012-1 【 出発の朝 】
翌日、ティランド連合王国兵士達のテントに寝かされていた相和義輝は、ブンブンという風を切るような音で目を覚ました。
何だろう――そう好奇心で起きるとテントの外へ行く。
そこで目に飛び込んできたのは、巨大な武器を振り回す美しい少女の姿であった。
身長は160前半だろうか。見た目は16歳から17歳くらい。彫りはあまり深くなく、可愛い感じの顔立ちだ。
傷一つない滑らかな淡い褐色の肌に、細く引き締まったアスリートの体つき。だが出るところはちゃんと出ており、武器を振り回すたびにゆさゆさと激しく揺れる。
銀色の髪は左右で束ねられており、こちらも動きに合わせ別の生き物のように揺れていた。
額、首、手、腰、足……各所に飾られた、朝日を浴びて輝く宝石と貴金属の装飾品が目につくが、それより目を惹いたのはその服装であった。
深い緑の、下着としか見えないレオタード。
胸と股間は別布で補強してあるが、他の部分はスケスケと言っていい。正直刺激が強すぎて、直視できない。
手には異常な――ある意味見慣れたサイズの巨大な円柱形の両手槌。
直径100センチ、長さ140センチの円柱の後ろに60センチの両手持ちの柄が付いている。
レオタードよりもさらに深い緑の金属製のそれには縦横格子状に溝が彫られ、その中には悪霊退散、怨霊退散と読めるミミズを並べたような文字が刻まれている。
それをいともたやすく振り回し、風を切る音が朝の野営地に響いている。
「あら、貴方も朝のお祈りですの?」
こちらに気が付いた少女がニコリと微笑むと、武器をズシンッと地面に置く……いや先端を埋める。
あれ何キロあるんだろう――だがそれよりも目に入ったのは、慈愛を湛える鈍色の瞳。
ナルナウフ教団司祭にして“かつての美の化身”の異名を持つサイアナ・ライナアであった。
「祈り……ですか?」
とてもそうは見えない、これは武器の鍛錬と言うのだ。
「ふふふ……その様子ですと、貴方が噂の記憶喪失さんですのね。昨日噂になっていましたわよ。わたくし、ナルナウフ教の司祭サイアナ・ライナアと申しますわ。どうぞお見知りおきを」
微笑みを湛えたままそう言うと、改めて武器を持ち上げ――
「戦場ではこの世に迷ってしまった方々が沢山います。わたくし達ナルナウフ教の信徒達は、そういった方々をこの聖杖でこうして――」
振り上げた武器を、勢いよく地面に叩きつける。
厚さ1メートルの巨大な槌の先端が、完全に地面の奥深くにめり込んだ。
「土に還して差し上げるのです」
ああ、土に還すってそういう――
優しそうな外見に反して、なかなか力業で物騒な司祭様だ。
それにしても綺麗な人だ。そして吸い込まれそうなくらいに、深く優しい瞳。他の兵士達とは違う高露出の衣装もあってなんだかドキドキする。
「あら、そんなに見ないで下さいね、恥ずかしいですから。これでも昔は聖母様とか言われて、すごい美人さんだったんですよ」
そう言いながら再び祈り――という名の武器の鍛錬を再開する。
重量上げのメダリストでも持ち上がらなそうな凶器を、軽々と頭の上で回し振り落とす。
自分よりも大きな武器を振り回す様はちょっと怖くもあるが、それ以上に飛び散る汗と真剣な眼差しに視線を奪われてしまう。
「でも戦場にいる内に色々と落ちてしまって、今ですっかり鬼神扱いですわ」
あーそれはその凶悪な槌――いや聖杖のせいではないでしょうかとも思うが、それはさすがに口には出せない。
(そういえば緑の髪のエンバリ―が美人だったな。この世界、太い人間が美人って呼ばれるのかな……)
どんな言葉でも理解する能力……便利ではあるが、常識の違いをどこまで正しく翻訳してくれているのかが少々気になるところだ。
というか、多分単語しか翻訳していないぞこれ。美人とか言う概念に関しては完全にスルーされて……あれ、いや、何だろう。今何か考えていた気もするけど……まあいいか。忘れるって事は、大した問題でもないんだろうさ。
そんな朝の挨拶をしていると、テントからぞろぞろと兵士達が出てきて朝の鍛錬を始める。
朝と言っても真夏の太陽の日差しは強い。それでもティランド連合王国の兵士達は軍服を着こみ、重厚な鎧も着たままに武器を振る。
相当に訓練されているんだなと思う。
別れ際、司祭サイアナから「この世に迷ったらいつでもどうぞ」と言われたが、それは絶対にお断りであった――が、代わりに一つ聞いてみる。
「魔王が死んでも、人は迷うんですか?」
「ふふ、魂の迷いは魔族とは別物ですよ」
そう――優しく微笑んだ。
そろそろ朝食の香りが漂ってくる。顔でも洗ってこよう……。
兵舎の脇には水の入った樽がいくつも置かれている。水はそれなりに豊富なようだ。
顔を洗おうとしてふと目に入る、そこに映った自分の顔。
それは確かに自分の顔……しかしどこかへらへらとしながら、まるで自分は弱い者です、助けてくださいとアピールしているような、そんな顔。
――おまえ、誰だよ……。
知らない人間だ。だけど、じゃあ俺はどんな人間だったんだ?
何だろうか、何かが足りない。何も分からない……それが何かすら分からない。
「ああーいたいた。おおーい、アイワヨシキ!」
他の兵士に紛れて小さく硬いパンと、首の無い人型をした奇妙なニンジンの様な野菜が入った粗末なスープを食べている時、オルコスがこちらに歩いてきた。
「ほらよ、臨時の身分証だ」
ポケットから取り出した金属板をこちらにホイと上げてよこす。
見た目は青い鎧を着ていた青年に渡されたものと同じだが、何一つ文字が書かれていない。
身分証? と思っていると、じわじわと一部が凹み刻印の様な文字が浮かび上がってくる。
見たことも無い不思議な現象と、文明の利器にワクワクするが――
無所属無職0――裏には何もない真っ平。
これは酷い! せめて名前は無いの?
「そんなもんは正規登録しないとねぇよ。それはあくまで臨時の品だ。これで一応、お前は名無し無所属無職だが中央人事院に登録されたわけだよ。おめでとう。それが無いと門は越えられねえからな、無くすんじゃないぞ」
えーと思いながら疑問を挟む。
「これ、なんでオルコスが登録されてないの?」
持ったら機能するのなら、最初に持ってきたオルコスが登録されていそうなものだ。
「俺はホレ、この通りちゃんと持ってるからな。だがお前の本来の身分証は、ここにはない。だから例え本当はどこかの王様ですとか皇帝様だとかいっても、それを持った時点で名無し無所属無職になるってわけだ。呪うならお前の身分証を奪った魔族を呪え」
そう言ってちらちらと自分の板を見せる。そこには”オルコス・ライデオン。ティランド連合王国42-991-9-11-8229-23-21、親衛隊4班第12警護隊隊長”と刻印されている。
数字の意味を知りたいが――0だしな、どうせ。増えたら聞けばいいだろう。
「これってどのくらいの頻度で更新されるんですか?」
代わりに別のことを聞いてみる。
「こうなりましたって中央人事院に送ればすぐにされるよ」
ああ、自動更新じゃないのか。ですよね。
「後は壁の向こうに戻って、きちんと登録すれば名無しからはおさらばだよ。それで、お前も一緒に向こうへ連れていくことになった」
――そう、オルコスは告げた。
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