151 【 暗闇の攻防戦 後編 】
坑道全域に渡り設置した魔力による明かりが破壊され、外に空いた穴も塞がれた。
こうして世界の全てが闇に包まれたが、一か所煌々たる明かりを輝かせている場所があった。
この坑道の横幅は20メートル、高さも同様だ。そして比較的直線で、数百メートルはある下り道。
その中心に立つのは”四本腕”の異名を持つアルダシル将軍と、その配下重甲鎧隊。
輝く光は、その重甲鎧から発せられているものだ。
特にアルダシルの大型重甲鎧は、両肩の投光器から眩しい程の光を放っている。
当然そこには、足の踏み場もないほどに石獣が集まっていた。
奥から、背後から、足元から、天井から……ありとあらゆるところから、ゾロゾロと。
大きさも拳大から大型まで、形も普通の蜘蛛、或いは一角のヤギ、また或いは双頭の虎であったりと様々だ。
既にどれほどの数が集まっているのかは検討もつかない。そして、これからどれほど増えるのかも。
「気合を入れな! 正念場だよ!」
モーターの唸りを上げながら、両手に持ったそれぞれの長柄両刃斧が石獣を粉砕する。
砕かれ舞い上がる石獣。だが、彼らは一撃で倒せるほど甘くも弱くもない。
多少の損害など構わず彼らは攻撃を続ける。いやそれどころか、時間を与えれば周囲に散る他の石獣の破片すら糾合して再生してしまう。
それが足の踏み場もないほど――しかもまだまだ増加中だ。
だが、光を消すことは出来ない。
「踏ん張りな! 放置なんてしたら、あの一匹一匹が同胞数百人を殺すんだよ! 気張れ!」
「「オオオー!」」
石獣たちは、光に向けて集まって来ている。それも炎の様な自然の光ではない、人工光だ。
それは最初の襲撃の時点で分かっていた。故に、ここで明かりを消すことなど許されない。
このティランド連合王国アルダシル隊こそが、この領域に突入した中で最大の戦力なのだから。
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碧色の祝福に守られし栄光暦218年10月13日の夜が明ける。
とはいえ、この油絵の具の空に覆われた世界では太陽の眩い日差しとはいかない。
微かに、ゆっくりと、空に極彩色の色が浮かぶ。
その中に幾つもの点が見える。
それは空に浮かぶ、重飛甲母艦の編隊だった。
一方、坑道の中は相変わらず漆黒の世界に包まれている。
光は無く、音も微か。自分たちの位置も、今の時間も分かりはしない。
通信貝を使えば、明かりは勿論、地図も時間も確認できる。孤立した友軍との連携や、外の状況も把握できるだろう。だが使えない。
僅かでも明かりをつけると、すぐさま石獣が襲ってくるからだ。
なら使わなければ安全か?
いや……動いていても、じっとしていても、奴ら石獣は襲ってくる。
そして襲われる場所は予測不能。細い坑道に負傷者を集め、前後を見張っていた――にも関わらず、中の負傷者がいつの間にか喰われていたなどという例もある。
どうせ同じなら明かりを使って対抗しようと考えた一団は、1時間もしないうちに消えた。
対処不能な数がいきなり押し寄せたためだった。
生き残りは小集団を形成し、感じられるのは互いのぬくもりだけだ。それも、いつ自分達が襲われるのか分からない。
侵入した兵士達は、どの国も精鋭と言って良い部隊である。だがこの恐怖は、彼らの精神を大いに削っていた。
だが、それでもまだ戦える。まだ全滅はしていない。
一部の兵は許可され、あるいは自己判断で火を使い、急場を凌いでいた。
数は少なくなっても、人類の戦いは続いていたのだった。
(時間だな……)
そんな暗闇の中、目を閉じ佇んでいたクラキアは現在の時間を正確に把握していた。
道具に頼っているわけでは無い。体内時計だ。
既に武器と鎧の維持で魔力は手一杯。休息も取っておらず、もう余剰の魔力も無い。
だがこれだけの悪条件にも関わらず、彼女はこれまでに2体の石獣を葬っていた。
しかしそれも、ほぼ限界が近い。
「生存者がいたら聞け。そして伝えよ。あと僅かで揺り籠による攻撃が行われる。各員、補給を済ませておけ」
……だが、その言葉に応えるものは誰もいなかった。
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アルダシルが突入した巨大坑道には、まだ光が残っていた。
それは暗闇を走る一本の光。彼女が操る重甲鎧の右肩から照らされている光だ。
左肩は完全に破損し、もはや動かない。
暗闇に照らし出されるのは、無数の砕けた岩石。潰れた死体、鎧、武器、そして破壊された重甲鎧の残骸たち。
全員が最後の最後まで奮闘した。一匹でも多く引き付けるために。そして僅かでも時を稼ぐために。
彼女らの奮闘は、魔王にとって大きな誤算だった。
石獣を倒し続ける様子を感じ取り、スースィリアを派遣すべきか悩んだほどだ。
だが結局、その決断は出来なかった。スースィリアは魔王の手札の中でも最大級に近い。それ故に、ここで使って良いかどうかの判断がつかなかった為だ。
結果として多くの石獣がこの場に集中し、予想外に人間が生き残ってしまったのだった。
だがその奮闘も、そろそろ限界が近い。
重甲鎧の片腕は失われ、明かりをつけっ放しだった為、動力士の魔力も尽きかけている。しかも周囲に動く味方はいない。交代要員はおろか、援軍すらもういないのだ。
何度も吹き付けられた炎のせいで、間接モーターの動きも悪い。
背中に搭載されていた予備兵装も使い切ってしまった。
――ピピッ、ピピッ、ピピッ。
そんな絶望的な中、重甲鎧の首元に設置されたタイマーが小さな音を立てる。
「ああ、やっとかい……それじゃ、後は任せたよ」
アルダシルの重甲鎧は、周囲から吹き付けられた炎の中に沈んでいった。
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炎と石獣の領域に、幾つもの閃光が輝いた。
爆炎と土煙は溝を走り、立ち上る粉塵とキノコ雲が世界を黒く染めていく。
そしてその闇の中に生まれた光が、古い闇を吹き飛ばす。
連続して次々と投下される揺り籠の群れ――新たな爆撃が始まったのだ。
目標地点は腐肉喰らいの領域跡との境界線。そしてそこから続く、鉄花草の領域との境界線だ。
炎と石獣の領域に沿って、南部から東、そして北へと破壊する。
轟音と閃光が徐々に北上する様は、待機していた地上軍から見れば人外の技に等しい。
今は味方だが、いずれは――その気持ちを抱えつつも、この力は心強い。
最初に状態が確認出来たのは、南東部にある腐肉喰らいの領域跡境界線であった。
以前と同じように、破壊された境界部分には幾つもの坑道が口を開けている。
担当するのは、マリセルヌス王国軍の援軍24万人。
先ずは2万の軍が魔道の明かりを手に突入する。だが、入った途端に彼らは現れた。
天に吹き上がる炎。だがそれは爆撃によるものではない。人類軍に襲い掛かった石獣によるものだ。
「て、敵しゅ――!」
ゴロゴロと、沸き立つように現れた石獣が一斉に襲い来る。
壁から、床から、天井から――今まで見た事もない数の群れだ。
その様子を確認すると、司令官であるロイ王は全員の撤収を命じた。
「いいんか? あーいや、よろしいんですか? リッツェルネールが何か言ってくるかもしれませんよ」
現在、ロイ王は腐肉喰らいの領域跡、境界から2キロメートルの地点に陣を構えていた。
本陣は屋根の尖ったサーカステントのように見えるが、壁は無く金属杭が剥き出しだ。上から見たら、一片8メートルの四角形を2つ組み合わせた様に見える。
一応土色の迷彩仕様だが、周囲に突入準備を整えた6万の兵が待機している状態では効果は薄いだろう。
中には国王であるロイ・ハン・ケールオイオン、副官であるアスターゼン、それに地図製作の総指揮を任されているポレム、通信貝を持った2名の通信兵が控える。
とはいえ、壁は無いため中というのも変だろう。その周辺には兵士達が右へ左へと準備に大忙しだ。
「リッツェルネールは現場の判断を尊重しとるよ。まあ、我々が正しく動いている内は……だがね」
ロイは鎧を纏わず、赤に青の二本線の入った軍服に左上腕を隠す形のマントのみ。武器も持っていない。
オレンジの髪はいつものように後ろで一本に束ねられており、少しにやけつつも冷静な顔つきからは、焦りは感じられなかった。
「それよりも内部に先行していた部隊の件ですが……その……」
ポレムは新規に空いた穴とマッピング済みの地図との照合を行う傍ら、突入部隊との交信も行っていた。
そして、その結果は既に出ていた。地図の照合も、内部の確認もだ。
「全滅――そうだろう? でなきゃ、あそこまでの歓迎は無かろう」
「は、はい……まだ確定とは言えません。アンテナが全て破壊されただけかもしれませんし、通信線も切断されている可能性はあります。ですが……」
「なあポレムさんよ、最後に届いた連絡からすると、石獣はランタンや通信貝の魔道光なんかに反応しているそうだろ? 通信を受けられない。受けられないから返せないって可能性ってのがあるんじゃないのか?」
ハッキリと明言できないポレムに対し、アスターゼンとしては前向きな可能性を提示する。
生きてはいるが、通信を受けるわけにはいかない状態。その場合、あの暗闇の中で耐え忍んでいる友軍がいると考えられる。
「通信だけならそうですけどね……」
そう言いながら、ポレムは手にした大型の二枚貝をパンパンと叩く。
すると二枚貝の口が僅かに開き、ジジーという音と共に一枚の紙を吐き出した。
「……確認できた範囲の探知機のデータです」
それを受け取ったアスターゼンの顔が曇る。
紙に記されていたのは、数ヶ所に設置した大気探知機からのデータだ。前回の毒問題の後、
浮遊城から送られてきた物を持ち込んでいたのだった。
リッツェルネールがこんな物まで用意していた事にも驚いたが、記されている表記には絶望するしかない。
確認できる限り、全て致死域。それは、先行していたマリセルヌス王国軍16万人の全滅を意味していたのだから。
「また毒か……北域はどうなんだ?」
「これまでは確認できていません。毒の影響は南域だけですね」
ふむ……とアスターゼンの方を向くと、
「アスターゼン、お前はどう思う?」
「知らんよ、そんな事。それよりどうするよ――いや、どうします? このままじゃ突入出来やしねぇ。したとしても、奥は猛毒なんだろ? あー、でしょう? たまらねぇなこれは」
勿論正しい答えなどは期待していないロイ王だったが、実にあっさりと流される。
だがまあ、仕方ないだろう。こいつはそういう奴だ。
「こちらは毒があるせいで動けずだな。とりあえず司令殿にも連絡はしておこう。内容はそうだな……いいか。ポレム、お前が考えて送っておいてくれ」
露骨に嫌な顔をしながらも通信貝に短い指を這わせるポレムを見ながら、ロイは様々な可能性を思案していた。
毒を吹き出す地形……鉱山では稀にある事だ。毒性の高い魔族……これも普通に有り得そうだ。
どちらにせよ、ここの方面からの侵入はかなり限定的なものになるだろう。
(さて、リッツェルネールはどうやってここを陥落させるのか……)
もしかしたら本気で攻略する気は無く、単にムーオスに対する牽制の意味合いだけかもしれない。
だがそれを知るものは、本人しかいないだろう。






