138 【 人類の歴史 後編 】
「ここロキロアが、星の墜ちた跡……ですか」
マリクカンドルフはちらりと窓の向こうを見る。
そこには少し波打つように、高い山の尾根が水平線のように見えている。
「そう、クレーターというの。この様な円形盆地は、何処にで見られる地形であるの。多くは湖となっておる。元ケールオイオン王国のアヴァンダ湖などもそうであったか……」
言われてみれば、こんな地形は多い――そうマリクカンドルフは考えていた。
今までの人生は戦術家として戦った歴史。それはすなわち、地図を眺めた続けた人生でもある。
周囲を山に囲まれた円形盆地――もう、何度見たかもわからない程に一般的な地形だ。それが全て、星が墜ちた跡だというのか……。
「それで、人はどうなったのですか?」
「ふむ……人類はその後――」
◇ ◇ ◇
全ての人間は滅んだ。この世界で誕生した初代魔王の家族もまた、一人残らず始末された。
家族の死体の前に佇む魔人、それは初代魔王が最も信頼し、家族を預けていた魔人だったと記されている。
彼の手記によると、この時沸き上がった感情は怒りでも悲しみでもなく、ただ虚無であったそうだ。
ハッキリと決めなかった自分。人を押さえられなかった自分。魔人を止められなかった自分。
全ての責任は自分にあると、心を閉ざしたのだろう。その後は管理者として、ただ機械的に生きた。
そんな初代魔王を見て、魔人達は後悔に苛まれた。
なぜこうなったのかを考えたが、結局は自分達の知識に重大な不足があると結論付けたのだろう。
彼らもまた、世界の管理を魔王に丸投げした。
だが一部の魔人達は、その現状を何とか変えたいと考えたようだ。
もう一度、魔王との友好的で暖かな関係を取り戻すため、再び人類を召喚した。最初の人類が滅んでから、おおよそ1万年後の事だった。
初代魔王もまた、それに応えたいとは考えていたようだ。新たな家庭を持つことを承認し、オスピアが誕生した。
だが、もう生きる気力は底をついていた。初代魔王は、我が子の成人を見ることなくこの世を去ったのだった。
それから2万数千年が経過し、今に至る。
人類は神話という形で滅亡に整合性を作った。生き残った者が復興させたとか、再び神の世界から送られてきたなどだ。
その間、多数の次なる魔王達が召喚された。そして人類を適度に間引きながら、世界のバランスを保ってきたのだ。
その歴史の中で多くの領域が解除されたが、再生はあっても新規の構築は無かった。
人類が必死になって生存圏を求めたのに対し、魔王にやる気はなく、魔人も放任だ。結局ずるずると、人間側が領土を拡張して今に至る。
そして現在、世界バランスは抜き差しならない所まで来てしまっている。
もう人間世界に残っている魔族領は少なく、また守られている。人類は行き場を無くしてしまったのだ。
このまま人間と魔族が戦って、殺しあって、そして勝者は繁栄を得る。では敗者は?
滅亡させるのか? しないのならば、やがていつか同じ事を繰り返すのだろう。
だが俺は、この歴史の中に一筋の光明を見た気がしていた。
◇ ◇ ◇
マリクカンドルフは、結局手ぶらで宮殿を後にした。
しばらくしたら、中央で会議が開かれる。今後の魔族領侵攻戦に関してだ。
オスピア陛下もまたそれに出席し、責任の所在を決めに行くのだろう。
それまでは現状維持――つまりは待機だ。
敬愛する女帝陛下の重石を取り除くためにも、一刻も早く魔族領に行き魔王を討つ。
それが叶わなかった事は、彼に大きな落胆を与えていた。
「何をしょげているんですか、陛下?」
「ん、ああ、ダメだった。それと陛下はよしてくれ。俺はもう、一介の将軍職に戻ったのだからね」
マリクカンドルフに声をかけた女性は、そのまま横を並走する。
「癖ですよ、癖。まあ、こっちの新しい陛下は兄妹みたいに育ったので、未だにあちらを陛下って呼称するのに慣れていないんですよ」
背は155センチほどか。長い金髪をツーサイドアップにし、少し切れ長の緑の瞳は生命の輝きに満ちている。
細くしなやかな体は、この世界では決して美人ではない。だがそれがどうしたと言わんばかりに自身に満ち溢れた、ステップを踏むような軽やかな足取りだ。
服装は、輝く白金に孔雀羽の紋章が付いたレオタード。肩から背中には、フレンジの付いたマントを纏い、腰には申し訳程度のミニスカート。
太腿から下は白のニーソックスを履き、膝までガードする金属ブーツの色もまた白金だ。
ルフィエーナ・エデル・レストン・ユーディザード。
リアンヌの丘で重傷を負って以来ずっと入院していたが、このほど無事退院となったのだった。
長い病養生活ですっかり痩せ程ってしまったが、しょげた様子は見られない。
それよりも、魔族領侵攻戦に間に合った喜びの方が大きかった。
「今度こそ魔王を倒し、戦友の無念を晴らしてお見せいたしますわ!」
そう言いながら、平坦な力こぶを見せる彼女の行く先が、元国王として少々心配なマリクカンドルフだった。
◇ ◇ ◇
「そろそろ、お茶淹れる?」
休憩の頃合いだろうか、ユニカがそう提案してきた。
実はお茶が欲しい場合は精霊に言えばいいのだが、こうして休憩の時は彼女が仕切る。
俺が初日に飛ばしまくって一心不乱に本と格闘したいたため、見兼ねてこういう事になったのだ。
「ああ、頼む」
同時に、テルティルトがそわそわと落ち着かなくなってくる。
この休憩時間には、ユニカが焼いたケーキが出てくるのだ。
その為だけに、こいつはここで大人しく待っていると言って良い。
「ずっと昔の事を考えていたかな」
膝の上で、エヴィアがこちらを覗き込むように見上げている。
「ああ、浮遊城の対策はもう出来ているからな。後はゲルニッヒたちの帰還待ちだ」
言いながら、ふと思う。
初代魔王の手記が、未だにしっかり残っているのは驚いた。
たとえどんなものでも――それが魔人にとって不利な事でも、その足跡はしっかりと残す……確かに、以前言ったとおりだった。
だが何だろうか? ふと頭の隅に、何かが引っ掛かる。
何だろう? 今は必要無いような……だがとても大事な事の様な。
もう少しで思い出せ……。
「魔王、お茶が入ったかな。冷めちゃうとユニカが怒るよ」
「あ、ああ、そうだな」
魔人は、決して魔王に嘘をつくことは無い。それは、初代魔王の頃からの約束だ。
魔人達にとって、魔王の行動こそ最大の興味だ。だがそれは、純真に魔王の内側から発した衝動でなければならない。
嘘を原典とした偽りの行動は、その興味を大きく阻害する。まるで、高級料理をゴミ箱にぶちまけるがごとくだ。
勿論、世界は嘘塗れだ。いつかは魔王も、誰かの付いた嘘を元に行動する事があるだろう。
だがそれでも、魔人は決して魔王に嘘はつかない。これは魔人同士に伝わる、絶対の協定なのだ。
――だが、都合が悪ければしっかりと誤魔化す。
魔王はそれを知っていたが、今は目の前にある物が強大すぎて、つい見落としていた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――
ここは魔王のいる壁とは反対側の壁。
そこにある扉は反対側にあるゲストルームと同じであり、掛けられたプレートは”印刷所”。
本来であれば、古くなってどうしようもなくなった書物のバックアップを取る場所である。
だがそこでは今、別のモノが印刷され、増産されていた。
それはエヴィアが記し、魔王が破棄した魔王メモ。原本は失われたが、すでにこの地にて製本作業の最中だったのだ。
魔人は知識を欲する。それは、以前エヴィアが魔王に言った言葉。
たとえそれがどんなものであろうとも、魔人は一度得た知識を失う事を良しとしない。
精霊たちは自分達が何を印刷しているかも知らぬまま、魔王の恥ずかしい本を増産していたのであった。






