表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
229/260

217   【 離脱 】

 重飛甲母艦の外見は、空飛ぶカブトガニといった風体だ。ただ、尾は付いていない。

 上部は薄く丸いドーム状で、下部には6基のコンテナ。そして左右に飛甲騎兵が搭載されている。

 ドームの前部、そしてその下、更に左右や後部と至る所に水晶の窓が取り付けられており、遠目には細いフレームだけで構成された工芸品のようにも見える。

 その水晶の窓を切り裂き、一人の少女が乱入した。


 突然の事に、ムーオスの兵士達は何の反応も出来なかった。

 ただ驚き、目を剥き、口を開け、そして大量の血を吹き出しながらドサドサと崩れ落ちる。

 操縦室(ブリッジ)にいた十数名は一瞬にして血だまりに沈むが、侵入者の殺戮は終わらない。

 流れた血が階段から雫となって下に落ちるよりも早く、エヴィアは下にいた8人の動力士を斬り裂いていた。





 音もなく、一機の重飛甲母艦が落ちて行く。

 墜落ではない。魔力供給を失った飛甲母艦は、残った分を消費しながらゆっくりと高度を下げる。まるで空気が抜けていく風船の様だ。

 とはいえ、落下の衝撃は大きい。(もろ)いコンテナは潰れ、乗員もベルトなどで固定されていない限り生存は厳しいだろう。

 もっとも、生き残ったところでどうしようもない。味方の人間に出会うより、魔族に遭遇する確率の方が高い。この国は、もうそんな状況なのだから。


「885番機応答なし。高度低下」


「連絡は?」


「ありません。後方の455、7の1022も同様です」


「フム……」


 報告を聞きながら、“比翼の天馬”ルヴァン・マルファークは対応を迫られていた。

 編隊後方にいた重飛甲母艦に魔族が取り付いた時、ヘッケリオの搭乗するこの機体を守るべきかを考えた。

 以前であれば迷う事は無い。数機を殿(しんがり)に残し、残存部隊で密集防御を組むのがセオリーだ。それは、相手が人間であったとしても同じだろう。

 だが大きく異なる点がある。魔族には、所在不明の浄化の光(レイ)が存在するという事だ。

 浮遊城と違い、何処にあるのか不明な点は大きな脅威である。

 そしてあからさまな密集提携を取れば、逆に最重要機体を明かす事になる。

 今はともかく、国境が近づけば浄化の光(レイ)が飛んでくるのは確実だ。その目標は、考えるまでもないだろう。

 だがそう考えて、あえて逆を突いてくるかもしれない。そんな駆け引きが、最初の対応を遅らせた。


(結果として助かったが、前後から襲撃か。魔族め、やってくれる……)


「将軍! 1523番が!」


 隣を飛んでいた重飛甲母艦が、炎に包まれ急速に落下する。


「クソッ! 浄化の光(レイ)か!」


 国境際など甘い考えであった。ここはもう、ムーオス自由帝国ではない。魔族の土地なのだ。


「各機散開せよ! 魔導炉全開、高度を下げろ! 各員の無事を祈る」


 重飛甲母艦の編隊が、一斉に隊列を乱し地上へと降下する。

 それはまるで、舞い散る木の葉の様であった。





 ひらひらと……というにはあまりにも早く飛甲母艦が降下する。

 螺旋する円を描くように降下したかと思うと、急加速して移動。そして再度の降下。

 あまりにも鮮やかで、そしてあっけなく飛甲母艦隊は散り散りに逃げて行った。

 暗闇の中、魔王はそれを視覚ではなく感覚で捕らえていた。


「いやいや、このまま逃がすわけにはいかないよ。ボンボイル、追ってくれ」


「どれを?」


 どれを? といわれると困ってしまう。

 重飛甲母艦たちは、四方八方、それこそ全周囲に散った。当然南や西にいたった連中も、そのまま進むわけがない。どこかで軌道を変えながら最終的に東を目指すだろう。

 当然それなりに時間をロスするだろうが、最終的には数時間くらいしか変わらないと思われる。

 しかしあたふたしている間に連中は行ってしまう。何機かにはウラーザムザザや空飛ぶイトマキエイのような魔族の群れが取り付いているが、攻撃している間に他は逃げてしまう。


「とにかく一番東を飛んでいるやつだ。エヴィアはまだ繋がっているな?」


「その点は問題ない。触手は今もしっかりと繋がている」


「ならいい。テルティルト、服を外骨格にしてくれ。武器もだ。俺達も行くぞ」


 〈 準備はしておくけど、みんなも信じてあげて欲しいわー。今回はちゃんとやっているのよー 〉


「いや判るけどな。どうにも自分で動かないと不安なんだよ」


 ここを目指し、飛べる魔人達が魔族を率いて集まっている。

 しかし向こうも早い。拡散しすぎたら見失う危険もある。

 どうするべきか……相和義輝(あいわよしき)もまた、選択と決断を絶えず繰り返していた。





 ◇     ◇     ◇





 戦闘開始から半日以上。空はすっかり明るくなり、これから次第に茜色に染まっていく。

 碧色の祝福に守られし栄光暦219年4月16日夕刻間近。

 重飛甲母艦の外殻に巨大な目玉が張り付くと、そこからジュウジュウと音を立て金属が溶けていく。


「ば、化け物めぇー!」


 兵士の一人が防火用のハンマーで応戦するが、そんなものでウラーザムザザは傷つきはしない。

 空を飛ぶ重飛甲母艦の兵士達は、基本的に鎧は付けていない。それに武器を携帯しているものも少ない。長い歴史上、重飛甲母艦内で交戦したことはただの一度も無かったからだ。

 人類……ムーオス自由帝国こそが、この空の覇者だったのだから。


 壁を溶かしながら侵入したま目玉が、床を溶かし始めている。その下は魔道炉だ。

 動力機関を失ったら、もうこれは空に浮かんでいただけの金属塊だ。あとはもう、本当に落ちるだけである。

 だが止める術はない。気化した金属の毒で……いや、それがなくともどうしようもない。

 人の身で止めることなど出来はしないのだから。


 落下する重飛甲武官から、魔人ウラーザムザザが離脱する。

 ここまでに10機以上は落としたが、その間に他は相当に離れてしまった。これでは自分だけで全てを撃墜する事は無理だろう。

 だがしかし、もうそろそろ十分だ。後は仕上げをすればよい。

 ウラーザムザザの姿は虹色に発光し、目玉の表面が波紋の様に震える。

 同時に、地面から一斉に何かが飛びあがる。それは鳥であったり蝙蝠であったり、あるいは虫。

 魔人の命を受け、小さな生き物たちが重飛甲母艦への攻撃を開始した。





 ◇     ◇     ◇





「こちら4447、視界不良! 何なんだこいつらは!?」


 大量の燕のような小鳥が、次々と体当たりを繰り返す。

 真っ赤に染まった水晶ガラスには血と羽毛が張り付き、重飛甲母艦の視界を完全に奪っていた。


「とにかく前進だ。この先に山は無い、まっすぐ飛べば大丈――」


 突如、報告が声にならない絶叫に変わる。

 通信していた4447を正面から射抜いた光。極太の浄化の光(レイ)

 蒸発した大気が薄い雲を作り、その先にいる巨体を歪めて映す。

 体高30メートルを超える巨大蟹。腹は開いており、そこから20メートル近い浄化の光(レイ)が見える。

 大きさは20メートル級だが、威力は浮遊城に設置されている80メートル級にも匹敵酢する。重飛甲母艦など一撃だ。

 それはヨーツケールMk-II8号改の姿であった。魔人達の攻撃は、無差別に行っていたわけではない。エヴィアの指示の元、彼の待つここに誘導していたのだ。


 間髪入れずに、再び浄化の光(レイ)が照射される。

 ヨーツケールMk-II8号改だけではない。一斉に幾条もの光が、低空飛行で逃れようとする重飛甲母艦を狙い撃つ。

 攻撃された機体は一瞬にして真っ赤に焼けた金属塊となり、まるで弾かれたように落下していった。


「あれは……報告にあったやつか」

「他にもいる! なんだ、何発――!」

「地面ギリギリまで下がれ! 少しでも起伏を利用せよ!」


 友軍が次々と焼け落ちる中、“比翼の天馬”ルヴァンと オベーナスの機体はまだ生存していた。

 これは二人が持つ長年の勘による危機回避と、(おおむ)ね運によるものだ。

 だが味方が減るにつれ、それもだんだんと厳しくなってくる。


「51号機、墜落!」


 遠くで上がる土煙が見える。低空飛行に失敗したのか撃墜されたのか、それはもう分からない。

 分かっているのは、もうほんの数機しか生き残っていないと言う事だけだ。


「そろそろ潮時でしょう。とっとと出て行ってください」


 突然操縦室(ブリッジ)に響く高い声。格納庫から戻って来たヘッケリオ・オバロスであった。


「出ていけとはどういう事かしらね。我等の役目は貴方の護衛。その為に、こうして命を()しているというのに」


 露骨に嫌っている事を現しながらも、オベーナスはそう告げる。

 ヘッケリオはいうまでもなく、彼らにとって最需要の荷物だ。決して失う訳にはいかない。

 そんな事は、守られている本人が良く理解しているはずだ。だが――


「この程度の事は理解していると思いましたがね。次に蟹の視界に入った時点で終わり。他の浄化の光(レイ)を使う魔族に狙われても終わり。まあ、ここまでよく持った方ですよ」


「例えそうであったとしても、我等は最後まで任務を投げ出すことは無い!」


「その任務はもう終わりましたよ。ここで十分。貴方がたは、とっとと積んである飛甲騎兵で離脱なさい」


「我々に卑怯者位になれとでもいう気か!?」

「貴様のようなものに、飛甲騎兵の矜持は分かるまい!」


 馬鹿々々しい……矜持だのなんのといわれても、ヘッケリオには分からない。

 そんなもの、何一つ生み出しはしないのだ。


「くだらない。繰り返しますが、もうここでの役目は終わったといっているんですよ」


 反論はしたい。だが、言っている事が分からぬ二人ではない。状況も理解している。

 だがヘッケリオ程には割り切れない。

 しかしそんな一瞬の沈黙を、一人の男の言葉が切り裂いた。


「な、なら俺が……俺が魔族と戦ってくる!」


 それはごく普通の副操縦士。

 いつ襲撃されるか分からない恐怖に耐えかねたのだろう。シートベルトを外すと急いで格納庫へと走る。目的は、積んである飛甲騎兵だ。


 だが、突然どさりと崩れ落ちる。背中から生えるのはヘッケリオが普段から身につけている曲刀(ククリ)

 軍服は真っ赤に染まり、数回痙攣して動かなくなった。


「貴様――」


「何を勘違いしているのかはわかりませんがね、時間が無いのですよ。貴方たちは、失敗したから脱出するんじゃない。偉いから生き延びるんじゃない。ここで少しでも、魔族を引き付けるのが役目だからですよ。抵抗を続けなければいけないんですよ! そのために、最も強く、最も魔族を殺せるものが出撃し、1匹でも多くの魔族を殺すんですよ。判らないのですか?」


 ヘッケリオを怒鳴りつけようとしたルヴァンだが、逆に言われた言葉に冷静さを取り戻す。

 そうだ。もう、輸送という作戦自体は失敗した――しているのだ。

 ならば切り替えるしかない。最後の可能性を信じ、囮としての役割を全うするしかない。

 それが残された使命。まだやるべき事は残っているのだ。


「……さらばだ」


 ただ一言、それだけを告げると、”比翼の天馬”の二人は降りて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ