189 【 エスチネルの戦い(5) 】
廊下を通った先は警備室。とはいえ、監視カメラなどがあるわけでもなく、単なる兵士達の詰所のようにも見える。
少し変わっている所といえば、壁や床に半円形の出っ張りがある部分か。
それに数人、見慣れぬプレートを首に下げ仮を被っている人間が混ざっていた。
「彼らは何か意味があったのかな? 上官……ってわけでもなさそうだったけど」
「この人間達は浄化の光専門の職員デースね。先ほどの攻撃も、彼らの仕業ネー」
なるほど……城の中にも浄化の光があること自体は、無限図書館で調べていた。
こういう部屋が廊下などの結合部分に接しており、重要区画を守っているのだろう。
「しかし、実際に使うとはね。つか使えるものなんだな」
あれは熱量を含む光学兵器。案外、人間が機械や建造物に使う金属には効果が薄い。光を反射してしまうからだが、それはそれで無傷とはいかない。熱は廊下を焼き、外へ逃がすためだろう、外殻に細かく空いたパイプからも金属が焼ける匂いが漂っている。
今回は撃たれたが、そう何度も使える手では無いだろう。
「要するにこの先か」
目の前には、またも巨大金庫の様な防御隔壁が立ち塞がっている。
「ここも迂回しないとダメか?」
「これはエヴィアが何とかするよ。ちょっと待っていて欲しいかな」
そう言いながら、エヴィアが前に進み金庫扉の前に立つ。
何かをしているようには見えないが――
「プログワードが暴れた影響で、構造にほんの少しだけ歪んで隙間があるのデース。今のうちに、栄養補給などいかがですかー? この辺り、毒などはあーりマセンよー」
「ああ、そうだな」
腰のポケット状の部分から黄色い棒状を取り出すと、口の部分が開く。
が――ベチャっという音を立て床に落ちる。疲れていたのか、掴み損ねてしまったのだ。
まあ分厚い手袋をしているような状態だしな。
それよりも……我ながらよくこんな所で食事が出来るようになったのだと思う。
床一面に貯まった血。壁も床も、机も椅子も、何もかもが血まみれだ。
この部屋の抵抗はかなりのものだった。流石は重要な位置といえる。
しかしそれも、魔人の前では無為だ。ここで無残にも屍を晒している人間達は、いったい何のために生きてきたのだろうか。
「空いたかな」
そう言って、巨大な扉を引き開ける。
本来なら一人で開けるような扉では無いし、全体のフレームも歪んでいる。相当な力が必要になるはずなのだろうが、平然と開ける姿は流石というしかない。
というか、こんな悠長に構えている場合ではない。扉の先には――
――ただ、死体だけが転がっていた。
「鍵を切った時に、ついでにやっておいたかな。だから魔王は休んでいてくれて良かったよ」
「助かる」
エヴィアの頭を撫でながら中に入る。
今まで飛甲板やら飛甲騎兵などは見ていたが、浮遊機関の内部構造を見るのはこれが初めてだ。
ソロバン玉のようなものが3つ縦に並び、中央には黒い棒。その上からは多数のコードのようなものが伸びて壁の奥へと消えている。まるで配線の様だ。
そんなものが、ずらりと大量に並んでいた。
「これが浮遊機関か。全部壊すのは大変そうだけど……このコードだけ切ればいいのかな?」
壁に消えたコードの先には、動力士と呼ばれる人間達の部屋がある。
まあ今回は関係ないだろう。城が墜ちれば、どのみち彼らは命運を共にするのだ。
「そのトーリですよ、魔王。ここと同じような部屋を3か所か4カ所破壊すれば予定通り、この城は墜ちまーす。ただー、どうやって脱出するかを決めていただかないと、私は賛成しませーんよ」
「それはエヴィアが触手を巻いておくかな。準備が終わったら外への道を探せばいいよ」
やはりそれが無難だな。突入する時に、大体その辺りは決めておいた通りだ。
プログワードが暴れている間に、こっちはこそこそと浮遊機関の破壊準備を進める。
ついでに余裕がありそうだったら、プログワードには直接壊してもらう。
実際にどのくらい壊したら限界かは、ウラーザムザザが計算中だ。
そして全ての準備が整ったら俺達は外へ。プログワードにも死霊の伝令を飛ばしてやはり外へ。
そして全員の支度が整ったら、最後にエヴィアが一斉に破壊。それでこの城もおしまいだ。
「外とプログワードの状況はどうなっている?」
「続々と人間達が乗り込んでいるようデース。ただ道は狭いですからねー、大渋滞の様子ですよー」
「プログワードは楽しんで暴れているかな。特に変わりはないって死霊が言ってたよ」
「なら問題は――」
そう言おうとした途端、急に壁の数ヶ所が開き、ガシャガシャとけたたましい音を立てて武装した兵士達が雪崩れ込んでくる。
全部で2カ所か。ここは袋小路だと思っていたから、少々驚いた。
「あー連絡が来ていましたーね。この部屋には緊急用の隠し扉があって、そこから別の動力室に繋がっているようですよー」
「そうか……利便性と機密性、それぞれを両立した構造って事か。しかしダメだな。それとも、よほどの自信か? 俺達がここにいる間は、空けるべきでは無かったろうに」
「いえいえ、最短距離で壁を壊しながらここに来ましたからねー。その辺りは向こうも分かっていると思いますよー」
そりゃそうか。こちらが不自然に正確に進んでいる以上、その辺りは気にしても仕方がないか。
まさか魔人が透視しているとは思わないだろうし、大方こちらが地図を持っていると思っているのだろう。
「貴様たちが入り込んだ魔族か。汚らわしい貴様らネズミに慈悲を与えよう。跪き、我が裁きを受けよ」
兵士達の集団から、ひときわ立派な鎧を纏った人間が進み出る。
身長は2メートルを超すくらい。デカいにはデカいが、この巨人たちの中では少し小さい方だろうか。
他のゴテゴテした鎧と違い、体にぴったりとフィットするような形状。色は輝く様な銀だが、よく見ると削り出しの様な反射を見せる。おそらく鏡のように、内側が銀で外は水晶のような構造なのだろう。
そう考えると鎧としてはどうなのかとも思うが、実際に着て使っている。それに透明な水晶のようなパーツは重甲鎧や飛甲騎兵にも使われていたな。十分な硬度があるのだろう。
手に持つ武器はやたらと刃渡りが長い手槍。刃は1メートルくらい。幅は30センチを超えていそうだ。それが中央に持つ柄の両側に付いている。
周囲の様子から見て、あれが大将なのだろう。それも、今までいたような戦闘隊長っぽいのではない。もっと上のような印象を受ける。
というかアレだな。魔族に対して敬意を持てとは言えない世界なのだろうが、また随分な言われようだ。
余裕がそこまであるわけではないが、少し失笑しそうになる。
「無礼だな、ニンゲン。殺す前に、名を聞いておこうか」
「掛かれ! 速やかに排除せよ!」
こちらの返答もなく、攻撃命令が下る。なんか話の通じないやつだ。
まあこちらだって、今更会話をする気もない。いや、出来はしないだろう。
「今どこくらいだ?」
「夜にはまだ少し早いかな」
……そうか。夜になれば――日が沈めば世界が変わる、それはもう止まらない。止める気もない。俺が指示したのだから。
だから今は、人間と会話する事は有り得ない……。
目の前に立ち塞がった兵士を、その手に持った大盾ごと切り裂く。
振り下ろされた大斧を避け、そのまま首を飛ばす。
今までよりも少し強い気がする。去年戦った兵士達と同じくらいだろうか。
それでも、負ける気はしない――が、
ドスっという鈍い音共に、両刃槍の片方が、エヴィアの脇腹に突き刺さる。先ほどの指揮官らしい男か!?
油断した。もう少し後ろにいるものとばかり思っていた。
だが当のエヴィア本人はけろりとしたもので、まるで何事もなかったかのようにすぽりと抜ける。
いや、それだけではない。抜けた穂先は、まるで千切りにされた野菜のようにばらばらと別れ、床に落ちた。
「ぬうん!」
反対側だけになった槍を少女の様な魔族に投げつけるが、それは空中で切り裂かれ届かない。
「武器をよこせ!」
「はっ!」
すぐさま、脇に控えていた兵士が同じ武器を渡す。寸分たがわぬ同じ武器。同一規格、大量生産で作られた品だ。
通常、量産品といえば質が落ちるようなイメージがある。しかしそれは間違いだ。単なる手作り信仰に過ぎない。
この武器は、ティランド連合王国やハルタール帝国が使っている武器に比べ、何ら劣っているところはない。
そしてこの男、宰相コルキエントもまた、決して弱くは無い。それどころか、ムーオスもまたティランドと並んで軍事大国とも呼ばれる国だ。宰相たるもの、並の将軍程度では務まらない。
皇帝がそうであるように、武人がそうであるように、内政をつかさどる者も、当然の様に個人の力量が求められるのだ。
「でりゃあああ!」
目にも止まらぬ突きの連打。牽制は無い、全てが一撃必殺の威力を込めた本物の突き。
過去幾共の試合を、この技で勝ち抜いて来た。
だが突き出した槍の穂先を、黒い髪の女形の魔族が噛んで止める。
「き、きさ――」
槍が噛み砕かれると同時に、ロー、ミドルと蹴りが襲う。左足と左腰の骨、それそれが一撃で砕け散った事を、痛みよりも先にコルキエントは感じ取っていた。
「ぐああ」
倒れそうになるが、それは矜持が許さない。ガクガクする足を腕で抑え上を向いた時、その眼前に女魔族のにやけた表情と、打ち下ろしの右拳が見えた。
ムーオスの兵士は確かに強くは無い。しかしそれはあくまで、軍隊として見た時だ。個人としての力量は、体が大きな分それだけ強い。
そして宰相コルキエントもまた、十分すぎるほどに強い。いや、強かった。
変わったのは、エヴィアとテラーネの戦闘力だ。
魔人は集まるほどに知識がしっかりとしてくる。それは昔、魔王相和義輝が言われた事だ。
浅く広く、薄く持っている様々な記憶。普段は生き方と関係ない知識として思い出せもしないが、集まるほどに、より正確に認識する。
その中にあったのだ、戦う術が。
魔人と魔族、そして人との数万年に渡る戦いの歴史。
今までの生き方には必要が無かった知識。長い年月の間に捨て去った技術。しかしそれは、これから魔王を守るために必須ともいえる大事な記憶。
多くの魔人達から少しづつ受け取り、今はもう、まるで昨日の事のようにハッキリと思い出せる。
「準備は終わったかな。これでいつでも壊せるよ」
「こちらもなんとか終わりましたねー。ただー、また次がぞろぞろとやってきマース」
「よし、それじゃ次の場所へ移動しよう」
今の二人……テルティルトも入れれば三人を相手に勝てる人間など、この場にはいなかったのだった。
◇ ◇ ◇
カン……カン…………金属と金属がぶつかる音が、部屋の中に響く。
周りにあるのは無数の友軍兵士の死体。その中を歩くのは、鎧を纏った大柄な人間だ。
兜まで含めれば、その身長は250センチを超える。
全身無骨な金属の全身鎧に、完全密閉式の兜。手に持つのは長大な大型剣。
金銀などの煌びやかな飾りは無いが、どちらにも見事なレリーフが彫られている。
だが今はあちこちが潰れ、また傷だらけだ。
「コルキエント……」
その男の足元には、兜ごと顔面を叩き潰された男の死体が転がっていた。
他にも無数に転がる死体。この部屋に、生きている者はいない。
浮遊城が、ぐらりと揺れる。魔導炉が幾つか破壊され、動力士も殺されている。安定を失いつつある上に、未だ巨大な魔族が内部で暴れている。
この城は、もう長くは持たないだろう。
「……陛下」
意を決したように、死体の中を歩き進む。
ハイウェン国防将軍は、まだ戦いを諦めてはいなかった。






