175 【 激突 】
「もはや完全な再編成は諦めるしかあるまい。直属部隊で魔王に挑む。他の部隊は臨機応変にな」
マリクカンドルフとしては、これ以上時間を掛けるわけにはいかなかった。
ここでは時間は敵だ。過ぎるほどに味方の数は減って行く。
そして商国騎兵隊が散開した以上、一刻も早く始めるしかない。
(しかし……蟹か……)
部下の報告では、天を裂いた白い光。それは明らかに浄化の光であったという。
そしてそれを放った魔族――いや、魔神であろう。その姿は蟹に酷似していたという。
リアンヌの丘に出現した”蟹”はリッツェルネールが倒したと聞いたが、今またこうして別の”蟹”が現れる。これも何かの因縁であろうか……。
「浮遊城からは何か言ってきたか?」
「一刻も早く撤退することを推奨する。殿は飛甲騎兵隊が行うので、仮設駐屯地へと移動するようにと。既にムーオス自由帝国の飛甲母艦が待機中とのことです
。それと……もしも一戦交えるのであれば、武運を祈るとの事です」
「そうか――なら浮遊城へ連絡だ。祝杯の支度をして待っていろと伝えよ」
「了解いたしました!」
そう言って去って行く兵士を見ることなく、マリクカンドルフの重甲鎧が起動を開始する。
右手には3メートルを超す三角形の大剣を持ち、左手には今までと同じ4メートルの巨大盾。
目標は、今更語るまでもないだろう。
獅子の様な顔立ちをしながらも静かな男。だが今やその顔は、紛れもない獅子そのものであった。
◇ ◇ ◇
「来たか……」
相和義輝も理解している。ここが最終戦だ。
勿論、これからも戦いは続く。しかし、炎と石獣の領域から始まった一連の戦いはここで終わりだ。
どんな結果になったとしても、互いに少しの時間が必要となるだろう。
遠くから――とはいえ、ここは針葉樹の巨木や起伏のせいで視界が悪い。実際には100メートルも離れていないだろう。
そこから迫ってくるパワードスーツの群れ。その中に、マリクカンドルフの姿も混ざっている。
(こちらは補足されっぱなしか。まあ、この魔力の柱が立っている間は仕方が無い)
だが、戦力的にはこちらだって劣ってなどいない。
大量の魔力を吸って元気いっぱいの死霊達が戦力にならないのは残念だが、その分蠢く死体や死肉喰らいは超強化されている。そして首無し騎士も健在だ。
十分に戦える――だけどそれとは別に……。
「ルリア。不死者たちには、普通のパワードスーツを主に相手させてくれ。首無し騎士は歩兵を重点的に。それと飛甲板が来たら、それを最優先だ。ヨーツケールMk-II8号改は普通のパワードスーツと飛甲板、それと装甲騎兵だったか、大型の兵器類全般を任せたい。俺に近づけないでくれ」
「構わないのか? 魔王」
〈 魔王、いいの? 〉
二人は少し心配そうだ。そりゃそうだろう。俺だって自信があるわけではないし、いざとなったら全力で逃げるつもりだ。
だけどこれは、俺がやらなければなければならない。俺に力があるうちに。
「マリクカンドルフの相手は、俺がやる」
ここで逃げた処で、結局意味は無いのだ。なら今現在、最大の戦力を当てて倒さなければならないだろう。それが、俺というだけの話だ。
こちらの考えを受け、テルティルトの刀が少しだけ伸びる。
およそ180センチ。俺の素人剣術で扱えるギリギリの長さだ。
◇ ◇ ◇
(また少し、雰囲気が変わったかね……)
眼前からゆっくりと迫り来る魔王の姿を見ながら、マリクカンドルフはそんな事を考えていた。
最初に見つけた時、彼は弱々しい人間であった。精一杯の虚勢を張りながら、必死に逃げていた。
だが最後は果敢なる反撃を見せ、そして死んだ。
そう、確かに殺した。それは確実だ。もう生命の脈動も、僅かの魔力も感じられなかった。
その後、リッツェルネールらに確認させるため、また不測の事態に備えて厳重な金属箱を用意させた。
しかし補給部隊と大きく離れていため時間を取った。それが失敗といえば失敗だったのだろう。
とはいえ、それは仕方なかったといえる。確かに死体をミンチにでもすればこの状況にはならなかったかもしれないが、同時に大きな謎を残してしまう。魔王とは何だったのかという謎だ。
そして2度目に会った時、彼はもう人ではなかった。
魔王――それは魔力だけではない。明らかに、人とは違う雰囲気を纏っていた。
そして何より、人間に対する底知れぬ殺意と憎悪を撒き散らしていた。
いま眼前にいる魔王は3回目となる。3体目ではなく3回目。すべて同一人物であると確信している。
だがそれは1回目とも2回目とも違う。強大な魔力を纏っている点などは2回目と同じだ。
だが感じる雰囲気は人間。しかし、それでいて最初とは違う。
確かな覚悟と強い意志……あの魔力に後押しされているのだろうか?
「やあ……君とはよく会うものだ」
その魔王が突然話しかけてきた。実に奇妙なものだ。
こちらはもう声紋を取っている。一応は確認させるが、意味などあるまい。
「確かに殺したと思ったのだね。そういえば、質問の答えを聞いていなかったな。君が魔王で正しいのかね?」
その答えもまた、意味などあるまい。やる事に変わりはないのだから。
だが帰ってきた答えは、想定内でありながらも予想を大きく超えるものだった。
「そうだな……君は確かに魔王を殺した。おめでとう。見事だった。だが……いや、質問に答えよう。我は魔王。君の認識は間違ってはいない」
「そうかね……」
言葉を交わしながら、武器を構え機会を伺う。
出来れば一撃。それで倒したい。狙いはやはり首だろうか……。
何にせよ、一度は殺しているのだ。もう一回やればいい。
問題は、左手に持っている細い剣だ。切れ味は相当なもので、折れても元に戻る。しかも伸びるのだから厄介だ。
◇ ◇ ◇
魔王相和義輝は、目の前の相手が決して逃げない事を理解していた。
何とか戦いを止めさせたい。ここで退かせることは出来ないだろうか?
だが、ここで帰れといっても聞きはしないだろう。おそらくだが、それは侮辱となる。それはこれまでの戦いから察していた。
だから、彼との戦いを言葉で終わらせようとは思わない。しかし――
「君たちは、まだ魔王を倒そうとするのかね? 無駄なことだ。もう魔王は幾度も倒れている。仮にここで私を討っても、何も変わりはしない」
「ではそれを試させて貰おうか!」
モーターの唸りを上げ、巨大な剣が迫り来る。当たったら真っ二つだろう。
今までであれば、右か左か、咄嗟に考えてあたふたと避けただろう。だが今は違う。
ほんの僅か、右前に一歩踏み出る。ただそれだけだ。
その僅か左――たったまで今俺がいた位置に大剣が振り下ろされる。
確かに人間以上の動きをするパワードスーツは厄介だ。人間よりも、可動域は遥かに大きい。
だがそれでも、限界はある。図体が大きく勢いがある分、逆に読みやすい。
相手が体勢を立て直す前に、大剣を持つ手首に斬りつける。
斬りつけたのは一瞬。相手が素早く右手を引いたからだ。僅かに火花が散っただけで、切断には至らない。
だが今の攻撃で理解しただろう。前と同じではないと。
「まあ焦る事は無い。君にも褒美を与えようと思ってね」
「褒美とはまた面白いことを言う。何をくれようというのかね」
「ティランドの時は撤退を許可した。だが君はそんなものを求めてはいないだろう? だから別のモノだ」
「もったいぶる必要はあるまい。ハッキリと言うがいい」
「君の死を以て戦いの終わりとする。抵抗する者は殺すが、逃げる者は襲わず無事に帰すと約束しよう。さあ、部下たちに伝えたまえ。そして我に挑むといい、マリクカンドルフ君」
◇ ◇ ◇
その言葉を聞いた時、マルクカンドルフは全身に雷撃が走ったかのような衝撃を受けた。
この世界に生まれ落ちた以上、必ず死なねばならない。だから人は、自らが生きた証を残すために必死になる。
ある者は初代血族として、またある者は地名となってこの世界に名を残す。何かを発明したり、また人類史に残る様な功績を立てても残るだろう。
だがどれも、マルクカンドルフの心を動かしはしなかった。そんなものに興味を感じて来なかったのだ。
しかし今、魔王が我が名を呼んだ。
人類最悪の仇敵。世界の害悪を統べる者。そこに自分の名が刻まれていた事に、武人として限りない喜びを感じてしまったのだ。
それは危険な考えではあることは理解したが、それ以上に欲求が上回った。
「面白い! ならば俺も約束しよう。今度こそ、貴様を倒すと!」
◇ ◇ ◇
(なんだろう……火が付いたような気がする)
彼を刺激する言葉でもあったのだろうか?
今までとは動きも熱量も正確さも段違いだ。迂闊に最小限の動きでかわそうとすると、容赦なく盾や蹴りが飛んでくる。
だが大きく躱すと攻撃が届かない。180センチ……長いようでいて、4メートルの巨人相手では間合いが遠い。
遠くでは他のパワードスーツが宙を舞っている。ヨーツケールMk-II8号改だ。
あっちに任せた方が良かったかもしれない。だけど、これは仕方がなかったのだからしょうがない。
頭上通過する大剣を避け、目の前に飛んできた膝蹴りに刀を合わせる。
チィンという音と共に飛び散る火花。だがそれも一瞬だ。俺は吹き飛ばされ、向こうは下がる。ほんの少しの傷しかつけていない。
こいつは参った……やはり強い。
さっさとこの戦いを終わらせてゲルニッヒと合流しなければいけないのだが、これでは両方ともに失敗だ。
最悪の場合、再び体のコントロールを魔王の意識に乗っ取られ、燃え尽きる流星のように無茶な戦いをして消える事になるだろう。
戦えているのは魔王の意識を無意識でコントロール出来ているのと、痛みが無いおかげだ。肉体は死んでいるからな。
ついでに言えば、当然のように死の予感からも解放されている――が、こちらはある意味危険な状態だ。
ケーバッハとの戦いを考えると、多分脳が壊れたらアウトだろう。
いやもしかしたら上手いこと修理できるのかもしれないが、それに賭けるほど愚かではないつもりだ。
出来る限り、傷つかないように倒さなければならない。実に無茶な話だ。
盾による一撃を、無意識で使った魔法の壁で受け止める。
その盾で本当なら見えてはいないが、まるで全周囲に目があるように背後が見える。盾の後ろで、突く形で剣を構えているのが。
盾が弾かれた様にスライドするが、これは演技だ。俺は刀を構えつつ体を浮かす。
その一瞬でもう目の前に大剣の切っ先が迫るが、構えていた刀と打ち合い火花を散らす。だが――
(傷もつかないか……)
やはりと言うか何と言うか、マリクカンドルフの剣は欠けてもいない。
◇ ◇ ◇
もう一手何かが欲しい。相和義輝がそう考えていたのと同じ様に、マリクカンドルフも同じことを考えていた。
既に軍団は虫食いの様になり、指揮系統はズタズタだ。
そもそも全軍を指揮すべき総大将がここで白兵戦をしているのだ。配下の諸将は独自に行動するしかない。
だが、未だ10万人を超える規模の軍団を機能させるより、マリクカンドルフが魔王と戦った方が勝率は高い――そう判断したのはやむを得ない所だ。
とはいえ、このまま決め手を欠いたまま戦い続ければ終わりだ。
やがて兵士達は負傷と疲労で動けなくなり、どこかで致命的な戦線崩壊が起こる。そうなったら、もう挽回どころか一人の生き残りさえも出せないだろう。
◇ ◇ ◇
こうして互いに時間という制限を背に戦い続ける中、戦場に一つの変化が起きた。
次々とバラバラに切断される人間の兵士。それだけではない。装甲騎兵も、飛甲板も、鋭い何かによって切断される。
新たに巻き起こる悲鳴と怒声。兵士達は周囲を見渡すが、攻撃者は見つからない。
マリクカンドルフは通信の様子から、新たな脅威が出現したことを知った。
しかし今は対処など出来ない。目の前にいる魔王を倒す事が全てなのだ!
そんな彼と魔王の間に、その破壊と殺戮の主が落ちて来た。
それは、見た目だけなら少女と言えるだろう。
身長は140センチほど。男とも女とも取れる均整の取れた細い体。
その身に纏うのは、とても服とは言えないようなもの。黒い三本の帯だけだ。
しかし、同時に纏うもの。それは圧倒的な魔力と空気。この世のものではない。人ではない事がはっきりと分かる。
怪しく輝く赤紫の瞳。微かになびく紫の髪。その姿は違うと言えば違う。
だがマリクカンドルフは、確かにその少女に見覚えがあった。






