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194   【 おでかけ 】

 やれやれとは思うが、さすがにそんな所まで手は伸びない。こちらは魔族領の事だけで手一杯だ。

 結局コンセシール商国の国境には、ティランド連合王国の軍が監視と警戒に赴く事となった。

 しかし手は出せない。どう考えても、対応できる数ではないからだ。

 もう少し――最低でも1年は準備出来れば、対抗するための軍備も物資も、また戦略を立てる事も出来るだろう。


「これが戦争であれば完敗だね。あの数と質への対応をしながら戦力を整え、反攻に転ずる……不可能だ」


「党首殿でも?」


「当然だろう? いや……僕がムーオスやティランドの国主であればまだ手は打てるさ。しかしその後の展望が見えない。今見えている相手が全てだろうか? おそらく違うだろう?」


「まだ海には戦力があると思いますか?」


「いや……」


 リッツェルネールは静かに、奥の壁に掛かった地図を指さした。

 それは今この城が滞在している場所を示している。そこは壁に囲まれた小さな世界。本来、この地を攻め、魔王と魔族を倒すためにここに来た。

 この土地の名は、魔族領。


「……この地域の魔族も動き出すと予想しているのですか?」


「当然だね。僕が魔王ならそうするよ」





  •     ◇     ◇





 話は一度休憩となり、リッツェルネールは大事な資料を確認するという名目で自室に戻ってきていた。勿論、直属の護衛武官であるマリッカ・アンドルスフを伴ってである。


 リッツェルネールの私室は城主の部屋でもあるため、十分に広い。そして調度品も机や椅子、ベッドやカーテン、絨毯やシャンデリア、飾られた花瓶など、あらゆるものが芸術品といえる最高級品が揃えられていた。

 その一方で、城主の仕事は多忙を極める。リッツェルネールもまた、寝る時以外にこの部屋を利用する事は無い。


「それで、どのような御用件なのでしょうか?」


 他の護衛を廊下に残し、部屋に入った早々にマリッカはそう切り出した。

 この部屋は毎日清掃係の民兵が入り、また城主が不在の時は、常に複数人の護衛官が配属されている。

 にもかかわらず、マリッカは絨毯に残る微かな痕跡から、リッツェルネールの行動範囲を確認していた。

 その結果、彼がこの部屋を全く利用していない事が分かる。

 そして同時に、人が出入りするようなところに、わざわざ自分が取りに来なければいけないようなものを置くだろうかと考える。結論はノーだ。

 ずぼらなマリッカではあるが、こういった点は鋭い。というより、本来なら護衛対象であり、また味方であるはずのリッツェルネールを信じていない警戒心所以(ゆえん)であろう。



 そしてリッツェルネールもまた、その質問に十分満足していた。

 下手な事をべらべらと話すつもりは無い。時間もないし、言葉を多くするほどにリスクが高まるからだ。


「さすがは君だね。話が早い。君に特別な任務を与える。君にしか出来ない事だ」


 もうマリッカは嫌な予感しかしない。いつの世も「君にしか~」だの「君だから~」とついは話にはろくなものがない。


「魔王と繋ぎを取ってもらいたい。出来る限り、迅速にだ」


 ――とはいえ、ここまで酷い指示を出されるとは思わなかった。


「それで、繋ぎを取ってどうしようというのです?」



『出来ない』ではなく『どうするのか』。その答えもリッツェルネールとしては大満足だった。この時点で100点を与えたい。やはり彼女(マリッカ)は相当な切れ者であり、状況をよく理解していると考えた。



 一方で、マリッカとしてはそこまで深く考えていたわけではない。

 魔族関係者と接した生活に慣れ過ぎて、リッツェルネールもまたそっち側の人間だと認識していただけだ。

 普通に考えたら、魔王と繋ぎを取れる存在だなどと匂わせるだけでもご法度だろう。


「交渉をしたい。これは、人類と魔族、全てに係わる重大事項だよ」


「それ程の大事を、貴方個人で決めるのですか?」


「決めるのは魔王さ。一応、オスピア帝には話しても良いと思っている。その判断は君がしてくれて構わない」


 まるで全て丸投げしているようにも聞こえるが、実際にはそうでは無い。この行動には彼の命がチップとして掛かっている事は明らかだ。

 場合によっては、ここで人類の裏切り者として自分に処分される事も覚悟の上なのだろう。

 普段と何も変わらない彼の言動が、それを雄弁に物語っていた。





  •     ◇     ◇





 ムーオス自由帝国とコンセシール商国の国境近辺に、ヨーツケールMk-II8号改は来ていた。

 本当なら、魔王の近くにいたかったと思う。

 しかし魔王がこの計画を考えていた時、最も重要な部分がここであった。だからここに来た。魔王の為に。

 しかしそれだけであれば、他の魔人に任せたかもしれない。だがヨーツケールMk-II8号改には事情があった。それは魔王の過保護っぷりである。


 どうも以前存在したという魔人ヨーツケールの面影を、今の自分に感じている様だ。

 とはいえ、ヨーツケールとヨーツケールMk-II8号改は全く別の魔人である。微かな記憶の継承はあるが、根本的には全く違う。そこを、どうも魔王は理解していない様だ。

 そんな訳で、自分の存在が魔王の今後における活動の阻害になるかもしれない。その危険を考え、あえて離れたのだった。


 ここにはヨーツケールMk-II8号改と同様に、浄化の光(レイ)を使える魔人達も集まっていた。

 目的は一つ。ムーオス自由帝国から、如何なるモノも外に出さない為に。

 これは揺り籠の機密を絶対に拡散させないためだ。

 空も地上も完全に封鎖しつつ、内側に向けて侵攻する。注意すべきは通信機、それと通信貝だろう。物理的に封鎖したとしても、遠距離通信までは防げない。

 しかし魔王は、その可能性は極めて低いと見ていた。なんといってもあれだけの威力だ。拡散などしたらどうなるか、分からないほど愚かではない。

 他国に流すとしたら、本格的に追い詰められてからだろう。そしてその時にはもう、通信貝の通信範囲は魔族によって制圧されている。その予定だ。




 燃え盛る街を、30メートルを超えるヨーツケールの巨体が進む。周囲に追随するのは、赤と青、炎のような模様を持つ2メートル程の蟹の群れ。数は数万といったところだろうか、上空から見れば、まるで大地自体が蠢いているかのようだ。

 人間ならば魔族と呼ぶが、これらは普通の生き物だ。単に魔人の命令で追随しているだけである。

 だがそれでも、ムーオス自由帝国の人間にとってはかつてないほどの脅威であった。


 同様に、多数の魔人が無数の生き物を従え進む。

 禁断の技に手を出してしまった巨大な帝国を飲み込むために。





 キイィー、キキィィィー。

 巨大な金属が軋みを上げ、ゆっくりと浮上する。


 アレハ、ナンダロウカ――ヨーツケールMk-II8号改の瞳がきらりと光る。


 距離はまだ2キロメートル以上先だ。しかしその金属の輝きは、ヨーツケールMk-II8号改を魅了した。かつてヨーツケールがそうだったように、こちらも金属を叩くのは大好きだ。

 今目の前に出現したモノは、その興味を満足させるのに十分な代物だったのだ。





「オンド艦長、視界よし、魔導炉よし。しかし――」


「言いたい事は分かってんだよ! だがやるしかねえだろうが! ほら、突貫だ! 飛甲騎兵も全部上げろ!」


 それは巨大な金属であった。幅50メートル、全長290メートル。地上からの浮遊高度は10メートルで、その上にあるのは厚さ20メートルの本体だ。

 その中央、先端近くには更に高さ30メートルの丸っこい艦橋が付いている。

 後ろには巨大な鉄球をつけたクレーンが取り付けられ、艦橋とクレーンの間は平坦だ。


 浮遊城を小型化したようにも見えるが、実際にはまるで設計が違う。

 浮遊城の飛行機関は専用で、出力が高い分複雑で高価だ。それに対し、こちらは飛甲板と同様のモノの寄せ集め。必要とされる膨大な魔力は、艦底に集まった動力士により支えられている。

 その様子は、まるで古代のガレー船の様だ。おおよそ近代的な効率とは懸け離れている。


 陸上戦艦。だがこの世界に、火薬が無ければ大砲も無い。用途といえば、精々飛甲騎兵を格納する程度。陸上戦艦というより、陸上空母といった方が正しそうだ。

 ムーオス自由帝国でも、何で作ったのか分からないトンデモ兵器。オンド・バヌーは第二次炎と石獣の領域戦での非積極的な戦闘行為の咎で、今はこの艦の艦長に任ぜられていた。


「俺はな、こいつの艦長になった時、もう引退だと思ったんだよ。戦場から離れて、こんな博物館行きのオンボロの管理をしろってんだ、当然だろう。もう家族も呼んで、これからのんびり過ごして、時期が来たら希望塚。それでいいじゃねえか。悠々自適な生活だよ!」


「蟹、接近!」


「ぶつけちまえ!」


 叩きたいヨーツケールMk-II8号改、倒したい陸上戦艦のオンド・バヌー。二人の考えが一つとなった時、燃える戦場に鐘をついたような轟音が響き渡った。





 ◇     ◇     ◇





 碧色の祝福に守られし栄光暦219年2月37日。

 コンセシール商国首都ヤハネバにある飛甲騎兵発着場に、一騎の飛甲騎兵が降り立った。


「お疲れ様です、商国中央議会議長殿」


「普通にテリアスと呼べばいいだろう。さて、あんたはこれからイェアの所かい?」


 カチャカチャとベルトを外し、テリアス・アーウィンは外に出る。

 そこには同様に飛甲騎兵から降りたマリッカが、既に待機していた。


「事が事だけに、イェア……というより、アンドルスフに確認を取る必要がありますからね」


「まあ、精々踏んでやりな」


 手を振りながら去っていくテリアスの様子を見ながら、代わって貰えないだろうかと溜息をつくマリッカであった。





 その日の夜、地下に深々と掘られた螺旋階段を、マリッカは一人で黙々と降りていた。

 ここはアンドルスフ本邸の地下。魔人アンドルスフの住処へと続く一本道だ。

 降りるたびにアンドルスフを殴りたくなるが、登った時にはそんな気は起きない。疲れ切って、それどころではないからである。

 そんな場所に向かっているだけに、マリッカの心は憂鬱だ。

 しかし同時に多少の興味も沸いている。あの変態魔人は、果たして素直に取り次ぐのであろうかと。

 付き合いは長いが、未だにその真意は計り知れていない。


 魔人とは、大元は一つの体。今は多数存在するといっても、それは同一生物の同一個体である。

 では全員同じ考えを持っているかといえば、決してそんな事は無い。

 全く同じ人間でも、違う人生を歩めば別の個体といって良いほどに変わるだろう。

 ましてや魔人だ。いったい、普段はどんなことを考えて生きているのか……。


「アンドルスフ、入りますよ」


 相手は魔人だ。当然、マリッカが来た事には気が付いている。実際には宣言など要らないだろう。だが習慣でそう言うと、目の前にある分厚い金属扉を開けた。



 中は中央が窪んだ浴槽のような形状の部屋。中央には丸いテーブルが置かれ、その中央から天井までは一本の細い柱が伸びている。

 周囲には蛇口があり、そこからはチロチロとお湯が流れていた。そのせいか、部屋全体は温かく白い湯気が立ち込めている。

 ここが、普段魔人アンドルスフが住まう場所だ。


 中に入るが、ただでさえ普段は透明になっている魔人。見つける事は困難だ。

 だが踏まれる事が大好きな魔人でもある。特にミニスカートの女性に。

 実際、不意打ち的に踏んで喜ばせた事は数知れない。姿を見せないところを見ると、今回もそのパターンだろうか。

 軽く視線を動かし床を見る。

 しかし今、ここは湯が張っている。たとえ透明になれたとしても、この状態での擬態は困難だろう。

 軽く水の端を足で蹴る。だが水面に浮いた波紋は、全く不自然なところなく広がっていった。


(どこに隠れているのでしょうか……)


 慎重に、水を蹴る様にザバザバと中央へ進む。

 お椀のような形状の床だ。奥へ進むほどに深くなる。とはいえ、別にプールという訳ではない。中央のテーブルについた時点で、水深は15センチほど。ヒールを入れても(くるぶし)程度の深さだ。


「アンドルスフ……?」


 少し心配そうに声をかけるが、どこからも返事は無い。ふと見ると、机の上には一枚のプレートが置かれていた。

 陶器(セラミック)の板で、普段はメッセージ用に壁に嵌め込まれている。とはいえマリッカの記憶にある限り、使われたのは初めてだ。

 そこには『お出かけするね』とだけ、短い文字が刻まれていた。


 ガコン!

 プレートを握り潰すとともに放たれた右ストレートが、自分の腕よりも太い金属の柱に炸裂する。


「あの変態両生類! 何処に遊びに行ったんですか!」


 ヘシ曲がった柱を後に、マリッカはうんざりしながら30階に相当する螺旋階段を上り始めたのだった。

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