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この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦います  作者: ばたっちゅ
【  第六章   魔族と人と  】
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139   【 バイアマハンの攻防 前編 】

 ムーオス自由帝国都市バイアマハン郊外。

 ここは壁の内側――人間領だ。この街から壁までは、おおよそ950キロメートル程だろうか。

 そして壁を越えた先は、1000キロほどに渡って続く荒廃した魔族領。

 その更に先には、悪名高き白き苔の領域が広がっている。


 この近辺に広がるのは、赤茶の大地と山に囲まれた荒野。そこを流れる一本の大河を利用した小規模都市がバイアマハンである。

 川に沿っておよそ15キロ。左右は合わせて6キロほどの細長い都市だ。

 川沿いには大規模な金属ドームが立ち並ぶ一方、外に行くにつれ木製の粗末な小屋が目立つ。


 ここは近隣とは隔離された都市であり、国家の流通ラインからは外れている。だが、ここに建つ金属ドームの殆どが工場だ。

 その理由は、都市というより郊外の方にあった。


 そちらに目を向ければ、広範囲にぐるりと四角く囲む金属の(フェンス)

 その内側には、現在300を超える重飛甲母艦が待機中だ。そしてそれよりも小さな、飛甲騎兵4騎を搭載する飛甲母艦も100あまりが準備している。

 更に周りに並ぶのは、積み込み前の”揺り籠”の山だ。

 そう、この街は揺り籠の巨大生産工場であり、ここはその出撃拠点でもあったのだ。


 重飛甲母艦は、ここにあるだけが全てではない。

 千機以上が稼働し、今この瞬間も揺り籠を運び、投下し、そして帰投している最中だった。


 そんな中、“地面に穴をあける一族”、“魔族の次に嫌われる者”ヘッケリオ・オバロスは、都市に設営された研究室で膨大な資料と格闘していた。

 不発対策は急務であり、その為に(しば)しの地上勤務を命じられたのだった。


 さほど広くない部屋に散らかるのは、山盛りの機械と紙の束。それこそ、足の踏み場もないほどだ。人間が入るスペースは、それこそ彼一人分しかない。

 本来であれば、要求すれば幾らでも広い部屋が用意される。人手も同様だ。

 嫌われている事と、職責の重要さは関係ない。彼はこの国の軍事研究家としては、ほぼ最高位の立場であるのだから。

 だがヘッケリオは、この小さな研究室に固執した。それが最も効率が良かったからだ。


「ドクター、お客様がお見えになっています」


 そんな彼の元から、弱々しい青年の声が聞こえてくる。

 この世界で、彼にドクターの敬称を付ける人間は二人しかいない。

 リッツェルネールと、今声を発した彼――


 背は220センチ度々だろうか。僅か152センチのヘッケリオと比べれば、大人と子供程も差がある。

 だが実際にはそれほどには差を感じない。それは彼の線の細さと、覇気の無さからそう見えたのだろう。

 漆黒の肌と赤い白目から、間違いなくムーオス人と分かる。髪は一本も無いが、これは剃っているのではなく、心労で抜け落ちたのだ。彼の世話をすると言う事は、それだけの大変なのだ。

 黒に近い濃い緑色の瞳に力はなく、どこか怯えた様子をうかがわせる。


 オーベント・ブラクタス。ムーオス自由帝国商家の出自であり、50才の兵役開始と同時にヘッケリオの部下に配属された。

 この国では、本来の兵役は62歳からだ。彼のように早ければ早いほど、その家は貧しいと言う事になる。

 そう……貧しく社会的地位も無く、細く醜い体はこの世界では(あざけ)りの対象だ。

 そんな彼だからこそ、この世界で最も嫌われている人間の補佐などを押し付けられたのだろう。

 だが同時に、若くして彼の補佐を務めることが出来るだけの知性を兼ね備えている事の証明でもあった。


「客?」


 ヘッケリオは、椅子に座ったまま振り向きもせずに答える。

 その言葉は刃のように鋭く、彼が不機嫌であることは誰の目にも明らかだ。


「その……ザビエブ皇帝親衛隊の方で……」


「そこにある22と書いた資料を渡して追い返せ。直接会う必要も時間もない」


 そう言われたオーベントは、何も言わずに指定された資料を探し出すと、そのまま無言で出て行った。


 口答えはしない。無用な質問をしない。人類を漏れなく嫌いうヘッケリオが、彼を(そば)付きにしている理由がそれだった。

 ザビエブ……その名を、顔を思い出す度に、殺したいほどの憤怒が巻き起こる。大声で叫び、機械を叩き、書類をぶちまけてやりたい。

 だが実行するわけでもない。そんな事に時間を裂けるほど、暇人ではないのだ。



 ――ヴィィィィィ! ヴィィィィィ! ヴィィィィィ!


 オーベントがいなくなって2時間ほどが過ぎただろうか、遠くから警報の音が聞こえてくる。聞きなれない警戒音だ。

 だがその音を聞きながら、ゆらりとヘッケリオは立ち上がる。


(アレが鳴る日が来るとは、思いませんでしたねぇ……)


 あの音は緊急用の特別警報だ。

 訓練以外で最後に鳴ったのは、ヘッケリオが生まれる前。まだ壁の無い時代まで(さかのぼ)る。

 魔族検知器――それも、不死者(アンデッド)らの小さな魔族などは感知しない。

 最低でも竜級(ドラゴンクラス)。そもそもは、魔神を想定した探知機(センサー)だ。


(想定と認識を変える必要がありますね……)





 ◇     ◇     ◇





 ――これは多分、見つかったのだろう。


 遠くで飛甲母艦が一斉に飛び立つ姿が見える。

 それに、数機の重飛甲母艦もだ。

 その様子を見ながら魔人ヨーヌはやれやれと考えていた。

 こんな人間領の内側まで魔人が入るなど普通は無い。そんな特殊事象(レアケース)を想定した警報が生きているとは予想外だったのだ。


警報機(サイレン)の音も聞こえますネェ。思ったよりも早い」


 ――我々しかいないのに、なぜいちいち言葉などに変換する。


 魔人ヨーヌは、魔人ゲルニッヒの行動が奇妙でたまらない。

 ヨーヌは比較的何でもできる魔人だ。

 一見すると平坦な影だが、必要に応じて立体になる事も出来る。

 音を立てない俊敏な移動。見かけによらぬ高い運搬力。人間との会話にもそつが無く、ある程度の魔法も使いこなす。まさに万能といった感じだ。

 だが当の本人は、ただ静かに……存在自体も知られず、世界に溶け込んで生きたかった。

 今こうして協力しているのは、ひとえに古の約束があるからだ。

 人間に迎合し、その真似をするという事に、一体何の価値があるというのか。


「フフフ、貴方もやってみれば分かりマス。思考が止まりマセン。実に楽しい行為デスヨ」


 そんなものかねとも思うが、魔人はそれぞれ生き方がある。ヨーヌにはヨーヌの生き方がある様にゲルニッヒにも彼なりの目的や定義がある。それに口を出すつもりはない。

 それよりも、今直近に問題が迫ってきている。


「フムフム、マア大体特定出来マシタ……エエ、その通りデス。探知機(センサー)はあそこの建物デスネ」


 ヨーヌの体から、ブクブクとあぶくの様なものが湧きたつ。


「ハイ、その通りデス。近くに行けば、彼らの使う兵器は使用できマセン。大きすぎる力も、難しいものデスネ。ハハハ。」


 ゲルニッヒは4歩の手を広げ、大豆の頭をくるくると回転させる。


「ソウですね。では先ずは様子を見る事に致しマショウ」


 ヨーヌの沈黙しているため、傍目にはゲルニッヒの一人芝居の様だ。

 だが、互いの意思疎通は果たされている。二体の魔人は、町を囲むように左右に散った。





 ◇     ◇     ◇





 研究室に鳴り響くサイレンは止まらない。

 ヘッケリオは白いコンクリートの壁に取り付けられた四角い機械に魔力を送ると――


「どうした。いつまで騒いでいる」


 ――そう告げた。

 繋がっている先は、都市防衛司令部。受け取った通信士(オペレーター)は困惑した。

 ここは揺り籠を研究し、揺り籠を生産し、そして揺り籠を旅立たせるために作られた街。いわばオバロス血族の為の街だ。

 だから彼の研究室と司令部に直結の通信経路がある事は知っていた。あくまでも、知識としてだ。今の今まで、使われたことなど1度としてなかったのだ。


「サ、サイレンは、健在警戒態勢にあるため止めることは出来ません。大変申し訳ありませんが、ご協力をお願いします」


「そのような事を言っているのではありませんよ」


 静かで鋭い声と共に、ダンッ! とコンクリートの床を踏み鳴らす音が響く。

 その迫力に威圧されたのか、応対している通信士(オペレーター)は涙目で口をパクパクさせるだけで沈黙してしまう。


 ヘッケリオは嫌われている。だがそれ以上に、恐れられているのだ。

 曰く、目が合ったら呪われていた。

 曰く、肩が当たったら翌日死んでいた。

 それはもう、オカルトの領域と言って良い程だ。


「迎撃はどうなっているのかと聞いているのです!」


 再びの鋭い言葉で、慌てて状況を確認する。


「げ、現在、都市700メートル圏内に魔族の反応が確認されました。飛甲母艦が探査中で、現在地上部隊も迎撃に向かっています」


 ――この街の守備隊程度の戦力で何になるというのか。


 ヘッケリオは一言も無くパネルに背を向けると、最重要情報を(まと)めて研究室を後にした。





 ◇     ◇     ◇





 魔人ヨーヌは、荒れ地を疾走していた。

 正確に言うのなら、ひび割れた地面に付いた影の部分だ。その様子は、外見からでは全く分からない。

 一方で、進行方向にある都市からは飛甲板の集団が出撃していた。


 報告を受けて出動した兵士達――カーキ色の軍服に、半身鎧(ハーフプレート)。それに中世ローマのようなコリント型兜。

 武器は剣や(ナタ)、斧に超長槍(ロングパイク)とまちまちで、全員が飛甲板に搭乗中だ。

 1つの飛甲板に40人ほどが乗り、それが12枚――総勢480名ほど。その全員が敵を探す。


 だが見つからない。そんなことをしている内に、飛甲板とヨーヌの影が重なった。





 ◇     ◇     ◇





 重飛甲母艦発着場。

 緊急用の高速飛甲板を飛ばし、ヘッケリオ・オバロスは一人でそこに現れた。

 いつでも緊急出動できる様、ヘッケリオの研究室に設置されているものだ。

 支度まで含めても、ここまで10分と掛かっていない。


 警備員はいぶかしげにジロリと見るが、彼は顔パスの身分だ。何の障害もなく通過すると、そのまま重飛甲母艦の一機へと入っていった。



「これはヘッケリオ殿。一体こちらにはどのような御用で?」


 その飛甲母艦艦長、オンド・バヌーは突然の来訪者に驚いた。その驚きの種類は、いきなり肩にゴキブリが落ちてきたようなものだ。

 一瞬悲鳴を上げそうになったが、そこはそれ、熟練の飛甲騎兵だった男。すぐに心を立て直し、刺激しないよう笑顔を作り(しと)やかに尋ねる。

 相手は“魔族の次に嫌われる者”。だが、この世には身分や立場というものがある。比翼の天馬やその部下達の様に明確な敵意を向けられるのは、それなりの地位にあるか、その庇護下になければ出来はしない。


 図体は2メートル超え。それはこの国では極普通の身長だ。だが肩幅は異様に広く、その体積を数倍にも見せている。

 その巨漢が子供のような身長しかないヘッケリオに平伏するのは、部下達からすればあまり気分のいいものではない。

 出来れば殴り倒して外へ捨てて欲しいが、そんなことをしたら間違いなく希望塚行きだろう。今が戦時状態である事を(かんが)みれば、家族ごと送られかねない。


 だが、ヘッケリオにそんな事は関係ない。へつらう男も、憎悪する兵士達もだ。

 今重要なのは、近辺に現れた魔族――ただそれだけだ。


格納庫(ハンガー)の6発、全て使用可能ですね?」


「え、ええ。勿論です。当艦は1時間後に出立。第37回栄光への道(グロリアスロード)作戦に参加する予定ですから……」


「既に魔導炉は稼働状態ですね?」


「こ、この重飛甲母艦のですか? ええ、まあ問題ありません。今飛べと言われれば飛べますが……」


「では今飛べ。すぐにです」


 この母艦は作戦準備を控え、正規の指揮系統に組み込まれている。ヘッケリオが持つ権力は強大ではあるが、それを軽々に覆すことは出来ない。

 だが、彼の言葉にはそのような事は関係ない、聞かないなら殺す、そういった意味合いを多分に含んでいる。

 当然、その場合の抵抗は許可されている。いるのだが……。


(かしこ)まりました。各員発着準備! 当艦はこれより離陸する。司令部と地上管制にも連絡せよ」


 オンド・バヌーは素直に従う事を選んだ。死にたくないのは勿論だが、たとえ嫌っているとはいえ、人類の勝利の為にはこの男を殺すわけにはいかない……そう、理性が働いたためだった。

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