166 【 魔王vsマリクカンドルフ(前編) 】
チャリ……チャリリリリリ……。
鎖を引きずる音が、森に響く。それと、重く響く足音もだ。
微かな明かりに照らされて、4メートル級パワードスーツの輪郭が見える。
死霊の光だけじゃない。夜が次第に明けてきているのだ。
(絶対にマズイな……)
「どうしたね、魔王。ティランド連合王国を相手にした時は、随分と饒舌だったと聞くがね」
スピーカーから発せられたようなその声と同時に、風を切って鎖の束が振り下ろされる。
(冗談じゃねぇぞ!)
間一髪で躱すが、これ当たったらマズくね?
長く太い柄に、7本の鎖が取り付けられている。
なんとなく武器っぽくない形状だが、巨大なパワードスーツが振り回すとなると話が変わる。
さっきまで俺が持っていた大剣は、アレを受けた時にもう半ば砕かれていた。
更に鎖が絡まり、引っ張られた時にバラバラに砕け散った。
もし生身で受けていたら、おそららく同じ運命を辿っただろう。
(テルティルト、武器!)
〈 分かってるー。今形成中 〉
だが向こうは待ってはくれない。再び空気を切り裂き、鎖が振り下ろされる。
当たれば間違いなく即死級。だが幸い、思ったよりは遅い。
いや早いのだが、図体がでかい分オーバーアクションなのだ。
これなら避けるのも――
( 鎖を躱そうとした瞬間、全身に衝撃が走る。 )
( 盾だ! どうやって!? だが考える間もなく、背後の木に激突する。 )
( 呼吸と動きが止まる。何とかしないと……そう顔を上げた瞬間、目に映ったのは槍を突き立てる兵士の姿だった。 )
どうやって――いや、考えるのは避けてからだ。
盾で思い切り叩かれた事は確実だ。だが相手の重心は、右手に持った鎖の鞭にある。
しかしやられるのは確実。ここで理論とか考えても仕方が無い。
いっそ鎖の下にジャンプしてすり抜けるか?
( ジャンプしてすり抜けた! と思った瞬間だった。 )
( 背中に衝撃を受ける。鎖の鞭を振りながら、肘打ちをしてきたのだ。 )
( ゴキっと嫌な音がする。間違いなく、腰の骨を砕かれた! )
( 下半身に全く感覚が無い。焦る俺をあざ笑うかのように、鎖の鞭が振り下ろされた。 )
――左しかねぇ!
全力で左にダイブ。そのまま受け身を取って転がった。
視界に映ったのは、右手の鞭を振り下ろしながら、ほぼ同時に後ろにあった左足で一歩進み、左手の盾で殴りかかってきたのだ。
出来ないわけでは無いが、あまりにも不自然な動き。
ウラーザムザザの博物館に似たようなものがあった。
確か両手は完全に機械動力の偽物だし、足も膝から下は機械だ。
人間の形をしていたから失念していたよ。あれは鎧じゃなくて機械だったな。
見た目通り、人間の動きしか出来ないと思ったら大間違いだ。
そしてその特殊な動作を、完全に使いこなしている。
まあ当たり前か。彼も何十年……いや、何百年と戦い続けているのだろうからな。
「どうしたね。魔王とはこんな物かな? それともやはり、偽物かね? この程度の相手にあのケーバッハが後れを取ったとは、到底思えないのだがね」
モーターの唸りを上げ、マリクカンドルフは一度態勢を立て直す。
成る程、機械とはいえ人間型だ。重心が崩れたら、一度直さなきゃいけない処は同じか。
だがしかし、どうするか……いや、考えるまでもないな。
一度強者で余裕のある魔王を演じてしまったのだ。今更違いますごめんなさいが許されるわけもない。
「君があまりにも性急だったのでね。少し面食らってしまったよ、ニンゲン。もう少し、礼儀と慎みを覚えたらどうかね?」
少し腰を落とし、右手でくいっと眼鏡を上げるようなポーズ。
いやこれって強者のポーズだったか?
大体眼鏡なんざ掛けちゃいない。まだ少し軽くパニクっている自覚があるな。
それに俺がやると、少しオネエっぽくなる気もする。だが今更だ、仕方がない。
とにかく、余裕を見せなければいけないんだ。
そんな魔王相和義輝の様子を見て、マリクカンドルフは彼が人間であるとすぐに分かった。
頭頂から足先まで、その全身を赤黒い昆虫のような甲殻が覆っている。それだけ見れば、どことなく魔族にも見えるだろう。
だがその動き、重心、感触。長く魔族とも人間とも戦ってきた彼の目には、外骨格を透けて人間の骨格が推測できる。
そして彼から見て、目の前の人間は精一杯の虚勢を張っている様に見えた。
なぜ――どうして――様々な思いが巡るが、彼がしたことはいたってシンプルだった。
「声紋照合、急げ」
小声で通信機に連絡を送る。
そう、彼は魔王の声が欲しかったのだ。それは、ここにどれくらいの戦力を集めれば良いかの大事な目安となる。
だがまあ――
頭上でぐるりと鎖の束を回し、魔王目がけて振り下ろす。
ここで殺してしまえば、もう余計な手間もいらなくなるのだ。
だがその瞬間、脳裏に何かを感じた。それは長く戦いの中で身についた、”勘”といえるような曖昧な感覚だった。
パワードスーツは、確かに右足を前に出し武器を振り下ろした――にも関わらず、その右足を軸にバックジャンプ。
やはり機械ならではか。そして同時に、切り札の一つがすぐさまバレたという事だ。
マリクカンドルフの周囲に現れた影。それは攻撃した一瞬だけ姿を現すが、すぐさま陽炎のように消える。首無し騎士の軍団だった。
周囲に首無し騎士の気配を感じながら、マリクカンドルフは一歩下がり間を取った。
(点滅特性、それに騎乗した首の無い騎士。あれがデュラハンかね……)
彼としては直接会うのは初めてだ。だがリアンヌの丘で報告は受けている。
魔王が率いる魔族の一種。確かかなりの手練れだと聞く。
しかし、一瞬見えた姿はどうも報告と違う。ぬいぐるみの馬に跨った三歳児に見えた。目の錯覚だろうか?
だが、一瞬だけ攻撃された箇所から感じる確かな損傷。それは掠り傷程度だが、並の人間では自分の重甲鎧に傷一つ付きはしない。
(……見た目に惑わされてはいけないか。流石は魔族だという事だな)
「将軍、浮遊城から通信です。照合結果に間違いは無し。確実に仕留める様にとの事です」
「そうか……全軍をここに集めよ。第一、第二先行隊の生存者も全てだ。それと……ムーオス自由帝国に支度を要請しろ」
ここで魔王を討ち人類の憂いを断つ。
例え如何なる犠牲を払っても、例え自分が生き残らなくても、これは決定事項だ。
「全軍突撃! ここで討つぞ!」
その叫びと共に、地響きを立てながら2歩前に出る。たった2歩。だがそれだけで、悠々攻撃範囲だ。
唸りを上げて巨大盾が突き出される。
高さおよそ4メールの鉄板。それはもう防御用というより、これ自体が凶悪な鈍器といえる。
だが刃は付いていない。それ自体は、ただの湾曲した鉄板だ。
(体術は任せる――)
俺――ではなくテルティルトが跳ね、迫りくる巨大盾に着地する。まるで重力が90度変わったかのようだ。
見た目以上の衝撃――だが跳ね飛ばされる反動で距離を取る。
( 着地の瞬間、数人の兵士が背後から掴む。 )
( 「離れよ、ニンゲン!」 )
( だが離れるわけがない。巨大なハンマーを持った大男が、俺の頭を叩く――叩く――叩く…… )
――冗談じゃない!
空中でくるりと半回転し、目の前にいる兵士に刀を振り下ろす。さすがにもう準備は出来ているだろう。
触れると共に聞こえてくる、チイイィィィィィと微かな音。そして一瞬だけ舞った火花。
次の瞬間、兵士は頭から股の下まで、何の抵抗も無く真っ二つになっていた。
凄いな――だが感心してはいられない。目の前にいる人類軍の兵士達。仲間が凄惨な死を迎えたというのに、彼等の瞳にわずかの動揺も怯みも見られない。
目の前の相手をただ倒す。それだけしか考えていない形相……。
着地と同時に刀を横に振り、ハンマーを持っていた大男を切り倒す。
こちらもまた、殆ど抵抗を感じない。
テルティルトが作った刀は、あくまで固くした皮膚でしかない。この鎧状の服と同じだ。
だが今は違う。刀身部分には細かな刃が付き、回転している。
傍目には刀でも、こいつはチェーンソーだ。
なんてのんびりとは構えてはいられない。
周辺から吹き上がる大量の血、そして転がる死体。首無し騎士の本格的な猛攻が始まっているのだ。
だがそれでも人間は怯まない。自らの死など恐れない。すぐ横で仲間が殺されていても、目もくれず俺に斬りかかってくる。
「魔王、覚悟!」
「人類の為に死ねぇ!」
――だがしかし、俺だって死ねないのだ。
頭上に振り下ろされた戦斧を刀で受ける。巨大な武器に分厚い鎧。相当な魔力自慢なのだろう。
だが、テルティルトと比べるならこっちが強い。斧を真っ二つにし、そのまま本体も切り伏せる。
二人目、三人目、四人目……返り血で外殻が真っ赤に染まっているのが判る。
人を殺した感覚が伝わってくる。辛い――早く終わって欲しい。
だが人間は攻撃を止めない。彼らの手を止めるには、殺すか逃げ切るしかない。
――いや、もう一つあるが……。
( 目の前で炎が炸裂する。 )
( 何だ!? )
( 〈 ただの魔法よ。止まらないで! 〉 )
( だがその忠告は遅かった。二人の兵士が俺を掴む。 )
( そのうち一人の胴には、俺の刀が深々と突き刺さる。だがその表情は、勝利を確信している顔だ! )
( 頭上から振り下ろされる鎖の束……仲間ごとかよ! )
炸裂した炎を無視し、突き進む。
群がってくる人間。背後から迫ってくるパワードスーツ。たまったもんじゃない。
周囲が徐々に明るくなってくる。もう完全に夜が明けるのか――参ったな。
前方、高さはだいたい20メートルくらいだろうか。まるで待ち構えていたかのように……いや、実際待ち構えていたのだろう。青く塗装された飛甲騎兵の群れが、こちらを向いて浮かんでいた。






