209 【 ムーオス最後の抵抗 】
「さて、早めに見つかると良いんだが」
ここは魔族領。そして今は碧色の祝福に守られし栄光暦219年3月31日。
もうそろそろ夕刻に掛かろうとしている頃合いだろうか。
オスピアとの会談が終わってから、中央を出るまでにほぼ丸一日かかった。
あんな迷路を迷わず出られるわけが無いだろう。最初からオスピアに人を派遣してもらえばよかったと思う。
しかしまあ、こうして戻って来たのだからよしとしよう。多少は遅れても結果オーライだ。
そんな訳でマリッカを探しているのだが、さすがにこの魔族領で一人の人間をピンポイントで探すのは難しい。
それこそ砂漠に落ちた針を探すようなものだ。
そんな訳で、魔人達のネットワーク待ちではあるが……。
「一応伝言は残しながら移動しているかな。誰かが見つけたら連絡をくれるよ。運命の導きがなんたらとか誰かが言ってたよ」
「それはまた随分といい加減な奴だな」
彼らは意外と原始的だ。
自分の体の一部――それこそ、砂粒程の欠片にメッセージを入れて残す。
そして、そこを通った魔人が拾って初めて伝わるわけだ。なかなかに時間が掛かる。
「大体の場所は決めてあるから、今は定期的に誰かが巡回しているよー。すぐに連絡が来ると思うから待とー」
プログワードがのしのしと歩きながら気楽な言葉をかけてくる。
まあ実際に、ここで焦っても意味はない。何かが出来るわけでもないしなー。
〈 あ、ヨーヌが来た 〉
「お、意外と早かったな」
影であるヨーヌの姿は普通の人間には分からないが、魔人は分かる。そして文字として読める俺も同様だ。
「マリッカは見つかったか? 今どこにいる?」
「マリッカ? いやそちらではないデシ。緊急の連絡デシよ」
「何があった?」
「ムーオス自由帝国が動いたデシ」
確かに緊急事態だ。だが驚きはしない。必ずそうなると確信していたからだ。
彼等も先が見えているはずだ。数年間抵抗した所で情勢は無いも変わらない。座して消えるのみだ。
それでも良いと考える者もいるだろうが、そうで無い者だっている。自分たちが生きた証……そういったものをこの世に残したいと思うのは、人間として必然だ。
だから彼らは必ず動く。そしてその中には、揺り籠のデータ、研究者なども含まれるだろう。
阻止しなければいけない。そして同時に、阻止するのは1回だけで良い。彼らに、何度も矢を放つ余力は残されていないのだから。
「急ぎ戻ろう。途中で対策を練る。それと……ヨーヌ」
「何デシ?」
「マリッカに伝言を頼みたい。内容は……」
• ◇ ◇
碧色の祝福に守られし栄光暦219年3月33日。時間は正午を過ぎたくらいだろうか。
ムーオス自由帝国とコンセシール商国の国境から、西南320キロメートル地点。
帝国内陸に位置するこの場所には、かつてはブロトトンという名の大きな商業都市があった。
しかし今や、魔族により破壊された街並みだけが残る。
いや、それだけではない――
白い、5メートルはあろうかという巨大な巻貝が転がっている。ただの貝ではない事は、付属するオウム貝のような部分も白く骨のように固まっているところだ。
その脇には、4枚の蝙蝠の翼をもつ2メートル弱の芋虫が横たわる。こちらも、まるで骨のように固まっている。
近くの建物には、やはり数十メートルはあろうかという蛇の胴体のような白い塊がある。
魔人ロハスコーム、魔人ラバージン、魔人エファ・バッフス。どれも魔王の意思を受け、ムーオス侵攻を行っていた魔人達だ。
「司祭様。どうもここにも生存者はいませんな。一応はまだ暫く探索しますが……どうでしょう? 先へ進みますか?」
廃墟の中を、数体の騎馬が走る。騎馬とはいえ、その実見た目は角の無いサイの様だ。
その上には、皆一様に似通った、巨大な金属製の水中服のような者を着た者達が騎乗している。
手にするのは巨大な鈍器。ドラム缶に柄をつけただけのような簡素な造りで、表面には悪霊退散の文字が読み取れる。
「そうですわね……この付近にはもう、強力な魔族はいないようです。他の魔族を掃討したら、先へと進みましょう」
透き通るような少女の声で応えた者も、やはり同じような兵装を身に纏っている。
だが他が灰色に緑の線の塗装に対し、こちらは鮮やかな深緑に金箔のゴシックライン。
ナルナウフ教司祭、サイアナ・ライアナであった。
水中服のような物は、教団所有の重甲鎧。
2メートル40センチと他の重甲鎧に比べると一回り小さいが、その分持続力は上だ。
彼女がムーオス入りしたのは3月2日の事。エスチネル城が落ちたのが2月29日であり、その情報がもたらされたのは2月34日の事だ。
それから今日に至るまでのおよそ40日間。その間に無数の魔族と戦い続け、挑んだ魔人は25体。その内6体を殲滅していた。
これは人類にとっては文句なしに最大スコアである。しかしサイアナは不満であった。
ここに来たのは、あくまで教義の為だ。この方面で目撃された、不死者と共に現れる蟹型の悪魔――それを倒す事こそが目的なのである。
「了解であります」
そう答えた男の重甲鎧も、塗装が他と少し違う。全体は灰色に緑のラインだが、頭と肩は深い緑色となっている。
こちらはサイアナの腹心であり、長年の盟友でもあるオブマーク司教の物である。
ただ言葉では了承しながらも、心中は少し不安であった。
ここまでの進軍も、快進撃とは言い難い状況だ。今回の遠征では当初の5千騎に加え、選りすぐりの信者たちで構成された1万の歩兵部隊、5千人の民兵団。さらに教団直属ではない信者たち7千名を率いての進軍だった。
しかし出迎えた魔族は想定以上だった。激戦に次ぐ激戦を繰り返し、結局当初の精鋭が3千騎ほど残るのみ。他は既に全滅している。
人間の街や村に生存者はいなかったが、水や少量などの備蓄の多くは残されていた。
補給に関しては今後も現地調達で問題は無いだろう。しかし陣地を構築しながら進んできたわけではない。背後は既に、別の魔族により塞がれている。
この進軍は、水中に石が沈んでいく様に似ている。擦り減りながらただ進むのみ。帰る術を持たない一本道だ。
それに何より、信者たちの士気が落ちる一方なのが気がかりだ。
なにせ、ここに不死者がいない。皆無と言って良いほどだ。
ナルナウフ教徒はどこかの国に属する軍隊でもなければ、怪物退治の専門家でもない。その目的は、生者を惑わし不死者にする悪魔を討伐する事だ。
ただ強いだけの魔族や、それを率いる魔族などをいくら倒したところで徳は上がらない。
(さてどうしたものか……)
サイアナを補佐する立場としては従うしかないが、同時に信徒たちの面倒を見るのもオブマークの仕事である。
だが戻るといっても、どちらにせよ再び魔族の群れを突っ切らねばならない。それもまた難解だ。生きて帰れる保証は無い。
それならいっそ、最後まで駆け抜けるのも一手……そう考えたオブマークの前を、光の柱が一瞬過った。
「散開!」
光は地上から上空に数秒間。斜めに照射された。
こちらが狙われたわけではないのは明らかだが、光学兵器相手に注意し過ぎるという事は無いだろう。
「司教様、あれを!」
信徒が指し示すその先に、真っ赤に焼けた金属の塊が流星のように落ちて行く。
「あれは……ムーオスの重飛甲母艦ですな」
浄化の光とはいえ、金属製の重飛甲母艦を一瞬で蒸発させることは不可能だ。だが焼くことは出来る。あの様子では、中の人間は既に生きてはいまい。
「いや、なんだあれは?」
「司祭様、背後に何か見えます」
落下する重飛甲母艦の背後に、4本の筋が見える。おそらく、落ちる前に打ち出していたのだろう。
「発煙筒ですわね。白、緑、青、黄……オブマーク」
「作戦指示でしょうか? ですがまあ、ムーオスのコードは知りませんしねぇ……」
降伏宣言のように共通でなければ困るものはあるが、他は国ごと、更には作戦ごとに変えているのが基本だ。全くの他人が見た所で意味は分からない。
「ですが、理由も無くやったとも思えませんわね。それに――」
「ええ、あれはムーオスのシンボルカラーです。となれば……」
状況から考えて、発煙筒で連絡を取らねばならないような戦況ではない。であれば、あれは軍の作戦指示ではない。目撃できたであろう、全ての人類の生き残りに対するメッセージだ。
となれば、それは誰が見ても意味が解るもの……ムーオスのカラー……。
「オブマーク、全信徒を集めなさい。急ぎ引き返しますわ」
「了解であります。発煙筒炊け! 青、橙! 全員引き上げだ!」
街の各所から、青と橙の2本の煙柱が昇る。
同時にあちらこちらから、騎乗した信徒たちが集結する。
「間に合いますかね?」
「今日明日の話ではないと思いますわ。ですが、わたくし達が見た時点でどこまで計画が進んでいるかは不明ですわね。間に合うかどうかは、神の思し召し次第ですわ」
あの発煙筒は、おそらく統帥旗の代わり。
生存者全てに知らせたのである。ここに主力が来ると。ここに集まれと。
だが今のムーオスだけの力で、突破することは出来るだろうか?
分からない。だから皆に伝えなければならない。彼らが来ることを。
双方から侵攻すれば、あるいは合流できるかもしれないのだから……。






