117 【 十家会議再び 】
十家会議はコンセシール商国の議会と言って良い。
より正確に言うのであれば、一応この下部組織に中央議会がある。十家には入らないが、それなりに規模の大きな商家による合議制だ。
但し、これらの議会は国政には関わらない。あくまで議題は国内の事だけであり、それも十家会議の決定が優先される。
更に地方議会もあるが、これはさすがに、この場では不要だろう。
要約すれば、対外的な問題は全て十家会議で決められ、またそれ以外の事も、全て十家会議の決定が優先されるという事だ。
「今後の計画は事前に各自に配布した通りだ。今後、コンセシール商国は中央に正式に加盟し、独立国として承認される」
既に独立は宣言されているが、ではその場から独立国として扱われるか? となれば全く違う。そんなことを認めていたら、地方どころか個人単位で独立国だらけだ。
独立した一国家として認められるには、国際社会がそれを認めなければいけない。
本来ならば戦争という手段に於いて、それを成さねばならなかっただろう。
だが今回は、リッツェルネールの手腕により達成されたと万人が認めている。
何といっても、四大国のハルタール帝国とジェルケンブール王国と友好的な関係を築き、尚且つ宗主国であるティランド連合王国自身に独立を認めさせたのだ。
『無血独立』……すでにその言葉は世界中のニュースを賑わせ、彼は一躍有名人だ。
「その独立に際し、僕が当主となる事が決まっている。先ずは、その是非を問おう。あらかじめ言っておくが、仮に他の誰かが当主となったとしても、この独立自体は反故にはされない。忌憚なき意見を求める」
リッツェルネールが当主でなければならない条件、それは第九次魔族領遠征軍中央主席幕僚の座と、浮遊城ジャルプ・ケラッツァの使用許諾のみだ。独立自体には関係は無い。
彼は陰謀と策謀の人間であり、必要とあれば風聞の流布だろうが暗殺だろうが何でもやる。
だがこの件に関しては、極めて誠実であった。
それは、自分に問うていたのかもしれない――本当に、やる資格があるのかと。
「我等アンドルスフ商家とファートウォレル商家はリッツェルネールのアルドライト商家を階位1とし、今後は当主として仰ぐに相応しいと判断した。アーウィン商家はいかに?」
イェア・アンドルスフの宣言を受け、テリアス・アーウィンに全員の視線が注目する。
だが、既に次の言葉は決まっている。
事前に協議されていた。そしてそれこそが、商家総括たるアーウィン商家の役割だからだ。
「フォースノーを始めとした七商家、いずれも異議なし!」
宣言と共に、一斉に拍手が起こる。多少芝居じみているが、これもまた儀式だ。
だがただ一人、ケインブラだけが拳を握りしめて沈黙を守っていた。
しかしそれは――些細な事だ。
「では、次の魔族領遠征軍では僕が主席幕僚の座を拝命する事になる。商国全体で、これを全面的に補佐して頂く。キスカ、人馬騎兵の方はどうだい?」
「予定通り、地下工場での増産は進んでいるよ。魔導炉の問題点も改修しておいた。ただ表立っては動けなかったからね、完成した数は10騎だけだよ」
「だが、今後は地上工場も使える。そうだろう? これより商国の主要生産ラインは全て軍事に切り替える。なに、資金は中央が出すと確約済みだ」
「商工組合の手筈も整っております。すぐさま準備させましょう」
すぐさま中小の商工組合を纏めるジャナハムから報告が入る。
連絡はやり取りしていたが、細かな実務協議はまだだ。それにも関わらず支度が出来ている……やはり、見た目通り相当に切れ者だ。
「だけどさ、思ったよりも人馬騎兵の生産が少なくないかい? やろうと思えば月産40騎……いや、60騎はいけるね。元々が対魔族用に開発したんだ。もっと増産に力を傾けたいんだけどね」
「いや、今度の魔族領侵攻計画を見る限り、速度が重要だ。飛甲板の生産に力を割くのは必然だろう」
「新式の小型飛甲板は、戦後民間に払い下げる計画もある。情報も取りたいし、今後の利益を考えても、現計画が一番だろう」
「ウォロロロロロロロロロロロォォォ!」
人馬騎兵開発者のキスカ・キスカ。そして実働軍を統括するウルベスタ・マインハーゼン、商家を統括するテリアス・アーウィン、加えて渉外担当のラハ・ズーニックが発言する。
……いや、少しおかしい。
発言自体は問題無い。彼は渉外担当であり、それは資源輸入に直結している。生産計画を語るのに、彼の意向を無視することは出来ない。
だがラハの発言は、言葉というより地の底から響く唸り声のようだ。
眼だけで回りを見渡すが、誰もおかしいと思っている様子は無い。
気のせいか――そんなわけがないだろう。
「それと各商家からの軍役ですが、今回は志願者が非常に多いですよ。正直喜んでいいのか困って良いのか複雑ですね」
「今の食料事情を考えたら、仕方あるまいか。いや、何といっても何処も人を減らさないといけませんからな」
その事情は予想していた。食料事情の悪化は、何も四大国だけではない。我々商国も例外なく困窮している。
当然、その分食い扶持は減らさねばならい。そこでどの商家も、誰が死ぬかを選んで送り出すのだ。
おそらく、相当数の志願がジャナハムの下に来ているだろう。
こちらとしても国民は減らしたい。それ自体は良いのだが――
「どうしても食料の輸送が厄介だな。キスカ、例の追加装備はどうなんだ?」
「人馬騎兵に荷台を引かせるってやつかい? 一応設計図は作ったけど、あれ本気かい?」
「実地テストは組み立ててからとなりますが、理論上は問題無いと報告が上がっています」
「出来るか出来ないかって話よりね、中間素材の件だよ。うちの国はゴムが致命的に少ないからね。ラハ、その点どうなんだい?」
「フゥォォオオオォロロロロロロロ!」
「フム、それならばアンドルスフ商家からも供出しよう。それよりも当主、肝心の食料自体の方はどうする? 平常の食料を軍用レーションに作り直すには、少々備蓄が足らぬ。だが、今輸出するほどの食料を持っている国などないが……」
「あ、ああ。そうだな……」
参ったね……ラハの様子に気を取られて、注意を削がれていた。
元々この十家会議で、魔族に関して少し探りを入れようかと考えていたが甘かった。
まさかここまで堂々と魔族が混ざっているとは、夢にも思わなかったな。
「フォォォォオオロロロロロロロロロロ!」
――なんだ!? 今の発言は、自分に向けられた……そんな予感がしたが、だからどうしろというのか。
「ああ、そうでした。いや、ラハは訛りが凄いですからな。これは失敬」
訛りとかそういう次元じゃないだろう……。
僕以外は理解している。そして違和感も覚えていない。
おそらく魔法。それも、尋常でない程い強力な精神系か……魔法魔術は魔族の範疇、今更な事だ。商国に魔族がいるのであれば、考えるべき事だった。
――起動させるべきだろうか。
ゆっくりと、腰のバックルに手を伸ばす。
嗜みとして、普段から対魔法道具は持ち歩いている。
元々交渉の席で、エンバリーらの魔術師が持つ真実の髑髏などに対抗するためのものだ。
だがこの程度で……。
〈 ああ、効かないよ。我等からすれば、その程度は玩具の様なものさ 〉
突如聞こえてきた、男とも女とも言えない声。
だが周囲の人間は気にも留めず、話し合いを続けている。
――魔族か。
取り敢えずはラハを確認するが、こちらに注目している様子は無い。いや、それがなんだというのだ。相手は魔族だぞ。
〈 違うよ、彼ではないさ 〉
その言葉で、リッツェルネールは声に出す必要は無いと判断した。
同時に、偽りが効かない事も。
――何の用かな。今は会議中でね、用件があるのなら手短に頼むよ。
無数の思考が渦巻いた末、彼の出した結論は『なるようになれ』だった。
だが、諦めたのではない。一応、対魔法道具は起動させたし、精神作用に対抗するために意識を集中させる。
一方で、『魔族がいるぞ!』等と叫ぶことはしなかった。今この状態で、それが何になるというのか。
出来得ることは全てやった以上、後は流れに身を任す。それが、彼がこれまでの人生で学んだ処世術だ。
〈 用、というほどではないよ。ただ、商国の新たな当主に挨拶に来ただけさ 〉
――なるほど。では用件は済んだと言う事かい? ではこちらから一つ質問だ。わざわざ挨拶をする意図は何だい? 僕がこの件を公言しないとでも?
〈 それは終わったよ。もしこの国の魔族の事を他者に話そうとしても、それは出来ない。もし気になるのなら、好きなだけ試すと良い 〉
――対抗策は全て意味が無かったと? まあいいさ、それはいずれ試すことにしよう。だが妙だね。今僕らは、ここで魔王を倒し魔族を滅ぼすための話し合いをしている。それだけの力があるのなら、それをまずどうにかすべきではないのかい?
〈 しないよ。魔王は勿論大切さ。だけど人間も好きなんだよ。ああ、大好きだ。だから手は出さない。好きなだけ戦うと良いよ 〉
――助かるね。では、手を貸してくれないだろうか? 正直、手持ちだけでは少々心もとなくてね。
〈 それはダメだよ 〉
――なぜだい?
〈 それは、人間が大好きだからさ。好きなものが滅茶苦茶に犯され、穢され、貶められ、壊される。ゾクゾクしないかい? だから見ているだけ。でも安心していいよ、魔王も同じ位に好きだからね 〉
――君と友達にはなれそうにないな。少し残念だよ。では好きなだけ見ているといい。君の好きな者達が、互いに殺す合うさまをね。
もう、そこに返事は無かった。
今のは魔族……それもかなりのモノだろう。もしかしたら魔神と呼ばれる存在なのかもしれない。
だが、今はこれ以上考えても仕方が無い。
(手は出さないというが……さて、商人の約束と魔族の約束、どちらが信頼に値するのか……)
そんなことを考えながらも、どちらも信頼には値しない――そう結論づけ、彼の思考は十系会議の席へと戻っていった。






