130 【 揺り籠 】
重飛甲母艦の艦橋から降りた先は、下部格納庫となっている。
左右の端には飛甲騎兵がそれぞれ収納され、中央に1から6までのナンバリングがされた格納庫が並ぶ。
現在1と2は空いており、3から6にはそれぞれ大型の黒い物体が置かれている。
形状としては、飛甲騎兵に近い。
直系は2メートルを少し超える位だろうか。幅も同じほどで、長さは約13メートル。
相和義輝であれば、路線バスを少し細めて丸くしたような印象を持っただろう。
左右には、三角形の翼が取り付けられている。それは飛甲騎兵の近接武器である翼刃ではなく、揚力を生み出す翼だった。
先端が少し膨らんでおり、全体的な形状で見れば無人偵察機の様にも見えるだろう。
本来なら6カ所全てが埋まっているのだが、既に2発使用したため、残るは4発だ。
そう、この航空機の様な機械の単位は、騎や機ではなく発。
今その4発の大型搭乗物体の横には、それぞれ10人のムーオス人が整列している。
全員がカーキ色の軍服を纏う、紛れもない軍人だ。だが、鎧も武器も身につけてはいない。
持つ必要がないからだ。
“比翼の天馬の片翼” ルヴァンが彼らの前に立つと、全員が両の拳を胸の前で合わせる――ムーオス自由帝国の敬礼で迎える。
だだ、返礼するルヴァンの表情は晴れない。なぜこんな事を命令せねばならぬのか……その想い強く心を打つ。
だがしかし――
「諸君らの魂に安らぎを! 汝らが血族に栄光を! 魔族には死を!」
「「「我等祖国の為に! 我等同胞の為に! 魔族には死を!」」」
ルヴァンの言葉に兵士達が答え、そのまま一斉に大型搭乗物体に乗り込んで行く。
彼らの足取りは軽い。晴れやかに、まるで休暇にでも出かけるかのようだ。誰一人、自らの運命を呪う者も、恨む者もいない。
皆、貧しい兵士達。どこで死ぬにしても……いや、どうせ必ず死ぬのなら『せめて価値ある死を』と、それに乗る。
それ故に、想う。このような兵器を作った一族など、末代まで永劫に呪われ続ければよいと。
それが初めて危険だと分かったのは、今からおおよそ260年ほど前。
魔道炉というものが発明されてから、おおよそ5千年が経過した頃だ。
それまで多少の問題はありつつも、危険だという認識は無かった。
だがある日、飛甲騎兵に搭載されていた魔道炉が、戦闘中に臨界に達した。
それだけならば……臨界だけであるのなら、よくある事だ。
だがその時、まさに同時ともいえるタイミングで、もう一騎の飛甲騎兵の衝角がその魔道炉を貫いた。
突然に空中で巻き起こった光の玉。人は当時、何が起こったのかさえ理解できなかった。
だがその後の研究により原因が突き止められるに至り、人類は魔道炉の改良に取り組む事になる。
より高性能に、より安全に扱う為に。
だが唯一ムーオス自由帝国だけが、逆の事を考えた。
「3番、魔導炉臨界!」
「3番格納庫、“揺り籠”投下!」
整備兵の合図とともに、10人の兵士が乗り込んだ金属の塊――揺り籠と呼称されたそれが投下される。
それに窓は無く、中では10人の人間が懸命に魔導炉に魔力を送る。
揚力を得る形の翼は飛ぶためのものではない。あくまで、落下中の姿勢を安定させるためのものだ。
魔力を過剰に注入された魔導炉は、一時的に臨界と呼ばれる状態になる。
だがそれはほんの一瞬。まるで穴が開いたかのように魔力は抜け出て、すぐさま臨界状態は収まる。
そうなった魔導炉は、しばらくは使い物にならない。まるで穴の開いたゴムチューブの様に、入れた端から魔力が漏れてしまう為だ。
だから魔導炉の臨界事故など、滅多に起こるものではない。
だが人為的に起こせたのなら?
魔力が抜ける量と新たに送り込む量を等しくし、臨界した瞬間の状態を維持できたなら?
きっとそれは、強力な兵器になるに違いない。
その為に、研究に次ぐ研究が繰り返された。
必要なのは、臨界しやすい魔導炉。そして、臨界を維持しやすい魔導炉だ。
世界が安全な魔導炉を開発する中、いかに危険な魔導炉を作るかを模索した。
それこそがオバロス血族であり、現当主ヘッケリオ・オバロスの代により、遂に完成したのだった。
グライダーより急角度で投下された揺り籠は、大地へと落下する。
先端は深々と地面へとめり込み、魔導炉は落下の衝撃を受け潰れ――世界は、真っ白な光に包まれた。
一瞬の静寂と眩い光。だがそれを認識するより早く、続けて巻き起こった轟音と爆風が大地を走る。
大気は乱気流を起こし、高度4千メートルを飛行する重飛甲母艦すらも軋ませる。
いや発生したのは乱気流だけではない。雷光を纏った真っ黒い粉塵は勢いよく天へと昇る。
それは彼らの高度すら超え、およそ9千メートルに漂う魔王の魔力にまで達していった。
その形状を一言で表すのであれば、『高々と巻き上がるキノコ雲』となるであろう。
爆炎は地上の全てを吹き飛ばし、そこにいた軍隊蟻も、兵士も、大地の苔も消え去った。
後に残るのは、真っ黒い――直系1キロメートル程の黒い穴。
通称“揺り籠”と呼ばれる、魔導炉爆弾の成果であった。
◇ ◇ ◇
――嘘だろう?
魔導炉爆弾が起こしたキノコ雲。そしてその威力。
それらの様子は、魔人ヨーヌの体を使った再現映像で魔王相和義輝に伝えられた。
拡大縮小まで立体的な影絵のように再現するヨーヌの体にも驚いたが、それ以上に目の前で起きたことが信じられない。
(核か……)
いや、キノコ雲を作るのが全て核弾頭という訳ではない。
それに、あれは核と違い地表で爆発した――いやいや、これも違うか。何処で爆発したかなど関係ない。
問題なのは、おおよそ1キロのクレーターを作れる爆弾を人間が保有している事だ。
それに、今幾つ落とした? 大体10発かそこら……更に落としている。
特別貴重な最終兵器という訳でも無い訳か。
「ゲルニッヒでもヨーヌでも、誰でも良い。あれは何だ? この際、不確定でも構わない。知っていることは全て教えてくれ! アレを知らないまま戦う事は出来ないぞ」
「現象とシテハ、魔導炉の臨界爆発かと思われマス」
「不確定な事は言いたくないのデシが、人間が作った兵器デシ。名前他は分からないデシね」
兵器……あれは正しくは爆弾というのだろう。だがこの世界、俺の知る限り魔道炉の動力は人間だ。
「確認する――あれに乗っていたのは人間だな?」
「それは間違いないデシ。ただ詳しい情報は不足デシ」
魔人も知らない新兵器。だが、知らないままでは済まされない。
魔道炉の臨界と爆発……以前ウラーザムザザに聞いた時は、そういった事故が起こり得る程度だった。
それを意図的に起こす。しかもその動力は人間か。
この世界では命が軽いことは認識していたが、まさかここまでやって来るとは予想もしなかった。
だがこれ以上、指をくわえて見ているわけにもいかないだろう。
「ならば情報は集めるしかないな。スースィリア――」
「魔王、ステイ!」
動き出そう、そう考えた出鼻をエヴィアに挫かれる。
なんだか聞き覚えのある響きだったが、問題なのはその表情だ。
真剣で、今までにない緊張した空気も纏っている。
どうした――そう聞きたかった言葉が、迫力に押されて喉の奥へと引っ込んだ。
落ち着いて周りを見れば、他の魔人達も何か言いたげだ。
だが言えない……その言葉が魔王の行動を縛ってしまうからだろう。
しかし俺には、魔人達が何を言いたいのかがよく判る。仕方がない――
「分かった。情報収集は任せるよ。出来る限り細かく、正しくだ。だが今回は、曖昧な情報でも教えてくれ」
「畏まりました、魔王よ」
「では、こちらも探るとするデシ」
2体の魔人はホールを出て、闇の中へと消えていく。
俺も一緒に出掛けたい。そしてこの目で確認したい。だが、それで失敗して帰って来たばかりなのだ。
「少し頭を冷やす事にするよ」
そう言ってエヴィアの髪をわしゃわしゃとすると、次第に空気も和らいでいく。
そこでふと、ひとつ思い出したことがあった。
「なあエヴィア。あの時、ヨーツケールの体に何かしていなかったか?」
「これかな」
エヴィアの体の中から、にゅるりと黒い球が取り出される。
両手で大切そうに抱えるそれはどこか金属的で、ヨーツケールの体を思わせる。
だが……分かる。判ってしまう。それに名前は無い。
あえて言うのであれば、意味のない、発音も出来ない名前。どことなく読めそうなところが逆にもどかしい。
「それは、かつてヨーツケールとして生きた一部なのである。そして、ヨーツケールが持っていた太古の知識の一部でもあるのであるぞ」
「ヨーツケールが最後に残したかな。だから消える前に回収して来たよ」
「そうだったのか……」
あの時、その一瞬すら危険だっただろう。それでも、回収してくれたのだ。
「それで、それはどうなるんだ?」
「もうエヴィア達の記憶は渡したかな。後は自分で考えるよ」
〈 だけどー、決まらなければ何百年でも何千年でも悩み続けるわよ。まあ、やりたいことが見つかったら動き出すから安心して良いわー 〉
なるほど。人間もまた、個としての形が死んでも遺伝子は残り、命の営みは続いていく。
ヨーツケールもまた、それまでの個は失われても、魔人としての何かは続いていくのだろう。
再び動き出す日がいつになるかは分からないけど、それまでにこの戦いを終わらせたいものだな……。
◇ ◇ ◇
意図的に魔導炉を爆発させる、通称“揺り籠”。
それは確かに強力な武器ではあったが、人が作り、人が運用するモノに100パーセントの絶対は有り得ない。
「5番“揺り籠”の落着を確認……ですが…………」
通信兵の悲痛な言葉が、重飛甲母艦の艦橋に染み渡る。
「どういうことだ、ヘッケリオ」
“比翼の天馬の片翼” オベーナス・ヘルト・レッケラーが、つまらなそうに計器を確認しているヘッケリオをじろりと睨みつける。
「どうもこうも、揺り籠の作動率は98パーセント。常に失敗の可能性はありますよ。それに魔力不足の可能性や衝撃の不足などー、可能性を上げればいくらでも。落ちた揺り籠を回収出来たのなら、原因究明は行いますよ」
頭の上で手をひらひらさせながら答えるその姿勢に、艦橋員の憎悪は破裂寸前だ。
だがオベーナスはただただ冷たいだけの瞳で一瞥すると――
「格納庫へ。5番不発」
それだけを簡潔に伝える。
他の艦橋員はともかく、彼女は物の本質を弁えている。
ここでヘッケリオを責めたところで現実は何も変わらない。
そもそも、失敗の原因は彼が指摘した通り様々だ。敵を倒した功績を誇りながら、失敗した責任は開発責任者に無条件に負わせる――そんな愚かな考えも持ち合わせてはいない。
だがそれでもまた、彼女がこの男を嫌う事に何ら変わりはない。
より正確に言えば、その憎悪は”揺り籠”の存在へ向いている。
人の命は軽い。だが、それは数字上、書面上、風習上のものだ。
現実に人と向き合った時、その命は決して軽くはない。
だからこそ、人はより立派な死に方を求めたのだ。家族の為、血族の為、そして同胞、祖国の為、意味のある死をと。
軍人として、決死ともいえる作戦に部下を送り込む事はある。
今実際に地上では、軍隊蟻を引き付けるために多くの兵士達が散っているのだ。
だがそれでも、これは違う。判っていながらも勝利と奇跡を信じて送り出すのではない。
死ね――そうだ、これは自殺しろと命じているのに等しい。
しかも不発ともなれば、完全な犬死だ。人を金属に詰め、ただ落としただけに過ぎない。
理性と感情……その二つが複雑な感情となり、重くのしかかる。
だが――
「さあ、6番格納庫。さっさと投下しちゃってくださいよー。時間は有限ですよ、さあ早く!」
パンパンと手を叩き催促するヘッケリオを見ながら、やはりこいつ本人も好きにはなれない……そう感じていたのだった。






