118 【 選択 】
碧色の祝福に守られし栄光暦218年4月40日。
コンセシールが十家会議を行った翌日の朝、魔王はホテル幸せの白い庭に到着した。
行きに比べると、帰りはかなりのハードスケジュールだ。移動だけでへとへとになる。
だが、休むためにホテルに戻ったわけではない。
「ヨーツケール……」
ホテルの庭では、魔人ヨーツケールが倒れていた。
崩れ落ちた様に転がり、微動だにしない。一瞬、死んでしまっているのかと思ったほどだ。
力なく横たわる鋏を撫でてみるが、ピクリとも動かない。
「ヨーツケールはショックが大きすぎて動けないかな。ゲルニッヒは中で待っているよ」
「そうか……」
よく見れば、反対側の鋏で何かを抱きかかえている。
見た事の無い、木琴だ。
それをどこからか持って来たのか、それとも誰かが作ったのかは分からない。
だが、それが誰の為であったのかは、俺にだって痛い程に分かる。
入り口には、初めて来た時のようにルリアが立っている。違いといえば、全てが黒のメイド服に着替え、頭を深々と下げている所だろう。
俺は深呼吸をして覚悟を決めると、皆に促されるままにホテルへと入って行った。
2階に用意されたユニカの部屋。
今まで何度もチャレンジし、何度も追い返され、結局一度も足を踏み入れることが出来なかった一室。
いつも彼女が使っていた机には、糸を依っている最中の糸車。それにホテルにあったのだろうか、古い編み物の本、動植物図鑑、何冊ものメモ帳などが置かれている。
ユニカが生きていた証。彼女がこの世にあったという残滓。
彼女がホテルに来て以来、いったいどんな生活をしていたのか。
俺は今まで、そんな事すらも知らなかった……。
ベッドには、俺の部屋にも無い暖かそうな羽毛布団と、これまた見た事も無いふかふかの毛布。
相当に、大切にされていたのだ。
しかし、椅子にもベッドにも――部屋の何処にも彼女の遺体が無い。
待っていたのは、ゲルニッヒただ一人。
だがいつもと姿が違う。円錐形だった胴体は、まるで人間が入っているかのように膨らんでいた。
「どういう事だ、ゲルニッヒ」
「私がユニカ様を見つけた時、そこは貴方が氷結の地と呼んでいる場所デシタ」
……そんな所に入り込んでしまったのか。
ユニカがこうなった原因、死因ではなくそもそもの要因。色々考えたが、それはもう予想はついている。
魔人は殺すまい。魔族も同様だ。ならば事故だろう。
ただ普通の事故であれば、やはり魔人が助けるはずだ。だがそれは出来なかった――何らかの事情で、ユニカと魔人が離れたのだ。
そして離れた理由も、予想が付いていた。
「それで……どうしたんだ」
「ハイ。最初に見つけたのは死霊デシタ。人の死に敏感な不死者の特性によるものデスネ」
「つまり、その時点で間に合わなかったんだな」
「その通りデス。デスガ、場所がとても寒い場所デシタ。そして見つけたのが早かったノデ、アマリ壊れてはいませんデシタ。エエ、とても良い保存状態デス」
今一つゲルニッヒの意図が判らなかったが、要は安置していてくれたと言う事か。
そういえば、俺の切断された右腕をエヴィアが保管した事があったな。
あの時は数日が経過していたのに、血が滴り、まるでたった今斬られたかのように新鮮だった。彼らには、そういった保存能力があるのだろう。
確かに、戻るまでに大分時間が経ってしまった。俺としても、腐敗したユニカに合うのはちょっと辛かったところだ。感謝しないとな。
そう考えながら、ふと思う。あの時確か、大事な話をした気がするが……。
「じゃあ、会わせてくれ」
「その点なのですが、会ってどうするのデスカ?」
……少し意外な質問だ。
それに今まで気が付かなかったが、ゲルニッヒの様子がいつもと違う。微妙におかしい……。
いや、その原因はすぐに分かる。いつもの大仰な動きが無いのだ。
四本の手は完全に体に張り付き、大豆の頭も微動だにしない。不自然な膨らみだけに気を
取られ、そんな事も気が付かなかったとは。
「どういう事だ、ゲルニッヒ」
「質問の通りです、魔王よ。ユニカ様は死にました。中のお子もです。既にタダの肉であり、ソレは貴方が普段食べている物と何も変わりマセン。貴方がココに来るまでの様子は受け取りマシタ。ソコまで必死になって、見る必要性があるのデスカ?」
そう言われれば、少し困ってしまう。移動中も考えてはいたのだ――対面してどうするのかと。
あえて言うのであれば、現実を受け入れる為であろうか。
ユニカは死んでしまった。俺の子も一緒にだ。その事実を認め、受け入れ、先に進むために遺体と会う。
だが、そうしなければ受け入れられないのか?
そんな事は無い。俺はもう、覚悟を決めてここに来た。
これは、会ってどうするかとかの話ではない。区切りでもけじめでもない、そう……言葉にするのであれば――
それを口にしようとした途端、ふとした疑問が浮かんでくる。
「ゲルニッヒ……そう思ったのなら、どうしてユニカ達を保存した。これは俺の指示じゃない、お前の考えだな」
「ソノ通りデス。状態を確認した所、魔王の判断を仰ぐ必要があると判断致しマシタ。」
「判断……?」
口の中が乾く。いつものゲルニッヒとは違い、何か異様な雰囲気を漂わせているせいか。
それとも、俺が一つの予想を立ててしまったからか。
頭の中に浮かんだ疑問。それを確認するために、俺は言葉を続ける。
「なあ、ゲルニッヒ。お前は以前、死んだ人間は決して生き返らないと言っていたな」
「ハイ、間違いありマセン。人間は壊れたら死ぬのデス。それを動かシテモ、壊れているのですカラ、すぐにまた死んでしまうデショウ。ソレに、死ぬと更に壊れて行く……生き物とは、儚く脆い存在デス。壊れた部分を何かで補えば再び動く可能性はありマスガ、ソレはもう元の人間とは言えマセン」
「……ああ、以前に聞いた通りだな」
「デスガ、今回は幸いデス。ホボ、同じといえる予備の部品が多数存在シマス。コレなら修理が可能デス。元の人間と同じ……ソウ、呼んでいいほどにデス」
――ああ、これは神の救済であり、また悪魔の選択だ。
「モチロン、部品取りした方はどうしようもアリマセン。修復不可能デス」
――二人には、まだ生きる道が残されている。だがどちらかの道を、俺の選択が断つのだ。
「サテ、魔王よ。貴方はドチラを残すのデスカ?」
◇ ◇ ◇
同日、夕刻にはまだ少し早い時間。
ティランド連合王国国王、カルターの元に急報が届いた。
「陛下、ジェルケンブールの浮遊城が確認されました」
人類最強の決戦兵器。だがその知らせに対し、動揺した者は誰もいない。
これは全て、作戦の内だったのだから。
「こちらの浮遊城も前に出せ、程々の位置までな。だが甘やかす必要はねえ。もし射程内に入ってきたら、容赦なく撃て」
「了解いたしました。では予定通り」
「ああ、全軍転進。ここからが本番だ」
連合王国軍の目的は、言うまでも無くジェルケンブール王国首都の陥落だった。
それは当然、ジェルケンブール王国からすれば絶対に避けたい事態だ。だが今更、各地に散った部隊を戻すことは出来ない。
カルターが全てを機動部隊にしたのは、時間的余裕を与えないためでもあったからだ。
こうして、両軍の主力は激突した。
互いに死力を尽くして戦ったが、やはりジェルケンブール王国は、ティランド連合王国を完全に止めることは出来なかった。
決して惨敗したわけではない。とは言え、やはりカルター率いる部隊を止めることが出来ない時点で負けと言えるだろう。残るは10万に満たない数とはいえ、それが首都に届けば、もう止める手段は無いのだから。
だから、最終手段として浮遊城を投入した。
動きは鈍いとはいえ、場所は首都に近い。これ以上の進軍は防げる状態だ。
しかしそれは、最初から予想された事でもある。
そのためティランド連合王国軍もまた、対抗策として浮遊城を戦線に投入した。
だが、互いに戦わせることは出来ない。
もう終戦まで僅かのこの時期に、最大戦力を失う博打をする価値は何処にもないからだ。
要塞群に入り首都への道に睨みを利かせたのも、ここまで戦線が伸びるのを待ったのも、首都への突撃を敢行したのも、全てはこの状況にするためだ。
互いに睨み合い、身動きの取れない中、連合王国軍は南北へと転進した。
それぞれの方面を攻めるジェルケンブール王国軍の後背を突くためである。
当然ジェルケンブール王国も、彼らを素直には行かせるつもりはない。
この最終決戦と言える戦いで事実上敗れた。もはや、残りの戦場の主導権はティランド連合王国にあると言って良い。
時間的な余裕を考えても、もう戦略の出る幕は無いだろう。後は、それぞれの方面軍の奮闘に期待するしかないのだ。
「王よ、いかが致しますか?」
「どうもこうも無かろう。各部隊を再編成し、南北に別れたティランド連合王国軍を足止めせよ。余は首都に戻る。もう、戦場は外交の場に移っておるからな。今度もまた、先手を取るのは我等よ」
戦場一つの勝ち負けなど、最後の一線を越えぬ限り問題は無い。
連合王国軍はカルターを最前線に出したが、首都陥落はならなかった。彼は当分、戦線に留まらねばならないだろう。
当然これからの外交戦では、しばらくはカルターは動けない。
「此度の戦い、最終的な勝者は、我等ジェルケンブールであったな」
こうして僅かの時を残しながらも、事実上の決着はついた。
最終的な状況は外交の結果となるが、誰の目にも、戦略的な勝敗は明らかだったのだ。
後はカルターがどれだけ武力で挽回できるか、ただそれだけだった。






