうでない事を祈るしかない。

 最初が上手く行き過ぎた。そして魔王という餌に釣られ、のこのこと兵力を分散してしまった。

 自分達を下ろした重飛甲母艦は? とっくに落とされたのか、姿は見えない。そんな事すら気が付かないとは……。

 オブマークの脳裏に、サイアナの微笑みが浮かぶ。


(……司祭様、どうかご無事で)


 形となって現れた死を目の前にしながらも、オブマークはサイアナの身を案じていた。

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