173 【 飛甲騎兵襲来 】
「こちらラウ・ハウミールだ。今更の話だが、全員準備は良いね」
「全く、今更ですな」
「とうに命は預けています。まあ、隊長は生き残ってくれても良いんですよ」
魔王を囲むように、コンセシールの飛甲騎兵隊は編隊を組んでいた。
突撃斉射隊10騎の後ろに、体当たりによる特攻隊が10騎。その後ろに斉射隊10機。
30騎を1軍団とした、戦争時の隊列だ。
それを13個部隊、計390騎。これが現在投入できる、最大戦力だった。
これまでも散発的な攻撃は行っていたが、それはあくまで地上軍を主体とした援護のみ。
そもそもが、魔王の位置も正確には分からない状態での攻撃だったのだから無理もない。
だが今ははっきりと、魔王の位置が分かる。
「イベニア、負傷兵や損傷騎の撤収はアンタに任せるよ」
「かしこまりました。ご武運を」
スピーカーから、若い女性の声が響く。
戦闘部隊の他に、騎体の損傷や乗員の負傷により戦闘不能な騎体が283騎。
これらは、たった今返答したイベニア・マインハーゼンが撤収させる手はずになっている。
第一攻撃隊500騎、第二攻撃隊500騎、偵察や直掩部隊300騎、合計1300騎を投入した商国であったが、今では半数以上を失っていた。
(100年分くらいは戦った気がするねぇ……)
しみじみ思うが、この魔族領で落ち着いていられる余裕などは無い。
こうしている間にも、飛行可能な大型昆虫やマンティコア、更には死霊、魔法による攻撃が続いている。全く、息つく暇もない。
だがそれも、この攻撃で終わらせる。先ほど魔王を討伐したと報告が入った時、確かに攻撃は止まったのだ。
ならば、もう一度やればいい。今度こそ、完璧に。
「全騎突撃! 魔王を倒すのは、我等コンセシールの飛甲騎兵隊だよ!」
音もなく、一斉に飛甲騎兵隊が動き出した。
• ◇ ◇
音もなく全周囲から飛来したその金属を、魔王相和義輝は敏感に感じ取っていた。
(これは……投擲槍か!?)
飛甲騎兵隊から発射された100を超す投擲槍。その全ての気配を、まるで世界が静止したかの様にクリアに感じ取る。
(このままだと、当たるコースにあるのは17本。他は牽制だ。だけど下手に避ければ、自分から当たりに行く事になるな)
最小限の動きで、躱す為に姿勢を変える。
そしてぎょっとする。その後ろから来るものに。
「考えてみれば当然だな! だが――テルティルト! 全部だ!」
テルティルト自身の判断だともたつくが、俺が指示すれば早く正確だ。
直撃コース上に突っ込んできた8騎の飛甲騎兵が、グシャリと捻り潰され鉄塊となって落下する。
だが気は抜けない。再び全周囲からの投擲槍が雨の様に飛来する。
森の中だというのに狙いは正確だ。当たり前か……今この身から吐き出されている極彩色の魔力。それは天へと昇り、空にある油絵の具の雲と繋がっている。
当然ながら、それは目立つ。もう近くにいれば、何処からでも見えるほどに。
だが一方で、そこからは使ったら使っただけの魔力が供給されている。無尽蔵だ。
これが無ければ、俺は今こうして立ってはいない。
同時に、これがある限り逃げられない。人間も、ちょっとやそっとでは逃げないだろう。
もうここが、決着の場所なのだ。相和義輝もまた、人類と同じ結論に達していた。
だが実際、だからどうしたと言うしかない。
先ほどとは角度を変えながら、再び100を超す投擲槍が飛来する。
「一体どのくらい集まってるんだ!」
頭上を飛甲騎兵――いやもう潰れた残骸が通り過ぎる。
その背後から果敢にもう一騎が突っ込んでくるが、運命は同じだ。テルティルトの魔法により潰れ、勢いよく地面に激突した。
「あとどのくらい戦えそうだ?」
〈 魔力は魔王から幾らでも補充できるけど……分かってる? 〉
「ああ……理解しているつもりだ」
圧倒的な魔力。それは生き物を溶かす猛毒だ。
同時に俺自身でもある。だから、俺にはそれほど大きな害はない。
そう、”それほど大きな”と付けなければならない。微小であっても毒は毒なのだ。
そしてそれ以上に問題なのが、先ほどから意識が強制的に空に持って行かれそうになる事だ。
これは俺が未熟な事もあるだろう。この体制に慣れていない……その通りだ。
けれど、そんな言い訳は通じない。このままでは遠からず、俺に意識は空へと消える。
後に残るのは、蓄積された意識により反射で動く人形。それも毒に犯され、いつまで動くか分からない代物だ。
一刻も早く、決着を付けなければいけない。
ただ分かっていても、手が足りない。
飛甲騎兵を避け、大樹の根元へと駆ける。だがそこに待っている者達――いや、ある意味彼らも避難しているのだ。
武器を構え、こちらを睨みつける兵士の一団。何人かは、慌てて矢を射ってくる。
だが効かない。怯んでやるつもりもない。そこへ行き、刀を振るう。
動きが見える。先を理解できる。人間も武器を振りあげ、また足元にタックルを仕掛け抵抗する。だが全部、やる前に分かる。これは魔王の特性か、それとも彼らの経験によるものか。
根元にいた十数人を斬り倒すが、休む間もなくそこに投擲槍が突き刺さる。
初めて人間と戦う事を決めた時も思ったが、単騎の強さなど、戦争では大した意味を持たない。一人倒すのにどのくらいかかる? 仮に1分で一人の人間を倒したとしても、1時間で60人しか倒せない。
この森にいる人間は全部で何人だ? 20万か、30万か……とてもじゃないが、倒しきるなど不可能だ。
最初のように歩兵主体で攻めてきたなら、案外何とかなったかもしれない。
この魔力のおかげで、人間は近づくだけでも大変だからだ。
だが今は飛甲騎兵が主体だ。これではバラバラにされないようにするだけで精一杯。到底、こちらから何かをする余裕が無い。
• ◇ ◇
飛甲騎兵による攻撃の為に一度退いたマリクカンドルフであったが、自らの手で魔王を倒すことを諦めたわけでは無い。
さりとて、商国飛甲騎兵に勝る有効打があるわけでもない。仕方なく、全体の再編と補給をしながら状況確認をしている状態だった。
しかしこちらも、言うほど楽な状況ではない。
魔王が蘇ってから、再び森が人類に牙を剥いた。
しかもそれだけではない。かつて見たことの無い、人類の鎧と武器を使う不死者が現れたのだ。
しかも相当な魔力を持っているらしく、並の兵士では相手にならない。
一撃必殺の威力に異常な硬さ、首や手足を撥ねても死なない強靭さ。そして何より、味方が斃されるたびに数が増えるのが厄介だった。
「再編成は上手くいきそうかね?」
「こうしている間にも、襲撃の手は止まりません。各員奮闘していますが……」
「崩壊しつつある……そういって差し支えはないか」
集合し、再編する端から減らされている。
何とか円形陣を取りはしたものの、飛んでくる虫や獣に魔法攻撃は容赦なく内側の味方を攻撃する。
外周では異様な強さの不死者に加え、狼や猪、果ては大型の鹿までもが襲い掛かってくる始末だ。
更に続々と、魔王の魔力を目指して生存者が集結して来る。
味方が増えるのは単純に考えればありがたい。だが指揮系統が確立していなければ、それは不死者の群れと変わらない。
戦力になるどころか、勝手に崩壊し味方の力を削いでいるのが現状だ。
理想としては、もういっそこのまま数で押し包むことだ。
集結した生存者は、推定で20万人。まともに戦える者は半分程度だが、それでも一人を倒すには不足とは思えない。
いや、それでだめなら、そもそもそれは人の手に余る。
抵抗するだけ、馬鹿々々しいではないか。
だがそれでも我らは――
「商国軍の様子はどうだ?」
抵抗を諦めることなど、出来ようはずがない。そんな当たり前の事を考えるより先に、戦況の把握こそが重要だ。
「斉射と突撃を繰り返しています。しかし、被害も相当かと」
攻撃しては離脱してを繰り返している飛甲騎兵隊。だがその勢いは、目に見えて弱まっている。
今までは地上部隊が追撃し、飛甲騎兵は散発的に補助をする状態であった。魔王の位置が分からなかったからだ。
しかし位置がハッキリしている今となっては、地上部隊に出番はない。
そもそもが、飛甲騎兵と歩兵では戦力差が違いすぎるのだ。この両者は連携など取りようが無い。
その飛甲騎兵が主体で攻撃する以上、地上部隊が介入できる要素は皆無。ただ見守るしかない。
• ◇ ◇
「現状報告! どうなっている!」
操縦桿を握りしめながら、飛甲騎兵隊隊長、ラウ・ハルミールが吠える。
「現在42騎が墜とされました。潰れた騎体が27、それ以外が15。こちらの原因は不明ですがおそらく……死霊と魔法攻撃かと」
(化け物共が……)
この短時間で42騎。それだけで中規模国家の全戦力にも相当する数だ。
昨日からの損失を数えれば、おそらく四大国でも屋台骨を揺るがすほどの大損害だ。
この失態を償うには、もはや魔王を倒す以外にあろうはずもない。
「再度仕掛けるよ! 各隊縦列! たとえ潰されても、その残骸を押して魔王を潰せ!」
• ◇ ◇
(飛甲騎兵の攻撃が止まらない……)
本当に、逃げない連中との戦いは厄介だと思う。
相和義輝は逃げながらも、テルティルトの魔法で確実に相手の数を減らしていた。
もう結構墜としたはずだが、それでも人間の攻撃は止まらない。
あれだけ墜とされたら、普通は作戦を変えるなりしそうなものだ。だが愚直ともいえる射撃と体当たり。その戦術を変えようとしない。
だがまあ――
当たる寸前の投擲槍を紙一重で交わす。
多分だが、魔王の魔力が無ければ100本くらい突き刺さり、同じくらいの数だけあの衝角に突き刺さっているか真っ二つになっている。
あの攻撃は確かに有効なのだ。そしてそれは、同時にそれ以上の攻撃が無い事を現している。
(もう一手何か欲しい。攻撃は何とかなるが、それは時間の問題だ。反撃の手段が何かないと……)
そう考えている間にも、真上から鉄塊が降ってい来る。
真上から攻撃してきた飛甲騎兵をテルティルトが潰したが、勢いそのままに降って来たのだ。
(連中、もう潰されることを前提に攻撃して来るな)
避けた地点に飛んでくる無数の投擲槍。
僅かな隙間に飛び込んで躱すが、そこに飛び込んで来る飛甲騎兵。
(やばい、連携が正確になってきている! やはり単純にはいかないか!)
同時にそれもまた魔法によって潰れるが、その後ろから更なる一騎の飛甲騎兵が飛び出してくる。
今までよりも早く、そして正確な操作。
「くたばりな! 魔王!」
ラウの眼前に魔王が立っている。同時に衝角を切り離した。たとえこれで騎体が潰れようが、衝角は慣性のままに魔王を貫く――そう思った時だった。
騎体の左から衝撃を受ける。いや、それはそんな単純なものではない。騎体は歪み、そして裂けた。
世界がゆっくりと回っているように感じる。ラウは、自分の騎体が真っ二つになった事を理解した。だがこれ程の威力、同じ飛甲騎兵の体当たりでもなければ出来ないはずではないのか?
吹き飛ばされ地面へと激突する騎体の中で、ラウは今まで見た事の無い生物の姿を見た。






